其の二五 脳裏に焼き付いた
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「おはよう」
「んにぇ、おはよ」
「奏、手元見ろッ!」
「むー?」
土曜日の朝、今日は奏が朝食担当であったため、先日よりもやや遅めに起きたのだが、台所に立つ彼女の瞳は殆ど開いていないように見える。
その上此方が挨拶したら態々此方を向きながら包丁を扱うものだから、危なっかしくて仕方がない。
それでいながら手際はいいので俺から言うことは何もないのだけど、いくら何でも怪我が心配だ。
取り敢えずテーブルの上を片付けながら出来上がるのを待ち、消毒液を染み込ませた布巾で一通り汚れと雑菌を撲滅した。
それすらも終わった頃には、奏からもうすぐ出来上がると教えてもらったのだが、流石に目が覚めたのか普段の眠たげな瞳に戻っていた。
………ん? 日本語がおかしい気がするが、まぁいい。
『再び怪盗を名乗る不審者から予告状が───』
『映画ランキング三位は、劇場版仮免ライダーシリーズ───』
電源を入れたニュース番組をサウンドに、キッチンのカウンター越しに見える奏の後ろ姿を眺めながら何も考えない時間が割と好きだったりする。
「いただきまあす」
「頂きます………ん、んまい」
「ぬへ」
奏の笑い方が次第に変わってきたことを勝手に喜ばしく思う。
最初に造ってもらった品は所謂『教科書の朝食』であったが、俺との料理や俺の姿を見て次第にではあるが着実にレパートリーを増やしつつある。
味もまた、きっちり調味料を測って付ける場合もあれど、近頃は目分量で済ませることも増えてきた。
勿論精緻に計測するのも大切ではあるが、奏が欲していた『自分の味』を模索しているようで微笑ましくもあり、味見を頼まれてもどれも美味しいと言ってしまうのに申し訳なくもあり。
実に贅沢な悩みだとは自覚してはいる。
「うん、ごちそうさまでした」
「御馳走様でした。そうだ奏、今日は学校遅いのか?」
「早めに帰ろうか?」
「いや、そうじゃなくて。文化祭の準備があるんだろ? 俺も何か手伝えることがあれば、と。試合が終わった後にでも」
黒原との打ち合わせで、俺のデビュー戦は今日の午前中一発目に設けられている。
一試合がどれだけ長く続くかは分からないが、多少手を貸す程度なら間に合うのではないか、と思い申し出たのだ。
租借を繰り返していた彼女は、律儀に口の中のものをいったん飲み込む。
「ほんと? ───あ、でも、妖怪のひとたちには手伝ってもらっちゃだめなんだった」
「そうなのか?」
「うん。それするとなんでもありになっちゃうし、学校もせきにんとれないからって」
「あー」
言われてみれば、妖怪が来てしまったらいよいよ何でもありだ。
俺だけでさえ、炎・風・氷と扱えるうえ、こういった類ではなく精神的、あるいは概念的な妖術を持つ者もいる。
聞けば、生徒の中にいる術使いも術の使用を禁じているとのこと。
展示で優秀賞を取ったクラスには景品が与えられる仕組みがあるそうで、それを狙って人目を集めるために術を使った生徒が過去にいたらしい。
術は基本的に術者の外側に影響を及ぼすことはないために、精々が作業速度の向上といったものだったのだが、作業の過程で怪我人が出たのも事実なのだとか。
それが発覚したために術の使用が厳禁され、今後発生しうる妖怪による妖術も禁止することになった、という成り行きらしい。
とはいえそれでは、せっかく妖怪と言う愉快な隣人がいるのに余りにも芸がない。
全国的にもそういった事例が多くあったことから、十数年前に、公共施設における妖術の使用を許可する通称『妖術免許』が始動した。
それを持つ妖怪なら基本的に自己判断に於いて妖術を使用してよく、逆に持たずに使用した妖怪を〈陰陽師〉が捕縛するという仕組みだ。
その名前については、奏と契約するときに聞いており、取得を現在検討しているところだった。
ここでそれに阻まれるとは………
「持ってないものは仕方ないな………しょうがないか」
「うん、ごめんね?」
「いや、奏が謝ることではないよ」
「ん………でもベストパートナーのときはよろしくね」
そういう会話をして、俺は奏を見送った。
鞄一杯に荷物を詰めた彼女を、敷地の門まで見守ってあとは一人で行くのが日々の習慣。
彼女は今日の作業に顔だけ出した後、俺の観戦に来てくれると言っていた。
その後また戻るらしいが、顔を見せてくれるのは有難い、それだけで力になる。
さて、俺が出るまではまだ少し時間がある、コスチュームなんかの荷物を揃えていると、懐かしい声がした。
『トロンさん、トロンさん! 聞こえます!?』
「のわっ! びっくりした!?」
『あっ聞こえてるみたいですね、よかったです!』
頭の中に響いた声に思わず喉が震えて声が出た。
持っていたタオルを取り落とし、綺麗に畳まれていたものが乱雑にフローリングを彩った。
結んだ相手からの念とは流れ込み方が違ったこの思念の、心当たりは二つだけ。
一つは、この邸宅に住み着いているらしい、座敷童のシラ。
しかし彼女にしては言葉遣いが柔和なうえ、声色も此方を小馬鹿にする気配がない。
であるならば、その相手は必然的に絞られて。
『イザナミか!?』
『はい、私イザナミです。すみません、連絡が取れなくて』
『いや、それは構わないんだが』
その相手は、俺がこの世界に送られてくる、その直前に出会った女神。
直接姿を見たことはないのだが、初見時の受け答えで気に入って貰い、今後連絡を送り合う約束を交わしてもらった。
しかし何時だかを境に向こうからの連絡が一切なくなり、俺からの連絡が届いている様子もなかった。
何が起こったのか心配しつつも、神々クラスの騒動に俺が首を突っ込むのも変な話だと思い、心の奥底でモヤモヤした気持ちを抱えていた。
それがいきなり頭に響き渡ったものだから、誰もいない家で奇声を上げたのも仕方のないこと。
───だよな?
『すみません、少し方針が変わりまして。完全に此方の事情なんですけど』
『はぁ、そうなのか』
『誠に申し訳ないのですが、今後此方から連絡を取るのは不可能に近いです………』
『神ともあろう存在が約束を破ろうというのですか?』
うぐっ、とかあぐっ、とか言うような声が脳裏に響く。
『───いや、冗談ですよ。しかしそれならそうと早く言ってくれれば』
『此方も色々あった後すぐに連絡を取ろうと思ったのですが、何分そちらとこちらとでは時の流れが全く違い………その上連絡を取る機会も中々得られなかったものでして。こうしてお話しさせてもらっているのも、本当は禁じられているのです』
『そうか、では早く切り上げないとな。こうして居るのも危ないのだろう?』
『………やはり貴方は面白い方ですね………』
───どういう意味だよ。
と思いはしたが、敢えて伝えるものでもないと踏みとどまり、ひっそりと胸の奥にしまい込んだ。
『では、何から何まで突然で申し訳ないのですが、このあたりにて失礼させていただきます、本当にごめんなさい!』
『いいさ、俺ももう、居場所を作れたから』
『───そうですか、それはよかった、本当に』
その言葉を最後に、俺から何を言っても返事は来なかった。
突然の再会と別れに、混乱しつつもしっかりと寂しがっている心を鎮めるため、俺は何も言わずに荷物を纏める作業に戻った。
「───トロン様。それでは行ってらっしゃいませ」
「我も君の観戦に行きたかったのだが………生憎休日だというのに仕事を入れてきた執事がいるものでな。仕方ない」
「旦那様? ───と言うわけで私共はこの屋敷を離れられませんが、使用人一同トロン様の活躍をお祈りしております」
「「お祈りしております!」」
「ありがとうございます。<白九尾>らしく白星をを挙げられるよう、頑張ってきます」
屋敷の門で、総出の激励を受ける。
やはり相当に元気をもらえるものだ、見知った相手からの応援と言うのは。
御近所の方々が奇異な目で見てくるのがやや気にはなるが、うん、知らない人にどう思われようが正直どうだっていい。
今日もまた、楽しむつもりで、先輩戦士の胸を借りる積りで行こう。
※次回は金曜または木曜の午後4時か5時辺りかと!




