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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
番外章・二 戦う理由があるのなら
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其の九

 タンディニウム:〈妖技場〉予定地




 廊下の向こうから擦れるような足音を立てつつ、一人の青年が姿を現した。


「はいはい、そこまでにしといてねー」


 柔和な面持ちと温和な声色で少しずつ三人の下へ近付いて来る青年。

 その場にいる傷の女も、髭の男も、仮面の少女も特段逃げようとはしなかった。

 相手が、自分をこの場に呼び寄せた張本人だと知っていたからだ。


「──」


 機械の触手の隙間を抜けて傷の女に接近しようとしていた仮面の少女は、その場で停止して廊下に降り立った。

 戦意を納めた相手に馬上槍を向ける程愚かではない傷の女は、下半身で膨れ上がった雲の身体をするすると縮める。

 同様に、髭の男も機械の触手を杖にしまい込みながら、やってきた青年に問うた。


「第一師団長、アンタどこ行ってたんだよ」

「んん、ちょっとね。呼び止められて、雄国に入るのが遅れちゃって」

「呼び止め……ああ、理解、理解」


 第一師団長と呼ばれる至って普通の青年を呼び止める相手に、傷の女は心当たりがあった。

 先日彼女らが任務を拝命した相手、和装の黒髪美女である第二師団長。

 第二師団長と第一師団長が業務上に留まらない私生活的なパートナーの関係にあることは、GNOMEに身を置いていればそのうち流れてくる情報なのだった。


「ったく、それならそうと早く連絡を入れておくのが筋ってもんじゃないんですかい」

「同意、同意。日頃触れ合えぬ渇きを癒す心持は、察するに余りありましょうが」


 パートナーであれど、最高幹部ともなると各々の担当区域から離れるのは容易ではない。

 特に第二師団長と第一師団長の担当区域は海を隔てているため、今回のように越境的な任務でもないと中々顔を合わせることもままならないのだった。


「まぁ、ね。こうしてこっちに来るのも半年以上ぶりくらいかな? いつも一緒に行動する君たちには、実感が湧きにくいかもしれないけど」

「……ん? いやいや待ってくれ。オレたちぁ恋仲でもなんでもねぇぞ」

「然り、然り。斯様な勘違いをしていられると困ります」

「うぅん? そうかなぁ……君はどう思う?」


 強い否定の言葉を返された第一師団長は、指輪の光る左手の指で頬を掻きながら、仮面の少女に水を向けた。

 会話に巻き込まれた形の少女は、仮面の下でくぐもらせながら声を出す。


「──別に。そういうの、よくわかんないし」

「そうかな? 君もじゅうぶん理解できる心情だと思うけどね……まあ、それこそ別にいま話すべき内容でもないか。遅れてしまったからには早めに本題に移ろう」


 第一師団長は、懐から小さな紙片を三つ取り出し、ピッと三人に投げ渡した。

 手裏剣のように鋭い紙を、傷の女は人差し指と中指で、髭の男は手持ちの杖の機構で、仮面の少女は掌を翳してぶつかる直前にびたりと止めた。

 それぞれが折り畳まれた紙片を開くと、中にはごく簡潔に今回の任務の概要が記してあった。

 一通り目を通した髭の男が、疑問点を口にする。


「ふむ。裏切り者の始末と聞いていたが……この都市支配とは一体なんなのか聞いてもよろしいか?」

「読んで字の如くさ。君らもGNOMEで長い、僕らの最終目標は知ってるだろう?」

「推測、憶測はできでおりますが。具体的な道筋までは、()()()

「同じく。そもそも今回呼ばれた理由すら完全に理解してない」


 傷の女と仮面の少女も、疑問を露わにした。

 ふむ、と一息吐いてから、第一師団長は説明を加えることにした。


「うぅん、どこまで話すべきか……まぁ、いいか。GNOMEが目指すのは、世界の超越だよ」

「世界の超越……するってぇと何かい、今回の都市支配はそのスケールダウン版ってところか?」

「いいね、流石の頭の回転だ」

「どういうこと? もったいぶってないでウチにも教えてほしいねぇ」


 髭の男は持ち前の明晰さで第一師団長の意図を察するが、他二人はいまいち全貌を掴み切れない。

 相棒の傷の女に聞かれた髭の男は、オレもすべてを理解し切った訳ではない、と前置きしてから続ける。


「いいか、世界を相手にとって大立ち回りするんなら、机上の空論だけじゃ不安が残るだろ。そこを予め小さい規模で実験して、うまくいくかどうか確かめよう、って寸法だろ、違うか?」

「ご明察。具体的には、取る手段と大まかな段取りが上手くいけば、それでいい。都市をひとつ丸ごと使った実験のようなモノ、と思ってくれればいいよ」

「ほう、ほほう。して、我らは何をすればよいと?」


 傭兵としての経験が長い髭の男と傷の女が、次々と段取り確認を進めていく。

 促された第一師団長は、自分が持っている紙片を開いて一同に見せた。


「諸君らには、この杭をあちこちに埋めてもらいたい」


 ふむ、と傷の女が顎を撫でながら呟いた。

 紙に描かれているのは細長い何かで、所々に返しのような突起が付いている。

 先細りしている一方の先端と、何やら水晶体のようなものが付いたもう一方の先端。

 何かしらの儀式に使う道具と言われても信じるような、不思議且つどこか神秘的なデザインだった。

 傷の女が問う。


「機能の質問は、許されますでしょうか?」

「うん、まぁそのくらいは。ざっくり言うと、これは周辺の妖力に干渉してその性質を変えたりエネルギーとして搾取したりするための装置。今回は混乱を発生させるために、電子機器と(むすび)による内外の通信を遮断する機能も加えてある」

「ははぁ、なるほど。情報共有を阻害して、対応を遅らせる、という寸法か」

「タンディニウム……というより、雄国と近隣の諸国は対妖怪犯罪組織がまだまだ未熟だ。僕と君らがいればなんとかなると思うけど、まぁ念には念を入れて、ということで」


 なるほど、と傷の女と髭の男が納得して呟いた。

 都市の支配を目論むとなると、どうしたって警察組織や軍隊などをどう躱すかが重要になってくる。

 さほど脅威ではないにせよ、時間を取られたら援軍が呼ばれる可能性は捨てきれない。

 GNOME側は僅か数体の妖怪で決行する以上、相手が数の力を揃えられないようにしなければならないのだった。


「一応言っておくと、情報遮断の性能は試験済みとはいえ、実践に投入するのは初めてだ。その点でもデータを取りたい」

「──私は何すればいいの?」


 仮面の少女が問う。


「私はこの人たちみたいに力が強くないし、杭をたくさん持てるとは思えないけど。呼ばれたからには私じゃなきゃいけないんでしょ?」

「よく聞いてくれた。これから君には、この杭に細工をしてもらいたいんだ」

「細工?」

「君の()()()()()で、杭がするりと入るようにしてほしいんだ。以前使った時は、周囲に馴染ませるのに時間がかかってね。でも君の力があれば、排除しようという土地の力のようなものと相殺できる」


 反射する力と聞いて、傷の女と髭の男は、先程切り結んだ時の感覚が腑に落ちた。

 馬上槍を短剣で受け止められた衝撃と、余りにも薄い手応えはきっと、馬上槍が押し出される力を反射していたもので。

 圧し迫る機械の触手を跳ね除けたのも、接近しようとする力を反射していたのだろう。

 小さな体躯からは考えられない動きの全てに反射する力を適切に使っているとしたら、それはそれで凄まじい精度で妖術を使いこなしていることになるだろう。

 頼まれた仮面の少女は、頷いて答えを返した。


「わかった。なら行こう。もう話すこともないでしょ」

「ああ、まあそうだねぇ。手短にすると言った手前もあるし、この辺りにしておこうか」

「んじゃあ、オレたちは適当にその辺で待機しとくぜ。必要になったらまた呼んでくれや」

「では、後程、また後で」


 傷の女と髭の男は去って行く。

 並んで歩く二人は、どちらからともなく話を切り出した。


「なぁ」

「ウチも分かっておるわ」

「あの娘。なぁんか怪しくねぇか?」

「うむ……不穏、懸念が残る部分は、確かに感じられた」


 仮面の少女に対して、二人はどこかしら不安を感じていた。

 頼りがいがない、というのは寧ろ逆で、実力としては余りにも強い、傭兵として長く活動してきた二人からしても、目を見張るところがある。

 今まで業界で噂になっていなかったのが不思議なくらいだ。


「なんつーかよ、浮ついてんだよなぁ」

「同意、同意。根幹、或いは自己が見えにくい。斯様な状態、ウチにも見覚えがある」

「わかるぜ、あーいうの、()()()()()()が分からない、って奴だな」

古都では第三師団長のマハーリーヤ君が悪戦苦闘しながら大量に刺した杭ですが、この少女の力があればすぐに終わってしまうみたいですね

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