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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
番外章・二 戦う理由があるのなら
242/247

其の一三

 タンディニウム:〈妖技場〉建設予定地


 大鬼長:ナサニエル・バトラー




 右脚での蹴り上げ、続いてその脚での踵落とし。

 異様なまでに鋭いトルフェのそれらの攻撃を、私は身体捌きで躱し、腕で叩き落としていく。

 流麗な舞のようにも見える攻撃の連続を支えているのは、彼女の脚から噴き出す水流だろう。


「その、技……《水足(ジェット)》とか言ったか。中々に悪くない、近接攻撃への妖術の転用、よく考えたものだ」

「お褒めに預かり光栄だ、エル! つっても、まだ決定打は見えてこないがな」


 ふわりと浮く腰ほどまで伸びた金色の髪は、まるで一匹の魚のように滑らかに動いていく。

 トルフェの攻撃を捌きながらそのようなことを考える私だが、一方で攻撃の手も抜かない。

 左から右へ水平に繰り出されるトルフェの裏拳を屈んで躱し、私は右の拳を握りしめる。


「おぉッ」

「っ、危ねぇ」

「ふむ……今、確かに腹まで届いたように思えたが」


 振り抜かれた私の拳は、確かにトルフェの腹の辺りに着弾するはずだった。

 しかし私の拳は空を切り、トルフェの代わりに水の塊に突っ込んだ。

 拳は水塊に当たる直前、海を割るようにして水塊に穴を開けていく。


「そうか、水で押し出す形にして、無理矢理位置を変えた訳か」

「ご明察、アタシの水はただの水じゃないからな、そういう芸当も出来るのさ」


 確かに、ただの水であれば放出したところで弾けて終わりだ。

 しかし妖術で生み出された水ならば、使い手本人が指向性を与えられる。

 舞踏のような機動力と攻撃の間合いから急速に逃げる力は、トルフェが巧みに水の妖術を扱うからこそ遺憾なく発揮されている。


「では、どうすべきか」

「考える時間なんて、与えるかよ!」


 正に宣言通り、トルフェは一層熾烈な攻撃を仕掛けてくる。

 拳や蹴りに加えて、《水足》から枝分かれするようにして水のビーム──先程トルフェは《水流》と言っていたか──を織り交ぜる。

 単純に攻め手が二倍以上になり、対応に追われる私の思考リソースが奪われていく。


(この程度、切り抜けてこそ……!)


 一つ、心に喝を入れる。

 このまま倒れては、私の下で散った部下たちにも、あの日光を見た狐の少年にも、私と共にあることを選んだ蘭にも、合わせる顔がないだろう。

 大鬼長の神髄、見せつける……!




<***>


 タンディニウム:〈妖技場〉観客席予定地




 金色の髪のトルフェと、体躯の大きな鬼のエルとの戦いを、少年が見つめる。

 円形に作られた闘技場の上で、飛沫を上げる水の中心に二人は立っている。

 そんな二人を見つめる少年の名は、ドメイドハン。

 勇気と正義の心に燃える、若き英雄の卵だった。


「──」


 そんな彼は、何も言わずにただ戦いを観察していた。

 日頃戦闘を見る機会のあるトルフェはともかく、エルの戦い方を見る機会は今後二度とない可能性が高い。

 観戦することも趣味の一つとしているドメイドハンは、卑しいまでに貪欲に、戦闘技法や立ち回りを見て盗み取ろうとしているのだった。

 そんな彼の耳に、水の噴射音やステップの足音以外の音が飛び込んでくる。


「わぁ……」

「! 誰ですかっ」


 微かな吐息交じりの呟きだが、ドメイドハンはそれを聞き逃さない。

 本来なら立ち入り禁止の〈妖技場〉建設予定地に勝手に入っているのはドメイドハンたちの側なのだが、二人の戦いを止めてはいけない、という使命感が彼の語気を強くした。

 誰何の声を聞いた相手は、わっ、と小さく声を漏らしながら両手を顔の前に持って来る。


「ご、ごめんなさい……! このあたりで、すごく妖力が激しいな、って思って、それで」

「きみは……ミクル? どうしてここに」

「あれ……ドメイドハン、さん?」


 入り込んできた少年は、昨日保護したミクルだった。

 肌の複数個所に繋ぎ目があり、黒目と白目の色の深さが逆転しているその少年は、昨日はいじめを受けていて危うく怪我を負うところだった。

 しかし、今日は昨日に比べて少しだけ背筋が伸びているようだ。


「さん、はいらないよ。僕たちきっと同じくらいの年だし。それより、よくここまで来られたね?」

「えと、うん。自分の妖術、そういうの得意みたいで」

「へぇ~! 凄いねぇ、移動が自由にできるなら、いろんなとこに行けるじゃん!」


 外見的な年齢が同じ相手が周辺にあまりいないからか、ドメイドハンの口調は他の妖怪を相手にしている時よりもだいぶ砕けてきている。

 ドメイドハンの素直な褒め言葉にミクルは面食らうが、別にドメイドハンはお世辞を言っているわけではない。

 彼はすべての妖怪に対して等しくリスペクトを持ち、全ての妖術に対して等しく利点を見出すという性格をしている。

 ただ戦いに有利な妖術も素晴らしいが、それ以外の利便性が高かったり人を笑顔にしたりするのに役立つ妖術もまた、素敵なものだと考えていた。


「そ、そう? ありがとう……へへ、そんなこと言われたの初めてだ」


 ドメイドハンの率直な感想に裏がないことを感じ取ったのだろう、ミクル少年は照れながら礼を言った。

 そっと歩みながら、ミクルはドメイドハンの隣の観戦席に腰を落とした。


「それにしても……すごい、ですね」

「あの二人?」

「はい。どっちも、手足を精いっぱい動かして、妖術も使いこなして。たぶん頭も使ってる。(しのぎ)を削る、ってああいうことを言うんでしょうね」


 熱に浮かされたような、どこか沈んだような声色で語るミクルの目線は、舞台上で戦うトルフェとエルの二人に注がれていた。

 水の奔流が放たれ、それが霧散し、かと思えば巨大な水の槍が宙に発生し、次の瞬間にはそれが穂先から曲げられる。

 五秒も経たないうちにそうした攻防が繰り返され、状況の理解すらミクルには追い付かない。

 けれど、舞台上の二人がそれぞれ異なる環境で磨かれてきたことは、戦闘の素人であるミクルにも感じ取れていた。


「──自分も、ああいうふうになれるでしょうか」

「──」


 そっと疑問を口にしたミクルだが、ドメイドハンは答えなかった。

 是か否か答えるよりも前に、確認すべきことがあるからだ。


「ミクルは、なりたいの?」

「ど、どうでしょう……よく、わかりません。ただ、今のままではだめな気がして」

「うーん……なれるかなれないかは、僕には分かんないなぁ」


 そうなのか、という驚きを込めた目が、ドメイドハンの目を覗き込んだ。

 昨日いじめっ子をとっちめたドメイドハンでも、相手の強さや潜在能力を測れないのか、という驚き。

 ドメイドハンは一進一退の攻防を続ける舞台に目を向けながら、滔々と語る。


「なれると思えばなれるし、なれないと思えばなれない。僕はそう思う」

「むずかしい……哲学? みたいな話ですか?」

「そう、かも。ミクルが言ってる『ああいうふう』って、あんな感じに戦いで強くなる、って意味だと思うけど」


 ドメイドハンは、ミクルの目を見ながら指を舞台へ向けた。

 鬼の少年の目を見ていたミクルは、つられてふいっと舞台へ目線をずらす。

 舞踏のような動きで翻弄しつつ鋭い攻撃を差し込んでいくトルフェ、そして体幹をどっしりと構えてそれらの攻撃を的確に捌き反撃を入れていくエル。

 どちらも『強さ』という観点で言えば、素人が憧れるのも当然では、ある。


「でも。僕はさ、戦う力が強いってだけじゃ、意味はないと思うんだよな。昨日ミクルをいじめてた奴らも、ミクルよりは力が強い。でも、ミクルはあの人たちになりたいわけじゃないだろ?」

「うん、自分は、なりたくない」


 ミクルは少しずつ答えを返す。

 途切れがちなのは言葉を選んでいるからではなく、本心が喋るがままに任せようとしているから。

 継ぎ接ぎ肌の少年が喋り切るまで穏やかに待ち、鬼の少年は続ける。


「結局、力の強さってのは、やりたいこととかなりたいことを現実にするために必要だから身に着けるモンで、最初からそれ自体に憧れるのは、気を付けるべき、なんじゃないかなぁ」

「駄目、ってことですか」

「ダメとまでは言わないけど。誰かに憧れるなら、その人の目指す()()()()()()()()──僕はそれをオススメするかな」

「ゴール──」


 あまり考えたことのなかった単語に、ミクルの脳は強く揺さぶられる。

 黙ってしまったミクルに、ドメイドハンはゆっくりと続けた。


「ミクルなら、きっとできるよ。今日の服、勇気出したんじゃない? 自分のやりたいことをやった、第一歩だよ」


 ドメイドハンは気付いていた、ミクルの今日のトップスの丈が短く、肌の継ぎ目が見えてしまっていることに。

 とはいえ誰かに破られてそうなってしまっているのではなく、最初からそうなっているデザインである。

 自分の外見を露わにして、示していくという選択をミクルが下したという勇気が、服にも表れていた。


「──」


 ドメイドハンの励ましを受けつつ、ミクルは今まで使ったことのない脳の領域を使って思案していた。

 目の前の日々を潜り抜けることだけを考えていた紛争地帯時代、そして外界の情報を直接得られなかったタンディニウム時代。

 ミクルの人生のどの段階においても、つい最近まで生きる上での目標について考えたことはなかったし、他人のそれに注目したこともなかった。


「自分の、生きる理由も。そこにあるんでしょうか……」

「参考になるモノは、あるかもね。僕もそういうクチだし」


 気恥ずかしそうに白状するドメイドハンの隣で、ミクルは舞台上に目を向けつつ考えに耽っていた。

 生きる理由の、参考資料。

 一番身近な人が持っているそれはなにか、と考えた時。


「──おとうさん」


 タンディニウムまで連れてきて、生活の面倒を見てくれた、唯一家族と呼べる存在。

 その存在に思い至ったミクルが呟いた時、試合はいよいよ佳境を迎えていた。

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