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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第二章 成長と願いと
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其の三九 騒動、邂逅、大怪盗(自称)

「………シンミ?」

「し~っ! 今は静かにして!」


 俺を抱き寄せたまま、片手の指を立て口に当てる彼女は天狗の妖怪であるシンミ。

 俺の師匠であり、同じ探偵事務所に所属する先輩であり、俺の契約者である綿貫奏捜索の際に協力してくれた恩人でもある。

 そんな人と二人で試着室に収まっているのはなぜなのか。

 ソレがわかったら苦労しないんだよなぁ………

 取り敢えず言われるがままに口を閉ざし、カーテンの向こう側に視線を向けつつ険しい顔をするシンミを見上げた。


「………」


 眉間にしわを寄せる表情だが、この顔には少し心当たりがある。

 結んだ妖怪や契約者相手に念話をするとき、視点が定まらなくなるものだが、今の彼女の様子がまさにそれ。

 となると誰かと念話しているのが自然と考えるべきで、その誰かから何らかの情報を与えられたために、こういった行動に出たのだろう。

 その肝心の情報が分からないとどうしようもないのだが。

 いずれ解放してくれるだろうとは思いながらも、気になって仕方がないので息を殺してシンミに問う。

 余り声を大きくするとよくない、万全を期して耳打ちしよう。


「───なぁシンミ」

「ひゃうっ」

「え」


 俺が声を上げた瞬間、シンミの身体がびくりと揺れ、暫く固まった後赤く染まった頬で此方を睨んできた。

 いきなり耳元で囁くのは吃驚させてしまったか、申し訳ない。

 両手を合わせて謝る意思を見せようとしたとき、カーテンの向こうから聞き覚えのある声がする。


「ん? 今のシンミちゃんか?」

「───」


 鼓膜にその声が届くと同時に、シンミのつい先刻まで赤かった顔が青く染まっていった。

 余程切羽詰まっているのか、片手で自分の口を、もう片方の手で俺の口を塞ぐ。

 流石に俺も声の主を察し、この状況も何となく推測できた。

 試着室の向こうで呟いたのはサミハ、ヒザマと言う妖怪の力を宿す〈妖技場〉トップランカーで、此処にいるシンミの姉である。


「気のせいかぁ? ん-、ま、いーか」

「………ふぅ」

「ぷは」


 遠ざかっていく足音を聞いてから、シンミは一つ息を吐いて俺の口からその手を離す。

 塞き止められた呼吸が解放された俺は肺を伸縮させ、息を殺すために強張っていた全身を脱力させた。


「あ、ごめんごめーん。咄嗟につい~………」

「えほっ、えほっ………あぁ、まぁ別にそれくらい」


 深呼吸を繰り返す俺を見てシンミが申し訳なさそうに声を掛けた。

 息苦しくはあるがそれだけでどうこうするほど軟ではない。


「いきなりお姉ちゃんに出くわすとはね………スポーツ用品店なら居てもおかしくないけど」

「そんなに都合悪いのか? いくらあの人でもスポーツウェア着てるだけだったら笑ったりは」

「いや、それはそうなんだけど、ねー」


 ちら、と壁を見やるシンミの視線につられ、俺も視界をずらす。

 そこには、試着前に着ていた服を掛けるハンガーに支えられている、フリルや花形の意匠があしらわれたワンピースが屹立していた。

 この服は元々トイの私物で、シンミは普段こういったガーリーな召し物を身に付けない。

 故に俺も新鮮に思えたわけで、もっと付き合いが長い姉妹のサミハからすれば………


「成程、そういうことか、完全に理解した」

「本当に理解してるパターンでその台詞、初めて聞いたかも~」

「要はサミハに今日着ている服を知られたくなかったと」

「そーゆーことー。すぐカーテン閉めればなんとかなったかもだけど~、トロ君は事情聞かれたら答えそうじゃな~い?」

「そんなことはない、と言いたいけど恐らく何してるかと言われれば答えるだろうな、俺からしたら後ろめたいこともないし」


 サミハのことだから、それからシンミの声を聞いたことがあると言ってどこかにいるのか聞き、俺が答えれば出てくるまで居座ることも考えられる。

 そして最終的に根負けしたシンミがカーテンを開き、中にあるワンピースを見て揶揄う………という流れが見える見える。

 そこでシンミは苦肉の策で俺を引き摺り込んで息を殺すしかできなくなったわけだ。


「それはわかったんだが………」

「ん~? なんかまだ聞きたいことあるの~?」

「ここから俺はどうやって出ればいいんだ?」

「あ」


 少し余裕が出てきて語尾を伸ばし始めたシンミに浴びせた冷や水のような質問で、彼女の顔は再び青ざめた。

 赤くなったり青くなったりと本当に忙しい奴だ。




 その後は結局、外にいたトイに頼んで試着室前の店員さんを呼び出してもらい、誰も見ていない隙にこっそりと抜け出した。

 そもそもサミハがやってきたことをシンミに教えたのもトイで、脱出の協力までしてくれた彼女にシンミは頭が上がらなくなっていた。

 と言うわけでそれぞれの運動着を購入した後の昼ご飯はシンミの彼女への奢りとなり、彼女が選んだうどん屋さんで俺たちは昼食を取った。

 トイは普段はワンピースを、それも白系のものを多く着用するため、うどんや蕎麦、ラーメンなどの啜る食べ物をあまり食べられなかったらしく、とても気分がよさそうだった。

 他人のお金で頼んだトッピングで天ぷらやコロッケを沢山乗っけていたから、というのもあるかもしれないが。


「んじゃ、お金払ってくるね~。他のお客さんの迷惑になっちゃうかもだし、二人は先出ててよ」

「あぁ。じゃあ行くか。これもついでに頼んだ」

「はいは~い」

「………ご馳走、さま、でし、た」


 トイが食べ終わる頃合いでシンミが会計に向かい、トイが両手を合わせて感謝の言葉を述べるのを待ってから二人で座席を立った。

 チェーン店ではあるのだが、何やらキャンペーンをやっているらしく、休日の昼間と言うのも相まって行列が店外まで続いていた。

 人通りも待ち合わせしていた時間から更に増えている気がする。

 会話と足音で包まれる道端で、二人シンミを待った。

 何気なく周りを見回し、右隣に立つトイの頬に目が行ったとき。


「あ、トイ、何かついてる」

「………ほん、と?」

「あぁ、左頬」


 天ぷらのカスだろうか、確かに早く店を出ようとするあまり、トイが口周りを拭く時間を碌に取らないまま出てきてしまった。

 手に持っていたハンカチで口の周辺までは拭き取っていたが、頬にまでは気が回らなかったのだろう。

 手でカスを探すトイだが、直ぐには手が届かない。

 流石に触れるのは気が引けたので指で示すが、見えないところにあるものを指で示したところで意味がないと気が付き、どうしたものかと考える。

 と、もう取ってもらおうとトイが頬を此方に寄せた時。


「きゃぁぁぁっ!」

「何だ!?」

「!」


 同時に響いた何かが割れる音と、人びとの悲鳴。

 音の発生源は俺の位置からトイを挟んだ向こう側だったため、身を乗り出して様子を伺う。

 すると破られたガラス窓の中から、一つの人影が飛び出してきた。

 見たところ身長は高くなく、目立って人間と違う特徴はなさそうだ。

 しかし、見逃せないのが額から少しだけ姿を覗かせる、小さな突起物。


「………鬼? まさか《GNOME》か!?」


 一つだけ発見できた特徴である角。

 小さいながらも禍々しさを感じさせたソレが鬼であることを示す特徴であったのか否かは、既に人影が屋上に飛び上がってしまった今、定かでない。

 しかし、何も仕込みなどなく屋上まで飛び上がった所から、人間ではなさそうだという推測は立つ。

 ならば《GNOME》、つまり奏を狙う計画の一部かも知れない。

 考えすぎかもだが、万が一があっては手遅れになるし、器物損壊の犯人でもある。


「何、何の騒ぎ~!?」


 シンミも扉から出てきた今、機動性に優れるシンミと拘束性に抜きんでたトイが協力すれば彼奴を捕まえられるだろう。


「丁度良かった、シンミ、あいつを追いかけてくれ!」

「えっ………ごめん、お姉ちゃんが居るかもしれないから、あんまり派手には動きたくないかもー………」

「そんな………っ」


 そんな理由で、と言おうと思ったが、それを差し引いても今のシンミの恰好はひらりと揺れる裾のワンピース。

 そんな格好の女性に、屋上まで飛んでくれ、とは言えないか。

 ならトイは、と思ったら、此方は頬を赤くして腕で身体を抱きかかえるようにしてしゃがんでいる。

 ………そういえば、トイは最初待ち合わせの時、中々着ないタイプの服を着ていて恥ずかしがっていたか。

 そこに更に注目の的になれ、と言うのは酷が過ぎる。


「じゃあ俺は行ってくる、他の人の安全確保を頼む!」


 二人に言い残し、テーブルや街灯を踏み台や手掛かりにして屋上まで跳んでいく。

 風の使い方にもだいぶ慣れてきた、こういったパルクール的な訓練をするのも悪くないかもしれない。


「………お?」

「お前………!」


 建物一つ程空いた向こう側にいたのは、全身を黒いタイツで包んだ姿。

 身体のラインからすると男女の判別が難しい上、身長が低く今聞いた声も幼い。

 全体的に未熟で、それも相まって中性的な雰囲気が感じ取れた。


「ワタクシ? 聞いて驚け、ワタクシは世紀の大怪盗、トットー! 今宵は退屈なこの街に刺激を届けにやってきたのさ!」

「今真昼間だが。あと怪盗なのに届けに来たのか」


 訳が分からない。

 と言うか最近出会う相手、話の通じる相手の方が少なくないか?


「ふ~ん………で、オニーサンは何なの? さっきまで見てたけど、女二人侍らせていい身分じゃん?」

「いや、そういうわけじゃ」

「あ、やっぱり? オニーサンみたいに冴えない狐が二人も女連れてるとかオカシーもんねー!」

「初対面なのに態度凄すぎないか?」


 話をしていると頭痛がしてくる。

 取り敢えず取り押さえてしまおうと判断し、屋根の上を駆けた。

 然し相手の大怪盗を名乗る不審者は逃げもせず、隠れもせず。

 寸前に相手を捉え、氷の力を纏わせた手を伸ばしたその時。


「あ、触れないよ?」

「あ、なっ!?」


 次第に勢いが殺され、数秒の拮抗の後に弾き返される。

 俺の身体の制御がおかしくなったわけではない、間違いなく力を感じた、押し返されたのだ。


「まー驚くのもそーなるのも無理はないと思うよ? でもワタクシには触れないんだよねー!」

「お前………!」


 間違いなく何らかの妖術だ、見破らないと取り押さえるどころか、接近すら難しいだろう。


「で、これからどうするのかなー? なんか調子悪そうに見えるけどー、女の子とデートしてるだけの狐さんはもう体力なくなっちゃったー? ザコー!」

「っ、違………!」


 先程から再び痛み出していた頭が一層主張を強める。

 何だ、何の単語がきっかけになったんだ。

 原因に思考を巡らせるが、痛みに耐えかねて………俺は意識を失った。

<>(^・.・^)<え、ここで? と思った方へ


<>(^・.・^)<「ここで」なんです!


<>(^・.・^)<あとトットーはどんな妖怪かわかるかな?

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