「主命」
~~~小鳥遊勇馬~~~
「なんだなんだ、綾女のやつすげえ勢いで出て行ったぞ?」
驚きながらも俺は、綾女に投げ渡されたイヤーマフを素直に頭から被った。
「うん……どうしてだろね? さっきみたいに待ってれば良さそうなもんなのに」
リリーは俺の腕にしがみついたまま、目をパチクリとさせている。
優位な狙撃ポジションを捨ててまで敵に突っ込んでいく理由がわからない。
もちろん、その道のスペシャリストである綾女の判断なら間違いはないのだろうが……。
「だけどなんか……不安が残るよな……?」
夜の森を突っ走って行く綾女の後ろ姿を見送りながら、俺はちくりと胸を痛めた。
無線マイクに付属しているインジケーターには、綾女の指定した通りCH-1とチャンネルが表示されている。
リトルノアを基地局にした接続なのだろう。
市販品の玩具みたいなやつじゃなく、おそらくは軍用の強力なやつ。
わざわざこんなものを置いてったってことは、それなりの緊急事態のはずなのだ。
「不安って?」
「そりゃあおまえ……この場で不安っていったらひとつしかねえだろうが」
リリーの質問に、俺はごにょごにょと口ごもった。
「綾女が無事に帰って来れるかなって……それしかさ」
自分よりも遥かに強い綾女の安否を気にする。
そんな必要はないのだと知っているのにしてしまう。
意味不明な自分の心の動きが気恥ずかしくて、俺は耳まで真っ赤になった。
「……あの時より赤くなってる」
俺の横顔をじっと見ていたリリーが、ジト目でボソリとつぶやいた。
「ん? 今なんて言った?」
確かめると、リリーは「べっつにいぃー」と不機嫌そうにそっぽを向いた。
「いいんじゃない? そういうの、勇馬らしくってさ」
「……俺らしい?」
「そうだよ。勇馬って、ホントはそうなんだよ。とっても優しい人間なの。自分はクズだとか言って偽悪的に振る舞ったり、綾女さんに勇者を押し付けたりしてるけど、本心は違うんだよ」
「はあ? おまえいったい何を言って……」
「いいんだよ。今はわかんなくても。ボクは知ってるから」
もう黙れとでもいうように、リリーは俺の二の腕に頭をぶつけてきた。
「勇馬は勇馬だけど勇者様なんだって。そしてボクの……」
消え入りそうな声で、何事かをつぶやいた。
リリーは何を言おうとしたんだろう──なんて考える暇もなかった。
状況は突然動いた。
動かしたのは一匹のモンスターだ。
しかもゴブリンやオルトロスなんてケチなやつじゃない。
五十メートル級の超大型のが現れたのだ。
ひょろ長い手足が一対ずつあり、二足歩行している。
頭はあるが、のっぺらぼうみたいに顔がない。
全体が黄緑色のジェルのようなもので出来ている。
ジェルは半透明で、向こう側が透けて見える。
そういう色のスライムを人型に整形したもの、といったらイメージとしては近いだろうか。
「なんだあれ!? なんだあれ!? なんだあれ!?」
のっしのっしと歩みを進めるそいつの進行方向にはリトルノアがある。
つまり狙いは俺たちだ。
「……信じられない、木の上位精霊だ」
リリーが呆然とつぶやいた。
「はあ!? エントってあのエントか!? 長い時を生きる巨木の精霊!? ウソだろ全然木っぽくないじゃん!」
「勇馬の世界のは知らないけど、こっちではああいうのなんだよ。優秀な精霊使いにのみ使役できるんだ。森を育む偉大なる精霊力の塊そのものなんだよ」
「うおう……そうなのか……って納得してる場合じゃねえよ! のんびり学習してる場合じゃねえよ!」
自分で自分にツッコんだ。
「あんなデカブツ、どうやって倒すんだよ!? 45ACP弾……綾女の使ってるあの武器から飛び出る鉄の塊で倒せるのか!?」
「ううーん……」
俺の質問に、リリーは考え込んだ。
「精霊は鉄を嫌う。だから効果自体はあると思うんだけど……何せあれほどの大きさだろ? それほどのダメージにはならないと思う。近づいて精霊使い本人を無力化するのが一番確実だと思うんだけど……」
リリーによると、エントを使役出来るほどの精霊使いは人間種族には存在しないらしい。
エルフの中でも本気でごく一部。
もしくはその上位種族であるハイエルフになるのだそうだ。
となれば話は早い──
「綾女! 綾女! 聞こえたか!? 敵はエルフかハイエルフだ! 耳の長い綺麗な顔の奴がいたら、迷わずぶっ倒せ!」
無線マイクに向かって、俺は叫んだ。
それは出会って以来初めて口にした、綾女に対する命令だった。




