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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第四章 意思と望みと
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其の四 魑魅魍魎の総本山

 不思議な膜のその先は、この世とは思えない景色が広がっていた。

 足元には薄く霧が立ち込め、木々に紛れて明かりの点いた灯篭が乱立する。

 至る所に何やら文字の書かれた短冊や提灯が提げられており、クオリティの高い肝試し会場のようだ。


「おし、んじゃ見失うなよ、進むぜぇ」

「お、おぉ」

「ほら、行こ、トロ」


 北米のガンマンのような目立つ格好をし、金色の髪を逆立たせるケーメリンだが、少し距離が空けば簡単に見えなくなってしまいそうだ。

 手を繋いだ奏にも促され、俺は一歩を踏み出して霧の中を泳ぐように歩く。


「そういえば、奏は『化生會』の本拠地には行ったことあるのか?」

「? ないよ」

「そうなのか? の割には強気だったような気がするんだが」

「だって、トロがいるじゃん」


 きょとん、と首を傾げて、何を当たり前のことを、と言わんばかりの奏の目を覗き込む。

 確かに、そこに疑いは何もない。

 信頼してくれるのは嬉しいが、俺は奏を守るという使命を忘れていない。

 気を引き締めていかねば。


「綿貫の嬢ちゃんと会ったのは、アレだ、貸し切ったパーティ会場だ」

「パーティ会場を貸切る、って。凄い資金力だな」

「ちいっと前まではそれでも回ってた、ってこったな。あと俺たちはそこそこ顔が利くんだよ」


 四本の足を器用に動かしつつ、ケーメリンは後の様子を窺いながら先に進む。

 というよりも、気になるのはケーメリンの態度の方だ。

 兜さんから『化生會』の状況と奏との婚姻の理由については聞いていたが、こうも明け透けに言ってしまうものなのか。


「近頃はあちこち物騒でなぁ。そういやおまえさんも、琉球王国で色々あったって聞いたぜ?」

「あぁ。国家転覆テロに巻き込まれたけど、友達に助けられてなんとか阻止したよ」

「おぉい何だよその面白れぇ話! 聞かせてくれ……って、言いてぇところだが」


 饒舌に口を回していたケーメリンが立ち止まる。

 恐らく着いたのだろう、霧に隠れていて直前まで気付かなかったが、いつしか目の前には大きな木製の扉が付いている。

 ケーメリンが、重厚で年季が入っていそうな門扉に手を掛ける。


「着いたんでな、話は後だ。おーい、俺だ俺、開けてくれ~」

「……」


 扉の向こうから声はしなかったが、閂を外す乾いた物音は聞こえてきた。

 やがて扉が開けられると、向こうに待っていたのはケーメリンと同じくらいの背丈の男性。


「……名を告げろ。それが掟だろう、常識だけでなく掟すら守れんのか貴様は」

「おいおい、レッくんなら言わなくても分かんだろ。時間の短縮と呼べよな」

「横着な奴め」


 男はトゲトゲした紫交じりの黒髪をてっぺんで束ね、全身をスーツに包んでいる。

 スーツと言ってもサラリーマンが着るようなものではなく、宇宙服のゆったりさとライダースーツのスタイリッシュさを折衷させたような不思議な見た目だ。

 口元を手拭いで覆い、その上にある刺すような目つきの瞳が、俺たちを射抜く。


「……で。吾奴らが客人か」

「そーそー。そんなわけだからよ、説教は後にしてくれや」

「いいだろう。業腹だがな──よく来た、名前を聞かせて貰おうか」


 レッくんと呼ばれた男は此方に歩み寄り、俺と奏の顔を交互に見る。


「初めまして、俺はトロン。〈白九尾〉の妖怪で、奏の契約妖怪だ」

「はじめまして、おにいさん。わたしは奏、綿貫奏」

「成程、貴様らが綿貫奏とトロンか。私はレットル、話は新王より聞いている。通行を許可する」

「固いねぇ、相変わらず……おし、んじゃ行くぜ。ここまで来たらあと一息だ」

「私も同行する。あぁ、この男から似た内容を聞いているだろうが、私にも新王にも敬称は不要だ。対等な立場であることを強調したいのだろう」


 玄関のような場所に辿り着いた俺たちは、靴箱に靴を仕舞わせてもらい、廊下を歩く。

 昼間に訪れた大舞台のような木張りの廊下の左右には襖が立ち並ぶ。

 外に立ち込めていた霧は全く入り込んでいないが、屋敷の中は時が止まったように静かで、俺たち以外の足音が聞こえない。

 前にケーメリンが、後ろにレットルが立つような並び方で進む一同の中、俺は奏に聞いた。


「なぁ奏。ケーメリンには会ったことあるみたいだけど、レットルには会ったことなかったのか?」

「うーん、見たことないかも。初めまして、だよね?」

「そうだ。私はあの手の会合は好かんのでな」


 そう言われると妙に納得する。

 社交的で明るい性格のケーメリンに比べると、レットルはどうにも神経質な印象を受ける。

 今の時点から判断すると、奏との面識がなくても頷ける。


「そういや、そこのトロンはサミハの嬢ちゃんと知り合いらしいぜ?」

「ほう、サミハと」


 その名前を耳にしたレットルが、マスクに隠した口で笑みを浮かべていた。

 ただ、それは目を細めて懐かしむようなものではなく、何処か敵意を感じられるものだった。


「サミハには稽古をつけて貰ってる。あれ程の使い手はそうそういないから、正直凄く助かってるよ」

「あれ程の使い手はいない、か。そうだろう、そうだろうな」


 これ以上つつくと拙そうだ、と判断した俺は、自分からサミハのことを口に出すのを控えることにした。

 ケーメリンはそれほど意に介していないようだったが、レットルは何か確執を持っているのだろうか。

 体重を掛けられてもそれほど軋まない廊下を歩み、綺麗な文様が描かれた襖を眺める。

 数分進んだところで、丁字路の突き当りに出た。


「さて、この襖の向こうに我らが新王が御待ちだぜ」

「我々も入室するが、新王の許可が下り次第離席する」

「はい。大丈夫です」


 代表して俺が答え、手を繋いだ奏がこくりと頷いた。

 それをサングラスで隠したはずの目で確認したのか、ケーメリンが二本の腕で二つの襖に手を掛ける。


「お客様をお連れした、入るぜ新王」

「おう。勿論入ってもらって構わん」

「だ、そうだ」


 小声で俺たちに言い、ケーメリンが勢いよく襖を開いた。

 襖の向こうには客間が広がっており、装飾は全体的に落ち着いている。

 盆栽や刀剣など、日本家屋の調度品としてよく想像されるものが違和感なく並べられていて、デザイナーの力量が窺える。


「おう、来たか。こっちへ寄れ」

「うん。行こ、トロ」

「あぁ」


 声の主は客間の奥、まるで将軍に謁見する部屋のように、一段高く拵えられた床に座っていた。

 肘置きに置いた腕で頬杖を突き、胡坐をかいて空いている手で扇子を持っている。

 波打つ赤い髪は床に付き、所謂極道の親父や頭のような、気迫溢れる和服を纏っていた。

 ……和服のセンスはビズよりもよっぽどまともで、少し安心する。


「まあ座れ、そこに座布団があるだろ」

「そこの奴か?」

「おうよ。こっちに上れ」


 一段高い床に置いてある座布団二枚を指さし、新王と呼ばれる男が手招きする。

 靴下で床を踏みしめて座布団の元へ向かい、俺と奏が腰掛ける。

 部屋の前方を向いていた新王も此方に向き直り、ケーメリンとレットルの二人は部屋の入口付近で立っている。


「さて、と。まずは挨拶からだ。俺様はデンザイ、<大嶽丸>だ。新王って呼んでくれてもいーぜ」

「しってると思うけど、わたしは綿貫奏。こっちはトロン」

「トロンだ。奏の契約妖怪をやってる。宜しく頼む」

「あぁ、よろしくな」


 デンザイは奏と俺に順番に握手する。

 威風堂々とした喋り方といい、俺様という一人称といい、随分と自分に自信がある妖怪のようだ。


「おう、奏に、トロン。宜しく頼むぜ。今日来てもらった理由だが、おまえたちこそ知ってるよな?」

「うん。わたしと、きみの結婚のはなしだよね?」

「おうよ。まぁ、正直な話何にも決まっちゃいねぇんだが……」


 話題の中心人物たる奏の方を向いて言う新王ことデンザイだったが、ちらり、と俺を見る。

 何を言いたいのかある程度察した俺は、自分から切り出すことにした。


「席を外すか?」

「あー、そうしてくれると正直助かるぜ。おまえが圧を掛けねぇとも限んねぇしな」


 おそらくデンザイは、俺が綿貫家の意向を奏に押し付けるための見張り役である可能性を危惧しているのだろう。

 奏の意思や俺たちの関係性を知らなければ、綿貫家の規模からしてそう思うのも不思議ではない。

 隣に座る奏が不安がっている様子もないし、この会談で奏が危機に晒される可能性は低いだろう。

 万が一のことがあれば、デンザイには奏を保護するに足る理由があるはずだ。


「言っておくけどな、おまえを信用してないわけじゃねぇぞ? 俺様も彼奴らを下がらせる」

「わかってる、無論大丈夫だ──あぁ、席を外すついでに一つだけいいか?」

「なんだ?」

「刀鍛冶の元へ案内してくれ。サミハにこういえば伝わると」

「ほう?」


 刀鍛冶、という単語を耳にした瞬間、デンザイのこめかみがぴくりと動いた。


「何をするつもりだ?」

「二、三質問をしたい。妖怪の歴史や性質に詳しいやつをサミハに聞いたところ、その妖怪が当てはまる、と」

「なるほどな。無論いいぞ──おい、おまえたち」

「はい」

「うぃー」


 入り口に立っていた二人が各々返事をして、襖を開ける。

 俺は奏に耳打ちしながら座布団を立った。


「大丈夫、何かあればすぐ駆けつける」

「ん。〈妖技場〉スカウトのときも、そうだったもんね」


 奏の信頼を有難く思い、俺は二人に案内されながら刀鍛冶の元へと向かうのだった。

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