其の二四 予感
あれからは大変だった。
殆ど気絶していた俺を、観客席から心配して医務室に運んでくれた人がいたとのこと。
服にも髪の毛も尻尾も水を思い切り吸い込んでいたから、さぞ重かっただろうと思い、少々申し訳なくなった。
その後医務室のベッドでビズらと雑談をしていると、一つ隣の休息室で安静にしているよう言われていたと思われるトルフェが、全身を毛布にくるまれながら入ってきた。
そもそもの因縁の付け方だけでなく、戦闘の締め方が締め方だった、自信はあったとはいえ格好もつかない相打ち覚悟の一手だったのもあり、傷だらけの身体にもう一発食らう可能性があるか、と本気で危惧した。
だがまぁ流石に相手も大人、いや氷漬けになって頭が冷えたのかも分からないが、戦闘終了後の戦士にちょっかいを掛ける野暮はしなかった。
代わりに、まるまると膨れ上がるほどの厚着をした姿で深々と頭を下げてきた。
曰く、自分の尊敬する相手が小さい存在に見られているようで我慢ならなかった、しかしよく考えてみれば明らかに身勝手だった、本当にすまなかった、とのこと。
黒原も、彼女は良くも悪くも一直線で周りが見えなくなることが多々ある、でも根は素直でいい子だから勘弁してやってくれ、と。
それを聞いて赤面して黒原につっかかるのを見て、逆に黒原の発言に信憑性が増した気がした。
俺も、最初は困惑こそすれ練習試合として有意義だったから全く問題ない、むしろ感謝したいくらいだという旨を誠心誠意伝えた。
胸を撫で下ろした彼女に、良ければまた今度戦ってくれないか、と申し込んだらそれで罪滅ぼしが出来ると思うわけではないけど、と補足した後に了承してくれたので、トルフェと結ぶことにした。
その直後、どかどかと先程観客席で見ていたギャラリーの一部が入ってきて、なら俺も私も今度戦ろうぜ、と口々に言ってきた。
思っていなかった収穫にやや高揚し、奏に話したときの反応を想像しながら、家へと戻った。
何にせよ、見学は済んだし後は〈妖技場〉運営と契約を果たして公式戦を迎えるだけ。
契約の場面では保護者の監督が必要になるとのことで、今日コスチュームやマスクの試着に向かった際に兜さんにお願いした。
それくらいなら、と快諾して翌日の仕事を全キャンセルしようとしたところを井川さんの微笑みの手刀で気絶させられたのを見て、以後井川さんへの口の利き方には気を付けよう、と思った。
その井川さんが契約について来てくれるというのだから、その点に関しては安心だ。
さて、肝心の用件であるコスチュームとマスクのデザインやサイズに関してだが。
「………ピッタリだな………」
「そうだね。わたしがこっそり調べ、もといわたしの見立て、だたしかったみたい」
「ん? あぁ、これ、奏がサイズ指定してくれたのか? よくわかっ」
「見 立 て」
「………応」
見事なまでに全身フィットした衣装に身を包みつつ、奏とやり取りする。
ここは綿貫邸よりそこまで遠くない位置にあるラボの一室。
様々な方面での事業展開の際、何にせよ実験が必要になるらしく、現在は空き状態にある一室を利用して開発してくれているらしい。
なんでも、生半可な打撃や斬撃は吸収し、相手の妖術も防護する妖力を用いた仕組みを搭載しているらしい。
それは少し狡いのでは、と意見したはしたのだが、担当者のいうことには有名選手のコスには大抵そういった仕組みが施されているとのこと。
一部のトップ層の選手にはスポンサーが付き、その企業が自社のテクノロジーを賭して戦闘用衣装を仕立てるのは、よくあることらしい。
近年盛んになりつつある妖力と科学の融合、更に機構の小型化・軽量化において進んだ企業と言うイメージがつけられる上、純粋な知名度の向上にも繋がる。
俺の場合は確かにスタート時点からここまでの大企業のバックアップがある点で異例ではあるものの、かつてその異例が発生した事例は国内外問わず何度もあるらしい。
有望な選手は早めに囲っておく、というわけだ。
因みに俺はそこに頓着していたわけではないが、超大手選手ともなるとスポンサー契約料は試合の収入を上回るのも稀ではないのだとか。
そのあたりはかなりスポーツ選手とスポンサーとの関係性に近いのだろう。
取り敢えず事情を把握した後、それならばということで有難く受け取らせてもらった。
担当の方は、色々言ったけど、これは我々が綿貫グループだからではなくて、君が奏嬢の第一の側近だからだ、どうか気負わずに存分に力を出し切ってくれ、と激励してくれた。
ラボに居た他の方々も首肯してくれたその心意気に触れ、一層引き締まる思いがした。
次にデザインについて。
「何ともシンプルかつ格好いい………」
「ふん、実はわたしがデザインがんばったんだよ」
「本当か!? 奏、学校の方で忙しいんじゃ………」
「? トロにゆうせんするものなんてないし。みんなに話したらがんばってね、って言ってくれたから」
「そうか………ありがとう」
にへ、と表情を崩した奏の頭を思わず撫でる。
丁寧に整えられた髪型がくしゃくしゃになってしまったが、どうしても止められなかった。
その奏の力作たる俺の戦闘服だが、配色は白と赤が中心で、シューズやグローブ等の細部も金や黒の精緻な装飾が施されており、全体的に流線型でスタイリッシュな出来になっている。
マスクは狐のお面のシルエットで、色合いとしてはコスチュームと同じ感じである。
聞けば、奏が将来やってみたいことの一つにデザイナーがあって、こっそり勉強を重ねていたのだと。
それがここで活きて嬉しい、との奏の言葉で、目尻と心の臓が熱くなった。
前に保育士にも憧れている、と聞いていたが、彼女のそのある意味での好奇心旺盛さは、どこに由来するものなのか不思議に思うほど旺盛だ。
興味をただの興味で終わらせないのは、とてもエネルギーの要ることだろう。
何にせよ、衣装に関しては何の文句もない。
その後感謝を口にして、勝った暁にはその賞金で何かしらを差し入れよう、と決意した。
***:****
───さて。
計画段階はこれくらいで十分でしょ。
ワタクシは策を練るのも大好きですが、それ以上に実行が大好きでして。
ジョシュ君の探知とその記録によれば、先月人のいないあの山で動く生体反応が幾つもあったみたい。
結局その正体が何だったのかは分からないのですが………う~む、どうにも気になりまして。
いやま、正体だとか目的だとか、そういうのはいいのですけど、人知れず何かやる、というその精神が気に入らない。
『暗躍とは、明るみに出て行うものである』
これはワタクシの座右の銘でして。
いやね? 他の方の暗躍にとやかく口を出すのはね? マナーとしてどうか、みたいなとこもあるとは思うんですよね?
しかしま、そこを言ってしまうのだ、ワタクシは。
もう一歩のところで捕まるのをひらりと躱してゆくあのスリル、そしてワタクシを逮捕しようと躍起になるあの〈陰陽師〉の方々の悔しげな顔!
あれを目にしないなど、人生を、いや妖怪生を全て損していると言っても、まぁ過言ではないと言って差し支えることはないでしょ。
それもありまして、ここはひとつ、ワタクシからお手本を示してあげようじゃあないか、というわけでして。
………数日後、当美術館の大展示室二番より、釈迦の涙と呼ばれるダイヤモンドを頂きに参ります。
詳細は後日追って連絡しますので、精々震えて待ってろ♪
<>(^・.・^)<はい、というわけで第二章の章ボス(?)です
<>(^・.・^)<ご感想やブクマくださると嬉しいです〜