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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
番外章 彼の者らの居所
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其の一二

「キョォ」

「先程の鳴き声、貴様だろう?」


 私の言葉を理解できるのだろう、鵺が軽く喉を鳴らし頭を上下させた。

 ここまで動物然とした妖怪は随分久方振りに目にしたものだが、介在する妖力を利用しているのだろうか。

 成り立ち故か私はその術を使えないが、いずれ出来るようになるだろうか。

 鵺──名前を聞いておくのを失念していた──に一歩近付くが、警戒を解かない鵺は即応して一歩下がる。


「む。随分臆病な子なんじゃのぅ」

「そのようだ……聞いてほしい。私は貴様の仲間の元よりやってきた。『宝石団(ジュエリ)』と言えば分かるだろう」


 ジュエリ、という単語が私の口から飛び出してすぐ、鵺はぴくりと耳を震わせた。

 不安そうに首を下げ、怯え交じりに私を見遣る。

 雰囲気の変化を読み取った蘭が、慌てて両手を振る。


「キョゥ……」

「ん? いやいや、こやつはお主に何かしよう、等と考えておるわけではない。ただ、仲間の為にお主を見つけようとしておるだけじゃ」

「あぁ、この蘭の言う通りだ。怯えずとも構わない。貴様に危害は加えない、と神に誓おう」


 胸に手を当て、私は真っ直ぐに鵺の目を見つめる。

 目線は此方に向けたまま、鵺は少しずつ後退する。

 最悪逃げられても仕方がない、これ以上無理に刺激して攻撃される方が拙いと判断し、私はただ黙った。

 鵺に向けた目線は絶対に逸らさず、胸に置いた手も動かさない。


「──」


 と、鵺の動きがぴたりと止まった。

 我々二人を交互に見遣り、何事か思案するように目線を泳がせている。

 私の耳元に顔を寄せた蘭が呟いた。


「なぁエルよ。あやつ、お主のもう一押しが欲しいんじゃなかろうか?」

「一押し?」

「そうとも。何やら迷っているようじゃが、ここをすぐに離れないということは、お主に着いて行きたい心の方が大きいのじゃろう」


 内容はともかく、蘭が結論を出すために踏まえた情報については、私も気にかかっていた。

 逃げ出さず、かといって攻撃を仕掛ける訳でもないのなら、迷いが生じているのだろうと。


「……いや待て。貴様、何故鵺が私に注目していると?

 貴様の方を注視している可能性も有るだろう」

「ん~、ま、勘と言えば勘になるがの、それなりに確信もあるわい。拙の目は確かなのじゃ」

「何度聞いたか分からんな、その文句」


 軽口を叩きつつ、私に出来ることを考える。

 組織から逃げ出したという点で、私と鵺は同じ属性を持っている。

 その上で、私から言えることがあるのならば。


「……鵺よ、聞いてほしい」


 一歩だけ、ほんの一歩だけ前に進み、鵺に語り掛ける。

 鵺は動かず、私の動向をじっと探っている。


「私は貴様と同じだ。貴様もそれを感じたからこそ、先程の咆哮を上げたのではないか?」

「! キョォ!」


 驚いたのか、喜ばしいのか、鵺が目を見開いて声を上げた。

 どうやら私の見立ては当たったらしい。

 蘭の言葉を借りるなら、私の目もそれなりに確か……なのだろうか。


「──少しだけ、私の身の上の話をしよう。聞いてくれるか?」

「──」


 返事は声ではなく、頷きで示された。

 どこから話したものか、脳内で軽く情報を整理し、鵺に伝達する。


「私は昔、ある組織に入っていた。そこでは倫理に欠ける行いも為され、私自身鬱屈した気分だった」


 誰にも口にしたことのなかった、私の偽らざる心情。

 私もまた、似た者を目の前にして心を開きつつあるのだろう、と何処か他人事のように頭の片隅で考える。


「そんな調子では、生物としてあるべき行いなど出来るはずもなかった──解き放たれた今なら分かる」

「……キョオゥ」

「だから言わせてほしい。貴様の古巣は恵まれている。よい環境だ、私も身を置いて確信している」


 新しい居場所の『宝石団』のメンバーは、誰も彼も人の言い奴らばかりだ。

 唯一ルビーだけは気心が知れなかったが、それも出発の数日前に判明したところ、根は単純で争いを好む性格というだけだった。

 少なくとも、人の道から逸れた者が集まるような環境ではない。


「私の言いたいことはそれだけだ。一緒に戻ろう。皆も貴様を心配している」

「……」

「それでも嫌というのなら止めはしない。ただ、私の方から手を引っこめることは絶対にないと約束しよう」


 ……私は言葉を尽くした。

 これ以上言葉を重ねられる気がしないだけでなく、無駄な言葉を連ねても意味は無いだろうという予感もある。

 鵺がどう応えるか、固唾を呑んで私と蘭が見守る中。


「キョォ」


 鵺は、私の眼前まで近づいた。


「! 貴様──」

「キョォオオッ」


 気を許してくれたのだろうと思い喜んだのも束の間、鵺は大きく鳴いた。

 威嚇や恐怖を訴える際のソレではなく、必要故に挙げた声のようで、鵺の方から悪感情は感じ取れない。

 不思議に思った私のもとに蘭が寄った次の瞬間、我々の周囲を黒い煙が取り囲む。

 鵺からにじみ出る煙に不快感は覚えず、それどころか温かみすら醸し出されている。

 我々は抵抗することもなく、煙に視界を埋め尽くされていった。




<***>




 気付くと、雨音が耳に入っていた。

 全周を黒に覆われた視界の前方、ゆっくりと楕円形に窓が開く。

 窓といってもその枠組みは不明瞭。


「あれは、目、か?」

「のようじゃ。推測じゃが、これは鵺が見た景色を再演しておるのじゃろう」


 斜め下の方向から蘭の声がする所から察するに、同じ空間にいることは確かなようだ。

 蘭の推測が確かならば、この雨音は何時かの鵺が聞いたそれ。

 そして目の前の窓の光景は、何時か鵺が見たものだろう。

 代わり映えしない窓の向こうが、ある人物の声を契機に少し持ち上がった。


『──ぉ。──き、ぇ──?』

『……』


 記憶が曖昧なのか、それとも当時の鵺の聴覚がやられていたのか、我々に届く声はか細く、発言内容を聞き取れない。

 窓が持ち上がった方向には、傘をさす一人の男性が立っていた。


『……ぉわ、ボロボロでござるな……』

『……』


 ようやくまともに聞き取れた声だが、私はそれに覚えがあった。


「ん?」

「お、なんじゃお主、この男に見覚えがあるのか?」

「あぁ。この男はエメラルド。本名は知らんが、我々のメンバーの一員だ」

「なるほどのぅ。であれば、この記憶はお主らの組織との馴れ初めというわけじゃな」


 馴れ初めというと違和感を覚えるが、意味するところは間違っていないだろう。

 持ち上がった視線が、厚いゴーグル越しの目線に合う。


『ん〜……』

『──』

『〜〜〜、決めたでござる!』


 短くない時間逡巡したエメラルドが、意を決した様子で鵺を抱きかかえた。


「ん?」

「どうしたお主」

「いや、何か変じゃなかったか?」

「む。拙には分からんかったわい」


 しかし小さな引っ掛かりを確認する間もなくそこで窓は閉じ、また別の風景が映り始めた。

 次第に広がる視界には、無機質な壁面や椅子などが存在している。


『貴方、それがどういう事か理解しているの?』

『も、勿論でござる。拙者が責任持って面倒を見る故!』

『そうじゃないでしょう』


 普段通り冷静なアメジストの声に、これは分かる、と蘭が反応する。

 以前無線通信機で会話した時とは音質が異なるが、ある意味で冷徹なアメジストの声は特徴的だ。

 一方、会話相手であるエメラルドは狼狽しているように聞こえる。


『傷付いた命を助けたいと思うのは構わないわ。そういう優しさは貴方の美徳ですし』

『うぅ』

『けれど。だからといって、()()()()()()()よいはずがないでしょう!』

『ッ』


 珍しいアメジストの叱責に、エメラルドが肩を震わせる。

 叱責の内容から察せられるエメラルドの所業が具体的にどういうものであったか、私は気が付いてしまった。

 映像の中の壁面に備え付けられた鏡は、私達が庁舎の屋上で出会った鵺の姿よりも一回り小さいソレ。


「そういうことか」

「何が分かったのじゃ?」

「先程の違和感の正体だ。あの時エメラルドのゴーグルに映っていたのは、どう見てもただの狸だった」

「──なるほどのぅ」


 それだけで事態を理解した蘭が、腕を組み瞳を閉じて、思う所あり気に頷く。

 エメラルドは、全身傷だらけの狸──ただの動物ではなく妖怪の可能性も有るが──を生き長らえさせるためとはいえ、全く別の姿へと変貌させてしまったのだろう。

 行いの是非は私などが易々判決できるものではないが、仕方ないだろうとも思う。

 私自身が造られた存在故、そのような感覚を抱くのだろうか。


『命に手を加えるなんて、私達が受けた仕打ちと同じじゃない……!』

『それは、分かってござるが』

『なら、何故! 他にもやり方はあったでしょう!』


 見たこともないほどアメジストが感情を剥き出しにしている。

 受けた仕打ち、とやらがそれほどトラウマになっているのだろう。

 ヒステリックになりつつあるアメジストの前で、エメラルドは拳を握りしめて言った。


『──拙者は、いち技術者として、抱いている信条がござる』

『信条? そんなものが、今何の役に立つと』

『技術に貴賎なし! 技術者は、ただ用途とその後の振る舞いにて、技術を語るのみにござる……!』


 言葉遣いこそふざけているが、言葉は力強い。

 己の信念に疑う所が無く、真っ直ぐアメジストを見る目線を決して逸らさない。

 ──私は知っている、この覚悟を。

 あの日の狐の少年は、この目をしていた。


『故に、どうか。拙者を信じて任せてはくださらぬか!』

『……』


 覚悟を受け止めたアメジストが迷いを帯びた目を泳がせていると、窓の外、映っていない方向から別の声が届く。

 視界が動き、男の姿を映す。

 其処に居たのは、全身を迷彩柄の服に包んだ理知的な印象を与える男性……つまりルビーだった。


『そこまでにしておけ』

『ルビー、貴方』

『俺も思う所がないではない。ただ、そこのヤツを見てみろ』


 腕を組みつつ、ルビーが首で窓の方向を示す。

 つられてエメラルドも鵺を見遣る。


『嫌そうに見えるか?』

『……それは』

『ならいいだろ。エメラルドは腹に括った信念のまま動いて、ソイツは不満が無いどころか幸せそうと来た』

『確かに、それは、そうね』

『この話は其処で終いだ。早くしろ、俺の飯が冷めるだろうが』


 言い放ったルビーだったが、鵺が幸せそう、という内容自体は決めつけでもなんでもない。

 鵺の視界を共有している我々には、誰も彼も、何もかもが明るい色合いで見えているのだから。

 雨の中横たわっていた時の黒と白の世界とは、全く違う。


『……そうね。私も悪かったわ、意固地になったりして』

『いえ──拙者も、きちんと説明しなかったのは落ち度でござった』

『さ、それじゃご飯にしましょ。貴方も、ほら』


 アメジストは鵺の方へ手を伸ばし、自分が呼ばれたと思った鵺がその手の方へと駆けだす。

 そこで視界は、陽だまりの色に埋め尽くされた。


「……色々あったが、問題なく組織に入ったようだな」

「じゃな。ただ、態々拙らにこの光景を見せており、そもそも組織から脱走したという事は」

「あぁ──この先、何かがあると踏んで間違いないだろう」

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