其の三三 奇襲
問いかけても、【透鳳凰】が応える気配はなく。
サミハ戦の最後、急激に出力が上がったのは、自分の考えだとコイツの御陰なんだよな。
あれがなければ、きっと今頃口惜しさと無力さに打ちひしがれていただろうが、あのおかげで出力次第では張り合えそうだと思えた。
「ありがとうな」
刀身を撫でながら呟く。
物に魂が宿るとかいうスピリチュアルな話は信じない性質だが、妖怪のいる世界でそんなこと言っても何の説得力もない。
故に、聞いていてくれるといいな、という一抹の願いを込めて、感謝を述べた。
柄の先端についた水晶がじんわりと光を増したような気配がした。
それからというもの、俺は家事を一通り済ませる。
洗濯物を取り込んで畳み、シンクに漬けっぱなしだった食器を洗い、帰るのが遅くなる可能性もある奏の為にある程度の食材を買いに出かけた。
勿論契約相手には念輪が出来るため、こういうところですれ違ったりはしない。
帰ってきた奏を出迎える頃には、既にそろそろ家を出た方がいい時間になっていた。
「───ここか」
そうして、約束の時間になる。
指定されていたのは、かつて奏と出会ったあの公園だった。
自分としてはそれなりに思い入れのある場所で、出かけて近くに寄ったときには、つい中に入って当時奏が座っていたブランコに視線を向けてしまう。
………あれ、これもしかしてやってること相当キモイのでは?
客観視すると悶絶してしまいそうなので、この話はこれで終わりにする。
「にしても、人気がないな」
夕方近くなってきた公園には人気がなくなっており、先程まで元気に走り回っていた子供たちの姿も夕焼けに追われるようにして消えていった。
待ち合わせの時間になったというのに、相手が現れないのはどういった了見か。
いや、よく考えればそもそも気配がないのに男子トイレへ会話を仕掛けてきたという点から、気配のするしないで語るのが間違いなのかもしれないな。
だったら、今の俺に出来るのは驚かないためにどっしりと腰を据えて待つことのみだ。
「ふう………」
どこから誰が来てもいいように立っているのをやめ、落ち着いて待つためにベンチに腰掛ける。
流石に先程の思考内容から、ブランコに座るのには抵抗感が半端ではなかった。
が、腰を下ろしたその瞬間。
「! う、ぐっ」
口元に何か平たく薄いものがかぶせられ、同時に腕を動かせない様に拘束される。
成す術なく意識を薄れさせていく俺が思っていたのは。
(こんなの実質コ〇ンだろ………)
「───ぁからそれは───」
「───貴様は本当に───」
「───ぃぃ加減にし───」
少しずつクリアになっていく思考回路、感覚器官が受け取った最初の刺激は、何者かの会話。
内容はわからないというか、そもそもそこまで聞き取る余裕はなかったが、何やら口論しているように聞こえた。
ぼんやりと会話を聞いているうち、徐々に現状を把握しようという冷静さが復活、まず自分の状態から理解しようと努める。
………どうやら俺は後ろ手に手首を拘束され、何らかの柱に縛り付けられているようだった。
未だ力の入りきらない腕を動かしてみるも、この様子だと抜け出せそうにない。
きつめに拘束されても特に悦びを感じるわけではなく、ただただ苦痛なだけだというのが分かったのは収穫と考えていいのだろうか。
いやいくら何でも思考が飛び過ぎだ、まだ寝惚けているな。
「ぁ、ぁー」
「お、お? おぉ、狐クン起きたみたいっすよ!」
「む」
「あら」
声が出るか試すために軽く喉を振るわせると、話をしていたらしい何者か達が一斉に反応した。
ちょっとこわい
「あ、えと」
「あーあーかわいそーに、拙者は反対したんですぞー?」
「彼を眠らせるための薬品を調合したのは貴様だろう」
「何を虫のいいこと言ってるのやら。今だって助けようとしてなかったじゃない」
「お主らに拳で逆らって五体満足でいられる自信は拙者にはないのですがな!?」
五月蠅い、とても五月蠅い、昼間の彼女らと比べても引けを取らないくらいに五月蠅い。
そしてその五月蠅さの大部分を担っているのは一人の男性だろう。
薄く開いていた目をきちんと開くと、照明の明かりで瞳の奥が鈍く痛む。
少しづつ光に目を慣らしていくと、自分が今いる場所も何となく見えてきた。
辺りを見回すと一面コンクリートで叩きっぱなしの壁、そして鉄骨が曝け出された天井、それと見合わぬラグやクッションが散見されるフローリング。
見るからに秘密基地と言った風格が漂っている。
「あの、ここは?」
「あー………これって説明しても構わぬのでござるか?」
「ふむ。我々には判別できん。ボスの判断を待つべきだろう」
「そうね。勝手な行いでボスの利益を損なうのは避けたいところだわ」
「話が見えてこないんですが」
何やら、彼らの上に立つ誰かがいるらしい。
一人称が拙者の男性は、全身をツナギに包んでおり、至る所に煤や油性の汚れが見え、ポケットからはスパナ等の工具が見え隠れする。
バイザーとともに顔にはぐるぐるの所謂瓶底メガネのようなガジェットを装着しており、エンジニアのような風貌だった。
次に、そんな彼を冷ややかな目で眺めながら壁に寄りかかる、迷彩柄のこれまたツナギらしきものを纏う男。
アンダーリムのメガネから猛禽類のように鋭い目を覗かせ、清潔に切り揃えられた髪からは生真面目さが感じ取れるはずなのに、そこはかとない恐ろしさを漂わせている。
最後に、二人のやや遠くで椅子に腰かけながら飲み物が入っているらしきカップに手を付けている女。
此方もまたメガネを装着し冷静でクールな印象を受けるが、花と月をモチーフにしたらしい髪留め、机に置きながら開いている少女漫画から可愛らしさの片鱗を見た。
………というか、この女性、何処かで見たことあるような………?
「───オ、起きたカ」
「あ、ボス」
「ようやく来たか」
「言われた通り、彼を連れてきました」
「オウ、流石頼りになるゼ」
「………え?」
何事が起きているか分からない自分の前に、彼らがボスと呼ぶ者が現れた。
その姿は、あまりに見知った人物のもので。
混乱していた頭が更に理解を拒む。
「───ビズ?」
「オウ、オレダ。奇しくも言い訳がホントになッちまッたナァ」
「は? なん、え、どういうこと?」
言葉の節々に、頭の中で生まれた疑問符が滲み出る。
ビズは元々謎が多い上に胡散臭く、付き合いは長けれど知らないことは確かに多かった。
とはいえそこまで裏のある妖怪だと思ってはいなかったし、自分を半分拉致した相手のリーダーをやっているなどと言う発想はどこからも出るモノじゃない。
何がどうなってこうなっているのか………
「混乱してるミテェだナ。無理もネェカ」
「なーんで誘拐って手段なんか取ったんでござるかー? 初手の人間関係上最悪でござるよ?」
「イヤ、オレもそこまでは言わネェヨ。大方現場の判断だロ」
「彼の用心深さはよく知っているから、こんな辺鄙な所に連れて来るのは厳しいと判断したのよ」
「成程、送り込んでた甲斐があったゼ」
彼等の間で着々と会話が進んでいく様子を、ただ呆然としながら眺めるしかできない。
女性の方は俺をよく知っている口振りな上、先程から感じている見覚えから察するに。
「え、あれ、田光さん!?」
「あら、よく気が付いたわね。これでも変装には自信があるのだけど」
「いえ、最近似たようなことがあったので分かっただけです」
「あぁ、西園寺のおじさまのことね」
俺の指摘に満足げに言葉を返す女性こと田光さん。
この場合田光さんと呼ぶべきなのか否かわからないが、何にせよ綿貫邸に潜入者多すぎないか?
井川さんこと西園寺さんはまだ目的というか経緯がはっきりしてたけど、こっちは本当にわからない。
疑念が一つ晴れても現状把握には及ばず未だ混乱中の俺を尻目に、彼等が再び話し始める。
「ほら、だから言ったじゃない。彼の用心深さと観察力は侮るべきじゃないわ」
「ふむ。それでこそ我等に相応しいと言えような」
「あー、お主変装とか潜入とかクソほど苦手でござりますしねー………って痛ァ!」
「何だ、お前を常に変装した顔にしてやろうと思ったのだが」
「拙者の顔、歪められる大ピンチ!? 助けて狐殿〜!」
「えっ」
突如漫才に巻き込まれてしまった。
と思ったらそのまま後ろ手の拘束を解いてくれたので、案外考えて行動する質なのだろうか。
解除する手際の良さに、エンジニアとしての才覚を感じられる。
「あの、これ解いてくれてありがとうございます」
「ん~? まぁボスも来たし、狐殿が悪い狐じゃないってのは分かっているでござるしね!」
「おい狐退け、そのバカを殺せない」
「明確に殺意出しちゃ駄目でしょ、この職場の雰囲気最悪でござるよ!」
「はぁ、全く何時までもアイツらは変わらないわね………」
そのままピュゥと音を立てるように逃げるエンジニア風の男を、迷彩柄の男が追いかける。
その際の身体能力には目を見張るものがある。
これは手心が加えられていたこともあろうが、正直昼間見たサミハよりも動きにキレがある。
この集団、長は兎も角として実力は凄そうだ。
男二人が去っていった部屋で、田光さんとビズが視線を合わせた。
「ン~、ジャマァ、このままでも綿貫の嬢ちゃんに悪ィシナ。簡潔に言うワ」
「は、いやだから何を」
「オマエ、俺達《宝石団》に入らネェカ?」
「いや唐突すぎて訳が分からん、順を追って説明してくれ」
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