其の一九 〈妖技場〉見学へ行こう
<>(^・.・^)<夏休み、終わっちゃったね………
翌日。
昨日と同じように奏を送り出し、洗濯物や洗い物を一通り済ませる。
昨日のうちに少しだけコスチュームや変装用の仮面について奏と話し合い、更には二人で兜さんに俺が〈妖技場〉に出たいという意を伝え、装備の手配を頼んだ。
奏の頼みとも会って兜さんは快諾してくれ、デザイン案が出来次第連絡する、綿貫グループの総力をもって試合に間に合うように製作すると話していた。
………二人が話している姿を見て、少しだけ昨日井川さんと交わした会話を思い起こした。
「………そろそろ行くか」
掃除機をかけて家事を一通り終わらせた後、身支度を整えて靴を履く。
これまた昨日のうちに田光さんづてに黒原に連絡を取り、今日〈妖技場〉見学のアポイントメントを取ったのだ。
元から、昨日から土日までの間には今日だけ訓練の予定がなかったので、前日の午後になって突然の連絡になってしまったのだが、黒原は案外素直に受け入れてくれた。
………〈妖技場〉に出たい、という話をしたらやたらとテンションが上がって鬱陶しいこと風邪の如し、であったが………
兎も角、俺は念のため動ける服装を鞄に詰め、鍵をかけて奏宅を出て、綿貫邸の門へと向かった。
綿貫邸から〈妖技場〉への道を歩きつつ、井川さんとの会話を思い起こす。
彼のあの時の話しぶりからするに、恐らく奏の母親、郭蘭さんはもう他界しているのだろう。
多感な時期に母親を亡くし、更に契約妖怪が存在せず奇異な目で見られ、周囲からは金持ちの家の子だと妬まれる………そんな時期を奏が送った可能性は、恐らく高い。
可能であれば、俺がその時にいられたら、と思わないではないが、過ぎてしまったことをどうこう言っても仕方ない。
俺から出来るのは、奏や兜さんが話してくれるのを待つことだけだろう。
「………探偵事務所にはいつ行けばいいのかな」
話は変わるが、昨日の流れで頃合いを見計らって、ファースト探偵事務所の体験入所をさせてもらう話が付いた。それにしても体験入所って言葉聞かないな、俺が生み出してしまった悲しきモンスターか?
………あー、無関係な事物を考えてしまうのは俺の癖だ。
結局詳しい日程は決まらなかったものの、井川さんが西園寺さんだと見抜いた時点で、採用試験として設ける積りだった条件のほぼすべてをクリアしている、とは聞いた。
その為、採用試験はすっ飛ばしていきなり体験入所から入るのだとか。
自分としては、体験してみて「やっぱり違うわ」と言って投げ出すなどと言う狼藉を働く気はないので、どちらでもいいと言えばいいのだが。
「………これで、シンミやトイとは同僚になるのか」
今でも既に交流を持っていた相手に、別の関係性が発生するのは何ともむず痒い。
兄弟姉妹と同じ部活や会社に入っている人は、こういう思いをするのだろうか、という妄想。
………いきなり頭痛がしてきた、この話題は早急に打ち切りにしよう。
「さて、このあたりか」
等としているうちに無事に頭痛も引き、〈妖技場〉の近くまで辿り着いた。
連絡を取っておいた黒原は、この近辺で待っていてくれる、とのこと。
近辺、とはいうものの、〈妖技場〉の周囲はかなり発展しており、空中通路も配備されて立体的な作りになっている。
緑の生える公園もあれば、流線型のシルエットをしたショッピングモール、八方から横断歩道が往来する交差点、その何処にも人が間断なくひしめいていた。
平日の昼間と言うのにこの人出、休日で〈妖技場〉の興行のある日はどうなってしまうのだろうか。
そのうちのすべてでは無いにせよ、何割かは〈妖技場〉目当てで来るわけで。
まだ初出場の目処すら立っていないのに、既に緊張してくるな………
「お」
普通の住宅街の中にある綿貫邸や、路地の裏にある探偵事務所とは雰囲気の違う、近未来を感じる街並みの中を散策しているうちに、噴水の傍でバインダーに留めた書類に目を通す黒原を見かけた。
前にうちに襲げ、ではなくて来訪したときの恰好とは微妙に違い、ややフォーマルな印象を受けるシンプルかつスリムなシルエットだった。
傍らに無骨なショルダーバッグを構え、見た目だけならば運動部のマネージャーに思われる。
「黒原ー」
「んぉー? その声はトロンさんじゃないですかぁ?」
やや遠くから声をかけると、黒原は手元から目を離して周囲へ目を向け始めた。
少々するとこちらに気が付き、バインダーを鞄に仕舞い近寄ってくる。
………徐々に、徐々に速度を増し、やがて速度は重みへと変転する。
物体はそのまま対象へと肉薄し、渾身の一打を与えた。
「こんちわぁ! 早かったでっすねぇッ!」
「ぐへあぅおぇ」
腹部に強い衝撃を受けた哀れな妖狐がここに一匹。
夢半ばにして倒れてしまうかと思われたその時。
「お前ェ………どういうつもりだァー………?」
「いやいやいや、まあままあま! ついつい嬉しくなっちゃいましてね! スカウトが成功したときの気持ちよさったらないですよ!」
腹にラリアットを食らい尻餅をついた俺を、上方から邪気のない目線が捉える。
奇想天外と言うか奇妙奇天烈と言うか………本人が言う通り気分が高揚しているとは雖も、元からある程度このような様相なのだろうか。
恨みと怒りを込め視線で訴えるも、容疑者は意に介せず呵々大笑の様子。
「俺はまだいいけどな、奏がいるときに奏にこういうことやったらマジで吹き飛ばすからな………?」
「だぁいじょうぶですってぇ! 奏さん、私のこと大好きですので!」
「お前のその自信は一体どこから沸き出ずるんだよ。奏、お前の相手して気疲れして軽く寝込んだん………?」
視線での抗議に意味はないと察した俺は、立ち上がって直接口で伝えようと努力したのだが、結局はそれも暖簾に腕押しのようだ。
それをも察して中断したのもあるが、俺が会話を途切れさせてしまったのは、此方に近寄ってくる一人の少年に気が付いたからだ。
見たところ小学校の低学年くらいか、纏う服は黒や灰色を基調として、龍や様々な鋭利な模様があしらわれている。
此方に来たその子供は、俺と黒原を軽く見た後、頷いたかと思えば黒原の陰に身を隠し、俺を見据えてきた。
「おねぇちゃん、この人は………?」
「ん~? ドメちゃん、昨日言ったでしょう? この方が今日〈妖技場〉の見学に来てくれるトロンさん」
黒原は、彼女を「おねぇちゃん」と呼ぶ少年に対して軽く俺の説明をしているようだ。
少年が走ってきた方向が黒原と一緒だったことや、真っ直ぐに此方に来ていたところから想像はついていたものの、この様子だと二人は知り合いらしい。
加えて言うならば、『昨日言ったでしょ』という言葉からは、二人がかなり近しい関係である事が窺える。
黒原の陰にいた少年はゆっくりと俺の前に身を現し、頭を下げた。
「初めまして、おにいさん! 僕、ドメイドハンっていいます、妖怪です、おねぇちゃんと契約してます。ドメって呼んでください」
「応、よろしくドメ。俺はトロン、〈白九尾〉で、女の子と契約してる。俺はトロンでいいよ」
膝を抱えて目線を等しくするよう意識しながら、ドメと会話を交わす。
引っ込み思案なところがあるのか分からないが、少なくとも契約主の黒原よりは利発な雰囲気を感じる。
………昨日奏の学校に行ったから慣れていると思っていたが、あれは『妖怪らしい見た目の妖怪』に目が慣れていたのであって、人間の子供の妖怪は初めて見る。
子どもなのだから、座敷童か何かなのだろうか。
握手を交わした後、ドメは我に返って申し訳なさそうな表情で再び頭を下げた。
「あ、ごめんトロンにいちゃん、おねぇちゃん、いつもこうなんだ………」
「いや、君は悪くない。悪いのはコイツの無鉄砲で奇々怪々で奇妙奇天烈で荒唐無稽な言動だ」
「やだなぁ~! 褒めたってなにも出ませんよ!」
「………ね?」
「………あぁ、いつもこうなんだな」
どうも黒原は自分にとって都合の良い事象を抽出する力に長けた脳みそをお持ちらしい、非常に羨ましいことだ。
御機嫌な様子の黒原は、バツの悪そうな顔を俺に向ける少年の頭に手を置く。
「今聞いたと思うけど、ドメちゃんは私の契約妖怪なんですよ。今日はどうしても見てみたいっていうもので、連れてきちゃいました!」
「事前に連絡が欲しくなかったと言えば嘘になるが、別に構わないよ。普段は見られないだろうしな」
〈妖技場〉は娯楽施設とはいえ、内容のうち多くを占めるのは妖怪同士の戦闘だ。
そうなれば小さな子供が中に入れないのは当然だろうから、こういう機会でもないと小さなドメは〈妖技場〉に入れないのだと思われる。
これくらいの年の子供は戦いに熱中するものだから、猶更どうしても〈妖技場〉を見てみたかったのだろう。
「………? は、はいっ。トロンおにいちゃん、ありがとうございます」
「んじゃま! トロンさんも来たしドメちゃんとの顔合わせも済んだってことで! そろそろ〈妖技場〉、行っちゃいますか!」
「あぁ、案内頼む」
言うや否や、黒原は此方の様子を振り返りもせずに駆けだした。
ドメが必死に制止しようとしても、黒原は聞く耳を持たず、猪突猛進の勢いで進んでいく。
俺とドメは少し顔を見合わせたが、お互い諦めた顔で後を追った。
ドメとは出会ったばかりだが、黒原にいつも振り回されているのだろうと思うと、やや同情の念が湧いて来るのだった。
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