其の二七 プロメテウス
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<>(^・.・^)<二話目は12:00に!
万雷の喝采が、そこにはあった。
奏に頼み込んでこしらえてもらった仮面の位置を調整しながら、熱狂の中心へと歩を進めた。
奇異なものを見るように、混沌を心から待ちわびるように、或いは現実から目を逸らすために、オーディエンスは熱狂する。
声の感じや一目見る限りでは男性が多いように思われるが、それでも女性ファンの姿もしっかり確認できた。
俺の今日の対戦相手は、立ち振る舞いや言動から、男性だけではなく女性からの人気も凄まじいらしい。
見れば、アイドルのライブ会場か何かのように、ハートマークのシールが貼ってあって、『ピースして』とか『芯まで燃やして』とか書かれた、ゴテゴテした団扇を持っているファンもいた。
こうして実際にギャラリーを前にして、興行なんだというのがしみじみと分かってきた気がする。
盛り上がりたい、非日常を味わいたい、単純にカッコいい闘士が見たい。
人がここに集まるのには色々と理由はあるのだろうけど、確かにかなりの収入になりそうな業態だと思う。
順番に焚かれていくスモークの間をゆっくりと歩きながら、そんなゲスいことを考えた。
向かって左側、司会者と実況者の席にいる黒原が、マイクの音量を確かめるように何か言っていた。
『西側ゲート、選手入場です! 西側から歩き出てくるのは、今回が初参戦のニュービーだ! 謎の貴公子、みんな応援してやってくれよ!?』
あ、これ、選手入場時のアナウンスだ。
黒原に一度確認されたような気がしたので覚えていたが、あんまり意見も無いのでそのまま通していた。
思ったよりも恥ずかしいな、特に『謎の貴公子』のくだり。
しかしながら歩みを止めるわけにもいかないので、予め聞いていた、円状になった舞台の真ん中目指して進む。
『素性、妖術、戦闘スタイル、好きなタイプ、一切不明! でも安心しろみんな、実力は折り紙付きだぁ! ――――――[M・F]、参上ッッッ!!!』
後ろの方で、演出なのだとわかるまでに時間を要するほどの、途方もない大きさの火薬が爆発した音がした。
特撮ヒーローみたいな気分だな、と思ったけれども、尻尾を生やした狐面の男はたぶん敵側だろう。
コスチュームの色合い的にも、ヒーロー側の爽やかさと言うよりも悪役幹部のスタイリッシュさを見いだせる。
ヒーローになりたいわけではないから構わないけども、ヒールっぽくなるのは勘弁だ。
もし仮に正体がバレたとして、そんな妖怪と契約してるという理由で奏がいじめられでもしたら、どうなるかわからん。
で、最後のやつは要るのか?
強いて言えば、どく、だろうか。
敢えてノーマルと言うのも捨て難い。
リング中央まで進み対戦相手と握手するところまでは指示されていたものの、そこからはフィーリングで、と黒原に言われている。
待っている間、とりあえず観客に手を振っていると、今度は向かい側のゲートにスモークが炊かれた。
勢いよく吹き出るというより、闘士の姿を隠すように、煙が滞ってゆく。
『東側ゲートも入場! 東側ゲートから出てくるのは、みんな大好き《戦神両翼》! 果たして新入り相手に手加減なんて出来るのか!?』
会場の湧き具合から、如何に強い相手なのかが推し量れようというものだ。
いやまぁ闘士なんて最初から見せ物だとは思ってたけども。
やや不安な気持ちが芽生えたので、司会席の隣、特別観覧席で奏を見た。
こちらを見て、ぐっと両手を握る姿が眼に入る。
あぁ、大丈夫。
笑われたって構わないさ、奏のために俺は逃げない。
と、煙の中に、演出のライトにしては鮮やかな朱色が灯る。
『朱の猛攻、生ける情熱! 今日も気持ちよい闘いを見せてくれ! ───[火炎神]ゥゥゥ!!!』
朱色が煙の中から飛び出すとともに、観客が歓声を上げる。
朱色の炎のシルエットは旋回しながら空高く舞い上がり、頂点に達したところで球体になった。
「待たせたなお前ら! 今日もオレ、[火炎神]の登場だ! オレの燃える戦いで、お前ら芯まで燃やしてやるから覚悟しとけよ!」
朱色の球体からボーイッシュな声が響き渡り、観客が沸く。
───どこかで聞いたことのあるような声だ。
とか思っていたら、球体はゆっくり降りてきた。
リング中央、俺の立っている地点のやや先に降り立つ。
球体を成していた炎は、徐々にしぼんで人の形を作り、やがて人らしきシルエットが出てきた。
〈妖技場〉で戦えるのは妖怪だけ、という決まりがあるので人ではなく妖怪ではあるけれども。
「で、[M・F]。テメーは新入り君?」
「あ、はい[火炎神]さん」
「あーあーやーめろやめろ、リングネームにさん付けとか、テメーさては真面目か?」
「え」
マイクに拾われないようにしてから、[火炎神]さんが問いかけてくる。
ちなみに〈妖技場〉のリング上には、耐妖術性超小型浮遊マイクがあるらしい。
それは予め登録された闘士の妖術にシンクロすることで、妖術を受け流し、更には観客に聞かれたくない内容はシャットアウトすることができるそうだ。
これもリングを製作した人の作品らしい。
一体何者なんだろうか、いつか会えるのかな。
「まー仲良くしようぜ? 手加減はできねぇけど、オレにお前の精一杯を見せてみろ」
「はは………お手柔らかにお願いします、[火炎神]」
「それでよろしい」
互いに歩み寄るうちに、ニ、と歯を見せて笑う[火炎神]の姿が露わになった。
動かす度に靭やかに躍動する肢体、そしてそれを取り巻く適度な筋肉。
細マッチョ、という言葉が正しいだろうか、陸上選手のようなコスチュームから露出したお腹は、綺麗に六つに割れている。
背中からは焔の翼が一対生え、顔の横半分を隠すマスクは炎の形をしていて、とても短い髪は燃え上がる赤色に揺らめいている。
もう見た目でわかるな、炎系の妖怪なんだな。
その点で言えば、俺はひと目見ても『狐だ』ってことしか分からないから、初対面に対しては有利、なのかもしれない。
差し出された手を握り、軽く上下に振ると、観客から拍手が起こった。
民度良。
『では、両者、自分の陣地内で好きな位置に移動してください! 私の独断と偏見によって準備完了とみなしたとき、ステージ変更を行います!』
「お、試合始まんな。じゃあま、観客は考えず、楽しくやれよ? 案外、楽しさってモンは伝播してくからな」
「はい、ありがとうございます。俺の対戦相手が貴方でよかった」
「はっは、そりゃあ戦った後に聞かせてくれ」
「ええ」
西部の早撃ち対決のように、背を向けて歩みだす。
位置を決めて、と言われても、現状ただのだだっ広い円の上で、有利な位置取りなんてあるのだろうか。
探偵事務所の訓練場の元ネタとなっている場所なので、当然の如く地形を変えてくるだろうとは思う。
だからと言って、それを予測して有利な位置に陣取る、なんて半端でなく難しい。
その点は、やはり数をこなしてきた向こう側のほうが有利だな。
取り敢えず外周に近い場所に立ち、[火炎神]の方を向いた。
見ると向こうもほとんど同じ位置にいるので、まぁこの場所で問題ないのだろう、知らんけど。
もしこれが罠だったら、いやでもそんな性格には見えなかったな、しかし戦いにはストイックにも見えた。
………やめよう、考えてもキリが無い。
こういうところの駆け引きも、まだまだ未熟だな。
今後精進していこう。
『はい、それでは両者、準備完了のようです! ステージ担当さん、今日もよろしくおねがいしますっ!』
黒原のアナウンスが終わると同時、冷徹に輝くリングが透けていく。
半透明な物質となったリングが盛り上がり、山のような地形を築く。
不安定な足場、倒れないように踏ん張った。
『ステージ変更の間、ルール説明です! と言っても至ってシンプル、相手の意識を飛ばす、場外にする、組み伏せるなどなど、戦闘続行が不可能だと思われたとき、審判による判定で勝敗を決します!』
ぐにょぐにょと動くリング。
山のような形が出来上がり終わりかと思うと、何故か俺の視点だけ持ち上がってゆく。
下をちらりと見ると、筍のように半透明な物が突き出している。
周りを見れば他にもそういった物が突き出していて、その中の一つの上に、偶然にも俺の足が置いてあった形だ。
木の上に立つのも〈白九尾〉らしいと言えるのかも知れないが、なんだか恥ずかしい。
降りよう。
『叩く、殴る、蹴る、斬る、飛ばす、凍らす、燃やす、どうせ終わったら治らせますから何でもオーケー! 武器の使用も、戦闘後の治癒において回復できる程度の物かどうかを、スタッフが責任を持って選別した後、ステージ持ち込みを許可しておりますので、闘士と契約されている方はご安心を!』
心臓などの内蔵や、腕や脚などの四肢他、生命に関わる欠損は〈妖技場〉の優秀なスタッフを持ってしても、治せるかどうかの保証はありませんのでご注意をお願いします~。
とは黒原に事前に聞いている。
相手の使う妖術はまず間違いなく炎系。
俺のコスチュームは耐熱性のテストを重ねてあるとのことだし、俺自身も、他二つと比べると熟練度は低いが、炎を使う。
腕や脚が溶けたり、頭が消し飛ばされたりといった、大事には至らないだろう。
気付けばリングの半透明は完全に固まっている。
半径一〇〇メートル程のリングには、全てが半透明な山の景色が出来上がっていた。
『さてさて皆様、お待たせいたしました! 今回のステージはこちら、【山林】! 木々の合間を縫う死闘をご覧あれ!』
足元から着色され、あの夜と何ら遜色ない山の景色が出来上がる。
風に揺れる草、ざわめく木の葉。
自然と俺の中の気持ちが張り詰めていく。
ここでの戦いは、あの後何度も頭の中で復習した。
もちろん、今は地形に阻まれて見えない[火炎神]と、ナサニエルのできることは違うだろうが、あの日の俺と今の俺にできることに大差はない。
『東、[火炎神]と西、[M・F]の対戦を始めます!』
さて、大先輩の胸を借りようか。
と、マイクをオンにした瞬間。
地響き。
腰を屈めて揺れないようにしたとき。
目の前の丘が此方に盛り上がり、次の瞬間には土が飛んできた。
咄嗟に腕で守るが、勢いは凄まじかった。
向こう側と繋がった穴の暗闇から、朱色の閃光が瞬いた。
「おいおいおいおい何だよお前、オレと闘ってんのに棒立ちかよ!」
自力で開けたのだろうトンネルを通って、拳を握った[火炎神]が飛び出してきた。
これはまずい、っ。
「≪噴火拳≫ォォォ!!!」
穴から全身飛び出した[火炎神]の右ストレートがきらめいた。
俺は普段よりも妖力を込めた炎を被るように作り出し、自身はダッキング。
振り抜かれた拳からは、まさに噴火とも言うべき凄まじい炎の奔流が巻き起こる。
周りの温度を百度近くまで上げながら、観客席の手前で霧消した。
ぎりぎり避けた俺は、屈んで踏み込み、脚を取ろうとするが、[火炎神]は突っ込む勢いのまま宙返りし、ふわりと逃れていく。
天地をひっくり返したままで[火炎神]が言う。
「ばーか、敵とやってんのに突っ立ってるばかがいるかっつーの。受け流したところは褒めてやるけど、逆に言えば妖力の浪費だぜ、新星?」
「いやいや、手厳しい。そして素晴らしい威力ですね、流石に火を齎した神を名乗るだけある」
観客は湧き、[火炎神]も楽しそうに笑う。
多分俺も笑っているだろう。
今の数秒間で分かった、この相手とは気持ちよく戦える。
「言ってくれるじゃねぇの? でもな、火炎の神、その真髄はまだまだだぜ!」
「ッ!」
『おぉーっと出だしから[火炎神]の猛攻! [M・F]、為す術無しかぁっ!?』
<>(^・.・^)<次の話もよろしくお願いします〜!




