其の二六 武者、奮い立ち
〈妖技場〉に到着した俺は、先日訪れた時とは全く違う様相に正直戸惑ってしまった。
以前見かけた柱には、俺のシルエットとリングネームが御洒落にデザインされた宣伝広告が炎を纏い、浮かび上がっている。
そして言わずもがな、周囲の人だかりは並みではない。
先日は平日で、更に興業があり、黒原によると「期待の新人」として大々的に宣伝を打ったらしい。
その効果もあってか、老若男女問わず、立ち並ぶ露店に並んだり手元のパンフレットに目を通したりと忙しなさげにしている。
これから俺が、このうち何割かの人たちの好奇の目に晒される訳だ。
得も言われぬ緊張感が背筋から全身を駆け巡った。
しかし、恐怖はない。
俺はただ、俺を見込んでもらったみんなに応え、俺に出来ることをして強くなるだけだ。
「はい、はい………確認できました。本日出場されるトロン様ですね。此方をどうぞ」
「ありがとうございます」
受付の方に手続し、首から下げる関係者を示すアレを受け取って頭に通す。
明らかにそこまでの長さはなかった筈なのに、耳の長い俺でもすんなりと装着できたので、これもまた何らかの妖術が用いられているのだろうか。
先日通った通路を通り、控室まで行く。
そのうちにふと思ったのだが、俺は選手としての通路しか知らない。
今度は奏を誘って観戦しに来るのもアリだな。
今後のことに胸を膨らませていると、想像よりも早く控室に到着した。
試合開始まではかなりゆとりがあるが、先に着替えを済ませて、頃合いになったら準備運動を始めようか。
控室の中の個室に入り、着てきた服を脱いでいるその時、頭に起伏の少ない声が響く。
『弟子君。今日、試合で、しょ? 大丈、夫?』
『トロン君、結構緊張しいだからね~、今頃楽屋でびくびくしてるんじゃないか、ってトイちゃんと喋ってたとこ』
『トイ、それにシンミ』
彼女らには、既に俺が今日最初の試合に臨むことを話してある。
そのうえで、明日二人それぞれの買い物に付き合って出かけ、慰労してくれるという約束を交わした。
シンミはようやく奏に会えると楽しみにしていたが、言われてみれば奏と探偵事務所の面々はまだ顔を合わせていないのか。
彼らは俺にとってだけでなく奏にとっても文字通り命の恩人だが、二人で感謝を述べる機会をいつの間にか逸していた。
それはそれとして、対面を心待ちにするシンミの呼吸が念だけの会話でもやたら荒くて若干の気持ち悪さがあったことを未だに覚えている。
『俺は大丈夫だ。二人に教わったこと活かして、勝てるように踏ん張る』
『そ、う………うん。弟子君、は、わ、たしの、弟子。だから、大、丈夫』
『え、なにその格好いいセリフ~、じゃない。アタシたちも客席から応援してるぜ、やれるだけ出し切ってこ~い!』
『あぁ。連絡ありがとう』
それから彼女は頑張ってね、と残して会話を切り上げた。
正直な話、まだ緊張は抜けていなかった。
だから、師匠からの激励は素直にとても嬉しい。
それに、奏だけでなく師匠二人も見守ってくれているとなると、緊張感が和らいでその分いい意味で引き締まった感覚がする。
緊張感もだいぶほぐれてきたところで、丁度着替えも終わる。
着辛いというほどでもないが、身体にきっちり沿った作りになっている上に大きく動き回る前提である以上、ファスナーやボタンが全てきちんと閉じられているかの確認が不可欠だ。
折角仕立ててくれたこの戦闘服も、着る側の不手際で万全の効果が発揮できなければ浮かばれない。
じゃあ、今のうちに動作確認を兼ねて準備運動をするか。
「うん、よいしょ」
控室に備え付けられた不思議な出入り口から飛び出て、ある程度の広さが確保されている空間に感謝しつつ、ストレッチを行う。
普段訓練時にもストレッチを行うが、コスチュームの補助の御陰か、数割増しで柔軟性が増した気がする。
自分はそれほど柔軟なわけではないが、それでも直立状態から指先が地面に着くくらいには体が曲がる。
それでいて数割増し、ということは今の俺はかなりの姿勢になっている筈だ、自分で見る術がないのが悔やまれるところだ。
十分ストレッチを行ったと判断して、次は飛んだり跳ねたりする体操に着手する。
「おぉ………!」
これもまた素晴らしい効果を衣装が及ぼしている。
勿論、バネが仕込まれていたり謎のツボを刺激して脚力を飛躍的に向上させたりしている訳ではないけれど、軽い補助機能が付いているだけでなく、妖術を通しやすい。
俺が高く飛ぼうとすると、大抵足から風を吹かせて体を押し上げるのだが、そうしようと考えてからいざ実行されるまでの間隔が狭まっている。
説明を受けた時、使用者の妖力の循環を一定の割合でサポートする、とは言われていたがこれほどとは。
元の身体能力や反射神経、妖術使用が優れている場合はそれほど支援できないらしいが、それでもまだ俺にとってはかなりの増強だ。
………本当に有難いな、綿貫グループの好意と熱量の半端なさを文字通り体感している。
「お、トロンさん居ましたね! 技名とか決めました? ってか、もうリングネームで呼んだ方がいい感じです?」
「技名はある程度考えてきた。あと呼び方はどっちでもいい」
「んじゃかっこつけ狐野郎で!」
「あれ? いつの間にか三択になってないか? あと罵倒としてはこれ以上ないくらい簡素かつ刺々しいな」
身体を動かしていたところに入ってきたのは、先日見学の時に着ていた服装と同じくフォーマルなものに身を包んだ黒原。
開口一番にあだ名と言う名の罵倒が行われるこの世界、本当に正しいのでしょうか。
と思う輩がいるから、小学校でのあだ名が禁止にされたりするのだろう、と思いはするものの、別に俺がどうこう言う話でもないしな。
コイツも悪意があってこんなニックネームを付けたわけでは………いやコイツの場合は悪意は兎も角悪戯心は間違いなくあるな。
「まぁそれはいいか………で、用件は何だ?」
「あー、トロンさん、初試合だし、緊張してるんじゃないかなー、なんて思ったり」
「それはするに決まってるだろ」
「あれ、意外。トロンさん、外からやいのやいの言われるの慣れてそうなのに」
「ある程度なら気にしない。でもあそこまで人がいるの見れば誰でも否が応でも緊張するだろう」
「あの動員数は〈妖技場〉史でもなかなかないですね! 戦神両翼の子たちのデビュー戦、ここまで宣伝打ちませんでしたし」
宣伝してもらうのは有難いし、多くの人に来てもらえれば俺の取り分が増える。
そこまでは悪くないし、すごく嬉しいことで、注目されるのは悪い気持ではない。
………ただ、注目されながら戦うなんて経験が、先日のトルフェとの一件しかないだけだ。
努めて冷静に振る舞う俺の背中に、黒原の声が降る。
「それもまぁ分かりますがねぇ。ぶっちゃけ、戦神両翼のどっちかが出る試合は大体この位のオーディエンス入るんですよねぇ」
「………………ん? ちょっ待て、ってことはつまり、俺の対戦相手って」
実をいうと、今日の対戦相手が何者か、黒原には直前まで教えられなかった。
俺としてもぶっつけ本番で推測しながら戦う道筋の建て方も鍛えたいと思っていたので、事前調査もしなければ宣伝広告も碌に見なかった。
見たとしても、その妖怪のシルエットと名前が一致していない為、偶然目に入った分には問題なかった。
だが………黒原、そうなってくると話は変わるぞ。
「あぁ。トロンさんの相手は[火炎神]。現在ここの〈妖技場〉で戦神両翼が左翼と呼ばれる妖怪です」
黒原は言うだけ言って、俺の反応を見ずに軽い応援だけして去っていった。
恐らくは、その[火炎神]とやらの基にも向かうのだろう。
「いくら何でも戦神両翼が左翼か………」
その単語の意味する重みを噛み締める。
いや、しかし、悲観していても仕方がない。
そのくらいの相手が俺に宛がわれるくらい、黒原ら運営に見込まれている証拠じゃないか。
心なしか震えが止まらない左腕を、必死に右腕で抑え込む、その時脳裏に響く声。
『トロ。いまだいじょうぶ?』
『………奏!』
『もしかして。きんちょう、してない?』
『正直な話、奏を助けに行った時の次くらいには強張ってる』
流石にこの街でも有数の実力者とはいえ、アレを越えることはない。
弱音を吐露した俺に、奏の優しい声が届く。
『うん、うん。トロは緊張するくらいいままで頑張ってきたんだもんね』
『………え』
『だってそうでしょ? いままでの努力とかやる気とかないと、そもそもきんちょうなんてしないもん』
『そう、かな』
『それに、ね。トロがわたしについてくれてるのとおんなじで、わたしもトロについてるから。だから、だいじょうぶ』
染み渡った。
と同時に、悔しさも湧き上がる。
そうだ、俺はこの子を守るため、そのために強くなるんだ。
大きく、そして深く息を吸い込んで、吐く。
全身から力が抜けたところに、頬を両手で叩く。
『奏、ありがとう。御陰で肝が据わったよ』
『ん。トロなら、じぶんの出せる力、ぜんぶだせるよ』
『あぁ───っと。そろそろ出番みたいだ』
備え付けのスピーカーから、選手のスタンバイを促す指示が入った。
タオルで軽く汗を拭きとり、水分を補給して、入場ゲートに向かう。
『ん。じゃ、見てるから。できるよ』
『応。見ててくれ。やってくる』
『───さぁ、第一ゲートからはこの妖怪! 全てが謎に包まれた超新星、[М・F]ゥゥゥゥッ!』
<>(^・.・^)<さぁというわけでいよいよ次回デビュー戦!
<>(^・.・^)<プロメテウスがどんだけ強いかというと
<>(^・.・^)<この街で一、二番を争い、全国でも10指に入る実力者ですワ




