其の七 新たなステージ
<>(^・.・^)<お久
<>(^・.・^)<今日は2話分更新します
まだ目を覚まさない奏はリビングのソファに横たわらせ、他の三人はテーブルに着いた。
田光さんは一人立ち、何かあったときに対応してくれるとの事だ。
この女は田光さんがお通ししてくれた人だということが分かったので、俺もそれなりの対応をすることに決めたから、取り敢えず話は聞いてやろうと思う。
コホン、と一声出してから、黒原はテーブルに手をついて切り出した。
「さて、流石に迂遠すぎて嫌われそうなので単刀直入に言います。トロンさん、貴方、〈妖技場〉に参加する気、ありませんか?」
俺は椅子の背もたれに体重を預け、顎に手を当てた。
「あ、〈妖技場〉って知ってます? 戦いをお客様にお見せして興行するんですけど」
「それは知ってる。ある程度は」
「じゃあ話は早いですねー」
勿論のこと、〈妖技場〉という名前は知っている。
戦いの技術を競い、ギャラリーを沸かせ、それによって興行収入を得る、そうした仕組みの施設だということも。
ただ、それにはどうしても怪我が伴うのだろう。
怪我程度ならば妖怪としてどうとでもなるかもだが、顔や戦闘スタイルがバレるのは避けられないだろう。
それは……
「申し訳ないが、今はまだ答えられない」
「あら。どうしてです? 何か事情がありますか?」
「事情があるか無いかを確認しないといけないんだ」
「なるほどぉー! ………………?」
「さて、という訳だ。後日また返事をするから、今日のところは帰ってくれないか?」
俺がお断りをいれると、黒原は焦ったように立ち上がり、テーブルに身を乗り出した。
紅茶が注がれたカップががちゃりと音を立てる。
「いやいやいや、ま、ちょっと待ってくださいよぉ! 色々プレゼン用資料とか用意してきたんですよ!? なんでまたそんなつっけんどんな………………」
「田光さん」
「承知致しました」
「え、やだなぁ門番さん、急に腕を後ろで組ませたりして、何なんですか一体? 肩痛いんですけど。まさかこのまま連行する気です? え、ちょっ、まっ、待ってぇぇぇ!?」
うきゃぁ、と鳴きながら黒原は田光さんに連れられていく。
「あ。トロン様、一つ申し上げたいことが」
「はい?」
「護身用の刀。とても良い心がけだと思いますよ」
「あ、ありがとうございます」
断末魔(と言うと語弊があるかもだが)を響かせて黒原が連れられていき、やがて玄関が閉まる音がした。
そして俺と奏が残った。
ちょっとばかり強引になってしまったのは済まないと思うけれども、そもそも最初にいきなり訪ねてきたのはあちらなので、いきなり返しても文句は言えないだろう。
………………まぁ、身も蓋もない言い方をすれば。
早く奏の看病をしたかった、それだけだ。
「う………………あ………………」
「奏?」
「あ、トロ」
それから数十分、「それは分かったから………………」とか「今それいわれても………………」とか、うなされていた奏。
今ようやく目を覚ました。
体を起こしてきょろきょろとあたりを見回し、やがてほっとしたように胸をなでおろした。
「あぁ、あの女ならもう居ない。安心してもいいと思うぞ」
「ふぅ………………」
「………………そんなに辛かったのか」
普段はあんまり弱いところは見せないから、こうしたときに弱ってしまった奏にどう対応したら良いのか分からない。
………………いや、違うな。
奏が弱ったり辛い目に会わない為に、俺がいるんだから。
俺が俯いていると、ソファに座ったまま此方を向いて、奏が言う。
「んーん? トロが来てくれるから、あんまりつらくはなかったよ? ちょっと圧倒されちゃったけど」
「………………でも、俺は大事なときに側にいてやれなくて」
「それは、そのとおり。ずっと一緒にいてくれる、って言ってたじゃん」
「う」
俺の顔を覗き込み、長い鼻っ柱にデコピンを一つ。
彼女の顔は笑っているように見えたけれど。
「ごめん」
「だからあやまらないで、って。わたしはトロがいる、ってだけでまんぞくなんだから」
「それは俺もだ。奏のためならいくらでも戦える」
本音だ。
奏に対する感謝の気持ちと、大切にしたい気持ちはとっくに振り切れている。
奏を守りきれるかもしれない力も手に入っているし、これから向上もさせられる。
にま、と顔を綻ばせた奏は、脚をソファの下におろし、普通に腰掛けて、右半分に寄った。
「ん」
ぱんぱん、と左半分を叩く。
一瞬何を意図しているのか察しかねたが、わざわざスペースを開けてくれたのだからそういうことだろう。
ぎし、とソファを鳴らせて俺も座る。
革製のソファなのに背中には何故か毛の感触が………………ってこれ俺の尻尾だわ。
ソファの向かいにある電源の入っていないテレビに、隣り合った二人の姿が映る。
手を太ももの上でこまねきながら、奏がぽつりと言った。
「いいタイミングだから、ちょっとお話しようよ」
「………………何を?」
「わたしの………………ううん、わたしたちの気持ちについて」
そう言われてみれば、確かに言語化してこなかった話題の一つだ。
言うべきだとも思っていなかったし、言わなくても伝わるものもあると信じていたから。
奏が今この話を切りだそうとすると言うことは、俺はそこに何か大切な理由を感じ取らなきゃいけない。
後から奏に聞いた話だと、この間の誘拐事件の際、奏は俺を信じていると言ってくれていたらしい。
俺はそれが嬉しくもあり、不思議でもあった。
だって、俺は綿貫家の好意に甘えてここに居るのに、奏はやたらと俺に優しくしてくれる。
そのことに不安を感じていなかったと言ったら、嘘になってしまう。
一段落したこの時は、確かにいいタイミングなのだとは、俺も思った。
「わたしはね、トロ。トロに感謝してるの」
「そんなの、俺の方が………………」
「ううん、わたしを誰でもないわたしとして見てくれたのは、あの時まで、おとうさんとおかあさんとこの家のみんなと、トロだけだったの」
「………………」
「んっとね、学校のみんなは、今は仲良くしてくれてるけど、それでも『わたしそのもの』を見てくれる人は、あんまりいないの」
奏が「かわいがってくれるのは嬉しいけど、わたしはそうしてもらいたいわけじゃないし」と言うときは、顔は笑顔だったけれど、どこか寂しげな感じがした。
一之助さんなら、細かな感情の差異も分かるのだろうか、それともそういうのはビズの方が得意分野なのかも知れない。
俺には全部を知ることは出来ないから、そんなことを考えた。
「だから、トロは自分をせめちゃいけないの。それはぜったいに、わたしが許さないから」
「奏………………」
でも、それは俺だって同じだ。
初めてこの世界に来たとき、奏に逢わなかったら、今の俺はどうなっていたか。
住む場所も、食べる環境も、着るものも、全部をくれた。
「だけど奏。俺も奏には本当に感謝してる。俺は奏に色々もらった。返しきれないほど色々。でも、その中でも………………」
「やだなぁ、そんなにあげてないよ。わたしは、わたしにできることをやってただけで………………」
「そこだよ、奏。奏は、今まで俺が逢ってきた中でも、桁違いに心が優しいんだ。この世にも、案外いいことはあるかも、って最初に思わせてくれたのは、奏なんだよ」
自分でもよくわからないうちに、そんなことを言っていた。
以前数度感じたことのある、白昼夢を見るときに似た頭痛に襲われるが、絶対に今だけはくじけまいと歯を食いしばる。
奏は少しの間、恥ずかしそうに下を向いていたが、やがてふっと笑い出した。
「あは。なぁんだ、わたしたち、お互いにお互いに感謝してたんだ………………」
「ああ。そうなんだよ。本当にありがとう」
「うん、わたしもありがとう」
「「どういたしまして」」
それからしばらく、二人で顔を見合わせて笑った。
思えば単純なこと。
俺が奏の気持ちを分かりきれていなかったように、奏も俺の気持ちを分かりきってはいなかったのだろう。
だからこそ、俺達は今こうして、二人の気持ちを確かめ合えた。
大きな事件の後になってから気付くようじゃ遅いのかもしれないけれど。
本当は俺には言ってないことが、まだいくつかあるかもしれないけれど。
それでも、俺は奏に本音を伝えられたし、奏の言葉を真実と思っていて。
今は多分、それだけで十分すぎるほど満足だった。
「あ、そうだ奏。さっきの奴、〈妖技場〉に出ないか、って言ってきたんだけど」
「でたいの?」
「出たい、出たくない、ってより、出た方が絶対に俺の糧にはなると思ってる。でも、奏はあんなことがあった直後だし、目立つようなことは避けた方が嬉しいかと………………」
「で。トロはでたいの? でたくないの? わたしのための理由はいらないよ?」
少し考える。
そりゃ、どちらかと言えば、男の子的には………………!
「………………出たい、な」
「ん。じゃあでればよろしい」
「いいのか?」
「いいのか、も何も。ふくめんとかすればそんなに目だたないし、トロって〈妖技場〉てきには無名でしょ? だったら何ももんだいないでしょ?」
「あ」
覆面か、そうか、その手があったか。
確かに顔を隠すなら覆面をすればいいし、俺は別段強いわけでも凄いわけでもヤバいわけでもない。
………………そういえば、シンミは葉っぱのお面みたいなものを持っていたな。
あれじゃ戦闘に使うのは厳しいだろうが、確かにあれなら顔バレはしなさそうだ。
「じゃあ、出る、ってことで伝えていいか?」
「いーよ。トロのかっこいいとこ、みせてね」
「できればな」
「そこで、ぜったいできる、って言うのがトロだよ」
「この前と〈妖技場〉じゃ、要求されるモノの種類も桁も違うと思うんだけどなぁ。ま、それでもやってやるさ」
「ん………………それじゃ、ご飯にしようか」
「ああ、そうだな、腹減ったろ」
「お? トロが作ってくれるの?」
「一応な。何かリクエストは?」
「えーっとねぇ………………」
奏と共にキッチンへ向かう。
すっかり勝手が分かってきたこのキッチンだが、考えてみればここに二人で居られるのも奇跡のようなもの。
この一瞬が、いつか二人の思い出になりますように。




