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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第四章 意思と望みと
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其の二九 つかめ、最高の笑顔

 古都:西の大河


 大嶽丸:デンザイ




 誰しも、夢を持つ。

 何になりたい、何を得たい、何を見たい。

 種類はそれぞれ違うけれど、デンザイはその中でも、ひときわ夢への憧れが強い性質(たち)だった。


「ほっ、よっ、と」

「SHUー! SHUOーL!」


 口吻から液体をまき散らし、鎌のように鋭い前足を振り回しながら、土蜘蛛がデンザイを断ち切ろうと迫る。

 このままではデンザイを仕留めきれないと悟ったのだろうか、土蜘蛛は蜘蛛部分にくっついた人体に近い部分を、思い切り仰け反らせる。

 人間でいう喉を大きく膨らませ、白くて粘性のある物体をデンザイ目掛けて吹き付けた。


「SHUO!」

「まぁた糸か! そういうのは、もう喰らわねえ!」


 真正面から糸を吐かれたデンザイは、土蜘蛛の側面へと回り込む。

 空中に跳び上がって回避行動がとれなかった初撃とは違い、川底に足をつけていたデンザイは容易に糸を避ける。

 当然土蜘蛛もそれを察しており、口吻から生える牙のような部分を仕切りのように使って、一本だった糸をまるで箒のように分裂させる。


「SHUOO」

「うわっ、と!」


 蜘蛛部分から突き出た異形部位を回転させ、土蜘蛛はあたり一面全周に糸を吐きつけた。

 接近して脚を切り落とし、再び隙を作ろうと考えていたデンザイだが、ここは一旦距離を取る。

 分裂したことで一本一本の糸の強度は低下していたが、それでも粘性は衰えていない。

 一度捕まってしまったら、相手に一手先を行かれてしまうのが、デンザイには目に見えていたからだ。


「くっそ、やりにくいな!」


 土蜘蛛から飛びのき、石で満ちる川底に脚を付けるデンザイが吐き捨てる。

 デンザイは、『化生會』幹部の二人(ケーメリン・レットル)のように遠距離で攻撃する手段を持っていない。

 代わりに『化生會』でも随一の近接戦闘能力を誇るのだが、糸で動きを封じられてはなす術がない。

 悪態を吐くデンザイだが、鬼たる自分の筋力でも簡単には千切れない糸を吐く土蜘蛛の凄さと、大昔の古都でそんな土蜘蛛を討った武者たちの実力の双方をしっかりと高く評価していた。


「でも、糸はあくまで糸だ、網にはなってない」

「SHUOOO」


 野太刀を構えながら、デンザイが見立てを呟いた。

 牙の仕切りで糸を分裂させる技術を持つ土蜘蛛だが、網のようにして相手を捉えるのは、発想か技術のどちらかが欠けているため実行できないようだった。

 自分に向かって直線的に放たれる糸数本程度、避けながら野太刀を叩きこめる。

 旧王からも認められていた戦闘センスには自信があるデンザイが、そう判断して突っ込んだ。


「──SHUO」


 そう、それ自体は間違いではない。

 糸を避けるだけならば、デンザイなら余程のことが無い限り完遂できる。

 ──命無き、蘇った土人形(土蜘蛛)の狙いは、別にあった。


「SHUーーOHHO」

「? 地面、が?」


 突如として、土蜘蛛周辺の川底が、ぐらり、と地鳴りが起きたように震える。

 まだまだ実戦経験は乏しいデンザイが、その仕掛けに気付くまでには少し時間がかかり。

 野太刀を水平にする八相の構えを取りながら土蜘蛛に迫るデンザイの身体に、横合いから重量のある何かが直撃した。


「ぐえっ」


 妖怪の中でもひときわ身体能力が高い鬼のデンザイの肉体は、この程度の衝撃では歪まない。

 けれども流石に突進を続けることは出来ず、横合いへと吹き飛ばされる。

 水飛沫を上げて水面に突っ込むデンザイが、頭を振って濡れた髪の水滴を飛ばす。


「ぶるぶる……ぅわっと!?」

「SHUOO!」


 自分を吹き飛ばしたのが何なのか考えるいとまもなく、デンザイは回避を余儀なくされる。

 急に暗くなった視界、月光を遮るように立つ土蜘蛛が掲げる何かを避けるため、川底に手をついて側方へと転がった。


「SHUOOOO!」

「くっ、そ!

 なんだってん──」


 不平を垂れそうになるデンザイは、側方へと転がって回避したために、自分の眼前まで()が飛んできていることに気付かなかった。

 意識したときには、すでに視界の大半は薄い灰色の物体に覆われていて。

 水平にスイングされた岩の塊が、デンザイの顔面を打ち抜いた。


「──」

「SHUO~、OH~、OHO」


 突撃した岩の勢いで、デンザイは宙に浮く。

 顔面から血潮を噴き出しながら、デンザイは仰向けに飛んでいった。

 異様に時間が遅く過ぎているように感じるデンザイの視界の端で、してやったり、と口吻を歪ませるように見える土蜘蛛。

 バシャアン、と今までで最も大きな水柱を立てて、デンザイが川に浮かぶ。


(──頭が、痛い……ぼうっと、する)


 土蜘蛛は、仕掛けが上手くいったと()()ように、口から無数に伸びる糸の先にくっついた岩の塊を揺らす。

 でも、それはデンザイがそのように感じるだけであり、土蜘蛛そのものには最早心はない。

 命を落とした妖怪を蘇らせる外法は、その実操り人形に仕立てる手法に過ぎない。


「SHUO」


 杭を抜く妖怪たちを阻止するために糸を使わず、デンザイを叩き潰すために糸を吐き始めたのがその証拠。

 本当に土蜘蛛が思考能力を有しているのなら、杭を抜く妖怪を先に糸で拘束する方が、計画にとって何十倍も有益だと気づくはずだ。

 デンザイ(おれ)が、本当に守りたいものは、そんな見せかけの笑顔なのか?

 ゆっくりと流れるように感じる時間の中で、デンザイはそこまで考えを巡らせ、自分の闘志を再確認する。


「SHUOOO!」

「っ、はぁ」


 本当の時間にして僅か数秒、デンザイの体感時間では数分が過ぎた頃、大河に浮かぶデンザイに土蜘蛛が追撃をかける。

 口吻から伸びる幾つもの糸に繋がる岩の塊の数々と、鋭い鎌のような前脚を、デンザイが浮かぶところへ叩き付けた。


「──あー……ぼうっとする」

「SHUO!?」


 だが、水飛沫が収まった頃、そこにデンザイはおらず。

 単調な思考の土蜘蛛は()()()という概念を持っておらず、視界の中にデンザイがいないことに、右の方からデンザイの声が聞こえてきて初めて気が付いた。

 ゆらりと川底に脚を付けるデンザイは、ばしゃばしゃと水音を立てて、水面に揺らめいていた野太刀を拾い上げる。


「──今の、長い長い時間で、色々と、考えた」

「SHUー!」


 額と鼻から赤い血潮を垂らしながら野太刀を構えるデンザイに、土蜘蛛が仕掛ける。

 そんな土蜘蛛の連撃を野太刀で捌きながら、デンザイは自分の抱える夢について考えていた。

 新王として、『化生會』を背負って立つ覚悟を決めてからの初仕事に臨む今、原点を見つめる必要がある、と頭のどこかが切実に告げていたのだ。

 まだまだどこか緩い自分の精神性を引き締めるために。

 そして、目の前にいる土蜘蛛を倒すために。


「──おれは……おれはな! おまえみたいな怪物を倒すためだけに、戦いたいわけじゃねえんだ!」


 デンザイは心の底から叫ぶ。

 彼の夢の原点にて誇り高く在る仮面の英雄(ヒーロー)たちは、誰も彼も、戦いたくて戦っていただけじゃない。


「皆で、心から笑顔になれるような、そんな世界を! どんだけ小さくても、些細でも……手が届く限り、その一歩を守るために! おれは戦うんだよ!」


 戦いの先にある、未来を掴むために、彼らはその力を振るっていた。

 どれだけ悩んでも、目の前が見えなくなっても、仮面の英雄たちはその心の舵を永遠に手放すことはなく、絶対に進むべき道を選び取る。

 ゴールが先にあって、敵を倒すのは、あくまでも手段でしかない。


「だから、おれは!」

「SHUOー!?」


 鎌と岩々の連撃を仕掛けてくる土蜘蛛の鎌を野太刀で弾き飛ばし、デンザイは握った左拳を突き付ける。


「そのために、ここでおまえを倒す!」


 固く握った、決意の証。

 高らかに宣言したデンザイの左拳から、紅の妖力が噴き出す。

 立ち上る焔の如く妖しく光るそのオーラを、デンザイは伝え聞いたことがあった。


「!

 これが……《鬼魂解放(きこんかいほう)》!」


 鬼と呼ばれる類の妖怪が、己の限界を破ったときに到達できるとされる、身体能力の限界点。

 妖力生成器官そのものを妖力で活性化させることで、全身に巡る妖力量を爆発的に増大させる、限定的な技術。

 膨大な妖力量に耐えられる強靭な肉体を持つ鬼にしか許されない、自己強化の術。

 全身を紅の妖力に染め、右手に握り土蜘蛛に向けた野太刀に、緋色の気焔を纏わせた。


「覚悟しろ……!

 おれはこれから、ずっと強くなる!」

「SHUOO……OHOOO!」


 ビリビリと空気が震え、水面が大河の流れに逆らって僅かに波立つ。

 ただでさえ腕の立つデンザイが、出力を大幅に上げてきたことをレーダーが感知し、土蜘蛛はデンザイへと突っ込んだ。

 焦りを感じての行動だったのか、それとも外付けのプログラムにそう急かされたのか、デンザイには分からない。


「──ま、分かる必要もねぇわな!」

「SHU──」


 発条のように跳び上がり、デンザイは野太刀を上段に構える。

 デンザイの動きのキレは増しているが、動きの軌道自体は最初に糸を吐き始めた時と変わらない。

 土蜘蛛も当然、すぐに口吻から糸を吐き出して対応をする。


「──遅い!」

「SHUOーL!?」


 どば、と噴射された糸を、空中で側方へと回避することで躱したデンザイが、土蜘蛛の口吻から伸びる糸の全てを切り捨てた。

 並の刃物では切られず、岩をくっつけてもなお千切れない糸が切られたことで、土蜘蛛はバランスを崩した。

 好機と見て取ったデンザイが、川底に手を付けて野太刀を横薙ぎに振り抜く。


「全部、切れろっ!」

「SHUOH!」


 緋色の気焔がぐっと刀身を伸ばし、元々一メートルほどある野太刀の長さが更に伸びる。

 攻撃範囲が大きく増え、扇のように軌跡を描く野太刀が土蜘蛛の六本脚を全て切り裂いた。

 成すすべなく川底に腹を付ける土蜘蛛に最後の一撃を加えるべく、デンザイは一度土蜘蛛から距離を取る。


「どっこい、しょ!」


 数メートル離れた場所から、全身の気焔を迸らせて、デンザイが野太刀を投げる。

 一直線に土蜘蛛に向かい飛翔する野太刀。

 土蜘蛛が苦し紛れに吐いた糸すらも切り裂いて、野太刀は土蜘蛛の胴体に深く突き刺さった。


「SHULOOOHHHOOO!?!!」

「行くぜ──《王の終撃(キングス・キック)》!」


 助走をつけ、デンザイが跳ぶ。

 大河の水面と水平になったデンザイが、即興で名付けた必殺技を、野太刀の柄に叩き込む。

 突き出した片足は、助走の勢いとデンザイの熱量を乗せ、野太刀を押し込む。


「SHUO……OHー!」

「これで、決まりだぁ!」


 深く食い込んだ野太刀の切っ先は、土蜘蛛の身体を切り裂きながらめり込んでいく。

 そして遂に、デンザイは土蜘蛛の身体を上と下の二つに切り分けた。


「OHOOOO! OHO、SHUOーL……L」

「眠れ! おまえの戦いは、もうとうの昔に終わってるだろ?」


 断末魔を上げながら、土蜘蛛は泥へと身を変えていく。

 元々、とっくに命を終わらせた妖怪なのだ、理性を失って暴れさせられていた土蜘蛛の為にも、消え去った方がいい。

 かつて武士(もののふ)と戦った誇り高き大妖怪の再びの死に、デンザイは手を合わせる。

 迸っていた気焔も鳴りを潜め、デンザイは野太刀を鞘に納めた。


「さて……別のところも気がかりだ。おれが近いのは……北か」

※土蜘蛛について

大まかなフォルムとしては、クモの頭の部分から垂直に人間の上半身らしきものが生えているような土蜘蛛。

その口から吐き出した糸は粘性と靭性を持っていますが、牙で分裂させられるように、垂直方向の切断には弱くなっています。

そんな糸にくっつけた川底の石を、糸同士の粘性を活かして幾つも重ね合わせて、大きな岩を形成していたのでした。

(フォルムについては、ヤツカ○キを思い浮かべてもらうとかなり近いかもしれません)

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