其の□ GNOME
<>(^・.・^)<さて、今回はあの人たち
この世界においてはオーパーツであるタブレット端末を抱えながら大理石の床を歩く男が、一人。
太陽はやや西に傾き、雲に遮られなかった日光が床をよく照らしていた。
建物は神殿のようなつくりになっていて、等間隔に並んだ雄大な曲線美を有する柱の影が、男の燕尾服の表面を滑っていく。
革靴と大理石が衝突する、コツコツという乾いた音がよく響く。
半分は十二単が特徴的な人を探しつつ、もう半分は純粋な散歩。
すると、丁字路の右から左へ抜けようとした男に、下側の通路から青年の声がかかる。
「あれ? ホウサイサン? ホウサイサンじゃねぇすか? こんちはっす」
「………マハーリーヤ」
燕尾服の男は、装着したペストマスク越しにも判別できるほどの面倒臭さを顔いっぱいに浮かべた。
男からすれば、この時間帯に、この場で、この青年と会う、という事態そのものが危険であるからだ。
しかし、明るい色の短髪を逆立たせてピアスを開ける、といった如何にも軽薄そうな青年は、男の拒絶を意に介さずに話し続ける。
青年の美点でもあり、改善すべき点でもあった。
「珍しいっすね、こんな時間に出歩くとか。なんか緊急の命令でもあるんすか?」
「いや、特に差し迫った事情がある訳ではない。部屋に籠り続けるのも健康に悪い。間食後の腹ごなし程度の軽い散歩だ」
「へぇ、そうなんすね」
かくいう青年は人探しの最中であるのだったが、流石にこの男に協力を頼む度胸は無かった。
男はあくまで青年の上司、自分は複数いる部下のうちの一人に過ぎず、命令する側とされる側の区別は明確なのだから。
男が運営し、青年が所属する組織は、性質上仕方がないという側面もあるが、上下関係にはそれなりに厳しい。
青年は組織内でもそれなりの地位には就いているものの、相手はトップ。
例え任務とは掛け離れた用事であろうと、上層部で立場の逆転が起こるのは由々しき事態だ。
「ま、特に命令がないなら、それはそれで構わねっすけどね。むしろオレにとっちゃ、いいことかもっす」
「君の働きには私も信用を置いている。次の命令が下るまではしばらく自由にしていて構わない、とは以前にも通達したか」
「っすね。アジアの方から帰ってきて一ヶ月くらいは、特に新規命令されてねっすね」
「そうか。ではまた、何か連絡すべきことがあれば何時でも連絡してくれ。私からも何かあれば随時連絡する」
「うい、っす」
青年は柱に寄りかかったまま、ひらひらと手を振って男を見送る。
上司に対する態度としては異質で、一歩間違えたら素行不良とされ、組織によってはそれだけで処分に値するだろう。
しかしながら、この組織は上下関係には厳しいが、ごく一部の上層部では形式的規制を設けてはいない。
形式に囚われる前に抱くべき念という物は確かにあるという、自身のカリスマや能力を自負するが故の、リーダーの方針だった。
青年は間違いなく男に敬意を抱いている。
それが共通認識であるからこそ、男も何も言わなかった。
「さてと。んー、いくら探してもあの人の音聞こえねぇし、たぶん今日はいねぇなこれは。んじゃま、今日も第三師団に顔出すか」
軽く伸びをして、青年は丁字路の下の方へと歩き出した。
彼は【第三師団長】。
世界に名を轟かせる傭兵組織、《GNOME》におけるアジア方面を担当する第三師団の長。
先日の日本における少女誘拐事件の犯人の、直属の上司に当たる。
ナサニエルには「社長の命令に従う限り、やり方はお前に一任する。詳しいことは社長から直に聞いてくれ」と伝えてあった。
故に青年自身は詳細を耳にしてはいないが、しくじった、という連絡だけは受け取っている。
スニーカーで大理石の床を歩きながら、青年は呟く。
「あいつ、苦しそうだったもんな」
部下が有り得べからざる存在と成り果てていた、というのは知っていた。
それ故にナサニエルが苦悩を抱えていたことも。
知っていたから失敗の連絡を受けても驚きはしなかったが、成功のために青年は特に何もしなかったし、青年の上司からの直接命令であったので、規律的にもそれは不可能だった。
部下と彼とは、立場も、責任も、能力も、思考回路も、成り立ちすら違った。
手を差し伸べる、などという発想すら、青年には無かったのだ。
だから、現在音信不通、仕込まれているGPSも通信を断絶している、と聞いた時にはいずれそうなるだろう、とは思っていた。
とはいえ、敵対するようなら容赦はしない。
風通しの良い組織ではあるが、許可なく脱走した相手に対してまで情を抱く義理はない、と、青年は考えるのではなく自然にそう思っていた。
「………お?」
「あら?」
青年が進む先から、十二単に身を包む、大河のように美麗で豊かな黒髪を持つ糸目の女性が歩いてきた。
否、歩いてきたわけではなく、魔法の絨毯のように敷かれた薄い膜状のものに腰を下ろして滑っていた。
事実、十二単を身に付けた女性が動き回る、という事態はかつて極稀にしか発生したことがない。
女性は極東の様式に詳しいため、青年は第三師団長として意見を求めたり事前知識を訪ねたりすることがままあった。
「ソーさんじゃないっすか。つくづく今日は珍しい人に会う日っすね」
「ふふ。うちもほんとはお外に出るつもりはあらへんかったんやけどねぇ。だぁりん見ぃひんかったぁ?」
「リバさんっすか?」
片手に構えた扇子で口元を隠すその姿は、奥ゆかしさを体現したかのようで。
青年の恩人の一人である彼女に対してすら、青年はあだ名をつけて軽薄そうな態度を見せる。
女性の方も悪気があってしていることではないと理解しているからこそ、用事があるのに手間取られることに苛立ちを感じない。
この用件を抱えた女性の前に立つ相手が相手であれば、切り刻まれていても仕方のない状況だった。
尋ねられた青年は、腕を組み質問に応答した。
「んーにゃ、見てねーっすね。あ、そうだソーさんこそローアさん見てねーっすか?」
「全軍総司令官? 見てないわぁ、大方、まーた骨董でも探してるんちゃうん?」
「っすかねぇ。流石に趣味の時間邪魔すんのも悪いか………じゃ、リバさん見かけたら連絡するんで、ソーさんもローアさん見かけたら連絡たのんまっす!」
「はいよぉ」
じゃ、と手を挙げて屈託ない笑みを浮かべて去っていく青年を見送り、女性はまた別の方へと床を滑らせて行った。
彼女は【第二師団長】。
味方や知り合い、気に入った相手に対しては、嫋やかで慈愛に満ちた性格そのもの。
半面、気に入らない相手や邪魔をしてきた相手には、眉一つ動かさず四肢を切り落とすほどの苛烈さを見せつける。
そうした精神的不安定さを抱えつつも、理性と本能が同等に強いのが手に負えず、状況に応じて判断をそれぞれに委ねるクレバーさを併せ持つことから、欧州地域の師団である第二師団を任されていた。
生来仕草の気品が良く、人探しをするにも迅速な行動は不得手、ゆっくりと、言い方を変えれば緩慢な動きで道を進んでいった。
「あらぁ?」
「───うるうるうるうるうる………」
丁字路に出ると、目の前の直線状の道を奇声を上げながら転がっていく壺が一つ。
通常なら怪奇現象として、怖がるか忘れ去るかのどちらか、といったところだろうが。
彼女はその声に心当たりがあった。
「あらぁ、タボちゃんやないの」
「うるぅ? そそ、その声はもしかしてソイグーン様ですかぁ?」
「様はえぇよ、ゆーとるのにねぇ」
「うる、もも、申し訳ないですソイグーン様?」
「あんねぇ」
声を掛けると壺はぴたりと回転を止め、ひとりでに立ち上がった。
いや、中には妖怪が入っていたのだから、ひとりでに、というのは間違いかも知れないが。
壺のふちに両手をかけてひょっこりと中から顔を出したのは、全身がスライムのような粘性の液体でできた何か。
気が小さいところがあり他人と話すのが苦手、それでいて見放されるのは嫌だ、という難儀な性格をしており、自分を投影しているのか、十二単の彼女はスライムに対して親密な関係を築きたいと思っていた。
「ま、今はそれはえぇわ。あんねぇ、うちのだぁりん見ぃひんかったぁ?」
「うる、だぁりん………えっと、リ、リバチマ様ですね? みみ、見てません、ごめんなさい、へへ、ふへへ………」
「そう、見てへんのね」
液体で幼い少女を象どられた表情が、申し訳なさと情けなさ、そして愛想で歪に歪む。
殆ど開かれているように見えない糸目から、十二単の彼女はその心情を慮っているようで。
実のところ、その見た目とは裏腹にこの女性は相手の気持ちを推し量る、という発想があまりないのだった。
スライムの妖怪は視線を落としていたが、一方で自分の用事を思い起こす。
「あ、あの、ソイグーン様、ノーヌー様とペアリー様、み、見てませんか?」
「───あの人らぁ?」
「うるっ、あ、あの見てないなら、すす、すいません………っ」
「えぇよえぇよ。タボちゃんは悪ぅないし。せやけどごめんなぁ、うち見てへんわぁ」
「そ、そうですか………すいません」
十二単の彼女の殆ど変化しない表情の眉間に皴が出来たのを察知したスライムの彼女は、一瞬自分が終わった、という感覚に襲われた。
しかし現実はそうはならず。
恐怖と憧れを同時に抱えながら、スライムの彼女は十二単の彼女に別れを告げて、再び壺に籠って転がり始めた。
彼女は【現人海洋鎮台】。
求めるモノが見つかる、という誘いに乗り、この《GNOME》に所属したイレギュラー的存在。
現人鎮台は彼女を含めて二人しか存在せず、特殊な立ち位置の為に部下を持たない。
その為単独行動が非常に多く、司令を受けずとも自己判断での作戦行動が許可されている。
今のところは求めるモノは得られていないが、ソレを既に得ている相手とこの組織で出会えたこともあり、現状上手く行っている、と彼女は考えている。
ソイグーンと呼ばれた彼女がその相手。
二人とも歩み寄りたいとは考えているのだが、そもそも傭兵組織の幹部を任されている妖怪なんて変わり者だらけで自我の突き抜けた者ばかり。
女子会でもっとお話しできたらな、というのが直近の悩みであった。
「うる………?」
「おや、タボンではないか」
「うる、ロ、ローアイン様」
「うむ」
誰かに壺を止められた感覚があったために顔を出すと、其処には年を食った男性が立っていた。
軍服から伸びる、皴と苦労が刻まれた手で壺を止めていた。
何を隠そう、この壺を手配したのがこのローアイン。
スライムの彼女は恩義を感じており、逆にそれゆえ他の人より上手く喋れない、というのも悩み。
「何をしておる。お主が迂闊に移動が叶わないのは理解できるが、あまりそのようなことを繰り返すと壺の寿命を縮めてしまうぞ」
「うる、え、えっと、ペアリー様とノーヌー様を探してて」
「彼女らか………知らぬな、申し訳ない」
「い、いえそんなっ」
顔の前でスライムの彼女が両手を振るが、そのたびに床に水滴が散らばる。
悟られぬようにそれを全て拭き取った男は、思い出したように口を開いた。
「そうだ、ホウサイが何処にいるか知らないかね? 先程から探しているのだが、一向に見当たらなくてな」
「うる。みみ、見てない、です」
「そうか。すまない、時間を取らせたな」
軍服を着た男はそう言って去っていった。
彼は【全軍総司令官】。
かつて世界を破滅寸前まで導いた犯罪計画の親玉であり、現在はその手腕を買われ全軍の司令を任されている。
最早野心を失った彼がそれほどまでのポストについているのは、リーダーにカリスマを見出したから。
そして自分の才能を余すところなく活用してやるからついてこい、とまで監獄中で口説かれれば、折れないわけにはいかなかった。
師団長のすべての上に立つ存在でありながら、基本方針だけ示してあとは放任。
それが男のスタイルであったが、計画が上手く行くと確信できる下準備を済ませたうえでそうするのが一流たる所以である。
「む」
「おや?」
軍服の男は角を曲がると、誰かにぶつかった。
すぐさま誰何しようと思ったが、そのありふれた格好が逆にそのものの正体を物語っている。
「リバチマ」
「こんにちはローアインさん。今日は天気がいいですねぇ」
「そうだな。日差しが強すぎず湿度も悪くない。骨董にとってこの上ない環境よ」
「ほんと好きですねー」
相手の好みそうな話題を選んで言葉を発する、見た目の派手そうにない男。
上下ともに淡い色合いで決めており、お気に入りはこれまた淡い色のカーディガン。
これといったアクセサリーも身に付けてはいないが、左手薬指に装着されたリングだけは、煌々と輝きを放っている。
「そうですローアインさん、タボンちゃん見ませんでした? ちょっと訓練に付き合ってほしくて」
「彼女なら見たな。壺に入ってそこの角を曲がっていったぞ。ちなみにリバチマはホウサイは見たか?」
「あ、ほんとですか? ありがとうございます! あと、申し訳ないですけどボクは見てません!」
「そうか。わかった。あ、いやその角ではなくだな」
軍服の男の制止を振り切って、指示と逆の方向に進んでいく男。
彼は【第一師団長】。
その圧倒的単騎殲滅力を基準に、本部に最も近いアメリカ方面の第一師団の長をやっている。
方向音痴なのが玉に瑕だが、それ以外では日常生活・戦闘その他に於いて一切の欠点を抱えない人物。
強いて言えば性格や趣向に個性が薄いのが弱点ではあるのだが、本人はそれを気にする精神性ではない。
良くも悪くも愚直で素直、それでいて相手の気遣いもできる男なのだった。
「うぉ、っとと!」
「あれー、リバっちだ」
「あ? テメェこんなとこで何してんだ?」
角を曲がった先で出会ったのは、長身で所々が破けた服に身を包む女と、それに比して低身長でゴシックロリータを纏う女。
彼女らがこの建物にいるという事実自体が珍しいため、破けた服の女の言い分は言いがかりに過ぎず。
一方でロリータの女は、それを咎める素振りもせず髪の毛にくっついたピンやアクセサリーをいじっていた。
男はその人となりから、反発もせずただ会話を続ける。
「ボク? ボクはタボンちゃんを探してて」
「あー、あの水女か」
「んー、知らなーい」
二人の女はスライムの彼女の名前を聞くと、揃って嫌そうな顔をした。
それは性格的に合わないとか、趣味が違うとか、スライムの彼女の話し方が気に食わないとか、本人が聞いたら泣き出してしまいそうな原因ではない。
ただ単に、戦闘での相性が悪いから、それだけだ。
「応コラ、それよりあのクソ生意気な坊主どこか知らねーのか?」
「カラオケさそおーと思ったんだけどー」
「カラオケ、坊主………あぁ、マハーリーヤのことですか。う~ん、ごめんなさい、ボクは知らないです」
「あっそ。使えねーな」
「じゃーねおにーさん、また今度遊ぼーねー」
「はーい」
破れた服の女は何も言わず、ロリータの女は男に手を振って別れた。
彼女ら、特に敗れた服の女の言動には横柄さがにじみ出ているが、それも致し方ない事情がある。
彼女らは【臨時特別客員講師】。
《GNOME》に所属はせず、あくまでも招かれただけの存在。
故に多少は横柄にしているくらいでないと、立場が保てないというもの。
ましてや彼女らもこの組織も、一度舐められたら敗けの業界でやっている。
だから幹部以上の誰もが彼女らの行動に理解を示しているし、その態度に反しないほどの貢献を果たしている。
具体的には実地で戦う兵士の損耗具合が大幅に減少した、つまり効率的な戦い方が身に付いて来ている、ということだ。
これはフリーで傭兵活動を続けてきた彼女らタッグの努力の結晶とでも言うべき技能だろう。
何はともあれ、彼ら彼女らは着々と準備を進めている。
顔も知らないリーダーの、その前世も賭けた壮大な計画の準備を。
<>(^・.・^)<来週3連続投稿します!
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