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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第四章 意思と望みと
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開幕 依頼

「アぁ……ヴぅ」


 うわ言を口にしながら、山野を一つの影が歩む。

 普通の安価な衣料品店で購入したズボンの裾は汚れ傷付き、ぼろぼろになりつつあった。

 半袖の上衣もまた埃がつき裾が破れ、晒された腕もまた細かな傷で溢れていた。


「ヴぁ……ヴぉ」


 影は瞼を上げているものの生気がなく、口はただ重力に任されるがままに開く。

 足取りにも力が感じ取れず、前進しろと何者かに命じられているよう。

 影の様子を、一本の木の枝に腰を下ろして見下ろす者が一人いた。


「おしおし。仕込みは順調っすね」


 枝の上で器用に胡坐をかき、男は手元のバインダーにある紙にチェックを入れる。

 金色の髪と耳につけられたアクセサリが、月光に煌めく。

 男は背から翼を生やし、その場から飛び立った。

 京の都、由緒ある寺院の数々を見下ろしながら、男はぺろりと舌なめずりをする。


「アレを手に入れるまで、もう少し、っすね──」




<***>




 白九尾:トロン


 琉球から帰還した俺は、比較的安定した日々を送っていた。

 無論それは、『宝石団』や探偵事務所の仕事をこなし、時たま〈妖技場〉に選手として出場し、綿貫邸の手伝いをする生活を指す。

 少々忙しいが、やりがいも人間関係も望ましく、苦に思ったことはない。

 そして今日もまた、探偵事務所に依頼が舞い込んできた。


「人探しですか」

「はい。私の契約妖怪が数日前から姿を見せなくなってしまって……」


 事務所の応接間、ソファに座った女子は湯気の立つ湯呑を前にしながら俯いた。

 対面する俺と西園寺一之助さんは、詳しく事情を聞いていく。


「なるほど。最後にその方……失礼、お名前をお聞きしても?」

「私の契約妖怪はトウシです。見た目は……あ、写真を出しますね」


 女子は膝の上に置いていた鞄の中から封筒を取り出し、その中身をテーブルの上に並べた。

 私と一之助さんが覗き込む。

 そこには目の前の女子と、一人の男が主に映っていた。


「トウシさんは、見たところ鬼のようですな」

「<茨木童子>って言ってました。その、私はあんまり詳しくないんですけど」


 肌の色が若干人間のそれとは異なっていたり、一本角が生えていたりしているところから推察していたが、なるほど、茨木童子。

 一条戻橋や羅生門などで語り継がれる鬼の妖怪だ。

 変身の能力も有しているのだったか。


「では、最後にトウシさんと会ったのは何時ですか?」

「三日くらい、前です」

「警察には相談に行ったんですか?」

「行きましたッ! 当たり前じゃないですかッ!」


 俺の質問に対し、女子は瞳に涙を浮かべながら答えた。

 そういえば、聞いたことがある。

 人の捜索願に対して、妖怪の捜索願は受理されにくい、と。

 人間に比べて生命力が強い妖怪が一人で出歩くのは珍しい話ではなく、未だ適切な形での法整備が追い付いていない、とか。


「すみませんでした、配慮の足りない発言でした。お忘れください」

「あ、いえ、その、私も取り乱してしまって……」


 互いに頭を下げ合い、空気が戻ったことを察した一之助さんが言った。


「最後にお聞きしますが、トウシさんの行き先に心当たりは?」

「すみません……」


 女子は謝りながら首を横に振った。

 自分の契約妖怪ならば当然()()()いるはずで、それなのに居場所が分からないとはどういうことなのだろう。

 不思議には感じたが、少なくとも嘘を吐いているようには見えない。


「私、ずっとトウシと一緒だったんです。何処かに行くときも、黙って行くなんて絶対になかったんです」

「……気持ちは、分かります」

「警察にも取り合ってもらえなくて、不安で不安で仕方なかったけど、奏ちゃんがここを教えてくれて」


 そう、女子がこの場にいるのは奏からの紹介である。

 俺が入っている組織について洗いざらい聞き出した奏は当然探偵事務所のことについても知っており、様子がおかしい女子に話しかけたところ、先述の状況が発覚したというわけだ。

 ……だが、正直手がかりが碌になく、既に失踪から三日が経っているとなればかなりの距離を移動している可能性も有る。

 どうするのだろう、と俺が横目で見ていると、一之助さんは穏やかに頷いた。


「ご安心ください、我々が責任を持ってトウシさんを見つけ出します」

「! じゃあ……」

「はい。その依頼、お引き受けしましょう」


 今にも泣き出しそうな女子は顔色を明るくし、何度も感謝の意を込めて頭を下げた。

 それから俺たちは、報酬や期限などの情報を詰めていき、一先ず女子には帰宅してもらう流れとなった。


「トロン君、ありがとうございました。奏さんのお知り合いという事で同席していただき」

「いえ、喫緊の用事もなかったので。それに、俺もこの場に居られて嬉しかったです」

「おや。随分気合が入った様子ですね」


 やはり一之助さんに隠し事は出来ないな。

 この方は《気配感知》の術を使う術使いであり、目の前の相手ともなれば心の内をある程度まで見抜ける。

 そんな一之助さんが言うように、俺は今少しばかり燃えていた。


「契約した相手と別たれる気持ち、俺にはよくわかりますから」

「──そうですね」


 一之助さんはよく知っているはずだ、奏が拉致されたときの俺の動転ぶりを。

 あの時の状況と完全に同じではないだろうが、それでも焦燥感と寝付けない感覚は未だによく覚えている。


「あの、お願いがあるんですけど」

「もとより私達は少数精鋭です。貴方にもきちんと働いてもらいますよ」

「! はい、ありがとうございます!」


 やはり一之助さんに隠し事はできない。

 望みを先んじて口にされた俺は、ソファに座りながら一之助さんに頭を下げた。

 穏やかで人当たりの良い笑顔を浮かべて、彼は俺の肩に手を置いた。


「頭を上げてください。私達は仲間でしょう?」

「っ、はい」

「それにですね。トロン君は近々、遠出する用事があるのですよね?」

「ですね。京都の方へ少し」

「ならば、貴方には其方で探してもらいますか。シンミとトイの二人にも声を掛けて──」


 そこで一之助さんは立ち上がり、老眼鏡をかけて書斎机に向かう。

 紙に今後の予定についての走り書きをする彼のペンの音は何とも規則的であり、細やかな配慮の出来る一之助さんの性格をよく表している。

 俺の出番はひとまず終わったようだ。


「では、俺はこのあたりで失礼します。資料は後で送っておいてください」

「えぇ、お疲れさまでした。引き留める積りではないのですが、何か用事が?」


 眼鏡越しに一之助さんが柔和な笑みを浮かべ、俺に質問を投げる。

 俺が先程言った、『喫緊の用事はない』という言葉を覚えていたのだろう。

 思えば、他の用事がない日、夕刻前に帰宅するのは随分久しぶりだ。


「はい。修学旅行の準備をしなければならないので」




<***>




 白九尾:トロン




 数日前に遡る。

 忙しくも短い琉球遠征から帰還し、奏の夏休みが終わって一か月が経った頃。

 夕飯の片づけをしている時に、奏が切り出した。


「そういえば、トロ。この日、ひま?」

「ん?」


 流し台でスポンジを握る俺に、奏がカレンダーを指さしながら言った。

 指先で楕円を描かれるカレンダー。

 見る限り平日を三日間指していると考えてよいだろう。


「その三日なら空いてるな。今の時点で予定はない」

「そっか。なら来れるね」

「? 何の話だ?」


 安心した、と胸を撫で下ろす奏に、今度は俺の方から疑問を飛ばす。

 言ってなかったか、といわんばかりのきょとんとした顔になった後、奏はスクールバッグから一枚の紙を取り出して俺に見せた。


「はい、これ」

「んー?」


 濡れた手で受け取るわけにもいかず、タオルで水気を取ってから奏の手に握られた紙を取った。

 学級だよりと題されたその紙の、タイトルすぐ下に書かれた文言をそのまま口に出す。


「修学旅行のお知らせ?」

「うん。京都と奈良にいくの」

「なるほど……それで、契約妖怪も付いて来るかどうか聞いてるわけだな」


 俺の確認に、奏が首を縦に振る。

 奏はまだ一年生だったはずだが、普通は一年生で修学旅行があるものなのか?

 という俺の疑念を読み取ったか、奏が説明を加えた。


「えっとね、うちの学校、ちょっとおもしろくて」


 話を聞く限りだと、奏の通う高校では一二年生それぞれに修学旅行的な催しがあるらしい。

 世間一般で考えられる修学旅行が一年生の方であり、二年生では自分たちで計画の大部分を担当するようだ。

 その計画のため、或いは一年生時点での人間関係構築のため、学校側が主導で行われるのが一年生の修学旅行なのだとか。

 まぁ、あんまり深く考えても仕方がない。


「そういうことか……ま、何にせよ楽しみだな」

「ね」


 京都の方へ行ったことはあまりない、が、寺社仏閣に興味はある。

 妖怪として生まれ直してからまともにそうした場所へ行ったのは、シンミがバイトで巫女として働いているあの神社位のものだ。

 ──下手したら、奏より俺の方が浮足立ってしまっているかもな。

お待たせしました、本日より更新再開です!

本日は、朝昼晩の3回更新を予定しております〜!

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