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「弱くて優しいお坊ちゃま」

 ~~~小鳥遊勇馬たかなしゆうま~~~




「わあーお、すごいね勇馬ゆうま。馬もいないのにホントに動いちゃったよ」


 リトルノアが動いたことに興奮したリリーが、俺の肩をバシバシ叩いてきた。

 

「ちょーっと動きは遅いけどね。でもまあ、馬無しでこれなら、馬付きならもっと速いんだろうね。ね、勇馬? そうだよね?」


「あ、ああー……そうだろうな。一頭なら一馬力、二頭なら二馬力だもんな。すごいよな、馬ってのは」


 どこからリリーの勘違いを正していいのかわからなかったので、俺は適当に流した。


 リトルノアがとろとろ運転してたのは、どう考えてもこの地形のせいだ。

 重量に回転半径などもろもろ考えるなら、こんな不案内な、しかも深夜の森の中で普通に速度を出すわけにはいかなかったのだ。


綾女あやめ、こんな時間にいったいどこへ行くつもりなのかは知らないけど……色々と大丈夫なんだろうな?」


 綾女はハンドルを握りながら、こちらを振り返りもせずに答えた。


「スペシャリストだと言ったでしょう? 当然、この辺り一帯の地形は頭に入れてますよ」


「……そんな暇、いつあったんだよ」


「先ほど、阿修羅6000を回収する際に」


「ああー……ご主人様のSAN値のピンチに、おまえはそんなことをしてたわけね?」


「これもひいては、坊ちゃまのためでございます」


 綾女はエンジンを切って車内灯を消すと、暗視ゴーグルをかぶった。


 リトルノアが停車したのは、出発地点より百メートルほど登った斜面の上。

 比較的(やぶ)の少ない、ひらけた場所だ。


「……ふん。そいつはまた仕事熱心なこって……」


 綾女の視線は俺ではなく、遥か斜面の下に向けられている。

 テンペリア(こちら)の月明かりは輝度が高く、肉眼でもある程度は見えるのだが……。


「んーで? そんなもの被って、何か面白いものでも見えるのか?」


「決して面白いものではないですが」


 綾女は暗視ゴーグルを脱ぎ、代わりに俺に被せてきた。


「……なんだよ? いったい」


 斜面の下を見ろという指示に大人しく従うと……。


「おわっ、けっこうよく見えるな……」


 俺は思わず声を上げた。


 可視光線や赤外線を集光し、増幅させて電子映像化する。

 人間の知覚しやすい緑色に調整する。

 暗視ゴーグルの仕組みを知っていてもなお感動するほどに、辺りの光景がよく見える。

 本気で昼間みたいだ。 


「それはそうでしょう。某国の山岳部隊に正式採用の決まっている、三ツ星の最新式ですからね」


「ほう、あの最強の山岳部隊が……って、今なんか動いた? 木の陰から木の陰へ動くような……あれって、猿とかじゃないよな?」


「ええ」


 綾女はあっさりと答えた。


「敵襲です」


「──えっ? はっ? 敵襲!? 敵襲って何!? ゴブリンたちの生き残りが仲間を連れて来たとか!?」


 思ってもみなかったフレーズに、俺は慌てた。

 暗視ゴーグルを被ったまま、綾女を見た。


「いえ、モンスターではありません」


 白目の部分を緑色に光らせながら、綾女は斜面の下を見つめている。


「あの動きは人ですね。統率のとれた人の集団です。皮鎧を着て、剣や槍で武装している。数はおよそ二十」


「人……だったらリリーのとこの兵隊とかじゃないの? 王女様が行方不明だからって、迎えに来たんだよ」


「ううん、たぶん違う……かな。そもそもボク、ここに来ること誰にも言ってないんだ。言われたら止められると思ってたから、こっそりお城を抜け出して来たんだ」


 困ったような声で、リリーが答えた。


「言ってないだって? じゃあさっきの……ゴブリンに殺されてた兵隊みたいな人は? おまえのお供じゃないの?」


 槍の穂先に串刺しにされていた兵士の無念そうな表情を思い出した。


「あの人はなんというか……ボクを騙した人なんだよ」


「騙した人?」


「近くの街で情報収集をしてたボクに近づいて来てさ。白い霧の……勇者様の居場所を知ってるから案内してやるって言われて……。信じてついて行ったらゴブリンが待ち構えてて、でもその人が真っ先にやられちゃって……」


「なんだよそれ? つまりはその人って、ゴブリン側(・ ・ ・ ・ ・)の人間なんだろ? なんで殺されなくちゃならないんだ?」


「──すべては仕組まれたことなのでしょう」


 察しの悪い俺の代わりに、綾女がまとめた。


「何者かがリリー様を暗殺しようと目論もくろんだ。その何者かはリリー様が城を出たのを覚知すると、案内人を接触させた。案内人は見事役目を果たし、リリー様をゴブリンたちの包囲網の中に引きずり込んだ。自分のほうが殺されてしまったのは、口封じのためです。世界は違えど、王族殺しは大罪でしょうから。余計な口(・ ・ ・ ・)は減らすに限る」


「……っ」


 綾女の口から聞いたことで自分の置かれた状況の恐ろしさを再認識したのだろう、リリーは俺の腕に強くしがみつくようにしてきた。


「順調に進んでいたかに見えた暗殺計画は、しかし突如暗礁(あんしょう)に乗り上げた。リリー様が思いのほかしぶとく、独力で包囲網を突破されてしまった。あげくどこか(・ ・ ・)の誰か( ・ ・ ・)に救われ、ゴブリンたちは全滅させられてしまった。それを覚知した何者かは、どう考えると思います? 大人しく諦めたりはしませんよね?」


 言いたいだけ言うと、綾女は運転席を離れカーゴルームへ向かった。


 ロッカーのひとつを開けると、手にとったのは狙撃用ライフル(レミントン)だ。

 単発式のボルトアクション機構で、有効射程は1100メートル、最大射程は3700メートル。世界各国の警察や軍隊でも愛用されている名銃だ。

 

「おそらく先ほどのゴブリンたちは、先兵せんぺいに過ぎません。次が本隊です」


 全身からほとばしるような殺気を放ちながら、綾女はカーゴルームの隅にあるスイッチを操作した。

 すると即座に、ポップアップルーフへと続くハシゴが電動で降りて来た。


 ポップアップルーフってのはキャンピングカーにおけるテント状の睡眠スペースのことで、乗員が多い時の予備ベッドに使われたりするものだが、リトルノアにおける用途ようとはたぶん違う。

 やたらと硬い外装を活かした銃座(ガン・タレット)になるはずだ。


「……また戦いになるってことか?」 


「あら、心配してくださるのですか? 坊ちゃまらしくもない」


「そっ……そんなことねえよ……っ。俺はただ、おまえにここで死なれたら困るなあと思ってだなあ……っ」


 焦りのあまりツンデレみたいな発言をしてしまった俺に背を向け、綾女はトントンとハシゴを登って行った。


「いいんですよ無理なさらなくて。弱くて優しいお坊ちゃま。荒事あらごとは私めにお任せください。何せ私は、女勇者(・ ・ ・)ですから」


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