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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
番外章・二 戦う理由があるのなら
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其の一六

 雄国:タンディニウム庁舎




 副市長室で休憩をしながら黒原と身の上話をしていたメアリーは、想像していなかった告白に目を丸くする。

 妖怪犯罪に巻き込まれかけたという黒原だが、現在の陽気で掴み処のない雰囲気からは見抜けない過去。


「そうだったのですか……失礼ですが、とてもそのようには」

「あー、よく言われるんですよねぇ、それ」


 たはは、と言わんばかりに口を緩めて柔らかな苦笑を浮かべる黒原。

 その微笑もまた、痛みを伴う過去の記憶を持っているなどという背景を想像させない軽やかなもので。

 困惑を強めるメアリーに、黒原は語り掛ける。


「いつだったか、中学三年生くらいだったかなぁ。学習塾の帰りに拉致されたことがあって」

「拉致……」

「誰でもよかったのか、それとも私を狙っていたのかは分かんないんですけど。ちょうど副市長が言ってた例の事件の最中だったんで、治安が悪くなっていたのは確かです」


 副市長の語った、<百目鬼>による全世界同時洗脳事件へ最も迅速に対応できたのは、『化生會』を有する黒原の出身国だった。

 対妖怪戦闘に秀でている『化生會』は、洗脳されて理性を奪われた者たちを即座に鎮圧した。

 その後国外へ出て未だ混乱の続く国々を救うための作戦を開始したのだが、それは裏を返せば『化生會』本拠地周辺の治安維持が疎かになることを意味する。

 まだ『陰陽師』のなかった当時、この隙を突いた妖怪犯罪が多発したことは、データ上でも証明されている。


「記憶は朧げですけど、当時の電話の内容的には人身売買の商品にされそうだったと記憶してます。手足を縛られ口に轡を噛まされて、誰に助けを求めることも出来ず、自分より遥かに力の強い妖怪たちに囲まれて、担がれる恐怖──似たような経験じゃないですか?」

「……それは、はい。心臓の音が強くなり、手足の先の感覚がなくなる心境は、私にも深く理解できます」

「ですよね、よかった。まあともあれ、最終的には恐怖もなくなりました。涙も枯れて諦観が強くなり、瞼を降ろして天命を待つのみ──だったんですけど」


 黒原もまた、メアリーと同じように辛い記憶を平常心を保ったまま思い出している。

 しかし、その中で燦然と輝く光の記憶についてこれから語ろうとする黒原の顔色は、隣で見上げるメアリーの目にはこれ以上なく明るく見えた。


「そこで私を攫った悪い妖怪たちをぶっ飛ばして、私を救ってくれたのが、ドメイドハン──今の私の契約妖怪なんです」

「ドメイドハンと言えば、先日お会いした、〈妖技場〉の」

「そうそう、そうです。パンチとキックでぶっ飛ばしたドメイドハンは、正しくヒーローみたいだったなぁ……」


 懐かしむような声色で、黒原はドメイドハンがいるだろうタンディニウムを見下ろせる窓の方を見遣る。

 因みに、契約している妖怪の居所はある程度把握することができるため、ドメイドハンが今立ち入り禁止エリアにいることを黒原は分かっているが、特段叱るつもりはない。

 妖怪としての肉体も精神も未だ完全な成熟を迎えたとは言い難いドメイドハンに、厳しく追及する気はないのだった。

 それに何より、彼の行動に意味がないワケがないと、黒原は信じているからだ。


「まあ、そんなわけで。私としては、悪い妖怪も良い妖怪も、どっちの存在も信じたいのです」

「確かに。人間にも悪い人間いい人間がいるように、デビルも一元的に考えるのは愚かなことだと、わかっています」

「それでも、割り切れないモノってありますよねぇ……なら、こう考えてみるのはどうでしょう?」


 黒原は、ぴっと人差し指を立てた。


「いい妖怪も悪い妖怪もどっちもいるんだから、いい妖怪の方を信じてみる、みたいな」

「いい妖怪(デビル)を、信じる……」

「そう、信じる。副市長が、このヒトなら身を預けてもいいって思えるような妖怪を見つけられれば、きっと大丈夫です」


 ちょっと強引ですけど、と黒原は付け加えた。

 確かに、特定の相手を必要とする立ち直り方は聊か不健全であり、叶うならもっと広く希望を見出すような方法が望ましい。

 けれど、最善でなくてもいい、少しずつでも歩み寄れればいいと考えている黒原は、現状のメアリーにとって最も適切な手法だと信じていた。


「今そういう相手がいなくても、〈妖技場〉が始まれば分かると思いますよ。妖怪との契約なんてここ最近できた仕組みですけど、隣人として信じあうために、悪くないステップじゃないですか?」

「お互いと深く結びつき、お互いを信じあう……それができれば、確かに、私も──」


 メアリーは、黒原から受け取った言葉を自分の中で噛み砕く。

 雄国は黒原の地元ほど妖怪との契約が徹底されていない、というよりも妖怪の立場が極端に低い。

 少なくとも表向きには、人間と釣り合うような数の妖怪が国内に存在しておらず、契約をした人間としていない人間との間で分断が起きることを恐れたから、だとされている。

 メアリーもまた妖怪・デビルと契約しているわけではないため、未だ黒原の言う『身を預けてもいい』相手はいない。

 けれど、メアリーが簡単に妖怪・デビルを信じることができない理由は、例の事件のショックだけではなかった。


「そういえば。さっきも調子悪そうでしたけど、もしかして……」

「──ええ、そうです。未来が視えたんです」

「その……どんな未来か、聞いても?」


 未来視の<術使い>に初めて会った黒原は、プライベート且つセンシティブな質問かもしれない、と思いつつも、踏み込んで聞いてみた。

 単純に視えた未来とやらが気になっただけでなく、ここで答えてくれればメアリーに心を開いてもらえたと分かるからだった。

 黒原の思惑通り、境遇を打ち明けてある程度の共感を得られた相手に対し、メアリーは語り出す。


「──私の見える未来は、少々特殊でして」

「ほほう? 特殊とはこれまた。いったいどんな風に特殊なんですか?」

「言ってしまえば。絶対に誰かが傷付いてしまうのです。喧嘩や悪戯でのソレならば可愛いものですが、場合によっては交通事故や急逝なんかも……」


 自分に近しいか否かは問わず、誰かが傷を受ける姿が見えてしまうのが、メアリーの持つ未来視の力。

 それを防ごうにも、結果だけを見せつけられてしまうため、メアリーにはどうすることもできない。

 痛みや苦しみ、辛い思いを見せつけるだけ見せつけられて、どうすることもできないやるせなさだけが積み重なっていく。

 そんな経験を何度も重ねれば、世界の暗い面ばかりに目が行っても仕方ない、というもの。


「ははぁ、なるほどそれは……因みにですけど、じゃあ、今回は?」

「今回は──タンディニウムが、()()()()()()()()()()に呑み込まれていました」




<***>


 タンディニウム:路地裏



 苛立ちを隠せない少年が、一人。

 不良仲間に窘められながらも、尚燻るモヤモヤを、握り拳に籠めて壁にぶつけた。


「ッソがァ!」

「おいおい、やめろって!」

「痛ぇだけだろ? あんま目立つとマズイしよぉ」

「うるせぇ! 黙ってろ!」


 彼は、昨日ドメイドハン及びナサニエルにぼこぼこにされた者。

 水色の長髪が震えるような戦慄(わなな)きを見て、周りの仲間が駆け寄った。


「いいからやめろって!」

「ぐっ、こいつ、やっぱ力強ぇ……」

「離せぇ!」


 羽交い絞めにされても止まらないほどの暴れように、仲間もたじろぎ始める。

 虐めの対象として見做していたミクルの目の前で、敗北という屈辱を味わった悔しさと怒りは、当人にぶつけるまで消えはしない。

 だというのに、今朝からずっとミクルの姿は見当たらず、やり場のない怒りに水色髪の少年も振り回されている。


「ぁああああクソっ!」


 自分は、ここら一帯で一番強いはずだったし、実際一番強かった。

 それが、あんな、名前も知らない奴に、自分より弱い奴が見てる前で、コテンパンにされるとは。

 そんな激情を感じ取ったのか、一人の青年が路地裏に足を踏み入れた。


「やあやあ。随分とご立腹だね」

「──なんだテメェ」


 上下ともに淡い色合いの服装を着ており、その中で特徴的なのは左手の薬指に光る指輪。

 黒髪に紫のインナーカラーを入れたその姿は、街中で頻繁に見かける大学生のような出で立ち。

 故に、不良少年たちも特に警戒することなく、普段通りの態度を取った。


「おう、なんか文句でもあんのかよ」

「うぅん、一般人がこんな感じじゃ、治安が良くないって言われるのも納得するしかないなぁ」


 拒絶する空気を露わにする不良少年たちだが、指輪の青年は構わず近付いてくる。

 タンディニウムで幅を利かせる不良少年たちが威圧して、避けない相手はこれまでいなかった。

 だというのに、ドスを利かせた声や睨みを意にも介さず歩み寄る青年は、水色の髪の少年の前で立ち止まった。


「──なんだよ」

「ふぅむ、とはいえ君のその感じ。いいねえ、実にいい。荒んでるくらいの方が()()はおもしろい」

「は? ヨウカイ?」

「なんだそりゃ、ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ!」


 リーダー格の面子を潰すような振る舞いをする青年に、ついに不良仲間たちが殴り掛かった。

 しかし、誰も動けない。

 指輪の青年が一睨みを利かせると、針で縫われたように不良仲間たちはビタリと静止した。

 これまで自分たちが行っていた威嚇がただの子供騙しだと思い知らされた不良少年たちに、脂汗が浮かぶ。


「君たちは後だ。まずは君にしよう──それ、っと」

「ぐ……ぅ──」


 左手の人差し指を水色の少年の額に当てた青年は、そこから電流を放った。

 バチ、という弾ける音が周囲に響いたかと思えば、水色の髪の少年は白目を剥いて倒れ込む。

 駆け寄りたくても出来ない不良仲間たちの耳に、指輪の青年の声が聞こえる。


「うぅん、いいねいいね。杭を打ってもらった甲斐がある。それじゃ、失礼して、と」


 片膝をついて座り、青年は懐から取り出した何か小さなものを少年の額に押し当てる。

 遠目から見るソレは乾電池に近い形状をしており、ちょうど僅かな突起が少年の額に沈んでいった。

 乾電池状の何かを入れられた少年は、意識を失っている筈だというのに目を開く。

 開かれた目は水色に発光し、糸で吊り上げられるように少年は立ち上がった。


「──」

「さぁ、僕に君の隠された姿を見せてくれないか? <ケルピー>の君!」

術使い、どうやらトロン達の暮らす国以外では割と希少な存在のようです。

基本外に影響をもたらさない術使いは、異常だと思われたくないが為に秘匿するので、統計上少なくなる、という事情もあるとか。

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