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「不感地帯」

 ~~~小鳥遊勇馬たかなしゆうま~~~





綾女あやめ! 綾女! ……あれ? ……あれえー!?」


 いくら名を呼んでも命令しても、綾女の反応がない。


「聞こえてるか!? 倒すのはそのでっかいのじゃなく、操ってる本体だぞ!? ……ってあれえーっ!?」


 つついても叩いても、イヤーマフは静寂を保っている。


 そして状況は待ってくれない。

 木の上位精霊(エント)依然いぜんとして、ズシーンズシーンと地響きを立てながらこちらに向かって来ている。


 距離的にはあと二百メートルといったところだろうか。

 あの巨体に踏みつけられでもしたら、さすがのリトルノアでも無事かどうかはわからない。


 綾女がいかに戦闘のスペシャリストだといっても、なんの予備情報も無しであれの相手をするのはキツイだろう。

 

「なんでだよ! なんで反応しねえんだよ! 無視してるわけじゃねんだろ!?」


「……よくわかんないけど、遠すぎて聞こえてないとかじゃないの? あるいは木が多すぎて跳ね返ってるとか?」


 異世界人なりに無線の仕組みを理解したらしいリリーが(声を魔法が運ぶぐらいに思ってるんだろうが)鬱蒼うっそうと茂る森の木々を指差して言った。


「バカ言え……軍用の強力な無線だぞ!? 効果範囲1キロ2キロ程度の玩具じゃないんだぞ!? この程度の距離でどうにか……ってあああっ!?」


「どどどどうしたの勇馬ゆうま!?」


 突然大声を出した俺を、リリーはびっくりした顔で見た。


「妨害源だ! 妨害源があるんだ! そうだよ! ここはそもそも異世界なんじゃねえか! 地磁気やら怪しげな空間物質やらの影響で電波が遮断されたって、なんの驚きにもあたらねえ!」


 こっちに着いてからなんやかやで忙しくて、気の休まる暇もなかった。

 あの綾女にしたってそれは同じはずで、地理地形は確かめられても無線の通話状況までは手が回らなかったのではないだろうか。


「となると無線はダメだ! 綾女にこのことを伝えるためには、よっぽどの至近距離まで接近するか……あるいは直接か……っておい、おまえ……っ」


 リリーが星を散らしたようなキラキラした瞳でこちらを見ていることに、俺は気づいた。


「……やめろ。そんな目で俺を見るな」


「ううん、やめないよ。だってボク、見たいんだもん」


「……何をだよ」

 

「ボクの勇馬ゆうまが勇者様なとこ。強くてカッコいいとこ、見たいんだもん」


「いやいや見れねえよ。俺は弱いし、カッコ悪いし……」


 いつだって逃げてきた。

 辛いことから目をそむけてきた。

 リリーのことだって、最初は見捨てようかと思ったぐらいなのに……。


「俺ほど情けない男を、俺は他に知らねえよ……」


 顔をらそうとしたのを、無理やり掴まれた。


「大丈夫」


 むにゅっと、熱く柔らかい何かが俺の頬に触れた。

 電流のようなものを残し、すぐに離れた。


「おまえ今……っ?」


 素早く身を離すと、リリーは「……えへへ、しちゃった」と照れくさそうに微笑んだ。

 微笑みながら俺を見た。


「大丈夫だよ。ボクがいる。そばにいて、キミを見てる」


 最初に出会った時から一瞬たりとも揺らぐことのない、信頼に満ちた瞳を向けてきた。


「ダメだったらダメだったでいいさ。一緒にへこんで、『ダメだったあーっ』って笑い合おう? そしてめげずに、また別の手段を考えるんだ。それを出来るまで繰り返すんだ。そうすればいつかキミも、キミの望むような存在になれるよ」


「……っ」


 何を言ってんだって話だよ。

 出会った早々の、しかも十四やそこらの小娘が語ってんじゃねえって。

 おまえに俺の何がわかるんだって。


 だけど不思議と、ホントに不思議と、俺はその気になっちまった。

 これが王族のカリスマ性というやつなのだろうか、ちょっとだけならやってみてもいいかなって、思っちまった。


「……望むものなんてねえよ。俺はそもそも俺に期待してねえし、理想像なんかもありゃしねえ」


 言い訳するみたいにして、俺はぼそぼそつぶやいた。


「これからやるのも、特別たいしたことじゃねえ。伝書鳩でんしょばとみてえにメッセージを届けるだけだ。それが異世界の森の中で、剣や鎧で武装した兵士がいて、ついでに巨大な木の化け物がいるってだけ……」


 立ち上がった俺は、カーゴルームへ通じる扉を開けた。


「阿修羅6000をもってすりゃあちょっとしたピクニックみたいなもんだ。だから残念だったな、リリー。俺がなるのは勇者なんかじゃない」


「わかってるよ。勇馬はカッコいい伝書鳩になるんだよね?」


 どんな伝書鳩だよとつぶやきながら俺は、カーゴルームへ踏み込んだ。

 頬の火照ほてりは温度調整機能で冷やそうなんてことを思いながら、阿修羅6000に手をかけた。


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