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#1-4.火と水と湯と

 翌日は火曜日(ガロウメラ)、火魔法の講義の日だ。攻撃や防御が呪文のほとんどを占めるので、俺は履修しないでサボるつもりだったのだが。

 オードリーが基礎から学び直すというので、最初のうちだけでも受講することに決めた。

 受ける気になったのは「基礎から」であって、「オードリーだから」ではないので、念のため。

「……であるから、込める魔力が火力の差となるわけだ」

 魔術師にしては筋骨たくましい教授が、やはり魔法の手で壁いっぱいの黒板に板書しながら説明する。

「では次に、魔力と対価の関係だが。タクヤ」

 また俺ですか。

 指名されて、のそのそと立ちあがる。

「百の火力を得るための魔力と対価の関係式は?」

「えーとですね……」

 俺は目を閉じて、キウイに検索させる。ちょっと時間がかかるのは、ディープラーニングの処理が重いせいだ。

「火魔法の魔力係数が百分の七、対価は使った魔力を最大魔力で割った値に比例します。なので、使用魔力は七、最大魔力が十ならば、対価は十分の七です」

 実際にはもっといろいろな要素が絡むが、概算はこうなる。

「良いだろう。座れ」

 昨日の件で、どうやら完全にここの教授陣に目を付けられてしまったらしい。

 良くも悪くも。

 マッチョ教授はマシな方で、面倒な説明を俺に振るだけだ。しかし、ロイド教授は相当粘着質な感じだ。実技の指導教官に早速なにやら吹き込んでたし。来週の講義がちょっと気になるな。

 やがて講義は終わった。どの教授も時間いっぱい講義はせず、残りの三十分ほどを学生は移動や休息、予習などに使う。

 二限目は、実際に呪文を覚えながら唱える実習だ。教室で火魔法が暴発したら大変なので、みんな実習室に移動する。

 オードリーと廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。

「あの……タクヤさん、ちょっといいですか?」

 なんだか「アナタハ、カミヲシンジマスカ?」なんてフレーズが続きそうだが。振り返ると金髪ツインテールの少女が立ってた。ちょっとぽっちゃり体形だが、充分可愛い。

「構いませんよ、アベンナさん」

 もちろん、恋の告白であるはずもなく、講義内容の質問だ。教授に聞けよ、と思うんだが、聞きやすい相手に流れるのは仕方ないだろう。

「……と言うわけで、対価が最大魔力を越えたら過剰対価(オーバードーズ)で気を失う。さっきの例なら、連続して十五発目を撃つとそうなっちゃうね」

 俺の説明に、アベンナはコクコクとうなずいた。

「魔術師は常に対価と戦い続けているんだね。瞬時にこうした計算をして、魔力を調整している。魔力係数は魔法の属性ごとに異なるし、習熟度でも変わる。呪文を短縮詠唱すると係数が跳ね上がるというしね」

 魔導書の少し先の話だから、この辺は予習だ。

「すごいですね、タクヤさん。魔導書をそらんじてるなんて」

 いや、キウイで検索して読み上げてるだけなんだけど。

「タクヤ、そろそろ行かないと」

 オードリーが壁の上の魔法具を指さした。一刻、約二時間で一周する針が、真上に近づいていた。

「わかった。急ごう」

 並んで足早に廊下を歩く。

「悪かったね、待たせちゃって」

 オードリーは(かぶり)をふった。

「いいのよ。あたしはいつも対価確認の呪文使ってたけど、戦闘中はそんな暇ないから、勘に頼ってたの。独学だとこんな細かい数字は身に付かないから、ありがたかったわ」

 基本中の基本だが、オードリーが学び直したいというのは、こうした知識なのだろう。魔法が使える、と言うだけではダメだ、と言うことだ。

 しかし、過剰魔力(オーバードーズ)の真の恐ろしさが秘匿されているのは、どうもやりにくい。魔王を倒した魔術師が次の魔王になるなんて、公表できないのは仕方ないのだろうけど。


********


 翌日の水曜日(アフロディメラ)は水魔法。

 曜日ごとに学ぶ魔法が決まってるのは、実習室や闘技場の防御結界のためらしい。特に闘技場は、あの広い空間全体をカバーするために、職員が交代で半日がかりで結界を張るのだとか。実技で扱う魔法のレベルや種類に合わせて細かく調節するので、魔法具に任せるわけにも行かないらしい。

 今日も、一限目はやはり座学。とりあえず、最初は全部の講義に出てみる。その上で自分に合った属性に絞りなさい。これが学生課から入学時に教えられた方針だ。

 教室の階段席で、オードリーがささやいて来た。

「で、タクヤはどうするの? あたしは火魔法と属性が対立するから考えないと」

 火と水、光と闇は属性が対立するから、習得が困難だと言われている。が、そんなことはない、という文献もあって、正直俺には分らない。

 それはさておき、この講座だよな。

「出来るだけ出席しようと思う」

 俺の返事に、オードリーは薄い目になった。

「ふーん。まぁ、理由は分るけど」

 いや、それは誤解だ。

 階段教室の奥、魔法の手で板書している水魔法の教授は、水もしたたる美女。いや、本当に水がしたたり落ちてる、人魚族の女性だ。教卓の上に細長い舟形のタライのような器を起き、その中に横座りして、時々魔法で出した水を体にかけている。

「こんなところで、アリエルの同族に会えるなんてな」

 彼女は地上に上がる時に人魚族の魔術師から魔法を学んだと言っていた。ひょっとして、この人が彼女のお師匠様かもしれない。

 人魚先生もマッチョ火魔法教授と同じく、俺をたびたび指名して教科書代わりにしてくれたが、悪い気はしない。どうぞお役に立ててください、な感じ。

「アリエルさんにも会ってみたいな」

 講義の後で履修登録のサインをしてたら、オードリーがポツリと言った。

「俺も取るのは座学だけだから、今日はここまでにして帰ろうか?」

 彼女はうなずいた。俺が基本魔法の本をプレゼントしたので、書写にかかる時間が節約できるから、みんなほど図書館にこもりきりにならずに済む。今日くらいはサボっても良いだろう。

 ちなみに、人魚先生は残念ながらアリエルのお師匠様ではなかった。名前はやはりヒト族には発音できなくて、ここではネレイスと呼ばれているそうだ。俺のオタク事典によると、確か海の妖精の総称だったな。

 さっき、帰り際に捕まえて尋ねてみたんだが。

「もう、故郷には二十年以上、戻っていませんから」

 なら、アリエルの年齢的にありえないな。いやまてよ、ネレイス、こう見えてかなりのお歳って事になるぞ。美女から美魔女に大進化だ。

「あの!」

 急に、オードリーが身を乗り出した。

「その若さの秘訣、教えてください!」

 オードリーも女の子だな。お肌の曲がり角はずっと先だろうに、やはり気になるのはそこか。

「肌に潤いを絶やさぬことです」

 うん。確か、アリエルも同じことを言ってたな。行水しながら講義をしてたのは、水魔法の実演のためだけじゃなかったわけだ。

 そして、ネレイス先生は教室を後にした。舟形のタライごと、空中に浮かんで。

 ……そんなことを思い出してたら、オードリーがポツリと言った。

「寮では、毎日の行水は無理ね」

 一万人近くが暮らす寮だから、沐浴のできる日は決まっていて、三日に一度くらいらしい。

「なら、うちで入るかい?」

 あの豪邸に決まった時、トイレと浴室は大改造させてもらった。特に、温水洗浄機と風呂桶にはこだわりがある。

「ほんと? 素敵!」

 と、有頂天なオードリーだったが。

「まさかと思うけど、一緒に入るとかは無しよ?」

「も、もちろんさ。俺には心に決めた女性(ひと)がいるんだから!」

 さらに言うと、遠隔視で覗いたりしないから。絶対に絶対に絶対に!

 そして。

 これから帰宅するとギャリソンに遠話して、自宅で昼飯を食べた。トゥルトゥルは仕事でジンゴローの工房なので、留守だった。

「あの赤毛の子、いないんだ」

 オードリーはトゥルトゥルが気に入ったようだ。ニュートに対してもそうだったから、実は小さくて可愛いものが好みなのか。普段のしっかりした印象とのギャップ萌えだな。

 そんな彼女のハートを撃ちぬいたのは、思った通り、アルティだった。

 午後、アリエルとグインの家を訪問して、見せてもらったのだが、オードリーはあまりの可愛さに身もだえして、背骨の数が急に増えたように身体をよじってた。

 残念ながら、グインは城で剣術指南の仕事だから留守だった。まぁ、そのうちに仕事ぶりを覗きに行こう。

 赤ん坊のいる家に長居しちゃいけないからと、お茶とか淹れてもてなそうとするアリエルを説得して、俺たちは彼女の家を後にした。

「ここからなら、ジンゴローの工房がすぐそこだ。行ってみるかい?」

「ええ、ぜひ!」

 ランシアのお腹、もう大きくなったろうな。


********


「ああ、タクヤさん! 久しぶりじゃないですか!」

 俺の仲間の中で、一番雰囲気が変わったのはランシアだ。ジンゴローと一緒になって、冒険者からはすっかり足を洗い、今では良き妻、夏には良き母になるはず。

 短くしていた赤毛は肩まで伸ばし、水色のドレスにエプロン姿。そのお腹は愛しい存在を宿していた。顔とか体つきが丸みを帯びたのは、幸せ太りってことで。

「元気そうで何より。子供も順調みたいだね」

「はい」

 今はまだ、工房の事務机に座っていられるが、じきにお腹がつかえてしまうだろう。その前に、椅子や何かを改造しないと。ジンゴローに相談だな。

 オードリーはランシアのお腹と、幸せ一杯のその表情に釘づけだ。そんな彼女をランシアに紹介する。

「ジンゴローとトゥルトゥルは?」

 工房には姿が見えない。

「彼女の作ってたドレスが仕上がったので、一緒にお客様のところに持って行きました」

 ドレスだけならまだしも、帽子やコルセットなどのひと揃えだったので、それらはジンゴローも手伝ったらしい。当然、小柄なトゥルトゥル一人では持ち切れないから、一緒に行ったのだという。

 その時、工房の戸口に人影が。

「あ! ご主人様♡」

 ランシアの妹分、トゥルトゥルが今日も突進してきた。デコを押さえて熱い抱擁はナシ。かわりに、オードリーに向けて放流。思う存分、ハグしあいたまえ。

「旦那! お久しぶりでやす」

「ジンゴローも変わりないな」

 奴隷たちの中で、彼が一番、解放されて自力で生きることを不安に思ってた。しかし、今はこうして、夫としてしっかりとやっている。そして、やがては父親としても。

「ランシアのおかげでさぁ」

 椅子に座る彼女の肩に手を置き、微笑む。レプラコーンだから、身長的にはちょうど釣り合う。

 ランシアも、夫に優しい笑みを返す。

 良き妻であり、良き母になろうとしている彼女は、さらに良き経営者でもある。俺もジンゴローもトゥルトゥルも職人気質で、何かに夢中になると周りが見えなくなる。なので、この工房も最初はドンブリ勘定で大変だった。ザッハも奴隷絡みで税金が、と言っていたが、その辺は帝国もあまり変わらない複雑さだ。

「で、あるときランシアが思い詰めた顔でうちに来たんで、えらいことになったと思ったよ。家庭の危機とか離婚とか」

 ランシアが淹れてくれたお茶を飲みながら、俺が冗談めかして言った。ランシアはワハハと笑った。このあっけらかんとしたところは、昔とちっとも変わらない。

「それで、どうなさったんです?」

 オードリーが先を促すと、ランシアが話をついだ。

「ギャリソンにお願いして、読み書きを習ったんですよ」

 一念発起して勉強を始め、何と半年で帝国簿記の試験に合格してしまったのだ。それから、この工房も本格的に回り出した。今では、単なる会計周りだけではなく、原材料や設備投資なども含めて考えてくれている。

 特にトゥルトゥルは趣味に走りがちで、好きにさせてると高価な絹とかふんだんに使いだすから、手綱を取る人間が必要だった。

 最近では、生産が追い付かない注文を断ったり、納品を待ってもらう交渉なんかも、ランシア任せになってしまっている。

「身重なんだから、あまり苦労かけるなよ?」

「はーい」

 相変わらずのテヘヘペロだ。

「タクヤさんもですよ」

 うわっ、藪蛇だった。

「この間のミスリル剣のこととか」

 俺もテヘヘペロで終わらせたい。

「そのミスリル剣って、勇者さまが南の冒険者たちに配ったもの?」

 オードリー、そこは聞き逃してくれよ……。

「ああ、うん。あれが市場にかなり流れてたんで、仕入れて鉱人族(ドワーフ)に鍛え直してもらおうかと思ったんだけどさ」

「問題があったの?」

 まだつっこむの?

「うん……価格破壊が起きてね」

「どんな呪文よ、それ」

 説明すると長くなるんだが。出来るだけ端折ろう。

「要するに、あまりに高品質の武器があまりの低価格で市場に流れたせいで、既存の武器がさっぱり売れなくなってしまったんだ。それで、刀鍛冶ギルドで大騒ぎになってね。仕方ないから、ミスリル剣の買い取りだけして、今は溜めこんでる」

「……呆れた。それじゃあ、丸損じゃないの」

 そうなんです。で、マオにちょっと泣きついて、例の帝国銀行から融資してもらったり、かわりトゥルトゥル謹製ドレスをお妃さまに献上したり、となったわけだ。流石にこの辺は話せない。

「まぁ、それでも何とかなってるけどね」

 正直な話、実は俺も今は、ランシアに頭が上がらないのだ。

 そんな彼女に夕飯までもてなしてもらうわけには行かないので、俺はオードリーとトゥルトゥルを連れて帰宅した。

 夕食後、オードリーを風呂場に案内し、日本式の入浴方法を教えた。これは問題なかった。

「ボクも入る!」

 トゥルトゥルは問題だ。

「いくらなんでもダメだろ。男の娘なんだから」

「じゃ、ご主人様と入る♡」

「それもダメ。男と入る趣味はない」

 そもそも、風呂は一人でゆったりと浸かるべきものだ。

 いや……ミリアムとなら一緒に入りたいな。凄く入りたい。

 一瞬、「魔族風呂」なんて単語が浮かんだが、すぐ消えた。いや、消した。


 その後、湯上りのオードリーを寮まで送ったが、真っ赤な顔で「赤ちゃん、赤ちゃん」とつぶやいていた。のぼせちゃったかな。次回は、もう少しお湯の温度を下げておこう。


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