其の二一 再会、因縁
やや暗い通路を抜け、戦いの舞台へと向かう。
その一歩は今まで踏み出したどの一歩よりも重く、それでいてワクワクするものだった。
「さて、着きました! これが我らが〈妖技場〉の誇る円形闘技場、その本丸ですっ!」
「おぉ………!」
奥に見える日の光を頼りに向かうと、室内に長くいたせいか目が痛い。
堪えつつ歩を進め、ついに外へ出た俺の目に飛び込んできたのは、外観や内装とは違い、古代ギリシャからそのまま引き抜いたかのような舞台だった。
真円になった湖の真ん中に浮かぶかのような白い舞台は、水面で反射した太陽光で陽色に彩られていた。
「周りは溝がほってあって、水が張られてます。これは観客席への被害をなるべく減らすためですね」
「成程。確かに舞台と客席が地続きだと、妖術や体術の被害の影響は大きくなるか」
さらに言えば、舞台そのものと客席の間にいくつもの結界を張るためのスペースの確保もなされているというわけだ。
参加する妖怪の中には、海坊主や河童のように水辺でこそ本領を発揮するタイプがいるかもしれないからな。
その場合、元から水を張っておいた方が色々と都合がいいことも多いだろう。
「ま、大体そんなとこですかね!」
「こうやって見ると、舞台がきらきら照らされてすごくきれいだね………」
「あぁ、本当にな」
選手入り口から舞台へは跳ね橋が架けられており、選手入場が終わった後に橋を上げるのだろうと推測できる。
俺たちはともになって橋を渡り、舞台の中心へと向かった。
円状舞台の上には、俺たちが出てきた出口とその真反対側の出入り口を繋ぐ線に対して直角になるように線が引かれている。
恐らく、ここで選手たちが試合開始前に睨み合うのだろう。
その周囲の床には、何やら丸い切れ込みが幾つも見受けられた。
「なぁ、あれは何だ? あの切れ込み」
「んぇ? ………あぁ、あれはまぁ、一種の舞台演出ですねぇ。まぁ出てみればわかりますし、あんま気にしなくていーんじゃないですかねぇ」
「………おねぇちゃん、ぜったい『その方がおもしろそう』って考えてるよね………?」
「ドメちゃんなんでわかったのぉ!?」
「いや、それは俺でもわかったが」
「何でえ!?」
何故、と言われても、普段の行いとしか。
「でもおにいちゃん、たしかに知らなくてもだいじょうぶだと思うよ? ………いや、僕は見たこともないけどおねぇちゃんがそういうならきっとそうなんだよ!」
「ドメもそう思うのか? じゃあまぁ深くは気にしないでおくか。本番になって対応できるかどうかも実力のうちだろ」
そうなれば、舞台そのものに関しては聞くのは野暮だろう。
ぐるっと一周して、舞台と橋の繋がる位置にいる黒原に声をかける。
「………凄く単純で簡素な造りに見えるが」
「そう見せてるのが造り手の技量って奴ですね! こればっかりは機械じゃ無理ですから、ウチでラダイト運動は起こさせませんよぅ!」
「今はまんまるだけど、試合によっては形をかえることもあるんだって」
「そうなのかドメ、詳しいな」
「あっ、あはは………よくおねえちゃんから聞かされるから覚えちゃった………」
「んん? ドメ、私そんな話………あぁまぁそうですね。場所によりますけど、ウチはステージ一つしかないんで、そうやってリズム作るんです」
流石に今やるのは無理なんですけどね、と両手を天に向けながら黒原は言い、そのまま片手で橋の向こうを指した。
俺がいいなら次の場所に行こう、ということだろう。
無言で頷いて、俺もドメも彼女の後を追った。
彼女曰く、〈妖技場〉の舞台の周りにはそれなりの距離を取らなければならない、という決まりがあるため、舞台を複数造るのは厳しかったのだとか。
彼女自身が建造当初からいたわけではないらしいのだが、オーナーは酒が入るといつもこの話をするのだとか。
殆ど何もなかったに等しいこの街がここまで大きくなったのは〈妖技場〉があったからだ、当時他の國で行われていた興行を参考にして建てた判断が功を奏したのだ、と語るらしい。
その様子を俺に聞かせる彼女の声色は弾んだり跳ねたりと忙しく、彼女自身の思い入れを感じさせるもので、思わず俺も笑んでしまった。
気付いた黒原の咎めるような視線を手で振り払い、ドメが間に入って取り成す。
そんな流れを繰り返すうち、今度は舞台の客席を一周した。
こちらもまた映画館やサーカス、スタジアムの一般的な客席と変わらないように見えたが、ここにもまた遊びが入っているらしい。
………何ともはや、事前に聞いた個人情報保護対策を聞いた後だと、何が出てきても驚かない気がするな。
「さて。じゃあどうします? 取り敢えず選手の動線は一通り終わりましたけど」
「う~ん………折角だから他の場所も紹介してくれるか? 館内マップを見れば大体把握できるとは思うが、俺が入れる場所は基本見ておきたい」
「はい! はい! 僕も色々見たいです!」
「そういうことでしたら! 良いでしょう、案内しちゃいましょう! どうせ今日は試合有りませんしね!」
そうして、その流れで他の場所も観に行くことになった。
屋内ホールや売店、準備運動用のスペース、更に選手とその身内が使える食堂まである。
食堂には、綿貫グループのもつ会社の一つが一枚嚙んでいるようで、メニュー表の隅に社章がプリントされていた。
こういうところで見ると、改めて綿貫家の途方もなさを実感させられるというかなんというべきか。
「じゃ、次はトレーニングルーム行きましょ! 出場してくれる妖怪の方なら誰でもタダで使っていいのです! ま、最低限のマナーは守ってもらいますけどね」
「壊したりしたら弁償しなきゃいけないんだもんね」
「ほう、なるほど」
食堂の次に向かう先は、トレーニングルームだということ。
詳しく話を聞くと、普通の人間が使うジムと殆ど一緒の作りではあるものの、掛けられる負荷は人間のそれとは比べ物にならないのだとか。
一般に妖怪は人間よりも身体能力に優れるため、人間レベルの負荷では物足りなくなってしまうことがあるらしい。
俺はまだ此方に来てから器具を使ったトレーニングをまともに行っていない為、妖怪が人間の器具を使った時の挙動を把握していない。
確か探偵事務所の地下空間にもその手の用具があるという話だったが、西園寺さんが使うのだろうか、それともシンミやトイ、場合によってはリシャール君が利用するのだろうか。
「さ、てなわけでここです!」
「おぉ………」
「結構広いね」
ランニングマシーンにベンチプレス、ダンベルやなんか背筋を鍛える機械。
名前すらろくに分からないほど筋肉トレーニングに縁はないが、それでも種類が多いことだけはわかる。
それに結構多くの妖怪が入っていることから、利用に値する設備であろうとは推測できる。
人型から動物の姿、更に明らかに無機物だろう、と思うような妖怪までも出入りしている様子なので、幅広い体格の妖怪にアジャストした機械を取り揃えているのだろう、流石は〈妖技場〉、抜かりがないというべきか。
「………お?」
「ふぅ、ふぅ………」
ベンチプレスが並ぶ区画の一角で、顔が無いものの眉間にしわを寄せながらダンベルを上げ下げする姿が一つ。
顔がないというだけならば数あるのっぺら坊のうちの一人だというだけだが、着ている運動着の色彩センスに見覚えがありすぎる。
毒々しいまでに原色をあしらった上下の合わせを好むのは、あの派手僧を除けば知っている中で一人。
黒原に一言断ってから、危険がないように近付き、様子を伺う。
「………お前、ビズか?」
「ふぅ………ん? おォ? トロンじゃねェカ! どうしておめェがここにいんダ?」
やはりお前か、ビズ。
やたらと体格がいいとは思っていたが、こうして鍛えていたとは。
「俺は〈妖技場〉出ることにしたんだ。今回は見学で来てる。お前こそどうしたんだよ、〈妖技場〉出てんのか?」
「いやァ、オレは戦闘はからッきしだからなァ、普段は見るだけダ」
「じゃあどうして………」
「───おやおやおやぁ、そこにいるのはビズさんではぁ!?」
その時、やや遠くから声が響いた。
この、頭に響くまるで密林の極彩色の鳥のような声はあいつしかいない。
飛び上がった肩越しに後ろを見ると、道行く妖怪たちを押し退けて黒原が寄ってくる。
その少し後ろに、黒原が押し退けた妖怪たちに謝りながら後を追うドメも見えた。
「オウ、黒原の嬢ちゃン、お邪魔してるゼ!」
「ビズさぁん! 来てるなら声かけてくださいよぉ!」
「いヤ、おめェ今日オフだとか言ってなかったカ?」
「………言いましたね!」
「んじャオレ悪くねェじゃねェカ!」
二人して豪快に笑う。
俺が言葉を失って立っているところにドメが追い付いてきた。
二人の会話を少々遠くから眺めつつ、少し屈んでドメに耳打ちする。
「………なぁドメ、あいつら知り合いなのか?」
「えっと、確か僕がおねぇちゃんと知り合う少し前に知り合ってたんだって。契約する話も上がってたらしいよ」
「そうか、ありがとう」
そうなると、中々前からの知り合いのようだ。
加えて、契約する話も持ち上がっていたというところから察するに、波長が合うのだろう。
確かにビズは、その妖術も合わせて、どんな相手にも適応できそうな対人面での信頼感がある。
………そういえば、今まで聞いてこなかったが、ビズには契約した相手はいるのだろうか。
俺がこの世界に来て初めてまともに会話した相手だ、感謝しているし諸々気になってはいるのだが、如何せん本人を目の前にするとそうした疑念が浮かばない。
契約は義務ではないにせよ、した方が彼にとってもメリットがあるし、感情に特化した妖術を考えれば契約相手とのコミュニケーションも問題ないだろう。
いっそ本人に聞いてみるか、と口を開く前に、会話を切り上げたらしくビズが俺を向く。
「そういやトロン、おめェなんだって〈妖技場〉に出るんダ?」
「あ、そういや私も詳しく聞いてませんでしたね。教えてもらっても?」
「いや、そんなにたいしたものじゃないんだけどな。もっと強くなれるかも、って考えただけだ」
「ほォ、やるじャねェカ。いい心掛けだゼ」
「僕も、僕もすごいとおもいます!」
「なるほどなるほど、そうだったんですねぇ。そういう動機の子は結構いますけど、みんな満足気です、良い判断かと思いますね! まぁ立場上こう言う他ないんですけど」
「おめェはどうしていッつもそう台無しにすんダ!」
褒められている、のだろうか。
もしもそうなら悪い気はしない。
「それに、ビズは知っての通り、俺は今妖術の師匠を二人持ってるだろ?」
「あァ、あの二人カ」
「そう、それでもう一つの妖術の師匠になってくれると嬉しい相手が〈妖技場〉にいるとトイから聞いたんだ」
「アー、まァ確かになァ」
「ほうほうほう、でもここ、結構な数の選手がいますからねぇ、それだけだとなんとも………橋渡しできるかもなので、鍛えたい妖術の方向性を教えてもらっても構いません?」
「俺は、炎を鍛えたい」
「───炎?」
少し離れた場所から、女性らしき声が聞こえた。
話していた皆で振り向くと、そこに佇んでいたのは動きやすい服装に身を包んだ、金髪ロングの女性の姿。
恐らく何かしらの妖怪なのだろうが、正直見当がつかないくらいには外見としてそう飛びぬけて特異なものはない。
強いていうなれば、きつそうな釣り目の割には、髪に付けられたリンゴの髪飾りが可愛げを醸し出している、くらいか。
彼女は俺を真っ直ぐに見据え、ゆっくりと歩を進めてくる。
「アンタ、炎を鍛えたいって?」
「え、あぁはい、そうで───」
「よし、アタシと勝負しろ」
………は?




