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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第四章 意思と望みと
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其の一四 旧王と新王

 その日は、随分と晴れた日だった。

 台風の影響でずっとぐずついていたのに、いきなり晴れ間が覗いたもんだから、よく覚えてる。

 ま、俺様の頭にその日がこびりついたのは、天気でもテレビの内容でも、ましてや朝飯でもなくて、そのあとの出来事のせいなんだけどよ。


「はぁ、はぁ」


 そんなわけで、足元が悪い中俺様はある人を探しに森に入っていた。

 昨晩は強い台風だったから、踏みしめる度に土は水気を漏らして沈み込み、靴に嫌な感触が残った。

 靴下にも染み込んでくるあの不快な感覚をおぼえながら、落ちている枝や葉を避けながら進んだ。


「えと、ここを」


 俺様はまだまだ弱かったが──いや、今もまだ未熟か──『化生會』ではそれなりに長くやっていた。

 裏手の森は目隠ししても歩けるくらいに馴染んでいたし、探し人が何処にいるかも何となく想像は付いてた。

 程なくして、探し人は見つかった……まあ、想像通り、森一番の巨木に背を預けて街を見てたよ。


「──見つけた、王様」

「? デンザイ」


 王様は、今でいう旧王。

 本当の名前? そんなの俺様も知らねえよ、物心ついた時から、王様は俺たちの王様だったんだ。

 めっぽう強くて、いつも俺様の憧れだった……だからこそ、俺様は自分が『新王』なんて呼ばれて、王様に『旧』なんて引っ付くのが気に食わねぇのさ。

 ああ、話が逸れたな。


「こんなところにいたのか、みんな探してるぞ」

「ああ」


 こんな感じで、素っ気ない返事が戻ってきた。

 確かに前の晩、王様はとんでもない敵と戦った、『化生會』も大層な被害を受けたもんだ。

 だから、疲れてこうなったと思うだろ? ところがな、王様はずうっとその調子なのさ。

 戦いの話、してもいいが……今は省くぜ、本筋じゃねぇ。


「? なんだ、何か見てんのか?」

「ああ……人を、見てた」


 ふうん、と鼻を鳴らした俺様は、王様の隣に腰を下ろした。

 確かに巨木は山のてっぺんにあって古都の様子が一望できる……今度行ってみるといいぜ、知る人ぞ知る、って奴だ。

 白くて長い、八つの束になった王様の髪が風にそよいで、時折俺様の視界にちらついたのがよく覚えてる。


「──」

「──」


 それから俺様達は、暫く街を眺めてた。

 え?

 ああ、そうだよ、探してるなんてのは嘘だ、ただ俺様が王様のことを心配だっただけだ。


「デンザイ」

「ん、なんだ王様」


 藪から棒に、隣の王様が俺様の名を呼んだ。


「デンザイに、『會』を託す」

「──は?」


 この言葉は、本当に一言一句全くこの通りだった。

 衝撃的過ぎて覚えてる、間違いねえ。

 脳の処理が追っつかない俺様のことはおかまいなしに、王様は続けたよ。


「もう、ぼくは必要ない。みんな頼りになる。ぼくはそろそろ行かなきゃ」

「は? なんだよ、それ」


 座っていられず、俺様は王様の正面に這って進んだ。

 真っ直ぐに目を見たけど、王様の目はいつも通り何考えてるかさっぱり分からなかった。


「行くって、どこにだよ」

「友達のところに。デンザイも知ってる、<座敷童>のあの子のところ」


 理由を問いただしたはいいけど、俺様も知ってる事情を話されると、引き下がるを得なかった。

 お、なんだ、<座敷童>に覚えが有んのか。

 その話、後でゆっくり聞かせてくれ──王様の手がかりになるかもしれねえからな。


「ま、まだ『化生會』の傷跡は癒えてねぇぞ。王様がアイツを倒してくれたけどよ、『會』の皆は傷を負ったままだ」

「大丈夫。すぐに強くなる」

「でもよ、『會』の体制はどうなんだよ。託すとか言ったって、まだまだ組織としちゃ粗削りもいいとこだろ。王様がいなくなったら、強さだってがた落ちだ、きっと舐められちまう」

「大丈夫。デンザイたちがいる。ケーメリンも、レットルも……タリロだっている。頼もしいみんなが」

「っ」


 そこまで言われちゃ、俺様だってメンツもある、尊敬する奴に褒められたら誇らしい気分になるもんだろ。

 だからよ、俺様はもう何も言えなかった。

 それを見たんだろうな、王様は瞼を下ろして俺の目の前から姿を消した。


「王様……」


 俺様は立ち上がることも追い掛けることも出来なくってよ、濡れた草を踏みしめる王様の後ろ姿を眺めることしかできなかったよ。

 あの時以来王様には会ってねえし、何処で何してるかも分かんねえままだ。

 ──ま、それは俺様の下らねえ感慨だから置いておく。

 曲がりなりにも新しい王を託された俺様だが、『化生會』中心メンバーの殆どはもう知っていてな、話は早かった。

 けど……そこからが問題だったわけだ。


「──デンザイ。ぼくたちはお前のことが嫌いなわけじゃない」

「でも、王がいなくなった『會』に残るのも違う」

「おまえのカリスマは……はっきり言って頼りがいがねえ」


 とまあ、こんな具合だ。

 当時は流石に堪えたぜ、日ノ本に『化生會』あり、とまで謳われた『化生會』が半分以下になっちまったんだからよ。

 俺様だって馬鹿じゃねえ、彼奴らの主張が尤もなことくらい、俺様が一番わかってた。

 王様と俺様とじゃ地力が違い過ぎる、何もかもが未熟な俺について来いなんてのが虫のいい話だってのも、言われずとも分かってたさ。

 だから俺様は、見返してやろうと頑張った。

 結果は悲惨なもんだったけどな。


「新王、設備の破損がひどい状況です、修繕しなければ──」

「本年度の新規加入者は十名です。前年から二割減少しています」

「地方の管理同盟からの同盟破棄の申し出が──」


 何をやろうとしても空回り、そもそも俺様に関わらせてさえくれねえ案件の方が多かった。

 恥ずかしい話だが『化生會』はどんどん小さくなっちまってな、今じゃ最盛期の二割から三割くれえの力しか残ってねえんだ。

 その数字を見る度に、人気が少なくなった本拠地を見る度に、『會』の為に走り回る度に、俺様は自分の力量不足を突き付けられる気分だった。

 何で辞めなかったのか、ってか。


「……俺様、ほんとにやってけんのか……?」

「大丈夫だ、新王。新王は今でもよくやっている、恥じることはない」

「応ともよ。それにな、新王にゃ俺たちもついてるぜ、大船に乗った気でいろい」

「弱音を吐くな、おまえがやつ(旧王)でないことくらい誰でも分かっている──その上で未だ『會』に残っている者のことを考えろ」

「ケーメリン、レットル、タリロ」


 言われたんだよ、こんなふうにな。

 折れかけてた俺様が今辛うじて新王を名乗れるのは、彼奴らの御陰だ──もちろん『化生會』全員の上で俺様は成り立ってるがな。

 でも、俺様が王として足りてねえのは事実。

 だから婚姻を結んで大人として一角の奴になろうって目論見もあったんだ、おまえには話しておかなきゃな。




 そうやって、俺様は王様……九王の背を追い続けてるってなわけだ




<***>


 白九尾:トロン




 一通り語り終えたデンザイが、ふう、と息を吐く。

 ところどころ質問しながら話を聞いていたが、状況は俺が想像していたよりもかなりひっ迫していたようだ。

 国内有数、海外にも名を轟かせた一大組織にしては見かける妖怪が少ないとは思っていたが、そういう事情があったとは。


「ちなみに、シンミやトイと出会ったのは俺様が新王になった後だ。今回みてえに向こうの探偵事務所の依頼を手伝ったのがきっかけだったな」

「そういう繋がりだったのか。シンミたちと知り合いになった経緯、ちょっと気になってたんだ」


 シンミたちが人探しの依頼をすんなり通せたのも、過去に似たような事例があったからだったのか。


「話は以上だ。小っせえ器にでっけえ任を与えられた、役者不足の空威張り……それが俺だよ」


 長く語って疲れたのか、総括として自分を評した後口を閉ざした。

 未熟な器に大きな責任というと、つい最近出会った琉球王国の王子を思い出す。


「これは、俺の友達の話なんだけど。次代の王になることを期待されそのように育てられながらも、本人は自信が無くて、責任を重く感じてたんだ。身近に自分より優れた奴がいたとも言ってたな」

「へえ。そいつぁまた……俺様によく似てるな」

「ああ。デンザイとはいい友達になれると思う。そいつと話したときにも、言ったことなんだけど」


 一呼吸おいて、俺は持論をデンザイにぶつける。


「デンザイは、何か夢はあるか? やりたいこと、行きたいところ、守りたいもの。なんでもいい、これだけは諦められない、っての」

「夢、か」


 漢字一文字、『夢』という単語をデンザイは何度も反芻する。


「夢がはっきりしてれば、ちょっと頑張れる気がしないか? 俺は奏を守ってずっと一緒に生きるのが夢だ。それは誰にも邪魔させない」

「奏と、か。そうか……俺は……」

「守る者がある奴は弱いなんて言うけど、それって逆に言えば手に入れたいものがある奴は強いってことだろ? 一番欲しいもの、これだけは掴み取りたいものがあれば、俺たちはどこまでも強くなれる──そう思えて来ないか?」


 俺と合っていた目線を俯かせ、デンザイは物思いに沈む。

 パッと出てこないのなら、今俺が詰めてもしょうがないな。


「デンザイなら、きっとそれは見つかる。それにな、さっきの話だと、タリロから言われたんだろ、『化生會』のみんなのことを考えろ、って」

「え、ああ」

「そう言われて『會』の為に奮起できるなら、デンザイはもう立派だって。さっき話した友達も、国を守りたいって決意した後は、すげえ爽やかな顔つきになってたぞ」


 デンザイはきっと、自分が一人じゃないことはもう分かっているんだろう。

 でも、誰かに頼るということを『弱さ』だと捉えているように思う──自分一人で全てを背負い込もうとしている。


「だからさ。まずは自分に素直になって、胸に手を当てて考えてみようぜ……自分にとって一番大事なのはなんなのか、ってな」

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