其の一〇 女の懊悩/師匠と師匠、弟子と弟子
<>(^・.・^)<今はこれくらいの頻度での更新となりますが、
<>(^・.・^)<今後は週一、二ペースになるかな? と言ったところでございます。
寝ぼけ眼のままで朝食を完食した奏が、顔を洗って支度して、出ていくまで待ってから、俺も出かけることにした。
普段通りの服装に着替え、今日も今日とてシンミとの鍛錬に出かける。
今日はそのあとトイとの訓練だったな、あとで確認してみるか。
綿貫家の中の奏の家から、あまりに長い門までの道のりをゆっくりと歩く。
最初に来た時とは、咲いている花々の顔ぶれと香りが変わっている。
時がたつのは早いものだなぁ、などというどうすることもない感慨を頭の中で転がしながら、暖かいから暑いへと変わりつつある日差しの中を揺蕩うように進む。
「トロン様、今日の訓練ですか」
「あぁ、田光さん、えぇそうです、その通りです」
「承知いたしました。では、帰宅時間は何時ごろの予定でおられますか」
「大体いつも通りですね」
門の脇に備えられた小屋に顔を出し、田光さんと声を交わす。
いつもの、で通じるようになった辺り、俺もかなり綿貫家との距離が縮まっているらしい。
書類や筆記具、監視カメラのモニター等々、几帳面そうに配置された様子は、この小屋の主の性格を思わせる。
会話を続けるうちに、田光さんの視線が俺の眼を捉えなくなった。
「単刀直入に聞きます」
「なんです?」
「………奏様よりお聞きいたしましたが、トロン様、本当に〈妖技場〉に出場なされるおつもりですか?」
正直に言って、想定していた内容ではある。
特に田光さんは昨日の一幕を一部目の当たりにしていたわけだし、気を掛けるのは当然かもしれない。
「はい」
「そうですか………その、頑張ってください。陰ながら応援しております」
「? はい」
今の溜めはなんだったのだろうか。
どことなく残念そうな様子だったような気が。
言い終わって満足したのか、田光さんは何事もないようにモニター監視の事務に戻った。
一応一言だけ告げて、門の外へ出ることにした。
「ふーん、〈妖技場〉に出る、ねぇ」
訓練のメニューを一通りこなしてから、休憩兼トイの訓練の待ち時間にお茶を飲みつつ、神社の一角で座りながらシンミと話し合う。
昨日いきなり帰った件について、シンミには念を飛ばして一通り説明済みだが、改めて自分の口で説明した後、〈妖技場〉の話題を提示した。
「どう思う? やはり少し無謀か、とも思ったのだけど」
「んにゃー? やってみたらいいんじゃない? 何事も経験でしょ」
にやり、とこちらを見つつシンミが言う。
シンミはどうやら肯定派のようだ。
考えてみればこいつは少年漫画・アニメの王道展開が好みのようだし、そういったバトル施設には好感をもって当然と言えば当然か。
一口お茶を口に含み、嚥下してからまたシンミが口を出した。
「それにさぁ、あそこって怪我しても大丈夫だし、実質ノーリスクで本番級の戦闘訓練が出来るってことじゃない?」
「怪我をしても大丈夫?」
「ん。あれ? 前言わなかったっけ、ウチのトレーニングルームって〈妖技場〉の技術が転用されてるって」
言われて、あぁ、と思い出す。
そう言われてみれば、探偵事務所地下にあった壮大なトレーニングルームは、〈妖技場〉の舞台と近しいものがあるとか。
と言ってもあのとき使った機能はせいぜいが空間拡張、時間遅行くらいで、他には特に何も使わなかったからな。
………精神と時○部屋?
「今精神○時の部屋か、て考えたでしょ?」
「なッ、なんでわかっ………!?」
「そりゃそうだよー、アタシだって最初はそう思ったもんねー」
顔を上げてからからと笑うシンミ。
うん、こいつなら確かに思い浮かびそうな発想だな、というか俺よりもよく似合うかもしれない。
「妖怪の戦闘ってさ、基本的にかなりハイスピードになるじゃない?」
「確かに。平均的に人間よりも妖怪の方が基礎性能が高いわけだから、まともにやりあえば観客が付いてこれないということか」
「ご明察ー」
シンミやトイとの戦闘訓練で、妖怪同士の戦いは種々の点で人間同士のソレを凌駕する、とは肌で感じている。
それは時間遅行の一つや二つ、空間拡張の三つや四つも必要になるだろうというもの。
〈妖技場〉舞台設計・製作者の技術力の高さ、あるいは異常さが分かるかのようだ。
「でさ、そーいうのの一環で、妖怪の戦闘で妖怪が使う妖術、これって場合によっては銃火器くらいの威力が出るでしょぉ? だから設計者も何かしら怪我や部位欠損対策に迫られたみたいでねー」
「なるほどな」
それも理解できる。
トイも初見で氷製の棍棒を振り回してきたし、その後は刃こそ潰してあるものの剣状の氷柱に至ったりと、殺意がだんだんと高まっていった。
あれが〈妖技場〉では日常茶飯事になっている、と思うと、決意をしたながらも今さらながら若干の身震いがしてきた。
「そもそも怪我をしないんじゃ試合にならないし、かといって超凄腕の医療系妖術を使うものを一介の娯楽施設が保持していていいものではない、とのことで悩んだ結果、舞台を一つの異界と化すことで解決したらしいね」
「異界、と化す?」
「うーん、まぁ別の世界というよりも、そこの空間、ないしは境界で、今いる世界とは違うルールが決められている領域、みたいなものかな?」
「固有結界みたいなことか」
「あー、そうそうそんな感じに近いね。確か先生は結界って呼んでたから、そのままどんぴしゃりだね。〈妖技場〉の場合はどうも、『出入りする際に負傷状態は引き継がれない』って結界にしてるみたいだね」
なんだその、頭のおかしい結界は。
口にするのは簡単でも、やってることは神の所業に等しいのでは?
そこんとこどうなんです? イザナミさん?
………やはり反応は無しか。
任意の連絡が可能になっているとはいえ、結局此方の世界に来てから数日の間しか応答が無かったな。
向こうは向こうで、何かしら話せない事情があるのだろうか。
まぁカミサマをアテにするな、という話と言えばそれまでか。
「そりゃまた、すごい技術だな」
「ほんとにねー。部分的とはいえ再現できてるウチのトレーニングルームも十分破格だけどさぁ、やっぱり異常だよねー」
二人して感嘆しながらお茶を一口啜り、ほう、と息を吐いた。
「ところでシンミ、お前やけに詳しいが、もしかして〈妖技場〉、出たことあるのか?」
「う”」
変な音がして、持っている湯呑の中のお茶が少しだけ波立った。
それほど熱いお茶でもなければ気温が高いわけでもなく、シンミ自身はほとんど動いてないにも関わらず、シンミの額から粒のような汗が次々に滲みだした。
「少年漫画好きなお前のことだから、てっきり出場したことがあると思ったんだが」
「いやまぁ、むかーし出た記憶があるような無いような………」
「何を言っているのですかシンミさんは。休日は一回は出場し、週三で観戦に行くほどのバトルジャンキーでしょうに」
「おっ、おしっ、おししょお!?」
「あ、居たんですか」
俺たちの間からぬっと顔を出したのは、誰あろう、あの派手僧であった。
こちらに向かって一礼しにこりと微笑を見せつつも、額に汗を流して師匠に掴みかかりそうな弟子をいなす。
「ちょ、ちょっと! 何でそーゆーこと言っちゃうかなぁ!? 乙女心ってもんが分かんないんですかぁ!?」
「いやいや、乙女心などというものではないでしょう。なんでしたっけ、そう、確か[暴風形砲 憂郎───」
「ちょわっとぉ!?」
「はははははは」
涙目になって掴みかかる弟子の手をのらりくらりとした動きで避けつつも、周囲の空間を活かした上できっちり緩急をつけ、極彩色の着衣の端にすら触らせない。
………俺も身体訓練の一環でシンミと鬼ごっこをしたことが幾度となくあるが、必ず俺が捕まるか、俺がシンミを捕まえられずに時間切れになるか、の二つのパターンがオチになってしまう。
冷静さを欠いているとはいえ、そんなシンミの猛攻を飄々と凌ぎ切る派手僧と俺との間には、確固たる実力の差があるように思われた。
やはりまだまだ強くならないと、な。
「まだまだですねぇ、逃げ回る人でなしすら捕まえられないとは」
「………ししょお………」
「………これ以上やると本気で怒りだすか、泣き出しそうなので、このあたりにしますか」
ふぅ、と息を吐いて派手僧が衣服を整え、すっかり息の上がったシンミの肩をポンと叩いてから、こちらへ歩み寄る。
「あ、あの。昨日はすみませんでした。実は───」
座っている俺の視線と水平の位置に顔が来るように前傾し、微笑を向けたままでひらひらと手のひらを振った。
前から感じてはいるが、親しみやすい素振りをするような気がするな、こいつは。
それが素なのか、敢えてなのかは知らないし、敢えて聞くほどの仲でもない。
「あぁ、結構です。話は彼女から聞きました。大変でしたね、〈妖技場〉出場を打診されているとか」
「そこまで知ってるのか、じゃあ話が早い。ぶっちゃけた話、俺が〈妖技場〉に出るべきだと思うか?」
今度は振っていた手を顎に当て、明後日の方を向くジェスチャーをする。
「ふぅむ。中々難しい質問ですね。『出るべきか』に関してはキミの目標、出場経験から何を得たいか、によるでしょうね」
「あぁ、そうか。申し訳ない、出ても問題ないか、という質問ならどうだ?」
「それでしたら、えぇ、問題はないでしょうね。シン───」
そこまで言ってから、ちら、とシンミの方を伺い、生暖かい目を向けてふっと息を吐く。
ここまでの様子から察するに『シンミが〈妖技場〉に出場経験がある、それもかなりの回数で』というのは明確だが、それでも情けで内緒にしてやろう、というのだろう。
シンミ自身は俺の師匠の一人だが、その上の師匠に哀れまれているところと乱れた巫女服に身を纏いぜぇぜぇ言っている姿を含めて考えると、とても尊厳は感じられなかった。
いやまぁ、俺よりは一回りも二回りも強いし大人なんだがなぁ。
「えー、多くの選手がそうしているように、認識阻害系の力が込められた覆面を用意すれば個人情報の特定は防げますし、そもそも舞台の結界に特殊な作用が施してあります」
「特殊な作用、というと?」
「実はですね、結界外への移動の際には、選手の顔の記憶が朧げになる仕組みなのです」
「そうだったのか」
なんという設計、プライバシーを保護しつつ、選手に対して身バレの恐怖を極力抑える親切なつくりだ。
結界作成者か作成を命じた者が、もしくはその両方が、余程凝り性の上に配慮もできる人間だった、ということらしい。
「とまぁそう言う訳で素性が無闇に公開される危険はありませんし、強い相手と手合わせしたいなら出場するのが吉かと。選手団に加入していれば、海外遠征の機会を掴めるやもしれませんしね」
「ははぁなるほど」
「───で、あそこの弟子のことですが」
派手僧は前傾姿勢を戻し、再びシンミのほうに向いた。
当の黒髪天狗はというと、拗ねてしまっているのか唇を尖らせてそっぽを向いていた。
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