#1-9.日帰り冒険者
崩れかけた塔の頂に、ゲートの足場から慎重に降り立つ。
端の方から、カラカラと音を立てて石の欠片が落ちていくが、それ以上はない。
「グイン、出てきていぞ。何とか俺たちの体重くらいは支えられそうだ」
大剣を背負った巨体が、アイテムボックスから俺の傍らに降り立つ。
「ここが、暗黒大陸ですか」
あたりを見回しながら、豹頭の戦士はつぶやいた。
ほぼ真上からの溢れる陽光の下に、むせ返るような緑の密林がひしめく。その大海を思わせるような樹木の中から、所々に覗く石造りの構造物が、はるか昔に滅んだ魔法文明の遺跡。
暗黒大陸の西の端。帝都から世界を四分の一ほど回ったところだ。時差は約六時間。向こうはまだ早朝だが、連続瞬間転移してきたこちらは、既に昼過ぎだった。
南半球は久しぶりだ。前に来てからだと、半年か。
『ニュート。外に出てみるか?』
念話で呼びかける。
『いいのパパ?』
大喜びだ。普段は、家でしか外に出してやれないからな。
ここも危険がないわけじゃないが、キウイが常時監視してるし、今のところ空の魔物も見当たらない。
アイテムボックスを開くと、ニュートが飛び出してきた。
『わぁ、おっきなもり!』
はしゃいでる。
半年前は、こうした遺跡を単独で手当たり次第に探索していた。その時は、鑑定の呪文が使えないせいで、大した成果は上げられなかった。
しかし、今度は違う。鑑定の呪文で危険なアイテムやトラップは避けられるから、単独行動しなくて済む。
それにここは、有望だと見込める根拠がある。わずかな希望だが。
傍らのグインを見上げる。
――いつかまた、一緒に冒険に出よう。
グインを奴隷から解放する際に、かわした約束だ。
ここを本格的に探索するなら、強い魔物に出会うだろう。なら、グインに腕を振るってもらわないと。キウイのレベルも凄く上がったけど、瞬間転移で対価が五十パーセントを超えるから、戦闘に回すと厳しいからね。
もう、ゲートを出しっぱなしのアイテムボックスに半日こもって、対価を消化しなくて済むわけだ。
俺も周囲を見回す。半年前と変わらぬ、この大陸では見慣れた、緑に埋め尽くされた風景。
「滅びてから、どのくらいの年月が経ったんだろうな」
遠隔視を使わなくても何とか見える彼方に、似たような塔が密林から覗いていた。塔の高さと、あそこまでの距離を考えると、どう考えても帝都の倍以上の差し渡しがある。面積なら四倍だろう。おそらく、百万人を超える人口を抱える、大都市だったはずだ。
そのほとんどを埋め尽くす樹々。その間から立ち昇る、魔物の気配。
「……腕が鳴ります」
グインが牙を剥く。
微笑んでるんだな。
遠隔視で上空から見える範囲でも、このような大都市はいくつもあるようだ。それらの間にも、そこそこの規模の都市があったらしい。もし、全体が密に繋がっていたならば、日本列島を覆い尽くすくらいのメガロポリスだったのかもしれない。
「何億もの人々が、かつてこの大陸で暮らしていたんだ」
俺のつぶやきに、グインは頭を振った。
「私には想像もできないほどの数字です」
今の南北二つの大陸を合わせても、総人口は一億かそこらだ。日本より少ない。その何倍もの人口が、この地で産まれ、豊かに暮らしていたはずなのだ。
腕組みをして、グインもつぶいた。
「そんな栄華を極めた大国が、一夜のうちに滅ぶとは」
想像を絶することだけど……史実であるはずだ。魔王オルフェウスの蔵書にあった、古文書によるならば。
俺は答えた。
「何よりも、あの黒スライムが証拠だよ」
これらの遺跡の一つから、オルフェウスの侍女、トカゲ人のゼノビアが持ちだした「全てを喰らうもの」だ。
魔王との全面戦争で、ペイジントンが魔核爆発で焼き尽くされたと聞いたとき、俺は絶望した。
しかし、その術式を応用した魔核爆弾が間に合わなければ、ここのように北の大陸全体が食いつくされていただろう。
オルフェウスに感謝すべきか、罵るべきか。マッチポンプかもしれんな。
「さて。問題は、どこから手を付けるか、なんだよな」
俺の言葉に、グインがうなずいた。
改めて周りを見渡す。
赤道を挟んだこちらは秋が深まりつつあるが、亜熱帯に位置するためむしろ暑い。真冬となっても、精々、暑さが凌ぎやすくなる程度だろう。北の大陸から連続の瞬間転移で来るなら、今頃が楽ではある。
しかし、本当にこの大陸は広すぎる。だが、手をこまねいてるわけには行かない。
「この大陸のどこかに、黒スライムを生み出した場所がある。そこにこそ、『青魔核変換』のヒントがあるはずだ」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。
きっかけは、キウイに残っていた動画だ。キウイの画面が念話で俺の脳裏に映されるように、俺が見たものも念話でキウイに「見せる」ことができる。「念写」とでも言うべきか。これを使って、オルフェウスとの戦闘の際に、動画を常に取り続けていた。
決定的な瞬間は、記録しておきたいし、奴が何か罠を仕込んでいたりするかも、と用心したためだ。
オルフェウスを倒した後、迷宮にこもって奴の蔵書を調べていた時だ。この動画のことを思い出して、途中を飛ばしながら仲間と観てみた。
グインの勇姿を見て、アリエルがうっとりとしてたのはご馳走様だったが。
で、あの黒スライムが俺の方に迫ってきた瞬間だ。
改めて観て分った事実。言葉を失っている俺に代わって、ランシアがつぶやいた。
「この魔核……黒い?」
動画を止めて拡大すると、粘液の中を埋め尽くす芥子粒大の魔核が、真っ黒なことが見れとれた。
通常、魔核は位が上がると色が濃くなり、最上級はワインレッドとなる。クラーケンの魔核がそうだった。
しかし、これは漆黒。あの時は深夜だったが、人工太陽で真昼のように明るかった。その光をすべて吸い込んで、なお黒々とした無数の粒だ。
青魔核とは似ても似つかないが、魔核の色に関係する何かの術式が働いている。だから、この黒魔核が生れた経緯が分れば、手がかりになるはず。
……そう確信した瞬間だった。
だが、仲間たちの結婚式とか新居の用意とか、色々やることがありすぎて、ようやくこの暗黒大陸に挑んだのが、半年前だ。最初は、ゼノビアが封印された黒スライムを持ち出した遺跡から。
残念ながら、徒労だった。
そこは封印するためだけの施設だったらしく、作り出すための情報は皆無だった。博物館に製造施設がないのと同じだ。
それでも、そこにあった魔法具などの遺物を鑑定できれば、まだ調査の手がかりはあったのだが。自力で鑑定できないと、触れて安全かどうかすら分からない。
今まではミリアムやマオに頼ってた。しかし、二人とも自分のことで手一杯。ヘルプを頼むわけには行かなかった。
でも。
今の俺には、その鑑定の呪文が使える。キウイを介して、だけどね。これだけでも、探索が大きく進むはずだ。
何より、未知の危険に出会う率が大幅に下がる。グインを連れてきたのはそのためだ。わけの分らない危険で、大切な仲間を失うわけには行かない。
そして、「旅は道連れ」だしね。
そうこうしているうちに、キウイの対価が五十パーセントを切ってくれた。
「行くぞ、グイン」
「御意」
足元の息子にも声をかける。
「ニュート、キウイのところに戻って」
『うん、わかった』
アイテムボックスのゲートを閉じ、かわりに足元に瞬間転移のゲートを出す。
俺たちはこの塔の最上階へと転移した。ここから螺旋状のスロープを降りた先が、今回の探索対象だ。
********
思った通り、魔物がめっちゃ強い。だが、それだけだ。
グインが闘気を帯びて大剣を振るい、片端から切り捨てる。俺は量産される死骸からアイテムボックスで魔核を回収する。そうして、ひたすら下へと降りる。
ゲート刃で支えた光玉のミニ人工太陽を頭上に浮かべ、遺跡の内部を照らしながら。
黒スライムで滅びる前は、何かの商業施設だったのだろうか。広い地下通路の左右に部屋が広がり、商品を陳列できそうな棚が並んでいる。しかし、その大半は長い年月の中で朽ち果て、魔物の巣になっているものもあった。
で、俺たちに襲いかかってグインに切り捨てられる。
魔物の出血大サービスだな。魔核がどんどんたまる。
遺跡の中央部分は、やはりらせん状のスロープの巨大な吹き抜けとなっていた。このスロープも、当時は買い物客などが溢れていたのかもしれない。
ここは俺たちが入った塔の基部にあたる。地上や浅い階層には他の場所への通路があるようだが、透視した限りでは植物の根で埋まっていた。どうやらここは、孤立したブロックになっているらしい。
そもそも、俺がこの遺跡に目を付けたのは、半年前に見つけた古文書がきっかけだ。黒スライムが封印されていたという閉鎖空間……瞬間転移でしか入れない迷宮にあったものだ。
生憎、古文書の文字そのものは、全く解読できなかった。それでも、持ち返った羊皮紙をマオに鑑定してもらい、その産地を調べたところ、この大都市の近郊だとわかったのだ。
これが、ここが有望だと見込んだ理由だ。
もちろん、全くの外れかもしれない。それでも、やみくもに何千あるかも分らない遺跡を調べるよりかはマシなはず。
とはいえ、今のところはなんの手がかりも出てこない。
「お、魔法具みっけ」
以前は気になって仕方のなかった魔法具だが、ここでもあちこちに落ちている。カラスが光り物を集める習性のようなものなのか、魔獣が巣に溜めこんでたりもする。中の魔核に惹かれるのだろう。齧ったような跡も見られるが、古代の魔法具はかなり頑丈らしい。
今回は、オモチャの光線銃のような形の物体だ。
『キウイ、鑑定を』
脳裏に映るキウイの画面に、鑑定結果が表示される。
「……レベル一の魔法弾が撃てるのか」
残念ながら、デザインが変わっているだけで、ありふれたものばかりだった。
あくまでも、今のところは、だ。
そう自分に言い聞かせて、先を目指す。
やがて、地下を何層か降りた時だった。
「これは……遠隔視を封じる結界か?」
今までは、階層を下るたびに遠隔視でマップを作成し、総当たりで探索を続けてきた。しかし、この階では遠隔視が使えない。ガジョーエンやミリアムの迷宮と同じだ。
結界そのものは魔法具でも維持できるが、魔核がすり減ればおしまいだ。クラーケンの魔核なみのサイズなら百年以上持つだろうが、この大陸が黒スライムで滅びたのは、少なくとも千年前のようだ。どう考えても、持つはずがない。
そうなると、だ。
可能性は二つに一つ。
この奥に結界を生み出す魔物がいるのか。
それとも、結界をかけ直せる人間が生きのこってるのか。
……後者の方に賭けたい。
********
しばらく進むと、グインがふいにひざまずいた。
「どうした?」
「我が君、こんなものが……」
彼が拾い上げたのは、骨だった。
「明らかに、人骨です。しかも、新しい」
そう言って、俺に差しだす。
長くて丈夫そうな骨。特徴的な球状の関節。
間違いない、人間の上腕骨だ。
そして、黒スライムが食いつくすと、骨すら残らない。だからこれは、少なくともあの大災厄より後のものだ。
手に取ると、ずっしりと重い。つまり、乾ききっていない。
「と言うことは、この遺跡には人が生きのこっているわけだな」
グインはうなずいた。
とは言え、ヒト族とは限らない。サイズ的に小人族じゃないだろうけど、グインのような獣人族かもしれない。
『キウイ、鑑定を』
『イエス、マスター』
脳内に映るキウイの画面に、鑑定結果が表示された。
「蛇人族の遺骨か」
死後、ほんの数日と出た。綺麗に食べられてしまったのか。
この人は気の毒だけど、俺のさっきの賭けは勝ちだな。これが最後の一人でなければ、だが。
「グイン、他に骨はないか?」
種族に関わらず、人ならば弔ってやらないと。
「ここにあったのは、これだけです」
グインの返事にうなずき、骨をアイテムボックスにしまう。
「よし。先に進もう」
遺跡のさらに深層へと、俺たちは下って行った。
********
「何かあるとしたら、ここだな」
目の前の扉を見つめながらつぶやく。
外見は、何の装飾もない普通の両開きの扉だ。ただ、やたら頑丈そうな蝶番の金具が、こちら側に出ている。
透視ができないので、キウイでマップを記録しながらたどった結果、この扉の向こうにかなり大きな空間があると分った。
扉を鑑定してみる。
「……ミスリル製か」
道理で痛みが少ないはずだ。ちなみに、罠の類は見つからなかった。
取っ手を掴んで引いてみるが、びくともしない。蝶番がこちら側だから、引いて開くはずなのだが。
「私がやりましょう」
大剣を背中の鞘に納め、グインが取っ手を掴んだ。
ぐっと力を込める。背中と腕の筋肉が盛り上がるが、やはり扉は動かない。
「その辺にしておこう。壊したら元も子もない」
中にいるのは、おそらく蛇人族の生き残りだ。魔物を寄せ付けないために封鎖しているのだろうし、魔族などに探られないよう、空間魔法を封じているのだろう。
なら、扉を破壊したら敵と見なされてしまう。
俺が欲しいのは情報だ。出来れば彼らと対話し、協力関係を築きたい。
キウイの時計を見ると、そろそろ帝都は夜だ。
今回は下見程度のつもりだったのだが、意外にも大きな収穫があった。
「今日のところは引き返そう。明日、ここまでまっすぐ来ればいい」
この階層までは総当たりで探索して来たが、スロープのある吹き抜けをゲートボードで降りて来れば、あっという間だ。当分は、日帰りで探索を続けよう。
「御意」
グインは同意してくれた。
何と言っても、アリエル一人に乳飲み子の世話を押し付けちゃいかんよな。
二人はまだまだ新婚ラブラブなんだから。
……俺も早く、ミリアムとそうなりたい。