其の一五 俺、仲を深める。
三話同時更新です。
三分の二話目。
さて、シンミが機嫌を持ち直したところで。
いざ参らん、と、外へ出る。
.........疲れは半端ではないがな。
「トロってさ~、今すっごい疲れてるよね~」
「分かるか?」
「そりゃそうだよ~。あんだけのことをやったら、大抵の人はヘタるよ~」
察してくれるのはありがたい。
正直、さっきのをもう一回繰り返すのは、辛い。
.........言われてもやるけどさ。
そんな俺の心を読んだのか、シンミは優しく呟いた。
「大丈夫~、私はそんなに鬼じゃないよ~」
「まぁ、助かる」
「ってわけで、今からは妖術の時間ね~」
「ああ、分かった」
先程よりもいくらか優しい訓練が始まった。
.........と、思ったのだが。
正直、これがかなり難しい。
炎や氷と違い、ただ出す訳ではなさそうなのだ。
それに、方向や強さの調整が難しい。
.........こんなん無理やろ。
「これ、かなり難しくないか?」
「ま~、そ~かもね~」
「そんな、無責任な言い方して.........」
「え~、私は割と一瞬で出来たよ~?」
「くっ......才能の差が恨めしい......」
あ、ちなみにビズはもう居ない。
なんか、急に用事を思い出したらしく、帰って行った。
かなりありがたい存在だったよ。
お前の事は忘れない。
っと、余計なことを考える暇はない。
「くっ、ふっ、上手くいかないな......」
「基本何でもそうだけど~、やっぱ才能があって~、その上に努力を重ねるもんだからね~」
「全ては才能か」
「ん~、そ~ゆ~訳でもないんだな~、これが」
巫女姿の師匠は、腕を組んで、うんうんと唸っている。
.........ちゃんと考えてくれてるんだな。
そういうとこ、本当に感謝だ。
ぐるぐると同じところを回っていたかと思えば、シンミはいきなり顔を上げた。
「あ、じゃあ~、お手本、見せるよ~」
「は、手本? おい、どういうことか説明して.........」
「は~い、しっかり捕まっててね~」
「説明を求.........」
「はいは~い、行くよ~」
そう言うと、シンミは俺の頭を後ろから抱き抱えた。
ふにっ、と柔らかい感触が後頭部に広がる。
.........ふむ、悪くない。
「ご~、よ~ん、さ~ん、に~、い~ち.........」
「え、ちょっ、痛」
「ぜろ~!」
ぶぉぉぉぉぉぉぅぅぅ!!!
半端ではない音を立てながら、シンミは飛び上がった。
すごいな、こんなことも出来るのか。
いつか、俺も出来るようになるかな。
いやはや、恐れ入った。
と、考えている俺の右の頬を、なにかファサッとした何かが通り過ぎた。
なんだろう。
ふっ、と振り返る。
そこには、鳩の群れがいた。
綺麗だなー。
俺、動物は嫌いじゃないからなー。
...........................
.........じゃない!
呑気にしている場合じゃない!
俺も飛んでいる!
目下には、公園で遊ぶ子供、屋上で女子高生に土下座している中年男性などが見える。
いや、二つ目のは完全に事案が発生してるだろう。
やはり、飛んでいる。
それも、かなりの高さまで。
そうと気づくと、途端にとてつもない恐怖と尋常ではない不安感が俺を襲った。
「うおっ! やばいってこれやばいって!」
「あ~、余裕がなくなってきたね~」
「朗らかに言ってる場合では断じてない!」
「ふふ~ん♪」
「話を聞け~ぇ~ぇ~!」
旋回するな!
ただでさえ命綱がないのに、そんなことしたら一発でアウトだっ!
話してる間にも、シンミは悠々とした飛行を続ける。
「ね~、ね~、すごいでしょ~?」
「すごい! 確かにすごい! だから降ろしてくれ! 俺はまだ地に足つけていたい年頃なんだ!」
「ふっふ~ん」
やめろ!
俺を抱えたまま胸を張るな!
もう、今は色々といっぱいいっぱいだ!
そして降ろせ!
「そろそろいいかな~?」
「もしそれが俺への許可だとしたら、あと十分前に言い出して欲しかったな!」
[***]
というやり取りのあと。
結局二十分ほど飛び続けたシンミは、現在かなりヘタっている。
実はあの飛行、何かの法に違反していたらしい。
ヘリコプターで、機動隊らしき方々がこちらを追いかけていた。
その中に一人、ヘリから顔を出そうとする女性隊員がいたのだが、
「待ちなさい! 貴方達は、きっと私たちが捕まえるわー!」
あの時の女性機動隊員(みたいな人)は、鬼気迫るものがあった。
うむ、怖かった。
とまぁ、そういった人達から逃げる為、全力飛行をしたのだった。
もう二度としたくない経験だった。
ふと、応接間のソファに寝そべるシンミが顔を上げる。
「いや~、まさか《陰陽師》に追っかけられちゃうとはね~。反省反省」
「ああ、深くそうしてくれ。.........って、《陰陽師》?」
「そう言ったけど~? え、知らない~?」
「いや、知ってはいるけど、実際に見たことは無かったな」
「ま~、まだまだトロは新米だからね~」
「それはその通りなんだが」
ふむ、知らないのかと聞かれると、つい見栄を張るのが男だな。
全然分からん!
「あー、なるほどそーゆーことね、完全に理解したわ」
「なんだか全然分かってなさそーだね~。ま~、《陰陽師》なんてあんなもんだよ~。あれに比べたら、裏で活躍するような探偵社の方がかっこいいでしょ~?」
「ふむ、それは一理ある」
にしてもシンミ、あんた厨二臭いセリフだなそれは。
納得した俺も俺だけど。
「ま、そんなわけでさ~、良かったら見においでよ。ウチ」
「.........いや、悪い。それは無理だ」
「なんで~? 歓迎するよ~?」
「いや、今日はちょっと、な」
じり、じり、とはいよってくる大天狗様から目をそらし、俺は何とか切り抜けようとする。
言ったら馬鹿にされる光景がありありと頭に浮かぶからな!
「いや、な、って言われてもね~」
「そんなわけで、それはまた後日、機会がありましたら」
「いや、せめて事情を説明して欲しいな~、と」
「貴方様のご活躍をお祈り申し上げておりますー!」
「お祈りメール風に逃げられた! まあ、結んでるしいっか!」
叫ぶシンミを置いて、頭の真上を少しだけ通り過ぎた太陽を気にしつつ、俺は走り出した。
[***]
玄関が開いたのが分かった。
ガチャリ、と音がしたからだ。
この時間までどこに行ってたんだ!
とか、そういった親みたいな小言はぐっと飲み込む。
コンコン、と音がして、靴を脱いでいるのが分かる。
.........あれ、なんて言うんだろうな、女子高生なんかが履く革でできた靴みたいなやつ。
ソファー?
ローター?
聞いたことはある気がする。
リビングのドアが開いたのが分かった。
俺はリビングダイニングキッチンのキッチンにいたからだ。
入ってきた彼女は明かりを付ける。
「おかえり、奏。さぁ、料理を始めよう」
そう言い放ったのは、既にエプロンを装備した俺だ。
奏はキョトンとしている。
お前が言い出したんだろう。
俺は、買ってきたテーブルの上の材料を指さしながら言う。
「おいおい、忘れたのか? 今日は、俺が奏に料理を教えるって、約束だっただろう」
「そう、だけど、なんで?」
おいおい、ポツポツと喋られると、今日会った雪女を思い出すぞ。
少しずつ近寄ってくる奏に、さも当然というような態度で声をかける。
「なんでって、俺は今朝からこのつもりだったぞ?」
「.........わすれてなかったんだ.........」
「当たり前だろ。大切な人との約束は、死んでも破らないと定評のある俺だぞ」
「そんなのりゆうになってない」
「なってるさ。なぜなら、俺は奏が大切だからな」
なんてったって命の恩人だから。
感謝してもしきれない程だから。
それに、俺があの時思い浮かべたのは、奏の顔だったから。
これは後付けだけどな。
ふと奏を見ると、紅い顔で、下を向いている。
俺の買ってきた食材が気に入らなかったか?
買いに行こうと思ったら、金がないことに気がついて、井川さんに借りたんだぞ。
事情を話したら、少しだけ表情を緩めて、貸してくれたんだぞ。
ちなみに、一日家事手伝いをするって条件なんだぞ。
「あ、あの......」
奏がゴモゴモと口ごもる。
聞き取れないな。
「え? なんだって?」
顔を近づけて問うと、奏は息がかかりそうなほど近くによってきた。
そして、赤い頬のまま......
「あ、ありがとう」
と、小さく呟いた。
なので、
「ああ、どういたしまして」
と答える。
「じゃあ、手を洗わないとな」
「そうだね」
「料理の基本は清潔だぞ」
「しってる」
「.........これ俺必要なのか」
結局、丸々一時間ほどかけて完成した麻婆豆腐は、辛すぎて、昼のテレビの企画かよと思った。
あ、あと、食べ終わるのがすごく遅かったな。
大切な人との会話は、楽しいものだ。
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