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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
番外章・二 戦う理由があるのなら
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其の一一

 雄国:タンディニウム総合病院


 大鬼長:ナサニエル・バトラー




 寝台の上の男──バグルの発言の意図を測りかねて、私は反芻するように問い返した。


「生きる理由、だと?」

「そう。生きるというのは、すごく難しいだろう? だから、なにか助けになるような、軸のようなものを与えてあげられないか、と思って」


 私の質問に回答するバグルだが、正直なところ私の欲しい情報が返ってきていない。


「その意図は理解できる。が、そうなる経緯が分からん。そのトットーとやらに生きる理由を説かねばならん理由はなんだ」


 結論から言えば、生きる理由などというものは個人が個人の為に認めるものであって、他人から言葉を与えられたとしても、大した意味はないだろう。

 少なくとも私個人はそう考えているため、ここで首を縦に振る気にはなれないのだった。


「なるほど……そういうことであれば、もう少し詳しく語ろうか」

「ん? ああ、まぁそれでも構わん」

「では、掻い摘んで……トットーは、僕が昔旅をしていた頃に拾った子でね」


 昔、という言葉が出てくるほど年を食っているようには見えないが、妖怪に対して外見で年齢を推し量るほど愚かなこともない。

 放浪時代、GNOME時代、そして『宝石団』時代のそれぞれがどの程度の期間だったのかは分からんが、バグルはそれなりに人生経験を積んできていることだろう。

 落ち着いた物言いからも、波に揉まれて丸くなったような雰囲気が感じ取られた。


「拾った?」

「うん、そう。愚かだと思うかな」

「歯に衣を着せぬなら、そうだな。捨てられた妖怪などこの世に数え切れんほどいる」


 任務で世界中……特に紛争地帯を回っていた私は、一人で生きていけない妖怪の数も実態も見てきた。

 一人拾い上げたところで、それは砂漠から砂粒を一つ摘まみ上げるのと同じこと。

 意味がないとは言わないが、途方もない点については異論はないはずだ。


「きみの言う通りだよ。したところで大した意義はないだろうし、僕の自己満足でしかない。でも、したくなったからには仕方ない。そういうものじゃないかな」

「道理……ではないが、理解できるな。私とて、それを持ち出されたら何も言えん。こちらこそ済まなかった」

「いや、いいんだ。聞いたのは僕だしね──話を戻そうか。トットーを拾った僕は、それから少しの間だけ、真っ当に生きようとした。アルバイトをしたりなんだり……とはいえ、契約相手もいない妖怪は、この世界で生きていくのは難しい」


 それも、そうだ。

 妖怪というのは特殊な能力を持っているのが大半であり、人間が作り上げた社会機構の中で真っ当に生きるなら、その能力を活かすか人間と共に歩むほかない。

 能力を活かすなら恐れの対象とならないように細心の注意が必要であり、人間と共に歩むなら契約を交わす以外の選択肢は殆どない。

 幼く衰弱した妖怪を連れて過ごすのは……大変な苦労を要したことだろう。


「だから、ある日旅に出た。日銭を稼いで、各地を転々とする旅に。色々な世界を見せたいと思ったのがきっかけだったかな」

「旅か。知見を広げる上で有力な方法ではあるな。読書好きな貴様らしい教育方針とも言える」


 旅も読書も、どちらも自分の想像しうる範囲の外に手を伸ばすという意味では共通している。

 バグルのような知識欲の強い者が相手への施しとして、旅を選択するのは理解できる範疇だろう。

 私の誉め言葉に微笑みを返したバグルだったが、そこで彼は一つ林檎を口に運んだ。

 噛み砕いて果汁と果肉を呑み込んだバグルが次に何を続けるのか、私はなんとなく予想が付いた。


「そこで、事故に遭った。大海原を船で進んでいる時、正体不明の巨大な人影に船が沈められてね。僕たち二人はなんとか生き延びたけど、他の乗員の足取りは今も掴めていないみたいだ」

「災難だが、ない話とは言えないな。海路は陸路や空路に比べて未知が多い。強力かつ理外の存在が悪意を持って襲撃してきても、理不尽ではあれど非現実ではない」


 古来より人間は少しずつ自分の生存圏を拡大させてきたが、その中でも海は別格の攻略難易度を誇る。

 沈むほど強くなる水圧、届きにくくなる光、劣悪な視界、複雑に絡み合った海底の地形、等々。

 この星の中で未だ誰も足を踏み入れていない領域が最も多いのは海洋であり、それは即ち潜在的な危険の量もトップクラスということになる。


「それで、行きついた先がGNOMEだった、と」

「その通り。海岸に打ち上げられて気絶していた僕らを、秘書官が救ってくれた。衣服を与え、食事を与え、寝所を用意して。最低限度の生活が出来る環境を整えてくれたんだ」

「けれど、その実態は飼育された存在と何も変わらなかった、と」


 ここからの内容は、先程バグルが自分自身の来歴を語った部分と被るだろう。

 やはりバグルは頷き、既に話した内容は割愛して次へと続けた。


「さっきの転機は、不意に訪れた。何処から情報を得たのかは今でも教えてもらえていないけど、ある日英雄が現れたんだ」

「随分な褒めようだな。我らの長官(ボス)は、それほどか」

「それほど、だよ。自分じゃない誰かのために、犯す必要のない危険に身を晒すなんて行いを選択できるのは、それだけで英雄さ──それで、その時逃げ出したんだけど……トットーだけは、無理だった」


 無理、か。

 バグルが言うならそうなのだろう、私が詳しい理由まで聞く必要はないし、バグルが話したくないのなら無理に促す意味もない。


「助けたかったんだけど、どうしても手が届かなくて。僕自身凄い後悔に襲われた」

「気持ちは理解できる。手が届くはずの命を、己の都合の為に見捨てた時の後味は……いつになっても不味いものだ」


 私もまた、これまでの任務で大量の部下を見殺しにしてきた。

 引き返せば助けられる場面で任務達成を優先して前進したり、早期解決が求められる案件で必要に迫られて無謀な作戦に出たり。

 背負った罪は数え切れず、悪夢にうなされた夜は数知れない。


「君なら分かってくれると思ったよ。命を永らえ、生きるための指針も見出した僕だけど、ずっとトットーのことが喉の奥に引っかかっていた。でも、自分に出来ることは何もない、GNOME時代に酷使した身体もただ弱っていく一方で、『宝石団』のために動ける時間も少なくなっていった」

「限られた時間と活力をどう使うか、だろう。生き残った者の責務だな」

「僕もそう考えた。必要以上に囚われ過ぎないようにすることこそが、トットーへの誠意だと思ったんだ──だけど、つい先日、また転機が来た。トットーが、僕の前に現れたんだ」


 バグルの目は、つい、と窓の方へ滑って行った。

 なるほど、トットーとやらはあちらから来たのだろう。

 GNOME関係者ということは病院にまともに入れるか怪しい、何しろ碌な身分証も所在地もないのだから。

 窓越しの邂逅は、トットーの分も背負って生きると決めていたバグルにとって大きな意味があったのだろう。


「で、だね。僕はあの子の手を取れなかった。GNOMEから身を引いた僕を助けに来てくれたあの子だけど、それをすれば今度こそトットーの命はない。だから、僕は可能な限りあの子に接触しちゃいけないんだ。残念だけどね」

「……」


 私は、林檎を口に運びつつ、バグルの語りを聞いていた。

 寂しそうな声色をしながら、寝台の上で身を縮めるバグル。

 責任を感じているだろうことは、痛いほどわかった。


「だから、君に頼みたい。会ったのはほんの数日前だけど、僕は君を信用している。何をしても満足に終われるように、心構えを説いてほしいんだ」

「……それが、頼みか」


 私の問いに、バグルは首肯した。

 なるほど、今回呼びつけた意図は理解した。

 私でなければならない理由も、なんとなく察せられる。


「確かに、GNOMEにいながら理性を、人間性を獲得した私は異常個体(イレギュラー)。似た境遇にいるトットーに意味のある言葉を、理論上は届けられるかも知れん」


 一瞬明るい顔をしたバグルに、私は、ただ、と続けた。


「それは出来ない相談だ」

「な……なぜだい? 確かに、君にとってはメリットがない話か……それなら、僕がこの旅路で集めた」

「いや、そうではない。対価の話をするのであれば、迷える同類を救う機会を得る、というのは釣銭が足りないほど価値がある」


 ならなぜ、と言わんばかりにバグルは身を起こす。

 私はそれを押し留めつつ立ち上がり、空になった皿を持って扉の前に向かった。


「貴様がやらねば、道理がないだろう」

「え」

「確かに、貴様に託されたとあればトットーとやらは私の言い分を耳に入れるやもしれん。だが、私はGNOMEを追われる身。トットーとやらが聞き入れようとする可能性は低い──そう思わないか」


 それは、と口を開きかけたバグルより先に、私は畳みかける。


「それに、意義もない。聞き入れたとして、誰に言われたかは問題ではないのか?」

「……」

「貴様がトットーとやらを特別に感じているように、トットーとやらも貴様を他とは違う目で見ていることだろう。それに報いる気はないのか? 加えて。貴様、今度こそトットーを自由の身にしたいのだろう。違うか?」


 ちらりと寝台の上のバグルを見る。

 彼は、目を丸くして口を開けて呆けていた。

 何をいまさら驚くことがあるのだろうか、僅か数日の付き合いの私にも分かることを、自分は分かっていなかったというのか。

 いや──それについては、私が言えるような立場でもないか。


「では、失礼する。護衛の必要な機会が来れば、また呼びつけるがいい」


 壁のボタンを操作して、私は総合病院の廊下へと出た。

 完全防音となっている病室の中で、バグルが何をしているか、私にはわからない。

 しかし、悔いもある。


「……病床の相手に、厳しい言葉を投げてしまっただろうか」


 その辺りの加減については、私のこれからの課題だった。

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