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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第四章 意思と望みと
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其の一 旅路に就く

 機械的に繰り返される振動に揺られ、俺は低反発の座席に体重を預ける。

 琉球行きの時と似ているが、使っている交通手段も、周囲の人物たちも変化している。

 レバーを引いて回転させて後ろを向いた席に座っていた生徒が、窓に張り付き向こう側に食いつく。


「うおー! あれが富士山か!」

「うん。そうだ、富士山と言えばこの前授業でやったよね。確か竹取物語で──」

「いや、今それどーでもいいから! すぐ見えなくなっちゃうから、フカちんもほら!」


 窓の外に映った日の本一の山に熊崎君とつるちゃんの二人が釘付けになり、深瀬君もそれに引っ張られて外を見る。

 三人掛けの座席には窓から熊崎君、つるちゃん、深瀬君の三人が並んでいる状態だが、全員が窓に押しかけている。

 他方で、窓から俺を挟んだ位置に座る奏はそれほど強い関心を示していない。


「奏はいいのか?」

「うん。富士山は好きだけど、もうなんかいも見たから」

「あぁ、なるほど」


 確かに、綿貫グループの令嬢ともなれば、付き合いで新幹線には何度も乗って来ただろうし、その都度富士山は目にしただろう。

 表情の変化が大きくないこともあり、傍目にはテンションがあまり上がっていないように見える奏だが、流石に俺には分かる。


「それにしても、楽しそうだな」

「ふふ。ばれた?」

「あぁ。顔色も声音も、普段と全然違うしな」


 何と言うか、全体的に明るい雰囲気がする。

 修学旅行の目的はあくまで勉学であり遊びではない、と()()()にも書いてあったが、高校生がそれで意気消沈するはずもない。

 学友と共に地元を遠く離れて古都を巡るというイベントは、余りにも大きすぎる。


「──」

「ん? どうした三人とも」


 ふと対面の座席を見ると、何時の間にか三人は目線を窓の外から此方へと向けていた。

 もう富士山は見えなくなったのか、と俺が外を見るが、未だに青と白の巨大なシルエットは残ったまま。


「あー、その。ま、いいっす」

「? 何だよ熊崎君、気になることがあるなら言ってくれ」

「……じゃ、言うっすけど。トロさん凄くないっすか?」


 言わんとするところが何となくわかり、腕を組みながら思案する。


「んー……いや、分からないか? 逆に」

「いやぁわかんないっすよ。これでも半年くらいの付き合いなんすけど」

「奏っちは表情硬いから、熊ちんには分からんか~」

「あ?」

「ちょっと二人とも喧嘩しないで」


 いがみ合いかけた熊崎君とつるちゃんを深瀬君が制止する。

 半年程度の付き合いでは分からないのか、と却って新鮮に思うと同時に、俺は先日の奏の様子を振り返る。

 兜さんに呼ばれて向かった、綿貫家の本屋敷の一室での出来事だった。




<***>




 この部屋に来るのは久しぶりだった。

 何度か清掃で入った経験はあるのだが、綿貫家以外に所属するところが増えた結果、手伝いが出来る頻度も低下してしまっていた。

 質のいいソファに奏と並んで座り、対面の一人掛けの椅子に兜さんが座る。


「奏、少年。二人とも、よく来てくれた」

「ん」

「いえ」


 親と子、そしてその契約妖怪という比較的親密な間柄だが、兜さんの口調は極めて格式ばったものだ。

 ただ、これはいつも通りであり、普段の日常生活からこの口調であることは、屋敷での居候生活を通じて理解している。

 ……ただ、一つだけ気になる点があった。


「あの、兜さん、一つ聞いても良いでしょうか」

「何だ」

「なんか、ちょっと落ち込んでません?」


 普段纏っている覇気のようなものが、いくらか減退している。

 隣に座る奏も同じ感想を抱いたようで、こくこくと頷いた。

 兜さんが一つ溜息を吐く。


「はぁ……見抜かれるか。我輩の仮面も未だ未熟のようだ」

「いや、何となくだったんですけど。何かあったんですか?」

「いやなに、少年たちに言うまでもない話よ。例えるなら、そうさな……新作の甘味の発売日に店に出向いた時、日にちを一日間違えて未だ発売されていなかった時のような心境と考えてくれ」


 いやに具体的なたとえ話が出て来て、俺でも理解が及んだ。

 そこまで細かな指定をしてくれるのなら、いっそ例えではなく事情を説明してくれてもよいだろうに。

 いや、兜さんのことだ、そうしないのには何か理由があるのだろう。


「さて、二人に来てもらったのは他でもない、差し迫った修学旅行についてだ」

「え」


 奏が一音だけ口に出して、いや、口から漏らして、見るからに嫌そうな顔で引き攣った。

 うん、まあ、大体想像は付く。

 兜さんが、表情は一切崩すことなく、片手を奏に向けて弁明した。


「いや、違う。此度は我輩が奏に付いて行く、という話ではない。その役割は少年に託してある」

「ほんとぉ?」

「本当だ。今回二人を呼んだのは、修学旅行中、若しくはその前後に行ってもらう場所が出来たという事情を説明するためだ」

「行ってもらう場所?」


 今度は俺の方から兜さんに疑問符を投げた。

 一つ頷き、兜さんは手元の資料を机に広げた。


「『化生會』は知っているか?」

「いや……」

「あぁ」


 心当たりがなく首を傾げる俺とは対照的に、奏は合点がいったように首を縦に振った。

 隣の奏に問う。


「知ってるのか?」

「うん。まえに行ったことある。いろんな妖怪をとりまとめるところ」

「奏は何度か連れて行ったことがあったな。母さんがいたころ、本拠地のある古都へ調査や交流のためにな」


 なるほど、綿貫グループともなればそういうこともあるか。

 ──なんだか最近、綿貫グループに対して理解を諦めつつあるような自覚がある。


「それは、わかったけど。なんで?」

「当然の疑問だな」


 そこから兜さんは、今回の修学旅行で俺たちが『化生會』なるところへ赴く運びになったわけを話してくれた。

 まず『化生會』とは、日本全国の妖怪を取り纏める統治団体であり、妖怪犯罪を妖怪の側から防ぐ役割を持っていた。

 規則と罰則、そして庇護を与えることで、妖怪が非行へ走らないようにするのだとか。


「我々綿貫グループも、彼等との関係強化に踏み切りたい」


 夏に起こった琉球王国テロ事件をはじめ、世界各国で何やら不穏な動きを感じ取った兜さんは、妖怪のことなら妖怪に、ということで『化生會』とのコネクションを持とうとしている。

 元々奏の母親、郭蘭(カグラ)さんの世代である程度の交流はあったものの、その時点では有事の際の協力くらいしか決められていなかった。

 奏と俺の関係も落ち着いてきたところで、修学旅行で古都へ向かうのなら、ちょうどいい機会だろう、と判断したのだ。


「求めたいのは護衛の派遣と妖怪警備・統制体制の見直しだ。此方からは資金や技術を供与する」

「成程。双方にとって得のある取引、というわけですか」


 兜さんが頷く。

 聞く限り『化生會』の運営費は護衛業や会員の〈妖技場〉の興行収入の一部を使っているらしいが、それも万全とは言えないのだとか。

 日本どころか世界的な大財閥たる綿貫グループが手厚い支援をするとなれば、資金や技術面で断念していた事業にも取り組めるかもしれない。

 俺たちには態々言わなかったが、その()()()()()()()()に心当たりがあるからこそ、兜さんは今回の判断に踏み切ったのだろう。


「ん。わかった」

「いいのか、奏」

「いいもなにも、昔からこうだもん」


 奏の様子は至って平静、取り乱す様子など欠片もない。

 自分の欲求や希望を、家の都合で押しつぶされるのが当たり前の環境に居たのだろう。

 どこか悲しい気分になる俺だったが、兜さんの沈痛な面持ちが見えた。

 ならば、これは二人の間で解決すべき問題なのだろう。

 少なくとも、奏本人の意思を尊重して事を運ぶ必要がある。


「なぁ、奏」

「?」

「修学旅行と『化生會』の訪問が済んだら、俺たちだけで色々見て回ろう」

「! 行く!」


 俺も奏と一緒にこの世界を見て回りたいから、慰めというわけではない。

 ただ、何処か虚ろだった瞳に光が宿った様子は、凄くほっとする。


「──まだ、もう一つ。言わなければならんことが残っている」


 そこで、兜さんが差し込んだ。

 心苦しいが、と口にしなかったのはプライドの問題なのだろうが、態々聞かなくてもその心情は表情が物語っていた。


「もう一つの重要な話、それは」

()()、でしょ」

「え」


 思いもよらない単語が出て来たことに面食らう俺の対面で、兜さんが再び拳を握りしめ苦々しい顔をしていた。


「……そうか。奏は、そこまで」

「えっ、え?」

「だって、それ以外に今じゃないといけない理由がないもん」

「いや、待て。待ってくれ」


 両手の平を二人に向けた俺が、会話を制止した。

 何から聞いたものかと脳内で整理を行い、言葉を選ぶ。


「なんで縁談なんか組んだんですか。それ、要するに奏が結婚するってことじゃ」

「そうなるな。突然の話だ、少年が取り乱すのも無理はない」

「でも、奏はまだ高校生じゃないですか。それに、『化生會』が妖怪を取り締まるってことは、相手も妖怪なんですよね? それなのに結婚なんて」

「そうか、少年はまだその手の話は知らなかったか」


 説明不足だった、と独り言ちた後、兜さんが俺に詳しい説明を始めた。

 この国において女性の結婚が許される年齢は高校卒業くらいになるらしいが、今回の縁談は所謂許嫁というもので、その年齢に達したら婚姻を結ぶ、という取り決めだ。

 妖怪と人間の婚姻は近年法整備が進みつつあり、人間の規定はこの条件で、妖怪は『人間でいう成人レベルに人格・知能共に到達しているか』を計測する試験に合格する必要がある。


「そして、『化生會』の長がこの試験に合格したのが、つい先日というわけだ」

「むこうの条件がととのったから、いまのうちにふかい関係をもっておく、ってことでしょ」

「あぁ。その通りだ」

「そんな」


 色々と言いたいことが脳内に駆け巡るものの、俺が奏の意思を無視して文句を言うのは筋違いだ。

 兜さんと奏との間の溝と、その点では全く同じ。


「奏は、いいのか?」

「うーん。ヤじゃないよ。おかあさんもそんな感じで結婚したみたいだし」

「そ、っか」


 ならばもう、俺から言えることは何もない。

 どうあれ、何処までも奏の傍で、奏を守り続ける俺の道は変わらない。

 俺は何時までも、奏の選択を見守る並走者となろう。

本日あと一回、夜頃に更新予定です!

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