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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
番外章・二 戦う理由があるのなら
241/247

其の一二

 雄国:タンディニウム総合病院


 大鬼長:ナサニエル・バトラー




 バグルとの面会を終えた私は、スタッフに皿とその他諸々のゴミを渡した。

 この総合病院ではそれらもまたスタッフの業務に含まれているはずだが、投棄物の処理という行いは場合によっては嫌悪感を覚えることもあるだろう、と考え、気持ちばかりチップをつけておいた。

 表情を見る限り、少なくとも露わにするほどの不満は与えなかったようだ。

 ──表情を見て、相手の感情を察するようになるとは、我ながら変わったものだ。


「……ん?」


 病院の受付前、大きな廊下かつロビーの役割を果たしている空間に出た私は、見覚えのある姿に気が付いた。

 身が引き締まる程の清潔感が保たれるロビーには、昨日知り合ったばかりのドメイドハン──鬼の少年が座っていた。

 こちらが彼に気が付くのと殆ど同時に、向こうも此方に気付いたようで、立ち上がって此方に手を振ってきた。


「こんにちは、エルさん!」


 病院内ということで声を抑えているその配慮は年齢よりも大人びて見えるが、一方で大きく手を振る姿そのものは如何にも子供らしい。

 その外見と心理のアンバランスな性質は、真逆の意味で私自身にも覚えがあった。

 軽く挨拶だけでも、と思っていたが、名前を呼ばれては談笑せざるを得ない。


「昨日ぶりか、ドメイドハン。息災だった様子で何よりだ」

「あはは、一日でそんなに大きく変わったりしませんって」

「冗談だ。それにしても──貴様が何故病院に? 誰かの見舞いでもするのか?」


 ドメイドハンが病院という空間にいる意図がいまいち読めない。

 彼自身が元気だと言外に認めているのだから、診察を受けに来たとも思えない。

 だとしたら入院している知己の見舞いという線が濃そうなものだが、だとしても航空機で何時間も海を渡った先に住んでいる彼の知己が、本当に入院しているものか?

 いや、他でもない私の来院目的も、余人には想像しにくいものだと分かってはいるのだが。


「それが、ですね」


 頭の中で考えを巡らせていた私の目の前で、ドメイドハンは先程まで自分が座っていた椅子の隣を見遣った。

 彼が見た柔らかく手触りの良い素材でできた五人掛けのソファの中央あたりに、長い金色の女性が座っている。

 ドメイドハンの知り合いなのだろうか、と思案する私の前で、その女性は立ち上がりつつ掛けていたサングラスを額に持ち上げた。


「アタシはトルフェ。このドメイドハンって奴の……まぁ同僚と思ってくれればいい。アンタがエルか?」

「ん、ああ。私はエルという。彼から聞いているのか。よろしく」


 私は初対面の相手に向かい、特に警戒せずに掌を差し出した。

 昨日の一件で信頼できると判断したドメイドハンの仲間というのなら、必要以上の心配をする意味はきっとない。

 トルフェと名乗る金髪の女は、私の手をじっと見た後に手を握り返してきた。

 ……というか、この女性かなり体躯が大きい。

 私の規格がおよそ二メートル近くあることを踏まえると、およそ一八〇センチくらいはあるのではないか……?


「こちらこそよろしく。昨日はウチのハンが世話になったな」

「なるほど、その件で。昨日については寧ろ私達が助けられた。彼の行動がなければ、私も寝覚めが悪くなっていたことだろう」


 隣でドメイドハンが頬をほころばせながら後頭部を掻いた。

 それにしても、わざわざ挨拶に来るとは。

 二人が病院に来ていた理由もそのためで、私の動向を郭蘭あたりに聞いてきたのだろう。

 合点がいった私は手を引っ込めようとするが、何故かトルフェが引こうとしない。


「あの……何か問題でも?」

「ああ、いや、悪い。()()()()()()()と」

「ああ……そう、だな」


 焦ったようにトルフェはさっと手を引いてくれたが、私はこの程度の接触で見抜かれるものかと内心で恐れを抱いていた。

 普段から握り拳で戦闘する機会の多かった私は、自然と握力が鍛えられている。

 それは自負しているが、〈妖技場〉の闘士ともなれば握手だけで分かるのか、流石に油断が過ぎた。


「──」


 サングラスを戻しつつ、トルフェは握手していた方の手を握ったり開いたりしている。


「……何か?」

「んん──なあ、ちょっと手合わせに付き合ってくれねえか」




<***>


 タンディニウム:〈妖技場〉予定地


 大鬼長:ナサニエル・バトラー




 私は、大きな円状の舞台の上に連れて来られていた。

 舞台と言っても演劇用のそれではなく、対極にあるような闘争が行われるための舞台。

 溝を挟んでぐるりと舞台を取り囲む観客席の端は未だ足場やシートで隠されており、建築途中または完成前であることが見て取れた。

 かなり距離を挟んで対面に立つトルフェが、声を張り上げた。


「悪いな、こんなところまで連れてきて!」

「それは構わないが。入ってもいいのか?」

「知らん! だがまぁ、アタシが何とかする、披露前の現場確認とでも言えばなんとかなんだろ!」


 なんとかする、という本当に何とかなるのか怪しい言葉が飛び出てきた。

 元はと言えば、鍛えられた鬼と手合わせしたいと言い出したトルフェに原因がある。

 説明を求められる事態になったときの為に近くに鵺を控えさせてあるのだ、面倒ごとに巻き込まれそうになったら隠蔽能力を使って逃げればいい。


「エルさーん! 嫌なら帰っても大丈夫ですよー?」


 ドメイドハンが建設途中の観客席から、私に向かって気遣いの声を投げた。

 私は伸びをしながら、彼に向かって首を横に振る。


「大丈夫だ。これでも腕には多少覚えがある。〈妖技場〉の実力者相手にどれほど戦えるかも、試しておきたい」


 関係者以外立ち入り禁止のエリアに無断で入っていることへの負い目も本心なら、戦いたいという意思もまた私の本心だ。

 私は元GNOMEの傭兵部隊の一員であり、訓練もまた部隊単位で受けてきた。

 そのように形式化・画一化された戦い方がベースになっている私は、それ以外の自由な発想の戦い方に対してどうアプローチすべきか把握し切れていない。


「得るものはある、はずだ」


 特に〈妖技場〉は、自由な戦い方の極致とも言える。

 土台からして多様な妖怪たちが戦う〈妖技場〉では、定石はあっても体系化された戦闘術はないはずだ。

 各々が各々の強みを活かすためにどうすればいいか工夫を凝らし、それが上手く行った者こそが上位の闘士になれる。

 故に、握手だけで相手の力量を測れるトルフェは、個人化した戦いを学ぶ上で重要な相手になる。


「フゥッ」


 私は腰を落とし、肩幅に開いた足に力を込める。

 軽く握った拳を胸の前あたりに構え、顎を引いて正面のトルフェを見た。

 半身になった私の正面、距離を取った位置のトルフェもまた、同じように構えを取った。


「じゃあ始めるぞ。決まりは特になし、やりたいようにやる。ただ、身体に一発入れるのは無しだ。ここにゃ医療班がいねえからな」

「理解した。では、何方かが何方かに一発入れるまで、という理解でいいか? 腕や足は防御に使う場合もあると考えられるため、条件からは除外すべきかと思うが」

「それで行こう。結局判断は受けた側に任せることになるが……そもそもただの模擬戦にそこまで粘る意味もねえしな」


 トルフェの言い分はもっともだ。

 実力を測り経験を積むのが主目的であって、勝敗をはっきりさせる意味はさしてない。

 互いに納得した私達だが、最初に構えを崩したのはトルフェだった。

 彼女は金色の髪を揺らめかせ、握った右拳を振りかぶり、叫んだ。


「んじゃあ、いくぜ! 《水流(ショット)》!」


 突き出される右拳は、徐々に液体の塊を纏い始める。

 彼女の拳周辺の何もない空間から水滴が集まり、拳に宿っていくのが私の目にも見て取れた。

 私と彼女との距離は数十メートルあるが、それでも突っ立っている訳にはいかないだろう。

 そう判断した私は、ぐっと脚に力を回し、その場から離れた。


「その動き……狐の野郎で見てんだよ!」

「む」


 正面に突き出されるだけかと思われた拳だが、トルフェは左脚を軸にして回転し、フックの要領で横向きにパンチを繰り出した。

 すると、拳に纏われていた水の塊は一本の鞭のようにしなりながら伸び、横合いへ避けた私の胴体目掛けて迫った。


「ふむ──此方のほうが確実か」


 更なる回避か迎撃か一瞬考えた私だが、ここは迎撃に打って出ることにした。

 敏捷性に長けているわけではない私の身のこなしよりも、妖術を使った迎撃の方が信頼するに値する。

 軽く握っていた左拳を握りしめ、私は自分の右肩の辺りから左脇腹の方へと振り抜いた。

 瞬間、迫っていた水の鞭には、私の周辺に輪を作るように穴が開いた。

 雲散霧消したわけでもなく、水が蒸発したわけでもない。

 ただ、私の左拳を避けるように流体が歪んだのだ。


「へぇ、そういう手もあるか」

「私なりの手、だがな。どうやら私は貴様と相性が良いらしい」


 拳を振り抜いた体勢で目を見張るトルフェに、私は挑発でもって返す。

 相性が良いとは言ったものの、水を使った遠距離攻撃を続けられては消耗するだけだ。

 むしろ互いに決め手を欠く千日手になりかねない。

 ここは攻め気を出して接近した方がいいのではないか、という提案も兼ねての挑発だった。


「そこまで言うなら乗ってやろうじゃねえか。《水足(ジェット)》!」


 風を受けたのか、ぶわりとトルフェの金髪が逆立ち、彼女の両脚に先程と同じように水が集まった。

 ボクサーのように何度かステップを踏んだ彼女の脚から、床に向かって水が噴き出す。

 その姿は、さながら話に聞いたフライボードのようだった。


「私も、応えるとするか」


 足元に妖力回路を集中させ、私は弾丸のようにその場から跳躍した。

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