#1-3.講義で抗議?
「え? そ、そうなの?」
思わず講義中に叫んでしまった。
俺たちのクラス担任でもある基本魔法の教授が、黒縁ロイド眼鏡越しに睨みつける。
「何か疑問でも? タクヤ」
冷ややかな教授の声と共に、教室中の目が俺に注がれた。
俺の今の立ち位置は、「魔法大学の劣等生」だ。何しろ、魔力がゼロなんで、実技はまるで駄目。そもそも、俺の目的は「キウイに『魔法の学び方』を学習させる」ことと、「帝国図書館の禁書を閲覧すること」なのだから、成績は退学にならなければ問題ない。
なので、キウイに遠話と遠隔視で聴講させていれば、俺は昼寝をぶっこいていても問題ない。問題ないはずなのだが、このざまだ。
初日の月曜日の一限目は、基本魔法概論。この世界の魔法は七つの属性に大別されているから、曜日ごとに主となる講義が決められている。無属性とされる基本魔法は、知の神ソフィエルの日だ。
で、しょっぱなから地雷を踏んでしまった。
教授の背後にある黒板には、ミミズののたくったような字で基本魔法の一覧が書かれている。この世界には筆記体がないのに、続け文字になってるのが凄いというか。思った通り魔法の手で、レンガくらいあるチョークを使っての大書だ。
初級:対価確認、鑑定、魔法弾
中級:魔力探知、調整、遠話、遠隔視
上級:偽証、魔力隠蔽、魔法の手(空中浮揚)
特級:瞬間転移、召喚
俺が思わず声を上げてしまったのは、キウイが使える空間魔法がここに並んでいるからだ。空間魔法が基本魔法なら、キウイがとっくに覚えているはずだ。
劣等生だから、目立つのは不味い……しかし、衆目の中だ。名指しされて、答えないわけには行かない。俺の名前と顔を覚えていた、教育熱心な教授なのだし。
「あの……遠話や遠隔視、瞬間転移って、基本魔法だったんですか?」
教育熱心な教授は、それでも俺の問いかけが気に食わなかったようだ。「はっ!」と一笑に付した後、逆に問いかけて来た。
「基本魔法でなければ何なのかね?」
「その……空間魔法なのではないかと――」
「空間魔法!」
なんだろう、この嘲笑の響き。
「そんなものは勇者の英雄譚に出てくる戯言だ。いいかね? そもそも遠隔視などは大魔導士テオゲルフ師が自ら編み出したものだ」
テオゲルフ……ああ、マオの元の名前か。勇者ナオミと解析したと言ってたが。
「その上で、どの属性にも属さないからと、無属性の基本魔法に分類されたわけだ」
教授の語るその点こそが、一番違和感を感じる所でもある。
「あの……その分類って、絶対なんですか?」
「なに!?」
明らかに、教授の顔には怒気が射していたけど、ここまで来たらやめられない。
「例えば、今は失われている治癒魔法って、光属性の上級魔法とされてます。確かに、光の神アスクレルの神官は、祈りによる治癒の神術を行います。けれど、実際には七柱の主神すべてが、神官の祈りに応えて治癒をされますよね?」
アスクレルの神官は、治癒の祈りをしながら布教活動を行っているが、他の神々が癒してくれないわけではない。これはモフィエルのイタコ巫女様幼女や、アフロディエルの真実の愛の巫女様にも確認済みだ。
「その一方、各属性の魔導書を読み比べてみると、そこに書かれてる呪文には一定のパターンがあることが見て取れます。『対象・生成・付与・操作』の四つの要素に分解できます」
なんか、教室がざわついて来た。あ、全属性の魔導書を読むなんて、普通できないのか。こっちじゃ、本を入手するだけで大変なんだよな。なんたって、教科書は学生が自分で書き写すんだから。
「それで、何が、言いたいのかね?」
ヤバイ。教授は完全に怒り心頭だ。しかし、聞かれたら答えるしかない。
「……いわゆる魔法の属性って、その『対象』に当たると思えるんですよ。なら、光属性の魔法は、光を生みだしたり、何かを光らせたり、光を操作したりするのであって、肉体の癒しは別じゃないかと。敢えて言うなら……肉属性の肉魔法?」
あ、最後はセンス悪かった。自覚してます。大反省。
「今日はここまで! 実に不愉快だ!」
ついに、教授は教室から出て行ってしまった。周囲の学生はざわついていたが、どんどん引き上げていく。
そんな中、俺は動けなかった。
何がいけなかったのか。まぁ、思わず大声出したのは不味かった。しかし、その後のやり取りは、教授の問いかけに誠実に答えただけのはずなのに。
……と、目の前に人影が。
「オードリーか」
腰に手を当てたポニテの少女。
「ばっかじゃないの? 初日から教授にケンカ売るなんて」
「……そんなつもりは微塵もなかったんだけどな」
そう言いつつも、彼女の口調には親しみを感じてしまう。
「なにニヤついてるのよ?」
「うん……今の君が、俺の最愛の人と似てたから」
オードリーの目が丸くなった。
「そ、そうなんだ」
しばし沈黙。そして、おもむろに彼女は聞いてきた。
「その、あなたの彼女さんは?」
「うん……理由あって、今は離れて暮らしているんだ」
「そう……」
彼女は黙り込んだ。俺も、黙ったまま席を立った。
そして俺たちは、次の講義の場所へ向かった。
********
昼を食べた後、午後の三限目は実技。午前中に座学と実習、午後は実技。あとは自習と言うのが、ここの講義のやり方だ。自習と言っても、そのうちのかなりは、図書館で教科書などを筆写するのに費やす。キウイに読み取らせてオシマイの俺は、かなりチートだ。
実習と実技の違いは、実験と応用の違いに当たるだろうか。
実習室は呪文を使ってみるための実験室だ。最小限の魔力を込め、保護結界の中で詠唱と発動までを試す。まぁ、俺は完全に失敗で、無事に劣等生です。
実技は、実際にある程度の魔力を込めて使ってみる方だ。
今日は最初の実技なので、「魔術を使ってみましょう・その一」となる。俺は魔力ゼロだから実技は出来ないが、積極的に「見学」させてもらおう。実習も実技も、初心者が呪文を唱えながら身に着けていく過程だ。これこそ、キウイにディープラーニングしてもらうべき対象だ。
場所は、体育館のような広い闘技場。魔法の大半は攻撃や防御に関するものなので、周囲に被害が出ないように結界が張られている。初めのうちは、二人一組になって互いに攻撃と防御を行う。そのうちきっと、集団戦とか色々やるんだろうな。
今日の指導内容は、基本魔法の魔法弾と防御結界だ。魔法弾とは圧縮空気の塊を相手に投げつけるものだが、魔力の込め方で威力は増す。マオがキウイの画面を砕いたのもこれだ。
で、「圧縮空気なら風魔法じゃないの?」と、俺が既存の魔法分類に疑問を抱いたきっかけでもある。魔導書には「『気』を圧縮して」と書いてあるだけだが。
既に何組かが魔法弾を撃ちあってる。中には防御に失敗してまともにくらってしまう学生もいたが、闘技場全体に攻撃の効果を弱める結界が張ってあるらしく、軽傷で済んでいる。「痛みも学びのうち」と教官は言ってるが、十代半ばの女の子が鼻血を流してる姿は、かなり心が痛む。
「次。アベンナとタクヤ」
指導教官の声に、俺は面食らった?
「俺……ですか?」
魔力がゼロだから、見学と言ってあるのに。
「先生!」
飛び出してきたのは栗色のポニーテール。オードリーだ。
「タクヤは魔法が使えないんですよ?」
彼女の抗議に、教官はニヤリと笑った。
「いやいや。魔法の体系に一家言あるタクヤくんならば、そんな問題はたやすく回避するだろう」
酷いもんだ。理論と実践の違いとか無視してるし。一限目でのことが、既に教師たちに知れ渡っているようだ。
でも、こうなったら仕方ない。
『キウイ。透明鎧と身体操作を起動』
『イエス、マスター』
身体操作で魔法弾をかわしさえすれば、「運よく避けられました」で済ませるはずだ。最悪でも透明鎧で魔法は防げる。
……はずだったんだけど。もうちょっと深く考えるべきだった。
「……魔法弾!」
金髪ツインテールの魔法(学生)少女アベンナは、一生懸命呪文を唱えた。間違いなく、キウイのディープラーニングに貢献してくれたし、俺は身体操作で間一髪避ければ良かった。それだけだ。
だけど、栗毛のポニテが乱入し、短縮詠唱の結界でアベンナの魔法弾は弾かれてしまった。
「オードリー」
助けてくれたんだろうけど。その意図は微塵も疑わないけど、何か激しくぶち壊しになってしまった感じ。
「タクヤ! 正気なの?」
そして、俺が叱られる。
「ダメもとでも、呪文を唱えることすらしないなんて!」
……そうか。そうだよな。なんつーか、色々分ってなかった。
オードリーがどう思うか。
親しい人が目の前で傷つくのを、黙ってみてられるはずがないんだ。俺が傷つくはずがないとか、彼女に分るわけないんだから。
俺自身は、身体操作のために体中の力を抜いてたから、諦めきってるようにしか見えなかっただろうし。
「ごめんよ、オードリー。出来るだけやってみるから、見ていて」
そう言って、彼女の両肩に手を置くと、闘技場の壁の方へと押しやった。
そして、アベンナに願い出た。
「すみません、もう一発、お願いできますか?」
見た目は、かなり消耗していたようだった。でも、不慣れなだけで、対価は充分に余裕がある。キウイの魔法感知で、そのくらいの見極めはできた。過剰対価だけは避けないと。
『キウイ。身体操作だけ解除』
『イエス、マスター』
そして、次の一発。俺は結界の呪文を唱えるも失敗し、アベンナの魔法弾は伸ばした両手の透明鎧に当たって弾けた。
はた目には、防御結界がギリギリで成功したように見えたはずだ。
「大丈夫ですか、タクヤさん!」
アベンナが駆け寄ってきた。こんな少女に心配かけちゃいかんよな。
「はい、大丈夫ですよ。しかし、私の魔力じゃこれが限界ですね」
彼女に答えて、俺は教官に一礼して告げた。
「なので、これ以降は見学とさせてください」
「……良かろう。では、オードリー! タクヤと代われ!」
火魔法が得意なオードリーだが、魔法弾も問題なく撃てた。アベンナの防御結界がわずかに遅れてドキッとしたが、何とか間に合って弾くことができた。
オードリーはアベンナと教官に一礼すると、こちらに向かって歩いて来た。
「お疲れさま」
声をかけると、彼女は俺の隣で同じように体育座りをした。
「なによ。あなただって、やれば出来るじゃないの」
不機嫌なのはわかる。迷宮では水とかお湯とかスープとか出してたし。
「やり方が、かなりイレギュラーだけどね」
彼女には、ある程度伝えておいた方がいいだろうな。よし、今日の講義はこれが最後だし。
「オードリー、この後の予定は?」
「……図書館に行くつもりだったけど」
うん。来週の講義で使う部分の教科書、筆写するんだよな。その必要がない俺は、若干の罪悪感。
「じゃ、一緒に行こう。渡したいものと、見せたいものがあるんだ」
オードリーは怪訝な表情だが、やがて実技の時間は終わり、教官は解散を命じた。
********
図書館の自習室は、二人掛けの机と椅子が衝立で遮られたブースに分かれていた。
「で、渡したいものって?」
隅の方のその一つに並んで腰かけると、オードリーが聞いてきた。
「これ、君に。今日のお礼と言うか何というか」
肩にかけてた鞄から、一冊の本を取り出す。
「……基本魔法の魔導書? なんであなたが?」
学生が筆写した、紙の束を単純に紐で綴じたものではない。きちんと革の表紙で装丁されたものだ。
「自作だよ。言っただろ? 俺の本職は職人だって」
実際に作ってくれたのはジンゴローだけどね。レプラコーンの革細工は最高の仕上がりだ。入学祝いに何か作りたい、と言ってくれたので、リクエストした。
「外側じゃなくて、中身よ!」
思わず声が大きくなって、オードリーは慌てて立ちあがり、周囲を見回した。
幸い、まだ早いからか他に学生はいなかったようだ。
本の中身は、当然ながらキウイの自動書記で書いたものだ。正真正銘、俺の字。
だが、ページをめくりながら、彼女は言った。
「これって……勇者文書とそっくりじゃないの」
しまった。そうか。
冒険者の養成所で、あの文書が教科書になってるとルークが言ってた。
「うん……あれを真似してさ。ほら、丁寧に書けば、文字の形なんて似てくるし」
必死に誤魔化す。流石に勇者本人だとばれたら、学生生活なんておじゃんだ。
「で、見せたいものの方なんだけど」
こうなったら、興味の対象を移すしかない。
もう一度あたりを見回し、近くのブースに学生がいないことを確認する。
『ニュート』
念話でエレの息子に呼びかけた。今はキウイとアイテムボックスにいる。
『なあに? タクヤパパ』
『キウイの充電、ちょっとやめていいよ。ここに入ってくれるかな?』
ニュートの前に別なアイテムボックスのゲートを開く。からだがちょうど収まるサイズだ。
『入ったよ』
ニュートの返事と同時に、机の上にアイテムボックスのゲートを開く。
「魔力なしの俺が魔法を使える理由は、これさ」
ゲートからせり上がって来る電光トカゲの子供に、オードリーの目は釘づけだ。
「召喚……魔法!?」
そう見えるように演出したんだけどね。
『はじめまして、おねえちゃん』
念話は通じてないだろうが、ニュートが行儀よくお辞儀したのは彼女にも見て取れたようだ。
「従魔……と言うことは、あなた調教師なの?」
「まあ、そうなるね。ただ、この子たちは従魔じゃなくて、俺の子供だから」
そこだけは譲れない。
「召喚というか、今の魔法陣とかは、あー、魔法具を使ってるんだ」
なぜかキウイも調教したことになってるが、やっぱり魔法具だよな。
「で、こんなことができる」
ニュートに二股の尾を左右に伸ばしてもらい、先端の針のところに小さな瞬間転移のゲートを開いた。繋いだ先は俺の左右の人差し指。
そして、電撃の火花が指の間ではじけた。
「……じゃあ、水とか出してたのは、それだったの?」
期待通りに、オードリーは解釈してくれたようだ。
うん。間違っていない。ここでも色々、端折ってるけど。
オードリーはニュートが気に入ったらしく、翡翠色の頭や背中を撫でている。ニュートの方も、目を閉じて頭をこすりつける。
色々あったけど、大学生活の初日は、なんとか平和に終わってくれた。
が、初日からこれだったわけで、これから色々あるんだろうな……。
ちなみに、彼女にあげた教科書の代わりは、また装丁をジンゴローにおねだりしてしまった。