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#1-2.タクヤ帰宅

 少女から見つめられています。歳のころは十代後半。栗色の髪をポニーテールにしていて、背丈は俺と同じくらい。

 熱いまなざし。でも、困る。俺にはミリアムという、心に決めた女性(ひと)がいるんだから。

「迷宮の底に取り残されたんじゃないの? だいたい、さっきはタクヤって名乗ってたわよね? コジローってのは偽名なの?」

 立て板に水で問い詰められる。

「ええと、オードリー。色々積もる話もあるから、ちょっとその辺でお茶でもどうかな?」

 少女、オードリーは薄い目になった。

「何よ、また空中から注ぐの?」

「いや、迷宮じゃあるまいし。そこの喫茶室で」

 廊下の向こうを手で示す。

「……いいわよ」

 ちょっと間があったが、彼女は同意してくれた。

 とりあえず移動だ。なんか、やたら注目を浴びてるし。


********


「だから、ルークも私たちも、何度もあの迷宮に潜ったのよ。あなたを探して」

 紅茶はとっくに冷めてしまったが、彼女の話は止まらない。

「うん……心配かけてすまない。君たちのパーティーの名前、聞きそこねてたから」

 俺は平身低頭謝り続けてる。

「まぁね。あのパーティー名、ちょっと趣味が良くないし」

 ルークの命名で「熱き吹雪」だそうだ。うん。とっても中二病。

「それに、ルークなんて名前、あの辺じゃ掃いて捨てるほどいるし」

 農家の三男ともなると、親も期待しないのか。しかし、彼女のルークの扱いがちょっと酷すぎる気もする。ルークの方は、明らかに彼女に気がある感じだったのに。

 というわけで、水を向けてみた。

「他のみんなは?」

 彼女は冷めた紅茶を一口飲んで、顔をしかめてから答えた。

「最初に迷宮に潜った時……あなたとね。その時の獲物が結構な高値で売れたの。だけど、その後はちっとも先に進めなくて。だから、お金をみんなで分け合って、修行することにしたのよ」

 ルークともう一人の戦士のタルカスは、剣術の道場に入ったらしい。ミールも斥候の修行中だと言うが、こっちはどこにいるのか分らないらしい。

「あたしの魔法は独学だったから、基礎から学び直そうと思って」

「なるほどね……でも、どうして帝都に?」

 彼女の表情がこわばった。

 え? もしかして地雷踏んだ?

「あたし、取り換え子なの。見せるわけにいかないけど、小さい尻尾が生えてる」

 なるほど、そうか。

 ヒト族同士の両親から生まれた子供が、稀に獣人族の痕跡を残していることがある。豹頭族と人魚族の間に産まれたアルティのような痕跡だ。これは子孫に遺伝するので、何代か後に先祖返りで出てくることがある。つまり、この世界でもメンデルの法則は成り立っているわけだ。

 で、この世界ではこれを「取り換え子」と呼んで忌み嫌う国が多い。エルトリアスは特にそうした偏見が厳しいという。

「寮生活じゃ、こういうのは隠しおおせないだろうし、貴族や裕福な家の子が多いから……」

 アルティが将来、そんな偏見にさらされないようにしないとな。

 俺は呟いた。

「酷いな。可愛いのに」

 あれ? オードリーが真っ赤だ。何か言おうとして口を開く彼女だったが。

 ふいに、料理の匂いが漂って来て、俺の腹が鳴った。そう言えば、昼から何も食べてない。聞こえなかったけど、オードリーもお腹が鳴って恥ずかしかったのかな?

 窓の外はすっかり暗くなってた。

「お腹すいたね。良かったらうちに来ない? 夕食をご馳走するよ」

 面食らったようなオードリー。

「もしかして、自宅から通ってるの?」

「ああ。それもあって、この大学にしたんだ」

 俺は彼女を伴って喫茶室を出た。既に、夕食を取る学生や教師たちで込み合って来ている。

 あ。ギャリソンに遠話して、一人分の夕食を追加してもらわないと。


********


「これが……あなたの家?」

 オードリーが目を丸くしてる。

「うん……もっと小さくても良かったんだけど、ギャリソンがねぇ……」

 大学の門から出て、辻馬車に十五分ほど揺られると帝都の正門。そこからさらに数分、空に浮かぶ王城のお膝下のブロックが、俺や仲間たちの家がある場所だ。

 目の前にそびえたつのは、俺の家、というか屋敷。クロードに「帝都に住むつもり」とうっかり漏らしたら、なぜかここに決まってしまった。俺は断ろうとしたんだけど、ギャリソンが「若様にはふさわしい家に住んでいただかきませんと」と言い張るので、諦めた。

 客室だけでも四つある豪邸だ。俺の生まれ育った実家なんて、ウサギ小屋なんて酷評されてる3DKなのに。

 玄関の扉を開けて声をかけた。

「ただいま」

 隣でオードリーが息を飲む。うん。分るよ、その気持ち。

 この家のリビングは広い。ホテルのラウンジですか? というサイズだ。で、そこにササッと集まる使用人たち。その先頭に立つブラウニーの執事。

「若様、お帰りなさいませ」

 慇懃にお辞儀するギャリソン、背後に並ぶはメイドたち。

「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」

 声を揃えてのお出迎え。毎日やられてるけど、未だになじめない儀式だ。

 彼女らは皆、トゥルトゥルお手製のメイド服を着ている。年齢は二十歳前後。種族はヒト族が二人、犬人族と猫人族が一人ずつ。彼女らは、出て来た時と同じようにササッと奥に下がった。

 俺は扉をくぐると、呆けたようなオードリーを招き入れた。

「若様、そちらがご学友のお方ですな?」

 ギャリソンは、彼女に向かって再び一礼した。

「ああ、そうだよ。オードリー、うちの執事のギャリソンだ」

「執事がいるなんて……あなた、貴族のお坊ちゃん?」

 訝しがるのも無理ないけど。

「違うよ。ちょっと仕事が上手くいっただけさ」

 ジンゴローの工房も繁盛してるから嘘ではない。それに。

「あ、ご主人様♡」

 ギャリソンと入れ違いに、小柄な赤毛のボブカットが奥から突進してきた。

「お帰りなさい!」

 俺の腰にしがみついてハグ。

「……可愛いメイドさんね」

 オードリーが誤解するのも仕方がない。どうしてもメイド服に拘るのが悪い。

「いや、コイツはそうじゃなくてね――」

「ご主人様の愛人です♡」

 俺は赤毛から覗く耳を掴んで引っ張った。

「痛い、痛いですぅ」

「だから、会う人ごとにデマ流すのやめろってば」

 俺は両肩に手を置くと、オードリーの方を向かせた。

「こいつはトゥルトゥル。俺の妹……というか弟のようなもんだ」

「妹? 弟?」

 男の娘について説明すると長くなりそうだ。

「まぁ、立ち話もなんだし、座って話そう。食事の用意もすぐにできる」

 リビングのソファへと、オードリーをいざなった。

「……と言うわけで、うちの一番の稼ぎ頭はこいつなんだ」

 ギャリソンが淹れてくれた紅茶を飲みながら、俺はうちのことを話した。勇者だの魔王だのは省いて、旅の途中で主人を亡くした奴隷たちを引き取ったこと、ペイジントンが灰になったから帝都に来たことなど。

 実際、この家や使用人の費用は、ジンゴローとトゥルトゥルの稼ぎで賄えているから、間違ったことは言っていない。色々、端折っているだけだ。

 途中、ギャリソンが食事の用意ができたと伝えてきたので、食堂へと移動する。これがまた広すぎるので、オードリーがまごついたとかは省略。

 ちなみに。ギャリソンのレシピは帝国ホテルの正式メニューとして定着したらしく、今では逆に料理人をうちに派遣し、日々、ギャリソンと新たな料理の開発にうち込んでる。そのおかげで、我が家の料理はこの世界の最先端だ。

 俺はこのままではメタボに一直線なので、不本意ながら運動を始めたくらいだ。

 それはさておき、食事中も会話は途切れない。

「へぇ……その服もお手製なの?」

「うん、そうだよ」

 オードリーに向かって、自分やメイドたちが着ているメイド服を自慢するトゥルトゥル。

 こいつの洋裁店がこんなに繁盛するとは予想外だった。クロードの嫁さん……ルシタニア妃に献上したドレスが、どうやら帝国貴婦人たちのハートを鷲掴みしたらしい。店舗も構えていないのに、注文の手紙が毎日のように届くようになった。

「そんなに沢山、一人で縫えるの?」

 オードリーも、そこが気になるらしい。

 実際、トゥルトゥル一人では手が足りず、臨月を迎えるまではアリエルが魔法の手で縫製を手伝っていたくらいだ。

「でも、アリエルも赤ちゃん産まれたんで、しばらく手伝ってもらえないから、大変なの」

 トゥルトゥルも残念そうだ。注文を断るしかないケースが増えているのが辛いらしい。

 なので、本気でお針子を募集している。ギャリソンが動いてくれているが、腕のいいお針子はなかなかいないようだ。この辺は、ジンゴローの工房とは違う。あっちはゲート刃を使った大量生産が可能な工程があるけど、流石に針仕事は無理だ。何しろ、動きをキウイに覚えさせる前に、俺の手が血まみれになる。

「アリエルさんって、さっき聞いた人魚の女性?」

 オードリー、興味津々だな。地上での人魚族って相当珍しいだろうし、自分が取り換え子、つまり混血児扱いされたこともあるのだろう。

「そう! ご主人様が名前を付けたの。赤ちゃんはアルティって名前で、すっごく可愛いの!」

 うっとりとした顔で自分を抱きしめてフリフリするトゥルトゥル。

「ああ、あんなかわいい子を、ボクもご主人様と作りたい♡」

「生物学的に不可能だろ」

 アフロディエル神の恩寵がどれだけの物でも、男の娘を妊娠させることだけは出来ないはずだ。……出来ないよな? ……だんだん、自信がなくなってきた。

「それに、本当はご主人様♡と冒険がしたいの」

「……やっぱり、冒険者だったんだ」

 オードリーの目がキラーンと光った。

「トゥルトゥル。それ以上喋ると、一週間口をきいてやらないからな」

「そ、そんなご主人様……」

 トゥルトゥルがウルウルだ。

「そんなに隠したいことなの?」

 さらに追及してくるオードリー。

「うん……色々、大事な人に迷惑かけるからね」

 世間では、魔王を倒したのは皇帝クロードだと言うことになっている。それを助けた勇者は、ムサシであって俺ではない。そう言うことにしてくれないと、おちおち大学にも通えなくなるから。

「相当な悪事を働いたみたいね」

「……誤解だよ」

 酷い言われようだ。

 夕食に誘っただけのつもりだったが、トゥルトゥルとの会話が盛り上がってしまったので、気が付いたら辻馬車の営業時間を過ぎてしまっていた。

「寮の方には連絡を入れておくから、今夜は泊まると良いよ」

「連絡って、今から使いを出すの?」

 うん。この世界ではそれが常識なんだろうな。

「大丈夫、遠話の魔法具があるから」

 ちゃんとある。万が一の場合に、ギャリソンから緊急連絡を受けるための物が。

 でも、実際に使うのはキウイの遠話。入学が決まった時に説明を受けた、学生課の職員宛てに。

 だから、問題はないはず。

 はず、だったんだが。


********


 翌朝、朝もやの中をオードリーの手を引いて歩く。ひたすら歩く。

「全く、なんであんなお屋敷に住んでいて、歩いて通学なのよ!」

「夕べの食事。あれが毎日なんだ。どうなると思う?」

 ギャリソンの料理はもの凄く美味しいが、もの凄く高カロリーだ。

「太る、わね」

 その通り。

「だから、歩かないと、ヤバイの!」

 召喚される前の体形に戻るのだけはごめんだ。ミリアムに愛想を尽かされちゃう。

 学生の殆どは寮生活だから、一限目はメチャクチャ早くて、朝二つ、日本で言うなら朝の八時から始まる。その分、終わるのも早くて、昼四つ半、午後三時には全部終る。

 そんなわけで、なんとか大学の一限目には間に合ったのだが。

 なんともドタバタした一週間の火ぶたが、切って落とされた日だったんだな。

 ……後から考えると。


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