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#1-7.タクヤの一週間

 大学生活二週目となって、大体、どの講義を取るかは決まった。

 月曜日 フル参加

 火曜日 履修せず。

 水曜日 一限目のみ(たまにサボる)

 木曜日 一限目のみ(たまにサボる)

 金曜日 一限目のみ(たまにサボる)

 土曜日 フル参加

 日曜日 フル参加

 オードリーには悪いが、火魔法は履修しないことにした。水木金の水風光は、教授との議論が面白そうだから、座学のみ。土日の土と闇は全部出るつもりだ。

 問題は月曜日(ソフィメラ)。基本魔法のロイド教授と教官たちだ。あそこまで目の敵にされると、ちょっとこちらの学習意欲にも差しさわりがある。

 で、ややブルーな気分で登校し、いつものように門のそばの掲示板を見た。

 入学時に学生課で、必ずそうするように言われたからだ。しつこいほど。休講とかの重要な連絡が掲示されるからだ。

「一年A組のタクヤって……俺だよな?」

 百人の大所帯だが、同じ名前はいなかったはずだ。

「学長からの呼出しなんて……何やったのよ、タクヤ」

 と、オードリー。いつの間に後ろにいたんだ?

「……身におぼえないけど」

 あるとしたら、先週の月曜日のことだが。問題になるならもっと早くて良いはず。

 どっちにしろ、これだと一限目はキャンセルだな。

「オードリー、悪いけど一限目は休む」

 そう告げて、学長室へ向かった。


********


 学長室は、大学の敷地の中央にある建物にあった。学生課の職員が詰めているのも、ここだ。例の一刻で一回転する魔法具が塔の上にあるので、「一刻館」と呼ばれている。

 ……残念ながら、美人の管理人さんはいないようだけど。

 大きな玄関から入ると、広いロビーには学生たちがひしめいていた。学期の初めには、学生課にあれこれ手続きをしに来る必要があるからね。この辺は、日本で通った大学とよく似ている。

 そのロビーの奥の階段を上がり、廊下を進んだ突きあたりが、学長室。

 扉をノックする前にためらう。

 いきなり退学なんてないよな? あのロイド眼鏡教授が帝国の有力貴族で、裏で手をまわしたとか。折角、講座とか面白くなってきたのに。

 まぁ、この手は思い悩んでも仕方ない。これで誰かが死ぬわけじゃないし。

 ノックすると、野太い男性の声が中からした。

「どうぞ、お入りください」

 ドアを開けて入り、一礼する。

「タクヤです、学長先生」

 執務机の向こうから、恰幅の良い初老で白髪の男性が立ち上がった。立派な口髭だが、こちらは黒々としている。

「ようこそ、タクヤ君。まぁ、そこに座りたまえ」

 灰色の瞳に浮かぶ笑みに、ちょっとほっとする。

「早速、用件なんだが。君の魔法分類に関する議論だ」

 やっぱり、あれか。

 まずは下手に出てみよう。

「はい、すみません、生意気を言ってしまって――」

 学長は手を上げて押しとどめた。

「いや、ここは大学だ。誰もが持論を述べる権利を持っている」

 そこで、卓上のカップを手に取り、中身が空だと気付いたようだ。

「そう言えば、お茶も出さずに失礼した。紅茶でいいかね?」

「え、ああ、はい」

 学長、しばし瞑目。遠話かな?

「さて、問題はザンクトバル教授の方だ」

 ロイド眼鏡の名前か。そう言えば、そんな名前だった気がする。

「教授会の中でも、学生の意見をそこまで全否定しなくても、という話が出ておってな」

 そう言えば、火水風土の教授は中立、光と闇の二人は肯定してくれたっけ。

 ドアがノックされた。女性の職員が入ってきて、俺の前に湯気の立つ紅茶のカップを置き、学長のカップにも注いでから出て行った。

 この世界じゃ、インターホン要らないな。

 一口すすると、学長は続けた。

「そこへ来て昨日、皇帝陛下の首席補佐官殿が所用で見えられてな」

「……はぁ」

 話が飛んだので、間抜けな声を出してしまった。

「今期の入学生はどうかと効かれたので、君の名前を出したんだが。まさか、君の御友人とはな」

 あ、首席補佐官って、補佐官の上役?

「あの、その人ってオーギュスト……」

「そう。オーギュスト・メルマーク閣下だ」

 うん、そんな名前だった。いつもマオと呼んでるから、とっさに出てこないけど。

「何でも、彼がトラジャディーナ国王の訪問への返礼に出向いた際、君も使節団に同行したとか」

 ああ、公式にはそうなってるのか。しかし、うちのやつらが使節団の一員だったとは、恐れ入る。

「閣下がおっしゃるには、君の魔法学に対する興味や知識は非常に高いので、入学はとても喜ばしい、とのことだった」

 マオのやつ、こうやって人を持ちあげるのが得意だよな。

「そんなわけで、わしも君の意見を直接聞かせてもらおうと思ってな」

「はぁ……」

 俺は構わないけど。

「で、教授会でそう話したら、この二人が同席したいと申しての」

 二人?

 学長はしばし瞑目。すぐにドアがノックされた。

「入りたまえ」

「失礼します」

 声に続いて入って来たのは、イケメン森人族(エルフ)のサルモン教授。と……

 空中を滑るように進む舟形のタライに入った、人魚族のネレイス教授。

 イケメン先生はもう一つのソファに座り、ネレイス先生はすぐそばの小卓にタライを乗せた。

 距離が近いし、何というかこのムードは……

「……あの、もしかしてお二人は?」

 俺の問いかけに、二人は見つめ当て微笑み、ネレイス先生が答えた。

「ええ、私たちは夫婦です」

 なんとまぁ。

「意外と驚きませんね?」

 いや、アリエルとグインの例があるからね。

「友人のうちの人魚族が、もう一人と結婚したので」

「ほう。お相手はヒト族の男性で?」

 イケメン先生が聞くので、答えた。

「いえ、豹頭族の戦士です」

 逆に驚かれた。

「それはまた……」

「オーガーに棍棒ですわね」

 ネレイス先生が微笑みながら言ったのは、日本語なら「鬼に金棒」みたいなニュアンスだ。

 ……なんとなく、アフロディエル神の恩寵に関係ある気がするんだが、この場で聞くのはやめておこう。

「オホン」

 学長が咳払いした。

「さて、こうしてお二人に来てもらったのは、タクヤ君の学説について、中立的な立場からの意見を伺いたかったからじゃ」

 世間話は終わりってことだな。

 ネレイス先生が話しだした。

「サルモンから聞きました。風魔法の『対象』として『空気』と言うものを想定すると」

 この世界では、空気はまさに「空気のようなもの」で、物質として認識されていない。そのため、魔法の体系が歪になってる。それが俺の自論だ。

 ネレイス先生は続けた。

「その例えとして出された水中の泡は、非常に興味深く思えました」

 先生は魔法で水玉を作り、魔法の手で空中に浮かべた。

「水中で暮らす人魚として考えると、確かに泡は中身が詰まったものとして感じられます。見た目もふるまいも、水滴とそっくりです。ただ、下に落ちるか、上に昇って行くかの違いだけですから」

 なるほど。具体的だな。

「さらに魚の浮袋も、その『空気』なるものが詰まっていると考えることができます。深いところで取った浮袋は、浅いところでは膨らんで硬くなります。そうなると、魔法弾(マギキスフェラ)が圧縮した空気だというのも一理あるかと」

 そうそう。俺の体の一部も、膨らんで硬くなるし。

 ……いや、そうじゃなくて。

 水玉はネレイス先生の肌の上ではじけ、潤いを与えた。

 それを見て微笑みながら、イケメン先生も口を開いた。

魔法弾(マギキスフェラ)は呪文も単純なので、基本魔法として誰もが最初に学ぶものです。しかし、その術式自体は風魔法とほぼ一致していますね」

 二人はさらに、風魔法と水魔法の術式の比較も論じ始めた。かなり高度な内容なので、俺はキウイで魔導書の検索を駆使しても、話に付いて行くのが精いっぱいだった。

 そうした俺たちの話を聞いて、学長はうなずきながら言った。

「なるほど。これはもしかすると、魔法学の大革命になるかもしれんな」

 なんか、凄い話になってるし。

「よかろう。二人は下がってくれて結構だ。感謝する」

 サルモン先生は立ちあがり、舟形タライと共に浮き上がったネレイス先生の肩に手を置くと、一礼して仲良く部屋から出て行った。

「さて。ザンクトバル教授のことだが」

 学長が話を戻した。

「色々、失礼な発言があったようだ。学長として申し訳なく思っている」

 そうして頭を下げられると、かえって恐縮してしまう。

 何か処分があるんだろうか? ちょっとやりあったけど、教育熱心みたいだから、クビとかにはなって欲しくないんだが。

「どうか、頭を上げてください。俺の方は何とも思ってませんから」

 学長は微笑んだ。

「寛大な言葉に感謝するよ」

 そして瞑目。

 今度は、入ってきたのはロイド眼鏡の教授だ。

 そうか。もう、講義は終わる時間か。

「クレス・ザンクトバル教授。タクヤ君はきみの暴言の件は不問としてくれるそうだ」

 教授は俺の方を向くと、頭を会釈した。

「そうでしたか。私の謝罪を受け入れてくれるとは、まことに結構」

 ……これ、謝罪のつもりかな。そうなんだろうけど。俺の後ろにいる学長をこっそり遠隔視で覗いたが、その顔は渋かった。

「では、次の講義の準備がありますので、私はこれで失礼します」

 そう言うと、ロイド眼鏡は出て行った。

 苗字があるってことは、貴族なんだろうな。貴族が平民に頭を下げるわけには行かないのかも知れんが、もうちょっと何か言いようもあるだろうに。

「タクヤ君。申し訳ない。あれで、教育熱心な教師なのだが……」

「……ああ、はい。その辺は分りますから」

 そう言って、俺も一礼して校長室を辞した。

 まぁ、これで一件落着なら、それでいいや。

 ……と、思ったんだけどね。


********


 二限目の実習では、鑑定の呪文の実習だった。

 まずは、二人一組になって、お互いに鑑定をしあう。

「……鑑定(エクティミシ)

 オードリーが俺を鑑定する。しばらくして、その口からため息が漏れた。

「本当に、自己紹介の通りね。『ヒト族の凡人』なんてクラス、初めて見たわ」

 意外に非凡なクラスなのかも。

 今度は俺がかける番なのだが、例によって呪文は失敗だ。なんとかこれだけでもキウイが覚えてくれないと、ソロ活動ができない。暗黒大陸をしばらく探索してたけど、見つけた遺物が危険なものかどうかも分らないので、持って帰ることもできなかった。結局、廃墟などの地図を断片的に描いただけで終わってる。

 向こうは魔物のレベルも高いから、出来ればグインを連れていきたいんだが。本格的な冒険になったら、そうする約束だし。

 しかし、マオは忙しいし、ミリアムは迷宮から出てこれないから、保護の呪文もかけてやれない。なかなか上手くいかないものだ。

 こうなったら、もう少し詳しくオードリーに話して、仲間になってもらうしかないかな。危険なことには巻き込みたくないんだけど。

 後は、実習の指導教官が各自に遠話をかけて見せてくれた。遠話や遠隔視は中級クラスなので、割と使える魔術師が多い。見せる・聞かせる方のV2の方になると、マオにも解析ができなかったらしい。


********


「そう言えば、学長室に呼ばれたのは、何だったの?」

 オードリーと学食でお昼を食べていたら、質問された。

 まぁ、気になるよね。

「俺の魔法分類の意見、他の教授には割と評判良かったんだそうだよ」

「へぇ……って、肝心のザンクトバル教授は?」

 オードリーは、しっかり担任の名前を覚えてるんだな。

「うん……一応、暴言の方は謝罪してくれた……らしい」

「らしい?」

 怪訝な顔……だよね。

「うん。全然、そうは聞こえなかったけど、謝罪したことになったらしい」

 くすくす笑うオードリー。

「まぁ、そんなものでしょ、お貴族さまなんて」

 そうなんだろうな。どうも、こっちに来てから関わった貴族と言えば、ミリアムや爺さんやマオくらいだから、かなり標準から外れてるよな。

 クロード皇帝やトラジャディーナの国王には、あくまで勇者として会ってるから、これも別格だ。

 結局、この世界の貴族にただの平民として接したのは、このロイド眼鏡先生が最初ってことか。

「そう言えば、もしかして学長も爵位があるのかな?」

 何気なく呟いただけだけど、オードリーが答えてくれた。

「たしか男爵よ」

 なるほど。それにしては、普通に接してくれたな。人徳ってことだな。

「で、ザンクトバル教授は子爵だから、学長より位は上なのよね」

「……なんだか、学長が気の毒な感じ」

 あの態度は階級差が下地にあったんだな。学長も、本人は教育熱心だから、なおさら強く言えないし。

 めんどくさいな。食欲が失せてしまった。


********


 で、実習だ。いつもの闘技場に集合。教官によると、今日は標的に向けて限界ギリギリの魔力を込めて魔法弾を撃ち込むのだとか。その標的は、おおざっぱに人型に板材を組んだもの。もちろん、過剰対価(オーバードーズ)には注意しろ、との指導も入った。

 だけど……。

「なんで教授がここにいるわけ?」

 オードリーが怪訝に思うのも当然で、俺の脳内では非常警報が鳴り響いてる。どう考えても、見学にしてはもらえなさそうだ。

「あ、あの俺、急用を思い出したので、早退――」

「諸君!」

 俺の発言は完全に黙殺され、ロイド眼鏡を押し上げながら、教授が高らかに宣言した。

「本日は、より実践的な経験を諸君らに積んでもらうため、いささか趣向を凝らそうと思う。諸君らの一名と私とで、模擬的な戦闘を行う」

 その一名が誰になるか、聞くまでもないですよね。

「私の全魔法を込めた魔法弾を見事かわすか弾いた上で、私に一矢報いれば良しとしよう」

「先生!」

 オードリーが声を上げた。

「その模擬戦、あたし、立候補します!」

 うん……ここには保護結界が張られてるから、全力といっても致死レベルじゃないはずだし、オードリーも戦闘の場数はかなりこなしている。ある意味、適任だろう。

 しかし、ロイド眼鏡はニッコリと笑い、俺に向かって言った。

「さて、どうするね、タクヤ。女性のスカートの影に隠れるかね?」

 おう。絵に描いたような挑発だな。こう見えても俺はな、魔法に関してはずっとミリアムにおんぶに抱っこのラブラブなんだ。ここは全力でオードリーに譲って……。

 後頭部に強い視線を感じて振り返ったら、あの金髪ツインテールのアベンナちゃんが、俺を見つめてた。

 うん……わかったよ。君が言いたいことはよくわかるよ。

 俺はロイド眼鏡に向かって告げた。

「先生。俺も立候補します」

 もの凄く面倒なことになる予感はするんだけどさ。

 こんな馬鹿げた勝負、女の子に任せきるなんてしたら、ミリアムに軽蔑されちゃうからね。


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