「スペシャリストでございます」
~~~小鳥遊勇馬~~~
「あり得ねえ、あり得ねえ、あり得ねえ……」
ベッドの上で上体を起こした俺は、口に手を当てつぶやいた。
「なんでこんなことになってんだ……? マジでどうしてこうなった……?」
今まさに起こったことについて思いを巡らせた。
リトルノアのリビング兼寝室。
人払いをして照明まで落とした中で行われたのは、俺の想像を絶する行為だった──
王女の証である紋様を見るためにはパジャマを脱ぐ必要があった。
興奮する必要もあるとかで、俺は言われるがままにリリーの肌にじかに触れた。
手指に二の腕、鎖骨に脇腹、爪先に脛、太ももに下腹部……。
当然だけどそんな経験の無い俺は、おっかなびっくり触った。
触れるか触れないかぐらいの距離感を、絶妙に保った。
それが逆に良かったのか、リリーは激しく身悶え出した。
唇を噛み、シーツを引っ張るようにした。
やがて全身にじわりと汗をかき、すんすんと鼻を鳴らし出した。
それがどういう状態なのか、女の子ならぬ俺にはわからない。
でもともかく、上手くいっているようだ──
ほっと安堵した瞬間に、その紋様は浮き出てきた。
バラに似た花と無数の蔓が見えた。
それらがポウッと、暗がりの中で赤く光るのが見えた。
最初に抱いたのは感動だ。
天使みたいに可愛い女の子の肌にバラの紋様が浮き出る様は、それはもう言葉を失うほどに美しかった。
次に抱いたのは罪悪感だ。
出会ったばかりの女の子、しかも王女様なんていう高貴な身分の人を穢してしまい、申し訳ないような気になった。
最後は疑問だ。
なんでこのコはここまでしてくれたのか。
そこまでして俺の力が(正しくは地球の科学力が)欲しいのか。
「というか、そもそもの始まりがおかしいんだよな……。誕プレで自走式核シェルターなんぞをもらって、ドライブに出かけたらなんでかたどり着いた先は異世界で……。モンスターの群れは襲って来るしお姫様はグイグイ来るし……。……あれ? ってことはこれは全部夢……?」
「──ねえ、勇者様?」
夢オチを疑い出した俺の腕に、柔らかい何かが触れた。
リリーの裸体だ。
ついさっきまで触れていた小ぶりな胸が、ぺたんこのお腹が、ぎゅうぎゅうと惜しげもなく押し付けられてきた。
「これでわかってくれたよね? ボクが王女だって。ね、間違いなく王家の紋章だもんね?」
リリーは目を赤く光らせ、甘えるような声で囁いてくるが……。
「え? ええーと……? そりゃそうだけど……いや、そうなのか? 紋様はたしかに浮き出たけど、それがイコール王家の紋章で、だから王女の証明になるのかってーと必ずしもそうではないような……?」
「ええーっ? なんでさっ?」
俺の疑問に、リリーはいかにも不満そうな声を上げた。
「ボク頑張ったのにっ。恥ずかしいの我慢して、こんなに色々したのに……っ」
「そりゃまあ恥ずかしくはあるんだろうよ。女の子としてはさぞや一大決心が必要だったことだろうよ。だけど今言ったようにだなあ……」
リリーはぷんぷんとお怒りだが、実際のとこ、真偽のほどをたしかめるには直接王城とかに行くしかないんだよな……。
「──真実でございますよ」
声がしたと思った瞬間、ぱちりという音とともに、部屋の明かりが点いた。
「……ひゃっ?」
リリーは悲鳴を上げて俺の後ろに隠れた。
「おま、おま、おまえ……っ!? いったいいつからそこにいたっ!?」
俺は思わず声を震わせた。
綾女はカーゴルームへ繋がるドアの傍の壁に寄りかかり、腕組みしている。
もちろんそれ自体は問題じゃない。
問題なのは、ドアの開く音がしなかったことだ。
「最初からおりましたよ? 出たフリをしていただけです」
「最初から……ってことはまさか、明かりを消してドアを開けて、でも自分は外に出ずに、ドアだけ閉めた?」
「ご名答。今日はずいぶんと勘が鋭いですね」
綾女は表情をまったく変えずに拍手をして寄越した。
「いかに向こう様からの申し出とはいえ、坊ちゃまもお年頃……を微妙に過ぎた男子でございます。成人を迎えてもいないであろう女子を相手に間違いを起こしてはいけないと思いまして、この場にとどまっておりました」
「誰がお年頃を微妙に過ぎたか。まだまだ立派な思春期男子だっての。いやまあ、立派かどうかは異論があるかもしれんけど……って違う、そうじゃない。問題はそこじゃない」
俺はぶんぶんとかぶりを振った。
「なあ綾女、今おまえなんて言った? 『真実でございますよ』って言った?」
「ええ」
「そういやおまえ、今日はずいぶんおかしかったよなあ? モンスター相手にもまったくびびらねえし、リリーから聞かされる前に『フェロー王国のお姫様』だって言ったりしてたもんなあ?」
「ええ」
「なあ綾女、おまえはいったいどこの何者だ? どうしてそんなに強くて、武器まで持ってる? どうしてそんなにテンペリアの事情に精通してるんだ?」
「遊馬様との契約によるものです」
綾女は事もなげに答えた。
「契約……? 爺ちゃんとの?」
小鳥遊家に勤める他のメイドと違って、綾女は爺ちゃんが直接雇ったものだ。
なにせ小鳥遊家の影の領袖とまで呼ばれた爺ちゃんの直属だから、綾女がメイドらしい仕事を一切しなくても、そこに文句をつける者は誰ひとりいなかったわけだが……。
「遊馬様はかねてより知っておられました。いつかこの日が来ることを。坊ちゃまがテンペリアへとお渡りになり、そして過酷な戦いに巻き込まれることを。惰弱な坊ちゃまでは耐えられず、すぐにお亡くなりになってしまうだろうことも。そして、だからこその私でございます」
綾女は腕組みを解くと、右手を心臓に当てた。
四十五度に頭を下げた。
最敬礼だ──と直感したが、どこの国のものかまではわからなかった。
「綾女・ドラコーヴァ。私はその道の、スペシャリストでございます」
戸惑う俺に対し、綾女は改まったようにそう告げた。




