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#1-1.アラサーだけど受験します

 ミリアムが不機嫌だ。いや、怒ってるのではなく、ウンザリしている感じ。

 ようやく恋人らしくなれたのもつかの間、早くも飽きられた? 執務机に着いた難しい顔の彼女と向き合ってると、女教師に叱られている生徒の気分だ。プレイならそういうのも嫌いじゃないが、リアルなので困る。

 沈んだ声で彼女は言った。

「ごめんなさい。嫌な知らせが来たものだから」

「……何があったの?」

 また、魔族とかが暴れ出すんだろうか? キウイもマオも、特に警告はしてこないが。あたりを見回しても、いつも通りの広間だ。宝箱の数も増減していないし、扉の向こうの迷宮も、この階層には魔物しかいない。上の階層にはかなりの冒険者たちが入ってきているが、ここまでたどり着いたものはいないようだ。

 うつむいたまま、ミリアムは呟いた。

「私、魔王にされちゃったわ」

 なんてこったい。

「突然だったわ。いきなり頭の中に声が響いて、『新しき魔王よ、魔神の祝福を授ける』ですって。断ろうとしても、問答無用だったわ」

 創造神とは普通に会話できたのにな。もっとも、あれが創造神かどうかは謎のままだが。

 ……まぁ、先代の魔王オルフェウスはキッチリ倒したし、その配下の魔族も全滅させたから、魔神も人材不足なんだろうけど。

「私がやってることは、確かに魔王がやることそのままよね」

 ミリアムがやってること。迷宮を復活させて魔物を増やし、やってきた冒険者を襲わせている。でも、それはすべて次の魔王に立ち向かう者を育成するためだ。なのに、その本人が魔王に選ばれてしまうなんて、皮肉の利きすぎだ。

「次が見つかるまでのつなぎだよ、きっと」

 気休めだとは思うけど、言ってみた。もっとも、知っている限りでは、魔族で生きのこってるのはエルリックぐらいだ。あいつはどう見ても魔王の器じゃない。

 ……あ、マオは論外ね。アウトオブ・眼中。

 話題を変えよう。

「良い知らせだよ。アリエルが子供を産んだんだ。女の子だよ」

 彼女は、「良かったわね」と微笑んだ。子供の話題は一番の癒しだ。

「久しぶりに顔を見るかい?」

 仲間たちはみんな、帝都に住んでいる。結婚した二組、グインとアリエル、ジンゴローとランシアはそれぞれ一戸建て。ギャリソンは俺の家で執事として正式に雇った。トゥルトゥルも同居してるが、メイドではなくジンゴローの工房の一角で洋裁をやっている。みんな、歩いてすぐのご近所さんだ。

 それなのに、ミリアム一人が、この迷宮の底に引きこもってるのだ。寂しくないはずがない。

 ……ああ、マオは皇帝補佐官として王宮に戻った。たまに遠話で話すくらいだ。

「そうね。あれからもう一年たったのね」

 しみじみと語るミリアム。

 時のたつのは速いものだ。その割に、俺の探索はまだ成果が出ていないけど。

 ……まぁ、それは置いておこう。俺はアリエルに遠話をかけた。

『アリエル、今ちょっといい?』

『あ、タクヤさん』

 みんなを奴隷から解放した時に、「ご主人様」とか呼ばないように頼んだのだが、アリエルは結局、「タクヤさん」で落ち着いた。呼び捨てで良いのに。

『アルティをミリアムに見せてやりたいんだけど、いいかな?』

『もちろんです。ミリアムさんとも話したいですし』

 仲間の中では特に仲良しだったからね。

 俺は遠隔視V2のパネルを開いた。ドア一枚分くらいのパネルの向こうには、柔らかな日差しが指しこんでいる室内が映った。そこに、御美脚を椅子モードにしたアリエルの姿があった。メイド服ではなく、若草色のドレスの上にエプロンをしている。

 その腕の中に眠る赤ん坊が、彼女とグインの子供、アルティだ。

「可愛いわね」

 呟くミリアム。可愛いは正義。さっきまでの不機嫌は吹き飛んだようだ。

 遠話V2で、彼女の声がアリエルに届いたようだ。

「ありがとうございます。タクヤさんから素敵な名前を頂きました」

 うわ。アリエルの微笑みは、ますます輝きを増したな。

 ちなみに、アルティてのは愛称で、正式にはアルテア。地球の夜空の星の名前から取った。

 良く見えるように、向こうのパネルを赤ん坊に近づけた。アリエルによく似た顔だ。将来、別嬪さんになること間違いなし。

「その耳はグイン譲りかしら?」

 ミリアムが指さす。まだ薄い赤ん坊の髪の毛は、アリエル譲りの亜麻色。そこから、小さな豹の耳が覗いていた。頭頂部の両脇に二つ。時々、ピクピク動くのが、また可愛らしい。本物のネコミミ娘だ。

「はい。でも、これは痕跡で、実際に聞こえるのは普通の方の耳です」

 豹頭族のグインと人魚族のアリエル。このような異種族の間で子が産まれると、全ての種族に共通なヒト族に近い姿になる。ただ、両親から一部の特徴が痕跡として受け継がれることが多いだそうだ。そのため、この子はヒトと獣、合わせて四つの耳がある。

「私の方からも、こんな風に」

 アリエルは赤ん坊をうつ伏せに抱きかかえると、お(くる)みの裾をめくった。可愛いお尻の上から、小さなイルカのような尾が生えていた。こっちも、時々動く。

 もの凄くキュートだけど、拝めるのは今のうちだけだな。成長してからスカートめくりなんてしたら、闘気の刃でグインに八つ裂きにされちまう。

 折角の穏やかな会話だったが、アリエルの一言で終わってしまった。

「ぜひ、今度は遊びに来てください」

 社交辞令ではなく、本当にそう思ってのことだろうが、ミリアムの魔核がそうはさせてくれない。彼女の表情は微笑んだままだが、雰囲気が変わったのが分る。

「じゃあ、また後でね」

 唐突だが、俺は遠隔視と遠話を閉じた。

「……ごめんよ、ミリアム」

「いいのよ。もう慣れたわ」

 彼女はそう言ったが、落ち込んでるのはわかる。

「青魔核変換の術式さえ手に入ればなぁ……」

 俺がつぶやくと、ミリアムが顔を上げた。

「そのことなんだけど、魔法大学へ行ってみてはどう?」

 大学? この俺が?

 日本で出たのは、いわゆるFラン校。プログラマとしては、現場での叩き上げだったから、あまり大学で学んだことが役立ってるという自覚はない。

 しかし、魔法の大学があるのなら、基礎からみっちり学ぶのは良いことかもしれない。ミリアムから借りたりして、魔導書はかなり読んだけど、色々分らないことだらけだし。

「魔法大学って、どこにあるんだい?」

「どの国にも、王立の物があるわ。帝国なら帝立だけど」

 なるほど。てことは、五大学ってことになるな。私立もあるんだろうか?

「私が出たのはアストリアスのだけど。歴史が古い分、古代の魔法の資料がかなりあるはずよ」

 アストリアスか。ペイジントンにザッハ一家の墓参りに行くくらいだな。

「資料と言えば、帝国図書館の地下にも色々あったな」

 秋の日の図書館の、ノートとインクの匂い。一緒にいたのはトゥルトゥルだから、ちょっと雰囲気が違うが。

「それなら、帝都大学ね。資料の閲覧許可が出やすいはずよ」

 なるほど。

 色々聞いてみた結果、帝都大学に決めた。アストリアスなどの獣人差別にちょっと嫌気がさしてたのと、何よりも帝都なら自宅から通えるのがポイント高い。ギャリソンの料理が食えないのは辛いし、流石に執事を連れて寮に入るわけにもいかないし。

「でもさ、入学試験とかあるの?」

 この歳で受験勉強ってのはきつい。

「そうね。科目は、哲学と歴史の二つだけど、筆記試験以外に口頭試問もあるわ」

 この世界の哲学は、自然科学や何かが混然一体の、枝分かれする前の状態だ。

 て事は、丸暗記でなんとかなるな。よし。

 この際だ、キウイに文献を読ませてカンニングするしかない。やっちゃいけないことだけど、ミリアムのためだし。目的は手段を正当化するのだ。

 ……反論は許さない。


********


「えー、タクヤと言います。よく若く見られますが、三十歳です。本業は職人ですが、魔法具を作りたくて入学しました。魔力はほとんどありません」

 自己紹介が済むと、俺は腰を下ろした。勇者だ召喚だなんてのに触れないのは当然だが、俺としては嘘偽りのない自己紹介のつもりだ。

 しかし大学の教室って、こっちの世界でも似たようなデザインなんだな。長い机と椅子が階段状に教卓を取り巻いている。教卓に着く教授の背後には、壁いっぱいの巨大な黒板。あれ、どうやって板書するんだろう? 魔法の手かな?

 階段状の席に座っているのは、今年の新入生。ざっと見て、百人を越える人数だ。前から順番に自己紹介が進んでいる。俺は前から三分の一くらいに座ってるから、まだこの二倍かかるのか。長いな。

 魔力は男女平等で差がない。一方、男子は筋力に勝る。そのため、魔術を志すものは比較的、女性が多い。この教室でも、六割は女性だ。また、魔法を学ぶなら若い時からの方が有利なので、大学と言っても初等学校から進学してくる十代前半の子が大半だ。

 で、この年代は同性で固まることが多いから、結果としてあちこちにロリ少女たちの花園が出来上がってる。

 とはいえ、魔法を基本から学びなおしたいと言う、冒険者上がりの男性も少なくないので、俺と同年代の男性もちらほらいる。おかげで、俺もそれほど浮いているという感じもせずに済んでいた。

 俺としては、学歴なんて今更どうでもいいので、午前中の入学式なんかはすっぽかした。それでも、午後は最初の講義があったから出席した。

 そこで、俺たちの担任となった初老の教授は、初顔合わせだからと全員に自己紹介をさせている。一人一人を凝視しているが、全員の顔を覚えるつもりなんだろうか。教育者の鑑だね。この人の黒縁のロイド眼鏡を見ていると、メルビエンの魔術師ギルド支部長を思い出すな。

 帝都魔法大学は、それ自体が一つの街と呼べるくらいの敷地があった。流石に帝都の城壁の中には納まらないので、郊外に建てられている。それも、独立した城壁に囲まれて。見た目は都市そのものだ。

 学生の総数も一万人を超える。そのほとんどは寮に入っているから、人口もちょっとした地方都市並みだ。初年度の学生だけで二千人ほどいる。多すぎるので、二十人の教授が分担して面倒を見るという。この百人単位の学生が一つのクラスとなって、卒業までの四年間を過ごすことになる。担任となるのは、必須科目である基本魔法の教授だ。名前を聞きそびれたから、ロイド教授と呼ぼう。

 大学のカリキュラムとしては、この基本魔法に加えて、火、水、風、光、土、闇の各属性の魔法を選択し、学ぶことになる。合計七つなので、ちょうど一週間だ。

 俺の当初の入学目的は、閲覧禁止になっている帝国図書館の資料だった。しかし、よく考えたらもっと根本的な問題を解決できるかもしれない。

 キウイに魔法を覚えさせるのだ。

 今まで、魔導書を読ませても呪文を唱えさせても、キウイはそれらの魔法を使えるようにならなかった。そうした呪文をイデア界に送り込むための「モジュール」がインストールされていないからだ。インストールされているのは「空間魔法」のみ。

 人間なら、繰り返し呪文を唱えることで、イデア界とのつなげ方を身体で覚えることができる。剣士が身に着ける「闘気」なんて、百パーセント身体で覚えた魔法だし。

 なら、人が一から魔法を学ぶ過程そのものをキウイに学ばせたらどうか?

 折角のディープラーニングだしね。

 最近やってた探索はソロでの活動なんで、鑑定の呪文くらい使えないと不便で仕方がない。それに、魔核変換は魔核の調整の延長のはずだから、魔法具を作るのと被るところが多い。

 何より、魔力ゼロの俺が魔法大学に通う口実としても自然だ。

 と言うわけで、さっきの俺の自己紹介はほぼ事実だ。何も嘘は言ってない。

 流石に、自己紹介も百人が喋ると時間がかかる。途中で居眠りしてしまったが、最後に教授が話しだした時には何とか目が覚めた。教授の話が、これまた長い。魔法を学ぶにあたっての心構えとか。

 何度か意識が遠のきかけたが、話が終った時にはすっかり陽も傾いていた。他の学生たちは三々五々と席を立つ。俺も大きく伸びをして、教室の出口に向かった。

 こうして、俺の入学第一日目は平穏無事に終った。

 ……はずだった。

「あなた、コジローでしょ? なんでここにいるの?」

 振り返ると、見覚えのある少女がいた。

 以前、ミリアムの迷宮で一緒になった冒険者パーティーにいた、魔術師。名前は確か。

「……オードリー」

 ちょっと、面倒なことになった。


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