其の六 俺、お屋敷見学をする。
シンミさんと別れ、ビズと実験を始めてからすでに小一時間が経った。
今日の実験テーマである「俺の妖術の発動条件」について、分かった事が一つある。
俺の妖術は、どうも俺の意志とは関係なく暴走する事があるみたいだ。
と言っても、必ずしも暴走する訳では無いようで、何回か暴走しない事もあるようだ。
ビズも昔はうまく制御出来なくて、周りに迷惑を掛けたことも一度や二度では無かったそうな。
今日の実験は、ここまで。
そんなこんなで帰り道。
「兄ちゃんヨォ、オレ思ったんだけどヨォ.........イヤ、やっぱいいワ」
「なんだよ、そういう言い方されると逆に気になっちまうだろうが」
「そーいうトコなんだけどヨォ.........ま、いいワ。もっと親しくなってからにすんヨ」
「まぁ、そっちがいいなら良いんだけどよ」
なんか釈然としない。
こういうもったいぶった言い方されると気になっちゃうのが人間だと思うけども。
でもまぁ、最後に言ったのは本音。
生きてる人間は、あまり無理をしない方が良いとは思うけど、『無理をしない事』を無理強いは出来ないので、自分のやりたい事は自分で決めるのが大切だと思う。
ソースは俺。
「じゃあな」
「オウ、また明日ナ」
ビズと別れ、家(と言っても一晩泊めてもらっただけだが)へと歩く。
俺を一晩泊めてくれた奏は何をお願いしてくるのか。
気になるところではあるが、自分の発言には責任を持ちたい系男子の俺としては、相手の指示に出来る限り従うつもりである。
......奏がそれほど恐ろしい要求をしてこない事を祈るのみ。
やがて家が見えてくる。
軽くではあるが、運動してから歩きで奏の家へ帰るのが意外とつらい事だと判明した。
昨日は自分の妖術が判明して若干ハイテンションになっていたり、結構いろんな事があったりで、あまり気にならなかったが、実験のために行く山からは結構離れている。
別の場所を見つけるなりなんなりしないと往復がめんどくさい。
飛べるようになれば少しくらいは楽になるのか?
いや、妖力の制御とかで、かえって大変になるのか?
まだまだ分からない事だらけである。
家の門で門番らしき人にあいさつすると、門を開けてくれたようで、音を立てながらかなり重厚感あふれる門が開いていく。
門番の人が連絡を携帯で連絡を取っている。
「こちら屋敷外正門前の田光、奏お嬢様のお連れになった白九尾のトロン様がお帰りになられた。車を回していただきたい」
『こちら井川、了解しました。トロン様に、しばしお待ちしてもらえないか聞いておいて下さい』
「了解」
.........ここまで大げさな迎え方をしてもらっても、正直戸惑う。
いたって普通の一般家庭で育った俺は、やたらベイビーベイビーうるさいお金持ちや、映画になるとママー、とわめく性格の悪いお金持ちなんかの、桁違いにお金持ちの友達......いや、『知り合い』なんかは持っておらず、平凡な日常を送ってきた。
だからこそ、今まで通りの生活を望んでいるのかもしれない。
......『かもしれない』じゃないな。
考えているうちに、門番の...田光さん(だったっけ?) がこちらへやってくる。
「トロン様、申し訳ありませんが、しばしこちらでお待ちになっていただけませんでしょうか」
「はぁ、別にいいっすけど......気にしないでくださいね? ほんとに」
「大切なお客人を丁重におもてなしするのは、我々、綿貫家に仕える身の使命であり、義務なのです。トロン様がなんと仰せになられましても、我々は全力をもっておもてなしする所存でございます」
「そこまでおっしゃられるのなら、お言葉に甘えてもてなされる事にします」
などといった風に田光さんと雑談をしていると、昨日の夜にも見たリムジンの運転席に乗り込んで、井川さんがやってきた。
田光さんは、真面目そうな雰囲気の年若い女性だが、井川さんは、年季の入った老人である。
しかし、身にまとう雰囲気や身のこなしなどを見てみると、二人には差はほとんど無いと思われる。
それどころか、井川さんの方が洗練されているような感じがする。
金持ちの家には、それ相応の人材がいらっしゃるみたいだな。
井川さんの乗ってきたリムジンに乗り込む。
車はゆっくりと動き出した。
車の中で、井川さんに一つお願いをしてみる。
「あの、すみません。この庭をまわりながら奏の住んでる家に向かってくれませんか?」
「もちろん、いいですとも。では、まずは花の園から............」
花の園とやらは、どうやら巨大な花壇のような場所のようだ。
聞いたところによると、西の花壇には四季折々の花が咲き乱れ、東の花壇には巨大な花時計があるらしい。
さらには、南の門へと通じる道にはバラのアーチがかかっており、北の本館に向かう道の左右には数十種類の花が常に美しく咲き乱れているとの事。
車に乗りながらでは、少し物足りなさを感じたので、『また後で来てみようか』と考える。
花については疎い俺でも、ここの花々は手入れが行き届いていることが分かる。それほどにこの花々は輝かしく自分の存在を主張していた。
きっと、凄腕のフラワーコーディネーターさんが丁寧に手入れをしているのだろう。
こんなにも美しい花をいつでも見られる奏がちょっと羨ましく感じた。
次に向かったのは、大ホールと呼んでいる場所だそう。
一週間に一回か二回くらい、有名な音楽家やオーケストラ、ミュージカルにオペラや劇団などを呼んで、鑑賞会をしているそうな。
近所の中学、高校などが合唱コンクールや講演会をやったりする時に会場として貸す事もあるみたいで、様々な学校のお礼の手紙のような物がたくさん飾られていた。
ホールはとても広く、二階、三階も席が設けられてて驚く。
一度ここで演奏や舞台を見てみたいと思った。
......てか、このホール、前に来た事あるな......
昔、家族で来た事があった事を思い出す。
あの頃は、俺ものびのびしていたなぁ......
つっても、あの頃は俺、まだ幼稚園児だったんだけど。
あの頃と比べたら、俺もすっかり汚れちまったぜ......
なんてくだらない事を考えつつ、車に乗り込んだ。
そして、最後にはおっきい屋敷に到着した。
昨日泊めてもらった家では無い、でっかい屋敷。
和風ではなく、西洋風の屋敷である。
庭には線対称な景色が広がり、屋敷はかなり美しい。
新しく建てられる家も綺麗だとは思うけど、『家を見てこんなに感動した事無いんじゃ無いかな』と思うくらいには、この家のまとう雰囲気は別格だった。
車で屋敷の門の前あたりまで乗せてもらい、お屋敷見学をしようと歩き出した。
「......さっき車で見た時よりも心なしか大きく見える」
誰ともなしにつぶやく。
因みに、この屋敷にたどり着くまでに、観覧車や釣り堀などの様々な場所を巡ってきたが、ちょっと覚えきれてないので、また今度じっくりと見せてもらう事にした。
綿貫家、恐るべし。
覚えきれないほどに施設がある家なんて、フィクションの中でしか聞いた事ねーっつうの。
ここまでお金持ってる家、初めて見た。
門を見て、俺が一言。
「なんか、いかにも事件が起きそうな屋敷だこと」
「ふむ。家主である我輩を前にして、なかなかに肝の据わった少年だな」
「!?」
思わず後ろを振り返ると、そこにはかなり渋い感じの男性が立っていた。
その外見は恐ろしく迫力があり、『若くして学年主任を任された実力派教師』って感じで、もしも教壇の前にその姿があったとしたら、教師と勘違いする人も少なくないだろう(シチュエーションもあるとは思うが)
体格は良く、かなり体を鍛えている事がよく分かる体つき。
それを包むのは、足長おじさん的なスーツ。
ちょっとばかし説明が長くなってしまったが、俺はこの人の事が好きとか、そーいうのじゃ無いからな?
いや、ホント。
で、誰?
この人。
「あの............失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「ん? 人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るものだろう」
「あ、すいません。俺は、<白九尾>の『トロン』です。あなたは?」
「ふむ、良かろう。我輩の名前は............」
「やはりここにおられましたか」
そう言って割り込んで来たのは、先ほどまで車を運転してくれていた井川さんだった。
「あの、井川さん」
「申し訳ございません、トロン様。すぐに終わりますので、ご容赦下さい」
そう言って、この男に、何か耳打ちを始めた。
すると、なんということでしょう。
あんなに渋くてカッコいい顔をしていた男の顔に、見る見るうちにしわができ始めたではないでしょうか。
耳打ちの内容が、よほどこの人にとって都合の悪いものだったのだろう。
一目でわかる。
井川さんの話は終わったらしく、男が俺に振り返って言う。
「少年。我輩の名は『綿貫 兜』だ。奏の父親にして、『ロテツ』代表取締役社長をしている。すまぬが仕事があったものでな」
「はぁ、そうですか。じゃ、お疲れ様です」
「.........『お疲れ様』だと? まだまだ我輩は疲れてはおらぬぞ......むしろ疲れるのは今からだ......まったく、冗談じゃないぞ......前々から我輩は思っていたのだ......軽々しく他人に労いの言葉をかけるのはやめるべきだと......」
あれ?
俺、地雷踏んだか?
兜さんの顔がやつれていく。
やっべ、どうしよ。
すると、やはりと言うべきか、さすがと言うべきか、主の扱いに長けた、執事である井川さんによって、兜さんの思考は一時停止した。
「旦那様、お言葉ですが、目の前にトロン様がいらっしゃいます。どうか不満を垂れ流すのは後にして頂きたい」
「む......そうだな、井川。すまぬ、少年。少々取り乱してしまった」
「いや......全然大丈夫ですけど......」
井川さんの声はとても静かで、口調も執事らしい敬語を使っていたが、相手に有無を言わせない迫力があった。
『人の上に立つものは、自らを厳しく律するべし』と、なんかの本で読んだ事がある。
しかしまあ、兜さんはその点、心配無さそうだ。
「ではな、少年。また会おう。......君とは長い付き合いになりそうだ」
「? それじゃ、また。お仕事頑張ってください」
そして兜さんは敷地入り口の門に向かってさっそうと去っていった。
その背中に俺が感じた事は、ただ一つ。
《少年って呼ぶなら、名前教えた意味あったのか?》