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「プロローグ」

 ~~~小鳥遊勇馬たかなしゆうま~~~




 二十歳の誕生日に爺ちゃんから贈られたのは、まさかのスケール感のプレゼントだった。


「うっわでっか……。え、これマジで誕プレなの? 本気で本気? いくら節目だとは言っても気合い入りすぎじゃない?」


 我が家の駐車スペース四台分を占拠しているその車を見て、俺は感嘆のため息を漏らした。


 なんといってもサイズだ。

 本気で大型バスぐらいあり、タイヤもでっかいのが八本ついてる。

 色はカーキ色で、側面に『三ツ星』のロゴと『リトルノア』の車体名が描かれている。

 窓は少なく、操縦席と後部以外には小さなのがふたつあるだけ。


「えらく頑丈そうなのは、やっぱりそういう意味で? 自走式(・ ・ ・)核シェルターだからってこと?」


 核シェルターってのは文字通り、核戦争を耐え凌ぐための設備だ。

 爆発を耐え、放射線を避け、すべてが収まるまで閉じこもるための設備だ。


 自宅の地下に作ったり庭に物置みたいにして建てたり、形式としては様々あるけれど、これは自走式。

 つまり自分で動けるってこと。

 言うならばキャンピングトレーラーみたいな感じで、より安全な地域へと移動出来るようになっている。


 もちろんお高い。

 場所も死ぬほどとるため、普通のご家庭じゃ置いておくことすら出来ない。

 都内にあって二千坪を構える俺んだからこそ出来る贅沢というわけだ。




「へえー、ほおー?」


 分厚い取扱説明書をペラペラとめくりながら、俺はいちいちそのスペックに感心した。


「モノポール反応炉から発生するエネルギーでモーターを回すので、半永久的な運転が可能です? うんうん、どういった構造なのかはわからないけど、エコなんだな。まあ核戦争を想定してるんなら自然とそうなるのかな? 燃料補給とかしづらそうだもんな」


 リトルノアには他にも様々な機能が搭載されていた。


 四人分の寝台スペース兼リビング。

 四人が二か月を過ごすための食糧や水の備蓄。

 調理設備に水道設備。

 除染設備に医療設備。

 トイレにシャワー、大型冷蔵庫に冷暖房装置。

 カーゴルームが少し広めにとってあって、そこには……。


「……ん、なんだこれ?」


 取扱説明書の後半が、ちょっとおかしい。


「想定年数を超えた『越冬』のため、カーゴルームには様々な設備が搭載されています。植物の種子に培養器。水源採掘用、害獣退治兼用の装甲作業服アーマード・マニュピレータ……え、どんだけ耐える気なの? 何年スパンでもの考えてるの? 装甲作業服が必要な害獣ってどんなの? そもそもいったいどういう状況を想定してるの?」


 紙面から漂う何かに不安を感じていると……。




「ほう、これが……。さすがは『防衛の三ツ星』、いい仕事をする……」


 ぶつぶつとつぶやいたのは綾女あやめだ。

 

 コンコンとリトルノアのボディを叩いて頑丈さを確かめたり、あちこち覗き込んではいちいち訳知り顔で頷いたりしている。

 

 綾女は小鳥遊うちのメイドだ。

 色白小顔の美人で、切れ長な左の目元に泣きボクロがある。

 身長は百七十五、女性にしては高いほうだ。

 体つきはスリムで、黒のロングドレスに白いリボンタイとエプロン、頭にはキャップというヴィクトリアンなスタイルがよく似合っている。


「あら勇馬坊ちゃま、おはようございます」


 そこで初めて俺の存在に気づいたのか、綾女は感情のこもっていない平坦な声であいさつしてきた。


「ああ、おはよう綾女」


「あら坊ちゃま、今日はなんだか晴れやかな顔をしてますね。いつもは腐った魚みたいな目をしてますのに」


「うん、今日も朝から失礼だねおまえは」


「あら、これは失敬。正直すぎるのも考え物ですね」


 まったく悪いとは思っていない口調。


「……うん、まあいいや」


 綾女の素っ気ない……を通り越して無礼な態度はいつものことなので、さすがに慣れた。


「何せ今日は俺の二十歳の誕生日だからな。こうして爺ちゃんからプレゼントまでもらって、それがこんなに立派な車だってんだから、そりゃあ晴れやかな顔にもなるってもんだろ?」


「まあ……二十歳におなりに……っ?」


 綾女はフラつき青ざめ、口元を手で抑えた。


「え、なにそのリアクション?」


「二十歳になるのにも関わらずチビで無職で童貞で、あげく友人すらいないだなんて……。坊ちゃま、なんてお可哀想に……っ」


「そういうことかよ。ってうるさいよっ、みなまで言うんじゃないよっ」


 身も蓋もないことを言う綾女に、俺は全力でツッコんだ。


「いいんだよ。俺はそういうの諦めてるんだから。身体的特徴はともかく俺の天才的価値観や発想やその他諸々は、下賤の奴らには理解出来ないものなんだから。というかおまえはおまえでおかしくない? そういったあれやこれやのデリケートな部分にはあえて目をつむって爽やかにお祝いしてくれるのがメイドってもんなんじゃないの?」


「なんと……メイドとはそんなに過酷な職業でしたか……」


 今にも死にそうな顔をして綾女。


「そこまで辛いことじゃないよっ!?」


 本当に毎度毎度、ツッコみどころしかない女だ。


「はあ……っ、はあ……っ。ったくもう、おまえと話してると本当に疲れるよっ」


「あら、そうですか? 私は全然疲れませんが。なにせ坊ちゃまは手がかかりませんので」


「そりゃおまえは何もしてないからなっ?」


 綾女は現在二十七歳。

 十年前に我が家にやって来て、それからずっと俺の側付そばつきをしている。


 しかも本当に傍にいるだけなんだよ。

 突っ立ってるだけで何もしないの。


 別にあれこれ世話しろは言わないけど、さすがに最低限ってもんがあると思うんだがなあ……。


 胸中でぶつぶつつぶやいていると、綾女がすすっと俺の側に寄って来た。

 俺より十センチも高いところから、見下ろすようにして来た。


「な、なんだよ? どうしたんだ?」


 綾女の目には独特の険がある。

 黙って立っているだけでも周囲を威圧するようなところがあり、みんなに恐れられている。


 慣れてる俺でも、至近距離から見下ろされると正直きつい。

 じっとりとした恐怖に襲われていると……。


「二十歳のお誕生日、おめでとうございます。坊ちゃま」


 綾女は真顔でそれだけ告げると、近づいて来た時と同じようにすすっと離れていった。


「え? あ、ああー……うん、ありがとう?」


 言葉の内容と表情のギャップに戸惑い、返事が遅れた。


 ようやく返事出来た時にはすでに綾女は俺のことを見ていなかった。

 俺が持っていたはずの取扱説明書をぺらぺらめくり、うんうんとうなずいている。


「い、いつの間に……?」


 時々思うんだけど、綾女ってどことなく忍者めいたところがあるよな……。


「ほう、これはこれは……。この車、アタッチメント付きなんですね。B装備にC装備……。ほう、これらをつけると公道は走れない? なんとピーキーな……。装甲作業服の仕様といい……この発想……もしや相楽博士さがらはかせの? だとするとこれは、普通の車ではない……?」


「……な、なんだかずいぶん楽しそうだな? 綾女?」  


「ええ、それはもう」


 話しかけると、綾女は大きくうなずいた。


 常日頃、何事にも興味ございませんって顔してる綾女にしては珍しい。

 リトルノアの何がそんなに琴線きんせんに触れたのだろうか。


「ねえ坊ちゃま。坊ちゃまは童貞でらっしゃいますよね?」


「は?」


「失礼、間違えました。ペーパードライバーでらっしゃいますよね?」


「え、そこ間違う!? たしかになんとなく似たような雰囲気のある言葉だけど、そんな風に間違うかな!? めちゃめちゃ悪意を感じるんだけど!?」


「まあペーパーじゃなくても同じなんですけどね。普通にこれを動かすなら大型、B装備やC装備付きなら大特がるんで」


「じゃあなんで聞いたの!? なんで俺は無駄に傷つけられたの!?」


「一応の確認ですね。このままではせっかくの誕生日プレゼントが宝の持ち腐れなことと、これを運転出来るのは私しかいないこと」


「は? 持ち腐れ? え、綾女が運転? するの?」


 綾女は取扱説明書をぱたむと閉じると、キラリと目を光らせた。


「もちろんです。私、ひさしぶりに燃えてまいりました。──さあ坊ちゃま、ドライブに参りましょう」

 



 その提案に、俺は一も二もなくうなずいた。

 リトルノアに乗ってみたいのは山々だったし、そしてなにより、こんなにウキウキした綾女の顔なんて初めて見たからだ。


 だけどそれは間違いだった。

 そんな選択さえしなければ、俺たちはあんな目に遭わなくて済んだんだ……。

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