#1-6.ダイヤと幽霊
土曜日は土魔法の日。
「土魔法は、金属とか錬成できるとジンゴロー工房にとって嬉しいかな」
一々、ミリアムに頼むのも悪いし。
あと、ゴーレムが量産出来たりすると楽しいかも。あ、それより魔核の解析や調整が先だな。
「岩石弾は使いやすいって聞いてるけどね」
オードリーは戦闘が優先だな。
お、教授が入ってきた。
……鉱人族だ。これ以上の適役はないだろうな。うん。
「諸君。わしがこの講座を受け持つガンドルフじゃ。よろしくの」
見たところ、灰色じゃないようだな。髪も髭も一体化してるが、真っ黒だ。
「知っての通り、魔法は七つの属性に大別されておる。その中で土魔法は、唯一、「硬いもの」を扱う魔法じゃ」
あ、なるほど。そう言えばそうだな。
……でも。
俺は手を上げた。
「うん? 質問か。最初の講義じゃから、名乗ってくれ」
「はい、タクヤと言います」
ガンドルフ教授は髭をしごくと微笑んだ。
「おお、お主がそうか」
やっぱり伝わってるんだな。まぁ、そっちは仕方ない。
「今、硬いものとおっしゃいましたが、水も冷やせば氷になるし、鉄も熱すれば液体になります」
教授、髭をゴシゴシ。
「うむうむ。土魔法にも、土壌を液状化する物があるからのう。あれは実際には水魔法との混合じゃし、その意味では水魔法は土魔法の一種とも言える」
頭も固いかと思えば、意外と柔軟だな。
俺は続けた。
「さらに言うと、水は蒸発して蒸気になります。蒸気が噴き出せば風となります。なので、水・風・土は、まとめて物質魔法と呼ぶべきではないでしょうか?」
髭を手放し、パンと両手を打ち鳴らす教授。
「面白いことを言うのう。基本をさらった後で、またこの件について論じようぞ」
そこからは通常の講義となった。しかし、流石は鉱人族というか、たびたび鉱石や金属などの特性などに脱線する。それはそれで面白いのだが、オードリーはあまり関心なかったようだ。どうも、女子が多い魔法大学では、不人気な講義になりそうだな。
……ところが、話題が宝石に及ぶと、文字通り女子の目の色が変わった。
さらに、サンプルだと言って、教授が宝石の原石と綺麗にカットしたものを、それぞれカバンから取り出して見せ始めたものだから、見つめる目の方が輝きで勝るほどだ。
そして、余裕をもって講義終了。履修登録が混雑したのは間違いない。
俺も、この講座は実習と実技まで含めて受けることにした。ここの教授にしては珍しく、ガンドルフ教授がどちらも担当するというからだ。
「素敵……ルビーもサファイアも良いけど、やっぱりダイヤよねぇ……」
その実習が、初日は何と、鉱石標本と称した宝石や貴金属をじかに手に取れる、大サービスと言うわけだ。これはもう、乙女心をガッチリだな。
学食で昼をたべながら、オードリーは興奮して喋りまくってた。
「ああ……あんな輝きを生み出せるなら、土魔法もいいわね」
まぁ、美味い話には、というわけで。
そうした貴石や貴金属ほど、錬成の対価もきつくなる。純金なんて、どんなベテラン錬金術師でも、一グラムの錬成で過剰対価だ。
おかげで、この世界でも金の価値はあまり変わらないで済んでいる。俺が迷宮でひっぺがして死蔵しているニコニコ太陽紋章も、値崩れしないだろう。
唯一の例外は、ミリアムの魔核の固有魔法だ。ミスリルも金もガンガン錬成しちゃうからな。
「俺としては、対価が少なめで役に立つ金属や鉱石があり難いな。光らなくていいからダイヤ並みの硬度の石とか。もの凄く摩耗に強い金属とか」
「……まぁ、現実的にはそうなんでしょうけど」
夢見る乙女には受けが悪いようだ。
午後の実技は、どちらかと言うと実演だった。それも、かなりド派手な。
普段は闘技場で行われる実技だが、今日は屋外の体操場に集合させられた。季節は春だが、体操着だと少し肌寒い。残念ながら、こっちにはブルマとか無いらしく、男女ともに半袖で太ももまでのキュロットだ。
「しかし……教授が来ないな」
などとつぶやいた時だった。
突然、体操場の真ん中の土が盛り上がり、三メートルほどの岩石の塔のようになった。その頂上から、ガンドルフ教授の登場。
「テンコー・ヒキタかよ!」
思わず突っ込んでしまった。
「誰? それ」
「……俺の故郷の、有名なマジシャン」
あっちじゃ、奇術も魔術もマジックだったな、そう言えば。
塔の上から、教授が話し始めた。
「さて諸君。偉大なる土魔法の一端をご覧に入れたわけじゃが」
呪文を唱えると、党の外側にらせん状の足場が突き出した。そこを降りながら、教授は続ける。
「こうした錬成を行う上で、一つ注意すべきことがある。それは、『質量保存の法則』と『対価等価の法則』じゃ」
地面に降り立つと、教授は背後の塔を手で示した。
「この塔は地面を盛り上げて作ったが、中は空洞になっておる。つまり、土壌の質量は変わっておらん。外側の階段状の足場も、内側に作っておいたものを外に付きだしただけじゃ」
再び呪文を唱えると、塔は元の泥に戻って崩れていった。その際、内部が空洞で地面の下までその穴が続いていたことが見て取れた。そして、泥がそこを埋め尽くす量だったことも。
「これが『質量保存の法則』じゃ。そして、塔になっていた時には、土よりも硬い岩となっていた。魔法の対価は、そうした付与する性質と等価となる。これが『対価等価』じゃ」
パン、と両手を打ち合わせ、教授は俺たちを見回すと言った。
「この法則を見誤れば、たちどころに過剰対価は押し寄せるぞ。過去、どれだけの優秀な土魔術師が命を落としたことか」
俺は手を上げた。
「なんだね、タクヤ?」
顔も覚えられたな。
「あの、さっきの岩の塔から出てくる前、ガンドルフ先生はどこにいたんですか?」
教授は髭をゴシゴシやると、ニンマリ笑って言った。
「向こうの校舎の地下室から、トンネルを掘ってあったのじゃ」
それ、地下室の壁とかに穴を開けて?
器物損壊になるんじゃ……まあいいや。俺が怒られるわけじゃないだろうし。
*******
日曜日は闇魔法の日。
日曜なのに闇と言うのは妙な感じだが、「いつも心に太陽を」とか言い訳してみる。
……誰に対してかは分らんが。
しかしこの世界には、日曜だから全員が休み、というのはないんだな。学生にとっては、履修してない講座の日は休みだし、商店なども別個に定休日の曜日を決めてる。その方が確かに、合理的ではある。
それでも、皇帝陛下の生誕日みたいな祝日はあるようだが。流石にこの手は、合理性だけじゃないからね。
教授が来るまで教室で待っていると、オードリーがつぶやいた。
「闇魔法は微妙ね。麻痺とか睡眠は、無用な殺傷を避けられるかも知れないけど。」
「強制とかは、自分で使わなくても、解除できるといいな」
闇魔法の魔導書にあった強制こそが、魔王オルフェウスが俺を狙って仕掛けた、あの人間爆弾にされた女性にかけたものに違いない。
あの時、この呪文を打ち消すことができたら、彼女を救うことができたろうか? 体内に仕込まれた魔核をアイテムボックスで取り除き、エリクサーを使えば?
……今更どうしようもないことだけど。
いかん。気分が暗くなってしまう。
「眠りの霧を自分にかけたら、安眠出来ていいかも」
「バカなの? 永眠するといいわ」
オードリー。キミのそういうところ、ミリアムに似てて嫌いじゃないんだけど……。
……やがて、教授が教壇に上がった。
のだが。
ざわめきは、静まるどころか、かえって高まった。
教壇に立つのは、八歳くらいの幼女。わずかに茶色がかった黒髪をおかっぱにした、灰色の瞳の子だ。
その幼女は開口一番。
「この講座を受け持つ約束をしとったのに、先日うっかり死んでしまいましてな、孫に憑依しとります」
さらに、ざわめきが高まった。
幽霊教授ですか。
もっとも、こっちでは幽霊はファンタズマと呼ばれてるが。銀の球体は飛んでこないけど。
幼女教授は、片手を目一杯差し上げて、背伸びしていった。
「ここに、タクヤと言うものはおるか?」
なんかもう、大人気だな。俺は立ちあがった。
「はい、俺がタクヤです」
「うむ。お主が言うように、闇魔法が扱う対象は人の心。闇魔法が最も役立つのは、心の病や痛みを軽減することなのじゃ」
なんか、ズキュンと来た。
……教授が幼女の姿だからとかじゃないからね。
「と言うことは、何らかの呪いで、最愛の人に殺意を持たせられてしまったとしても?」
「むぅ……そこまでの呪いは、わしも聞いたことがない。だが、その呪いの効果を打ち消したり減じたりできるものがあるなら、闇魔法以外にないじゃろう」
おう。幼女の言葉に、ハートを撃ち抜かれました。
いや、外見は無関係だからねホントだよ?
のほほんした表情の幼女。ほのぼの幽霊教授とでも呼ぼうか。
こちらも、俺は実技までこみで履修登録。
たとえ気休めでも、一時的でも、ミリアムの苦しみを和らげられれば、それでいい。
……本命は、魔核変換。青魔核にする術式なのだから。
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実習では、ほのぼの幽霊教授が学生たちに様々な闇魔法をかけて見せてくれた。
眠りの霧、麻痺の霧、魅了、そして強制。
どれも最低レベルだが、自分たちがかけられることで、闇魔法の威力を知ることができる内容だ。
「眠りの霧って、目が覚めると余計に頭が重くなるんだな」
これでは余計に不眠症になるな。まぁ、戦闘中にかけて、相手がすっきりと目覚めたりしたら逆効果だし。
麻痺の方は、寝ていて金縛りにあった時の感覚だ。
これらは立っていると危険なので、床に座って体験した。
そして魅了なのだが。
幼女幽霊教授は全員に向かって言った。
「じゃあ、全員、二人一組になって、向かい合って。一人余るかな? じゃあ、わしと組もう」
俺はとなりのオードリーと組んだ。
そして教授は、傍らの魔法具を起動させてから、おもむろに呪文を唱えた。
「……魅了」
ふいに、オードリーと目が合った。目が離せない。この娘、こんなに美少女だっけ? ポニーテールにした栗色の髪も素敵だし。それに……。
チーン、と鐘が打ち鳴らされて、我に返った。あの魔法具だ。一定時間後に鳴る仕掛けらしい。
振り返ると、いつものオードリーだ。
教授が解説を始めた。
「目の前の相手に魅了されるよう仕向けるのが、この呪文じゃ。言うまでもないが、悪用はせんほうが良いぞ。自分を嫌っている相手だと、術が切れた時に嫌悪感が強まるからな」
なるほど。彼女のことは嫌ってなかったから、普通に戻っただけだ。戦闘中なら、術が切れる前に仕留めればいいわけだ。
見回すと、運悪く同性同士で組んでしまって気まずくなってるペアがいた。隣が野郎でなくて良かった。
「次に、強制じゃが。この中でレベル十以上の者はおるか?」
数名の手が上がった。オードリーは上げなかったが、俺を見てささやいた。
「手を上げないの? 実は高レベルなんじゃないの?」
「そんなことないさ」
俺はいまだにレベル一だ。オードリーも十未満と言うことか。
教授によれば、レベルが上がるほど強制の対価が高まるのだそうだ。レベル十を越えると、教授ほどの術者でも厳しくなるという。その反面、同じ強制をかけるなら、相手の人数はそれほど対価に影響しないらしい。魔力係数の計算が面倒そうだな。メモしておこう。
……なるほどそうか。魔王オルフェウスが、俺の仲間に強制を仕掛けなかった理由はこれか。奴が出て来た時には、みんなそれなりにレベルが上がってたから。
「……強制」
教授が呪文を唱えると、さっき手を上げなかった者の手が上がった。隣のオードリーも。手を上げろ、という強制か。
「……あれ?」
俺の手は上がらない。なんか変だが、とりあえず上げておく。
術が解けると、オードリーがしみじみ言った。
「凄いわね、強制って。自分の手が他人の手みたいだった」
かなりショックだったのだろう。
俺もショックだった。レベル一なのに術が効かないとは……。
後で幼女教授に聞いて見ないとな。
……そう言えば、さっきからオードリーが、俺の方をちらちら見ては真っ赤になってる。魅了の呪文の後遺症だね。俺も、あの瞬間はミリアムの事が脳裏からすっかり消えてて、かなりショックだったし。
********
実技の方は、やはり初回なので実演だった。
暗黒や不可視は、遠隔視で回避できることも分った。ただこれは、俺がキウイを介して見ているからだろう。術をかけられたのは俺で、キウイにはかかってないから。
逆に暗黒には、光玉はもちろん、光魔法も効かないようだ。心理的に失明しているのだから当然か。
それと、暗黒は術をかけた相手にしか効かない。
面白いのは、幼女教授の不可視では影も消えてる点だ。
「相手に認識させない範囲を把握しておれば、影を残すなんてヘマはせんよ」
ということだ。
なるほど。デニス教授は説明のためにわざと残したのか。
実技の後、図書館に行くというオードリーに「また明日ね」と告げ、幼女教授の研究室を訪れた。
「……本物だ」
立派な肘掛椅子にちんまりと腰かけた幼女の前に、半透明の老人が立っていた。
「あ、お祖父ちゃんの教え子さんね」
外見の幼さよりしっかりした口調だが、講義中とは全く違う感じだ。これがこの子の本来の人格ということだろう。
『おお、タクヤか。そろそろ来ると思っておった』
教授本人は念話だ。幽霊だけに。
「凄いですね、闇魔法って」
死後もこうして憑依できるなら、ある意味、不死の存在となれるだろうし。
『いやいや、制約だらけじゃよ。憑依できるのは自分に好意をもってくれる相手だけじゃしな』
孫娘さんは、お祖父ちゃんが大好きだったんだな。
「強制との併用とかは?」
半透明の首が振られた。
『高レベルの相手には効かんし、低レベルでは対価に耐えられん』
そう、そこが聞きたかった。
「俺はレベル一のはずなのに、強制が効かなかったんですが……」
『ふむ……』
半透明の瞳が俺を見据えた。
『タクヤ。お主、この世界の生まれではないな』
わかるのか。
「はい。でも、どうして?」
『お前さんには、イデア界を支える対価が積まれておらんからの』
「……意味が良くわからないんですが」
幽霊教授は解説してくれた。それを俺なりに解釈すると。
この世界の魔素も魔核も、人間の頭脳も、イデア界という膨大なソフトウェアを動かすためのハードウェアだ。しかし、俺だけがその処理から外れている。
「……俺が魔法を使えないのは、そのせいですか?」
幽霊はうなずいた。
『わしも、こんな例は初めて見る。今までに召喚された異世界の勇者は、皆、同じようにこの対価を背負わされていたからのう』
なるほどな。と思いつつも、気になる点が。
「いま、全ての勇者とおっしゃいましたが、全部見る事ができるんですか?」
限りなく透明に近い微笑み。
『今のわしは、まさにイデア界にいるわけじゃからな』
イデア界そのものが、アカシックレコード。
「え、じゃあ、死んだら何でもわかる?」
『そこまで便利ではないがの……そろそろ、今日は終わりとするかの。孫の対価が気になるでな』
なにか今、すごく引っ掛かったぞ?
幼女が幽霊に手を振った。
「うん、じゃあまた来週ね、お祖父ちゃん」
もっと聞きたい事ばかりだったが、幽霊は窓から射す夕陽の中に消えて行った。
幼女は立ち上がると、とてとてと戸口の方へ歩み、外に立っていた守衛に話しかけた。守衛は俺に、研究室を戸締りするから出るように言った。
「お兄ちゃん、バイバイ」
守衛に連れられて幼女は去って行った。
良い子だな。特に「お兄ちゃん」と呼んでくれるあたり。散々、「おじちゃん」だったもんな。
俺も家路をたどる。歩きながら考えた。
死んだら全てが分かる……悟りを開くみたいだな。一度死んでエリクサーで生き返ったら、青魔核の術式もわかるとか? まぁ、俺自身は古竜との約束があるから、その手は使えないけど。
まてよ? グインもムサシもアイリも、特に知識が増したりとかしてなかったよな? もう少し詳しく聞かないとだめか。
それにしても、対価か。それがこの世界の全てを縛るんだな。
うん……さっき引っ掛かった点はこれだ。
幽霊教授が使った魔法の対価って、どうなってるんだろう?
さっきの様子では、幼女の対価は祖父の幽霊と会うためのものみたいだ。なら、憑依している時に使った魔法の対価は? さっぱりわからん。
それに、なぜ強制だけ、俺にはかからないのだろう? レベル一だってのに。
わからない事は質問しないとな。
次の日曜日が待ち遠しい。