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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第四章 意思と望みと
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其の三七 マガイモノ

 牛鬼:???




 その昔、<牛鬼>の青年は少年だった。

 年月を経ても姿が変わらない妖怪も多い中、それは必ずしも普通のことではないが、取り立てて珍しいことでもなかった。

 故に、少年が周囲との人付き合いで困ることはそれほどなかった。

 むしろ要領のいい少年のことだ、友達は割と多い方だったと言える。


「なー、昨日の特番見た?」

「ん? ああ、一通り目は通してたよ、ドラマ撮影のNG集だったっけ」

「そーそー、それそれ!」


 相手が出してきそうな話題、自分の所属しているコミュニティで流行している物事について、アンテナを立てて、相手が求めていそうな言葉を掛ける。

 自分の考えを持つ必要などなく、少年がやっていたのは、文字に起こせばただそれだけ。

 でも、ただそれだけのことを、何事にも差し障りなく実行できる存在は必ずしも多くないと、少年はわかっていた。

 その能力が、自分の模倣という妖術によって支えられていることも、理解していた。


「……」

「……ど、どうだろう」


 少年はそんな日々に概ね満足していたし、自分の趣味もきちんと持っていた。

 それは、創作。

 小説や漫画、あるいはイラストに絵画、果てには動画編集など、手を出せる限りの範囲で創作活動をしてきた。

 創作論の研究や、著名な作家に読んで貰ったりなどの行為はしていないが、少年は創作を趣味としていた。

 それで楽しんでいたし、何より創作をしない時間は少年にとって耐えがたいもので、生活を欠けた状態で進行することなど、考えもつかなかった。

 加えて、少年の創作を楽しんでくれる相手も存在していた。


「……うん、今回もおもしろかった!」

「そ、そう? ちょっとくどかったかな、なんて思ったんだけど」

「うーん、でも私はけっこう好きだなー、こういう感じ」


 ある日少年が図書館で小説を書いている時に声をかけてきた少女と、交流が続いていた。

 少女もまた妖怪であり、人間とは異なる人生の流れの遅さに暇を持て余していたところ、何やら面白そうなことをしている少年を見かけ、つい声を掛けたのだという。

 最初は面食らった少年だったが、少女との時間は心地よいもので。

 いつしか、彼女に見せるために創作するようになっていった。


「そ、そっか……わかった、ありがとう」

「ん! また見せてよー」


 そんな日々を続けていた、ある日のこと。

 少年はいつものように、自作の小説を持って少女の待つ図書館へと向かっていた。

 図書館で合流し、近くのカフェに入って見てもらうのがいつもの流れなのだが、普段待ち合わせている場所に少女が見当たらない。

 これは変だ、と思った少年が辺りを見て回ると、少女は存外すぐに見つかった。

 声を掛けようとした少年だったが、咄嗟に言葉を喉に押し込めた。


「──でさ、最近その男の子とどうなん?」

「どう、って……特に何にもないよ。普段通り、作ったもの見せてもらうだけ」


 少年が知らない誰かと、少女が図書館の中庭のベンチで歓談していたからだ。

 相手の動向をよく観察してから会話を始める少年にとって、初見の相手は致命的に相性が悪い。

 麗らかな日差しの下で話す二人を、建物の陰から覗くことにしたのだった。


「ほんと? ってかさー、アンタはそれでいいわけ?」

「それで、って?」

「いやまあ、アンタがいいならいいんだけどさ……正直疲れない? 素人の作品ばっかずっと見せ続けられるってさ」


 少年の胸のうちが、鋭く痛んだ。

 創作が趣味とはいえ、少年のソレは誰かプロの添削を受けたわけではなく、何かの賞を取った訳でもない。

 明確な第三者の評価を恐れ、それが欠けたまま、少年は少女に自作を見せ続けていたのだ。

 それを指摘され、少年の顔色が悪くなっていく。


「んー……まあ、ちょっと、ね」

「あ、やっぱそーなんだ」


 少年の心臓は、この時確かに一瞬止まった。

 だが、少女たちはそんなことは露知らず、世間話に花を咲かせる。


「正直、どっかで見たことあるよーな話が多くてねー。それが駄目なんて言わないけどさ、もうちょっとこう、なんだろなー」

「ふぅん、そーゆーもんなのね。でもアタシが言えたことじゃないけどさ、大体の話ってそんなもんなんじゃないわけ?」


 二人の指摘は、少年自身にも自覚があった。

 他者の作品から特徴や作風を参考にして作っていた自覚は、確かにある。

 けれど、少女の友人が言う通り、それでいいじゃないか。

 何を恥じることがある、どの作品であっても最初は模倣から始まるものだ……という反骨心も、少年の胸のうちには確かにあった。


「そーなんだけど……なんていうか、王道ってあるじゃん? ここでこういう話にすれば喜ぶとか、こういうタイプのキャラクターは好きとか」

「あー、はいはい。万人受けみたいな話ね」

「そうそう、それ。それが無いんだよね。テンプレートから逃れようとして、ウケを放棄してるっていうか……独りよがり、って言えばいいのかなあ」


 この時の少年の胸の内を、どう表現したものだろう。

 少女はいつも自分の作品を読んだり見たりして感想を述べてくれていたが、批評して改善点を挙げることはしなかった。

 少年のいないところで不満点を挙げる少女について、ただ漫然と目を通していたのではなく、意識を向けて見ていてくれた、と好意的に表現することも、可能ではある。

 しかし少年は、そうした喜びよりも、少女が自分の前で本心を偽っていたことに対して遥かに大きなショックを感じていた。


「そっか……そう、だよな」


 少年は自分自身に納得させるように呟いた。

 少年自身が、対人コミュニケーションをするときに熟してきた、『他者の望む言動を取る』という、たったそれだけのことを。

 少女がしていない、などと考えている少年の方が愚かだったのだ。

 人の本心は、直接対話できる距離にいては届かない。

 だから……これからは、対面で創作活動をするのは辞めよう、他者の望む作品を作り上げよう、と少年は心に決める。

 そこに自分のエゴはいらない、持っていたとしても表出させてはならない、と心に決めたのだ。




 その日から少年は、がむしゃらに創作を続けた。

 小説に漫画、イラストに映像等々、その時々の流行を研究し、人気が出そうな要素を的確に抑え、どんどんインターネット上に作品を公表した。

 出版社の賞やイラストコンテスト、動画サイトのランキングにも積極的に参加して、どんどん腕を上げ、作品と少年自身の知名度を高めていった。

 やがて小説において新人賞を獲得、華々しく作家としてのデビューを飾った。


『先生、次回作の構想は如何ですか?』

『もしよければわが社でも出版を──』

『次の雑誌企画にイラストを寄稿していただけませんか?』


 そんな連絡が絶えない日々が、しばらく続いた。

 忙しくも充実した日々、友人との付き合いはどんどん減っていき、件の少女と会う機会もゼロになった。

 少年は気付いていないが、少年の中の認知が歪むには、充分な時間だった。

 順調にキャリアを積んだ、ある時。

 少年は──否、既に青年となっていた彼は、ふと思い立つ。


「たまには……エゴを認めてやろうか」


 青年がプロとなり、名声を築き上げて、随分と時間が経った。

 それこそ、人間よりも加齢が遅い妖怪である少年が、青年になるくらいには、長い時間が経ったのだ。

 今や青年にもファンは大勢ついていて、エゴを露わにした作品を発表したとしても、新たな挑戦として受け入れられるのではないか。

 押し殺していたエゴを解き放ち、久々に創作を楽しみながら、青年はそう信じて止まなかった。


「これなら……!」


 青年にとっては会心の出来だった。

 何度読み返してみても、見返してみても、これ以上のモノが青年から出力されるはずがない。

 そう、信じていたのに。


「売れ行きが──悪い?」

『……ええ、残念ながら。先生の作品なら、ということで出版しましたが』

「ぐ、具体的な、数字は」

『──前作の、一パーセントほど、です』


 電話越しに編集者の苦し気な声を聴きながら、青年は放心した。

 携帯端末が掌から滑り落ち、心配の声がかすかにスピーカーから響く。

 自分の渾身の一冊が、全く評価されなかった事実は、青年にとって自分自身を否定されたのと同じだった。

 三日三晩碌に食事が喉を通らず、何処にも行かず、睡眠すらとらなかった青年は、その虚無を経て気付いた。

 自分そのものに……価値はない、と。


「……なら、いいさ」


 青年は再び、心に決めた。

 自己というものは存在しない、とことんまで他者にとって都合のいい存在であることこそが、自分に求められた生き方なのだと。

 自分はそれを履行するだけの、装置に過ぎない、と。

 そんな信条を抱えていたから、GNOMEに接触されたときも話は滑らかに進んだ。


「ふう、これで契約成立ッスね。条件は、オレが『よし』って言うまで、オレの指揮下に置かれること。それでいいッスね?」

「それで構わない。此方の条件は……すでに達成されたようなものだな」

「こっちとしちゃ文句ないッスけど……保証はできないッスよ? GNOME加入の口添えまでが契約条項ッスからね」

「ああ……小生は、いつまでも()()()()()()()()()()()()()()

「ふぅん……()()()()ッスねぇ」


 どこからか書斎に入り込んできた金髪で軽薄そうな青年に対して、<牛鬼>の青年は特に訝しむでもなく。

 ただいつも通り、相手が望む言葉を紡ぎあげるだけだった。

 ふと、<牛鬼>の青年は思い立って言葉を投げかける。


「聞いておくのが好ましいか? この契約を破棄しようとすれば、どんな末路が待っているか」

「その口振りからしてわかってるっぽいッスけどね。まぁ簡潔に言えば……死ぬッス」

「だろうな」

「やっぱ変わり者ッスね。拘りはないんスか?」

「命にか? それとも身体にか?」

「……あー、やだやだ。作家先生は小難しくて性に合わねえッス」


 そうして、<牛鬼>の青年はGNOMEの目的のために戦うための装置と化した。

 生き死にについて特別関心はなく、GNOMEに入りたいと語ったのも、半分は本気ではなかった。

 相手の求めそうなちょうどいい答えを返したに過ぎないのだが……不思議と、自分を受け入れる新たな世界を探したい、という願望は、耳触りが良かった。

 それから、青年は自らの妖術について思索を重ね、時には道すがら妖術を奪って歩いた。


 自己を放棄した妖怪は──新たに定められた方針に従って生きる装置になっていった。

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