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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第四章 意思と望みと
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其の三五 アラカルト

 古都の東:大舞台




 風が吹き抜ける大舞台で、シンミは全周に警戒を向ける。

 ただでさえ夜で視界が悪いというのに、敵はどうやら視認しにくくなる術を持っている。

 いや、というよりも。


「さては、他人の妖術を奪ってるな、キミぃ!」

「ほう、小生の絡繰りに勘付くとは。所詮お山の連中だと舐めていたが、評価を改めるべきやも知れんな」

「一言余計、だっつーの!」


 言動を基にした推測をぶつけたシンミが、答えが返ってきたあたりを目掛けて旋毛風を起こす。

 圧縮した風の流れをヤツデの葉に纏わせて風の刃を発生させる技であり、夏の琉球王国で[入道関]に放った技でもある。

 大きな雲の巨人を両断した威力を誇る技だが、今の敵相手には手応えが無い。


(くっそー、さっきから全然手応えないじゃん……攻撃は単調だけど、位置が掴めないと流石に当てらんないなー)


 攻撃を察知して身を屈めると、さっきまでシンミの頭があった所に何か刃物のようなものが通り過ぎた。

 シンミの長い黒髪の先端が少し切られ、ふわりと宙を舞う。


「貴様は、先程から随分と軽妙に攻撃を躱してみせる。何か仕掛けがあるのか?」

「仕掛け~? そんなもの、自分で考えてから言ってみな~!」


 再び風の刃、《迅風(ソード・オブ・ゴッド)》で切り払うシンミだが、またしても空振り。

 見えない敵はどうやら戦いに慣れておらず、ひたすら背後からシンミを狙ってくる。

 相手の癖が分かれば、[憂郎菩呂統(ウロボロス)]として〈妖技場〉で戦闘経験を積んだシンミが意識する限り、被弾することはない。


(でも、このままじゃ千日手。なら……見えないものを見なきゃ、かな~)


 回避行動を勘と身体に任せ、シンミは精神を集中させる。

 後ろから脇腹を狙ってくる相手の攻撃を躱しながら、シンミは目の奥の方へと妖力を向かわせた。


(目で見るからいけない。自分で自分の妖力の流れを掴むように、他の妖力の流れも見られるはず……だよね?)


 〈妖技場〉の闘士としての勘だけに頼って回避を続けるシンミだが、次第に被弾が増えていく。

 むしろ勘だけで見えない敵を相手にここまで致命傷を避けていることが異常である。

 この異常を成立させるために、シンミは空間への認識を拡張しつつあった。

 空間認識能力の拡張が妖怪にどのような効果をもたらすか……知っているのは、〈村正〉のタリロくらいだろう。


(あたしは、〈天狗〉の妖怪。流れに関しちゃ、一日の長がある)


 シンミは、かつて、『宝石団』の長であるビズと交わした会話を思い出す。

 〈のっぺら坊〉であるビズがどのように世界を見通しているか聞いた時も、妖力の流れを把握している、という答えが返って来た。

 彼に出来て、シンミに出来ない筈はない。

 それに。


(……デキるところ、魅せないと──先生じゃない、よね)


 自らの憧れである、誰かを導く先生という肩書。

 そこに到達する覚悟を新たにしたシンミの視界が、ぐわ、と開ける。

 瞼を下ろしたままの彼女の視界は、至る所が光の帯や塊で埋め尽くされた。


「……これ、が」

「? なぜ、此方を見て、否、()()()


 思わずポツリと呟いたシンミの眼前、渦巻く妖力の塊が迫る。

 瞬間、シンミは直感的に理解した。

 複雑な色の光がぐちゃぐちゃに交ざりあい、けれど決して溶け合っていない塊は、『奪う』と言った敵の特徴をよく反映している。

 懐に刀のように挿したヤツデの葉を引き抜いたシンミが、仰向けに倒れながら光の塊に向かって切り上げた。


「……なるほど。こう見えるんだ~」

「うぐ!?」


 自分の腕からヤツデの葉、更にそこから空中へと光が放出されていく様を瞼の裏で見たシンミが納得する。

 これまで一方的に攻撃していた敵は、初めてまともにシンミの《迅風》を受けた。

 大いにバランスを崩した見えない敵が、シンミを通り過ぎて大舞台の床に衝突する。


「ぐあ!」

「ふぅ~ん。さっきまでよくしゃべってたのに、痛いときは喋れないんだ?」

「馬鹿を言う。この程度、怪我のうちにも入らん」


 無理矢理上体を起こす敵が、その姿を露わにする。


「ん~? 見える……そっか、あの子から奪ったものだったら、そーもなるか」

「ふん……万全な妖術など、存在しない、か」


 左腕で自身の脇腹を抑えながら、姿を現した敵が自分の右手を見つめ、握ったり開いたりする。

 自分の身体に馴染まない妖術を使う上で、敵──カーディガンと鍔広帽子の青年は、常に実戦での高練度の使い熟しを要求される。


「あの子の妖術は、自分を見えにくくしたり、見えにくいものを見やすくしたりするもの。でも、一度見えちゃえば、その効果は随分薄くなる……だから、もう勝負ありじゃな~い」

「ふむ。貴様も随分饒舌な。いいだろう、貴様の情報に応えるためにも、小生の情報も漏らしてやる──小生は〈牛鬼(ぎゅうき)〉。様々な伝承のある妖怪だが、小生の場合は変化が主な妖術となっている」

「ふぅ~ん、また口数増えたね。余裕のつもりかな~?」


 互いに一つずつ情報を交換する形になったが、特に益のない会話であることも互いに悟っていた。

 何方にとっても、この情報は答え合わせに過ぎない。

 自分の感覚や考察で判明していた情報を、相手の口から聞かされる。


(……むしろ、作為を感じ取るべきかな~)


 そう自戒し、シンミは気を引き締めた。

 饒舌な相手──〈牛鬼〉を自己申告する青年のことだ、自分の思う通りに情報を操作しようと試みている可能性はある。

 勿論シンミもその意図を持って発言している。

 ゆらりと身体を揺らす青年が、脇腹を抑えたまま口を開いた。


「──ふふ。はは。小生の限界はこんなところではない。貴様の妖術を奪えんのは癪だが……この場の誰よりも、全ての妖術を使いこなしてみせようか!」

「口で言うのは、勝手だけど、ね~!」


 青年に向かって、シンミが風を巻き起こす。

 人間一人分、妖怪一人分を吹き飛ばすには十分な速度の突風をぶつけられた青年が、ふわりと浮き上がった。

 その右腕からは、一本の傘が生えている。


「あれは……〈唐笠〉!」

「そうとも。そこな妖怪君の妖術を拝借させてもらった。姿をくらます妖術も悪くなかったが、貴様の風の力にはこの方が都合がいい」


 自信気に宣言する〈牛鬼〉の青年。

 シンミは確かに、と思いつつ、劣勢に追い込まれつつあることを悟らせないように表情一つとして平静を保つ。

 〈天狗〉の妖怪であるシンミの攻撃は基本的に風での吹き飛ばし、風の刃、そして高速機動の肉弾戦。

 そのうちの一つを封じられては、強みの一つである攻め手の緩急が上手く機能しなくなっていく。


(……でも、姿が見えるようになったんなら、今が攻め時なのは、間違いないよね~!)


 とはいえ、このまま放っておくシンミでもない。

 風の妖術への対抗手段を取られた以上、シンミは〈牛鬼〉の青年の下へと飛翔した。

 大舞台の上に倒れる『化生會』メンバーの衣類がはためくほどの強風でもって、シンミは一気に身体を浮き上がらせる。


「成程成程。風の力を自らに適用することで、疑似的な飛行能力をも獲得するか。実に興味深い妖術よな、小生のものにしたくて堪らない」

「気持ち悪い、言い方、しないでほしいな~!」


 拳を握りしめたシンミが〈牛鬼〉の青年めがけて、パンチを繰り出した。

 身体の表面の特定の箇所から≪超風≫を発生させて推進力を得ることで、任意の方向への高速移動と運動エネルギーの爆発的な上昇を可能とする技。

 それこそが《(コンバット・)(オブ・ゴッド)》、必要に応じて自己を強化する技術であり、シンミはいちいち技名を宣言したりはしない。


「ぬっ……! 何だ、この違和感は……風が、吹いていない?」

「はは、よく分かったね~!」


 間一髪で初撃を躱した〈牛鬼〉の青年は、空中で器用に身体を動かしてシンミの格闘から逃れようと試みる。

 しかし、ゼロ距離の殴り合いならば、シンミが〈妖技場〉で積んできた経験が物を言う。

 それだけではない、シンミは自分に纏わせる風を完全に統制下に置いていて、必要以上に吹かせていない。


「貴様が小生に近付くためには、小生に向けて、風を起こさねばならん筈。それが吹かない……?」


 自分を舞い上がらせ、相手に近付くためには、自分から相手に向かって風を吹かせる必要がある。

 〈牛鬼〉の青年もそれを理解しているからこそ、〈唐笠〉の傘で風を受ければ、一方的に距離を取ることができると想定していた。

 ただ、シンミが風をラッパの先端のように霧散させているため、その目論見は外れている。

 身体と身体の間、僅か一メートルもない猶予の中で風を霧散させる腕前。

 格闘しつつ常に位置関係が変わりながらもそれを維持するシンミの細かな妖術操作こそが、彼女の強さの神髄であった。


「結構、よく見てるんだね~!」

「野蛮な、低能風情が、調子に……乗るな!」


 殴打や蹴りを数発喰らった〈牛鬼〉の青年が、腕の〈唐笠〉を切り離す。

 攻撃と見て取ったシンミが警戒しながら後退するが、すぐさま彼女は気が付いた。


「っ、目くらまし……!」

「そうとも、そうだとも! 貴様の得手がその神業ならば、小生の鮮やかで滑らかな手前も御覧じろ!」


 威圧を伴った声が全周から聞こえてくる。

 姿が見えなくなった青年の居場所を探るために視界の切り替えをシンミが試みると、その一瞬の硬直の隙を突いて青年が姿を現した。

 青年の身体は薄く広がる煙のようになっており、揺らめく煙でありながら、シンミの全身をがっちりと掴んだ。


「う、ぐ。腕が」

「此れなる妖術は〈煙煙羅(えんえんら)〉! 自らの身体を煙が如き状態へと変化させ、相手の干渉をすり抜けるものなり!」


 相手の攻撃を喰らわないと言うと便利だが、その実直接的な攻撃能力も持たないのが、〈煙煙羅〉の妖術。

 加えて煙の妖術は風の妖術との相性が最悪なのだが、〈牛鬼〉は相手の硬直の一瞬を突いて不意打ちに使う選択を取ったのだ。

 四肢を封じられたシンミが自分の周りに風を吹き上がらせて煙を撒こうとしたとき、再び〈牛鬼〉はその姿を変える。


「此れなる妖術は〈鳴り釜(なりがま)〉! 頭に被った釜を自在に扱い、鬼の唸り声を上げるものなり!」


 天から地へ、シンミと〈牛鬼〉の青年を覆い隠すほど大きな釜が生み出される。

 自分の周りの煙を噴き上げようと試みた風、シンミの妖力をふんだんに乗せた風が釜の内側に覆われた。

 釜はその妖力に反応し、耳障りな唸り声を上げた。


「身体が、動かな」

「はは、ははは! そうとも、そうだろうとも! 小生は判っていた、〈鳴り釜〉の音は行動を妨げる効果があると! 貴様自身の妖力を乗せた響きならば、その強さも推し量れよう!!」


 さながら呪いのような音が大舞台に響き渡り、シンミは身動きが取れないまま落下していく。

 風の妖術を吹き上がらせることもできず、ただ舞台の床板を目掛けて落ちていく。


(あたしの、戦い……ここで、終わり?)


 そんな、弱気な考えが頭を駆け巡る。

 しかし。

 何時かの何処か、彼女(シンミ)は約束を交わしている。

 重ねた日々の結果を証明するために、自分は戦い続けると。

 その戦いから、自分で降りることはしない、と。

実際、寄せ集めの妖術でシンミ相手にここまで戦える〈牛鬼〉君も大したもんですよ

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