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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第四章 意思と望みと
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其の一七 まぶしくて戻らない瞬間 もう誰にも奪わせない

 小屋の傍の木から降りつつ、俺は予め仕掛けておいた氷に意識を割く。

 妖術を成長させることに成功しつつある俺は、単なる氷を置いておいたわけではない。

 仕込んでおいた風の妖術を発動させつつ、小屋の入り口傍に立つ見張りの前を通り過ぎさせた。


「──?」


 風に乗って飛ぶ氷の欠片。

 炎の妖術によって水滴を尻尾のように纏いながら飛ぶその氷を視界に収めたのだろう、見張りの頭が少し左にズレる。

 しかし元が氷、跡形もなく消えてしまい、気になったものの特にそれ以上の追跡を行おうとはしない。

 そして、顔を正面に戻そうとした頃合いを見計らって、見張りから向かって左側の森の枝にくっつけておいた氷を解かす。


「!」


 ドサッ、という氷の落下音を聞いた見張りが再び其方に目を向ける。

 続けざまにもう一、二個落下させ、其方に何かいるのでは、という疑念を浮かばせる。

 ──ここで森の方へ移動してくれるのなら助かったんだが。


「しょうがないか……」


 小さく呟き、俺はその辺りで拾った石を握り込んで大きく振りかぶった。

 そして入り口の面とは反対の面──つまり今俺がいる場所──についている窓に、思いっきりぶん投げた。

 ガラス窓が破壊された音を響かせ、俺はすぐさま別の面へと移動した。


「……」


 不審に思った見張りが窓と小屋の中を調べるまでの時間は、恐らく五分もない。

 その短い時間に目的の書類を見つけ出して脱出するのは、ちょっと現実的じゃない。

 だから、侵入をにおわせる破壊をして敢えて調べさせることで、「もう調べたから大丈夫」という認識を植え付ける。


「……アメジストに教わった手法なんだけどなあ」


 目論み通り窓の確認にやってきた見張りだが、どうにも無口で人間味を感じ取れない。

 偽りの安心を此方から与えてあげる手法が通じるかどうかは、正直半々、といったところだろう。

 割れている窓を目視した見張りはすぐさまそこから中を見回し、入り口に戻って扉から中へと入っていった。


「出てきてからが重要だな」


 呟きながら、穴を開けた窓のある面に移動する。

 ちらりと様子を窺うと、一通り人間が隠れられそうな場所を探して異常がないことを確認した見張りが丁度扉から出るところだった。

 これから割れた窓の応急処置の為に、外に置いてあった板を取り付けるのだろう。

 なら、今しかない。


「ッ、せ、っと」


 窓のクレセント錠に手を掛けて開け、小屋の中に滑り込む。

 物音を立てないように、特に散乱したガラスの破片を踏みつけないように注意しつつ、窓からは死角になる位置に身体を隠した。

 すると予想通り窓が塞がれて、それまで差していた日光が入ってこなくなった。

 足音に耳を澄ませ、見張りが正面入り口に戻った後で、俺は家探しを始めた。


「よし、今のうちに」


 それらしい書類は、案外簡単に見つかった。

 ソファの前に設置されたローテーブルの上、飲みっぱなしのマグカップや開封済みのお菓子の袋などの近くに置いてあったバインダー。

 それを手に取り、綴じられた書類をぱらぱらとめくる。

 そこにあった、一枚の地図。


「ん? この点は、この小屋だよな……?」


 赤いペンでぐりぐりと書かれた点は、まず間違いなくこの小屋のことを指している。

 出発前、『化生會』本拠地で見せてもらった地図と記憶上で一致する。

 ならば、地図上に書き込まれたおびただしい数のバツ印は……?


「嫌な予感がするな」


 直感以外にバツ印について考察する情報がないため、俺は一旦地図をめくってその次の書類を見た。


「これって……表? 番号が振り分けられた項目にチェックが付けられてる」


 よく使われている表計算ソフトで作られたチェックリストらしきものが、複数枚に渡って印刷されている。

 軽く見たところ、全ての項目にチェックが付けられており、何らかの確認や作業が満了したのだろうと見て取れた。

 他にも幾つかバインダーには書類が纏められていたが、この時点で俺が小屋に侵入してから五分が経過している。


「流石に、そろそろ出るか」


 そうして俺は塞がれた板を内側から軽く押す。

 釘か何かで打ち付けられているわけではないのだろう、思いのほか軽く外れそうになったので、落下音を防ぐために氷の妖術で咄嗟に手と接着させた。

 開いた方の手で鍵を外して窓を開け、窓から身を乗り出して外の地面を目視する。

 風の妖術で優しく受け止める準備を済ませて、炎の妖術で手と板の間の氷を融解させた。

 無事に外れたのを確認して俺もすぐさま外へと滑り出し、バインダーを抱えたまま窓枠と板を元に戻してその場を去った。


「えっと、さっきの人は何処に」

「──」


 急いで森の中の広場から距離を取る俺の肩が、ちょんちょんと叩かれた。

 びくっと肩を震わせながら俺が其方を向くと、例の女性が立っていた。


「あ、ああ。仕事が終わったんで、デンザイから頼れって言われてるあなたを探してたんだ」

「! ──」


 凄い、と言わんばかりに手を叩こうとした女性だが、潜入がバレると拙いと気づいて思いとどまったようだ。

 そうして彼女は俺の肩に手を置き、再び一つ目で此方をじっと見て来る。

 つられて俺も覗き返すと、先程まで異様な程クリアに映っていた視界が急に元に戻った。


「ああ、かけてくれた妖術を解いてくれたのか。ありがとう」

「──」


 女性はサムズアップした右手で自分の胸を指し、左手で俺の腕を掴んだ。

 退却する時に頼ってくれ、と他ならぬデンザイから言われているので、特に抵抗することもなく付いて行った。

 数分後、俺たちは何の変哲もない森の端に辿り着いた。


「ここは……?」

「──」


 俺が問うと、女性の前髪がぞわぞわと浮き上がる。

 彼女の目が紫と青の中間の色に光ったかと思うと、眼前に鳥居が現れた。

 神聖な場所に繋がる鳥居が何にも繋がらない山の中にあるはずがないので、この鳥居は『化生會』本拠地まで連絡されているのだろう。


「ありがとう、早速デンザイに共有してくる」


 サムズアップする女性を背に、俺は鳥居に飛び込んだのだった。




<***>




 到着した『化生會』の本拠地。

 デンザイ含む三人が何処にいるか探したが、何故か屋敷の中には見当たらない。

 仕方がないので、初日に結んでおいたデンザイに念話で連絡を取った。


(デンザイ、今何処にいる? 一つ目の子から連絡があったかもしれないけど、潜入が終わった。急ぎ見せたい書類があるんだが)

(おお、早かったな! ()()たちもすぐ戻る、ちょっと待っててくれ)


 すぐ戻る、という宣言通り、デンザイたちは五分も経たないうちに屋敷へと戻ってきた。

 しかしその風貌は依然見た時とは違い、大きく胸を張り自身に満ち溢れていた。

 心なしか、肩に靡く羽織りも気迫を放っているようだ。


「待たせたな。ちいっとばかし野暮用を済ませてきたところでよ」

「いや、さっき着いたところだ。少々疲れたんで休ませてもらってた」

「おお、助かるぜ。それじゃさっそく見せてくれや」


 奥の間で腰を下ろしながら書類に目を通していた俺の対面に、デンザイがドカッと座る。

 屈んだ時に、ふと腰に見慣れない物体がくっついているのが見えた。


「ん? なあデンザイ、それなんだ? さっきまでそんなの付けてなかったろ」

「ん、ああ、これか」


 俺に言われて、デンザイが腰のベルトを撫でる。

 ベルトといっても衣類を繋ぎとめるためのモノではなく、ヒーローとしての資格を示すもの……平たく言えば変身ベルトだ。

 二本角の生えた鬼の顔面をモチーフにしただろうバックル部分は複雑な立体構造になっていて、そこにギミックがあるのだろうと見て取れた。


「こいつはな、おれの原点だ。トロンの御陰で、自分が本当に欲しかったのは、なりたかったのは何か思い出せたからな──礼を言うぜ」

「ありがとう? いや、でも俺はそんなに大したことしてないと思うが……」


 謙遜でもなく、本心からそう思う。

 俺がやったこと、やれたことはせいぜいがアドバイスくらいのもので、ただの最後の一押しに過ぎないだろう。

 デンザイが自分を見つめなおせたのはケーメリンやレットルなどの身近な存在や、重ねられたシンミの言葉の御陰だ。

 それになにより、デンザイ自身の強い意志がない限り、重圧に圧し潰されそうになりながらも原点に立ち返るなど、出来るはずがない。

 ……俺なんかより、デンザイの方がよほど強い精神の持ち主だ。


「まあ、でも」


 遜りすぎるのも却って印象が良くないかと思い、俺は付け加える。

 とはいえ、奏とやがて結ばれる相手に対して虚飾を告げる訳にもいかず、デンザイから感じ取れる雰囲気をそっくりそのまま口にした。


「デンザイ、いい顔になったよ」

「──へへッ」




<***>




「──ッ」


「あー? どうしたレッくん、ちょっと泣きそうじゃねーのー?」


「貴様ほどではない」


「あっちゃー、ばれてたかー……因みにレッくんの方はどーよ、悔しさってある?」


「無い訳が無かろう。私達は常に王と共にあった。少しでも初心を思い出してもらおうとこのマスク(贈り物)を付けていたのだがな」


「そこは俺もおんなじだな。このサングラス(贈り物)、新王が小さかった頃の仮免ライダーのグッズだったよなあ」


「その頃から新王を知る私達が、新王を立ち直らせることができれば、それが最も望ましかったのだが……」


「新王がしっかり二本の足で前向いて立ってくれりゃ、それに越したこたぁねえ。だろ?」


「そういうことだ」


「まったくだ──にしても、トロンの奴、なんか不思議な力でも持ってんのかねえ……」

ガヴ、いいですよね……

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