其の二五 俺、働く
<>(^・.・^)<ちょっと日常が続きますー
暖かな日差しが差し込む廊下の窓。
とても幻想的なそれは、一切の汚れを許さない程の清潔さを誇る。
廊下の端の方に置かれた丁度品もまた同様に、輝くようにその身を見せつけているかのようだった。
さながら、手入れをする者の腕を誇らしげに示すようだ。
きっとこの窓を磨いた者は、確かな腕を持っているのだろう。
.........まあ、俺の先輩なんですけどねー。
実際、俺は今窓を拭く井川さんの荷物持ちをしている。
以前俺が倒れて、家に帰るのが遅れた時、使用人さん達も捜索をしてくれていたらしい。
本当に有難い。
周りの人の優しさが心に沁みる。
少しでもその優しさに恩を返すべく、俺から仕事を手伝う旨を言い出したのだった。
「トロン様。もう少しだけ高く上げて下さい」
「あ、はい!」
言われた俺は、車輪付き足場昇降機のレバーを引く。
この機械、なんと綿貫家の子会社が作った製品だという。
本来は天井のシミなどをとる時に、安定した足場を得るために作られた物(それ本当に必要なのか?)。
それを、今こうして家の廊下の窓を拭くのに使っている。
.........確かに、普通のレストランやコンビニなどの天井と同じ位かそれ以上の高さに窓があるのだが。
やたらめったらでかいこの屋敷では、これが日常風景なのだろう。
「ええ、そうです.........ここで止めてください」
「はい」
そう言うと、井川さんはエプロンの中から小さめのモップやら、薬品の入った霧吹きやらを取り出す。
そして見る間に綺麗になっていく窓。
只の窓のはずなのに、ステンドグラスのような輝きを放ち始める。
五分もすると、およそ十平方メートルはあろうかと言う窓一枚がピカピカになった。
「凄いですね。何か秘訣なんかがあるんですか?」
「そうですね.........一重に、旦那様への忠義でしょうか」
「兜さんへの?」
予想していた答えの斜め上を行く回答が降ってきたので、少し戸惑う。
井川さんはこちらのそんな様子を察したのか、昇降台に乗ったままでゆっくりと説明を始めた。
「旦那様への忠義が高いという事は、それだけ相手への理想が高いということでもあります」
「なるほど」
「そして、相手への理想を追い求めるあまり、自分から相手に着飾らせようとします」
「ふむふむ」
「その段階の後、あるいは後半に、相手の所持品や周りのものを、相手に見合うようにしたくなるのです」
「ああ、そういうことですか」
なるほど。
でもそれって.........
「まるで恋する乙女ですね」
「そうかもしれません。本質はだいぶ近いものだと思います」
「否定はしないんですね!?」
「ええ。少し女々しい例え方だとは思いますが。私は旦那様の性格に惚れ込んでおりますので」
「BLは外でどうぞ」
そんなやり取りを交わす。
「あとは、元々私が綺麗好きということもあるかもしれませんね」
「あ、なら、自分にも適正あるかもです」
何しろ、頼まれてもいないのに、奏の暮らす家の掃除を買ってでてしまう程だ。
なら、一回交代してみましょうと言うことで、俺は昇降台の上へ登った。
井川さんが色々と助言をしてくれる中で、俺はまず心にとある言葉を思い浮かべる。
《.........ばいばい菌だ》
[ * * * ]
俺は今、例の山へと来ている。
今日も今日とて、訓練を付けてもらう為だ。
「.........はい、じゃ、あ、お疲れ、様」
「あぁ~~! 疲れた!」
そして今、二人いる内の一人の訓練が終わった。
最初の模擬戦で俺の実力をしっかり測ってくれたのか、割と無茶ではないメニューになっていた。
.........と、誰が錯覚していた?
基礎に次ぐ基礎。
体幹に次ぐ体幹。
とにかく基礎だった。
あと体づくり。
体がしっかりしてきたのは目に見えてわかるのだが、如何せん辛い。
「ど~する? あとどんぐらいで始める~?」
それに比べて、シンミの訓練は真逆と言っていい。
トイに体づくりを完全に任せたようで、シンミは技術面の指導を担当しているようだ。
その内容とは.........
「今日も半日分の《妖力》消費して、ひたすら《高風》のコントロールだね~」
ひたすら風を起こす。
シンプルに言えばそれだけだ。
ただ、兎に角成長が分かりにくい。
自分一人では感じられる風にも限度があるので、シンミが居ないとほとんど訓練そのものが成立しない。
で、肝心の効果だが。
《妖力》を生成する器官───《タンク》と呼ばれる───は、筋肉と同じらしい。
どういうことかと言うと、使ったらその量に比例して、最大容量が増える仕組みなのだとか。
つまり、ひたすら風を出すのは、ひたすら筋トレするのと同じだ。
だから、最大容量の半分を毎日使用すれば、少しすつだが容量が増えていく。
それは、とても重要なことだ。
《妖力》は、深夜十二時を過ぎると完全回復するといえども、一日の午前中に使い切った場合、午後には何も残らない。
俺の言っていた、『大切な人を護りたい』ってことにも役に立つ。
安定した強さが発揮できるようになるのだから。
.........というのがシンミ先生の談である。
もういい加減に飽きてきたひたすら風おこしだが、しばらくするとシンミが目の色を変えた。
「.........これは~!」
「? どうかしたか?」
「..................」
考え込むシンミ。
ノーレスポンス。
数秒後、シンミはガバッと顔を上げた。
「うん、じゃ~、飛んでみようか~」
「え」
「大丈夫大丈夫~! 今のトロなら、きっと思いのままに風を操れちゃうよ~」
「お、おう」
そう背中を押してくれたので、とりあえずはトライしてみる。
シンミが色々なアドバイスをしてくれた。
風を巡らせるイメージだ、とか。
自分は木の葉になるんだ、とかだ。
そのかいあってか。
「うお! おい! 俺飛んでるよ! 見ろよこれ!」
「ま~、飛んでるってより浮いてるって感じだけどね~」
そう、俺は十センチほど浮遊したのだ。
自分の力で飛んだことに感動を覚えた瞬間だった。
[ * * * ]
最近俺にはとある楽しみがある。
それは、コンビニのスイーツを制覇することだ。
一ヶ月ほど前に『ファースト探偵事務所』への参加を果たした俺だったが、何故かそのすぐあとに繁忙期が訪れた。
一之助さん曰く。
「春は出会いと別れの季節。普段は家の中でじっとしている猫だって外に出たくなるし、誰だって浮ついた気分にもなる」
との事。
なんだかんだで怪盗団との事件もあった。
普通に怪盗団が蔓延る世の中はかなりどうかと思うが、まあ元の世界が特別治安が良かったとも言えないので、そこはスルーした。
今大事なのは、入ったばかりなのに俺に仕事が巡ってきたということ。
給料の中から家賃と食費、光熱費等々を奏に渡したあとにも、結構な金額が残った。
それらをどうしようかと迷いながら、ふと立ち寄ったコンビニ。
そこで俺は、運命的な出会いを果たした。
.........コンビニスイーツとの。
様々なレパートリーを誇るコンビニスイーツは、正に珠玉の逸品の宝石箱。
スイーツを作る全ての方々に、敬意を表したい。
そして、コンビニスイーツには、コンビニコーヒーの組み合わせが最高だ。
いつも俺はMサイズを選ぶ。
お金の関係などもあるが、スイーツを食べるペースとコーヒーを飲むペースを考えた結果である。
今日もいつも通りのコーヒーと、昨日気になっていた新作ロールケーキをレジへと運ぶ。
レジに置き、奏に貰った財布をポケットから取り出す時、ふと何かが引っかかった。
しかしその正体も掴めないまま悩んでいても仕方がない。
店員さんも怪訝な顔をしてこちらを見ている。
無事にスイーツを買い、コーヒーのコップを貰った俺は、コーヒーサーバーに向かう。
砂糖とガムシロップを手に取りコップを定位置に置く、その直前。
俺の頭の中に、声が響いた。
《ちょっと~! 今どこ~!?》
この声は、恐らくシンミだ。
《どうしたんだ? そんなに上ずった声はらしくないぞ》
《そんな呑気にしてる場合じゃないって!》
《? 何だよ、要件をはっきり言ってくれ》
そして、シンミは告げる。
《綿貫奏ちゃんが失踪したって依頼が入ったんだよ~!》
俺は、手に持ったコンビニのビニール袋を取り落とした。
働かなければいけない頭が.........
完全に止まってしまっていた。
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