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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
番外章 彼の者らの居所
174/255

其の一一

遅れてすみません〜!

 その晩、影は自らが寝床に定めた建物の屋上に何者かが現れていることを悟った。

 目にした記憶のない者たちが何やら拳を交えているようで、つい先ほどから血の匂いが風に乗って流れてきている。

 黒い煙に身を隠し、庁舎の屋上のポールの先端に器用に佇み、声を殺して観察に徹している。


「──」


 見ているうちに女が登場したが、影が気にしているのはその女が駆け寄った大柄の男。

 血反吐を吐く様が辛そうだとか、そこを気にしているのではない。

 何処か、自分と同じ匂いがする、と影は感じ取っていた。


「?」


 このような直感を覚えた記憶がなかった影は、胸中の違和感を明確に捉えられない。

 ただ、もしも勝つのなら鳥のような何かに乗る女より、友と一緒に立ち上がった男の方がいい、と漠然と思ったのだった。




<***>




「合力、合力。ふふ、吠えはるなぁ!」


 自身の周辺に浮かべた布の槍を散開させ、ソイグーンは扇の奥で微笑む。

 その様子は開戦時と殆ど変わらない、寧ろ本数は倍化しているというのに、負ける気がしない。


「行くぞ蘭。奴を打倒し、鵺を迎える!」

「応とも! ……とはいえ拙は動けん、お主の強化に専念するでな!」

「守りは任せておけ!」


 六人いる分身体のうちの二人を蘭の守護に回し、残りの四人でソイグーンの元へ駆ける。

 四人で陣形を組む感覚は、《群鬼召製》やGNOMEから任された鬼共の小隊を指揮する際の感覚に類似している。

 二人が側方を、一人が後方を警戒し、先導する一人が移動の指揮を執る。

 四方八方から訪れる槍の攻撃を捌きつつ、頭の半分近くは蘭を守る用途で埋め尽くす。


「──」

「……身動きの取れん拙が言うことではないがの。お主何も口にせんが、大丈夫じゃろうな?」

「──(こくり)」

「器用に頷くもんじゃのぅ! ぬはは!」


 背後から声が聞こえるが、意識を小隊指揮の一体に集中させている私はまともに言葉を発することは出来ない。

 持ち得る思考能力の半分は、ソイグーンを撃退するための手法を模索している。


(負ける気がしない、とは言ったが。具体的な方策は思いつかんな……)


 槍を捌きつつ、宙に浮かぶソイグーンに迫る方法を考える。

 ソイグーンは空中で大きく動いておらず、接近さえできれば一撃で突破できると思うのだが。


(攻撃の仕方が上手いな)


 二倍程に増えた槍はバラバラに動き、少しでも迎撃から意識が逸れればすぐさま私達に傷を負わせる。

 槍は速度・硬度ともに注意を払わねばならないレベルにあり、ソイグーンの対人戦闘経験が窺える。

 目の前の相手を確実に仕留めるために、檻のように槍の軌道を描かせて足止めに徹してくる。

 故に中々前進出来ないのだが、却って作戦立案に時間を割ける……という言い方も出来るかもしれない。

 相手が対人戦闘に長けているのなら、私は戦術面で勝負を仕掛けなければ……。


「──ふぅん」


 時間にして僅か一、二分ほどしか経っていないにも関わらず、ソイグーンが標的を切り替えてきた。

 蘭の方へと回していた攻撃の手を最低限に抑え、私へと向かわせる。

 背後から訪れた槍を、後方警備担当の私が弾く。


「くッ」

「ウチの知り合いも似たこと出来る人がおるんやけどなぁ」

「何の、話だ」


 嫌な予感を抱えつつ、発言の真意を問う。

 くすりと笑ったソイグーンが、扇を閉じて私達に向けた。


「あんたはん、()()()()()()()()()()やろ?」

「──」

「図星みたいやねぇ。ぜぇんぶ見てぜぇんぶ考えて、なんてちと驕ってはるんとちゃう?」


 何も言い返せることが無い。

 先程から五感に入る情報が数倍に跳ね上がっているというのに、思考に費やせる部分は全体の六割程度。

 分身体を増やせば増やすほど、手に入る情報に対する処理能力の割合が減少していく。

 正直に言えば、攻撃の比重を変更する前の段階で手いっぱいになりつつあった。


「エル、大丈夫か!?」

「問題、ない……! 彼奴の言う問題はある、が。増えた利点を生かさない手はない」

「その口振り──策が出来たのじゃな?」

「──(こくり)」

「わはは、返答も惜しいか! ならばやってみせい! 拙の力、全て預ける!」


 蘭が口を閉ざしたかと思うと、私に流れ込む力の奔流が一気に大きくなる。

 これならば、万が一にもソイグーンを撃退出来ないなどという事態は起きない。


「戦意がなくならへんのはおおいに結構やけど。ちぃっとばかし無理があるんとちゃうん?」

「何がだ」

「だってあんたはん、さっきからいっこも動けてへんやろ? てんやわんやなん、ウチから見ても一目瞭然なんよなぁ」


 これまた、ソイグーンの言葉は事実だ。

 分隊に仕向けられた槍の数が増えてからというもの、前進が途方もなく困難になっている。

 五体満足であろうとすれば、脚に襲い来る槍と胴に刺さろうとする槍の両方を弾き飛ばさねばならず、小隊を動かす余裕はない。

 じっくりと獲物を追い詰める手腕は、傭兵集団GNOMEの幹部たる師団長を任されているだけはある。

 だが、現場を見て来たのは私だ。

 その自負だけは譲れない。


「──」


 考えていた策を実行するタイミングを見て取り、私達は一歩を踏み出した。

 位置関係がズレていき、徐々に私達の肌を槍が掠め始める。

 ソイグーンとの距離が半分を切ったとき、私達小隊は一気に散開した。


「あら。広がらはった」

「貴様の手口は理解した。が、消耗戦に付き合う道理はない!」

「それもそやけど──」


 狙う的が一つの塊から四つに増えたことにより、十数本あった槍が一人当たり四本近くに減少する。

 蘭が駆けつけてくる前の戦況では十本ほどだった槍が半数以下になるのなら、強引に前進しても致命傷を受ける確率は低い。

 機動力を失わないよう、脚狙いの攻撃だけは避けつつ、身体を穿つ槍は甘んじて受け入れる。


「怖ぁい、怖い。ゾンビの群れみたいやねぇ」


 腹に、肩に、首に槍を喰らい、血を流しながら私達はそれぞれ駆ける。

 足並みを、呼吸を合わせて、私達はソイグーンの前方で扇状に広がり、同時に跳び上がった。

 単純な数と前方への跳躍により、十二単の女の退路を塞ぐ。

 どの方向に逃げたとて、私の拳は敵を穿つ。


「──くす」


 にこりと笑った女が、手持ちの扇を開いて、右から左へ手首を動かした。

 一拍遅れて、私達四体の視界が横揺れを起こす。

 そのうち一体が目線を下に向けると、そこでは別れを告げた自分の下半身が落下していた。


「ぁ」

「忘れたわけちゃうよな? ウチの布、でっかいのがもう一枚あったやろ?」

「──」


 物言わぬ骸となった四つの、否八つの肉塊が塵になって消える。

 空中には、先程蘭を両断せんとし、私達を切り払った布の剣が残心の構えを取っていた。

 付着した鮮やかな赤い液体も、徐々に消えていく。


「……でも、()()()()()()()のはおかしいよなぁ?」

「──ッ」


 私の目論見に気付いたソイグーンが、折り鶴の上で周囲に目を回す。

 気付いていないのならば多少時間を置いた方が効果的だろうが、気付かれているのなら却って時間をかければかける程不利になる。

 その上、一度見せれば二度は無い作戦故に、ここで決めきらねばならない。


「──スゥッ……フゥ」


 一つ深呼吸をし、脳内での最後のシミュレーションを済ませ、私は屋上の貯水タンクの陰から飛び出した。

 蘭の護衛役に回した分身は傷を負いながらもまだ稼働しており、その二体に大きな音を立てさせる。

 しかし、今のままでは私の姿がソイグーンの視界の隅に……


「ヒョオォオオオォォォーーーッッ……!」

「っ!? いまのは、アレの」


 留まる前に、庁舎の旗を揚げるポールの方角から轟いた咆哮に、十二単の女の意識が寄った。

 私も何事か分からないが、何にせよ千載一遇の機会が生まれたことに違いはない。

 一気に足を踏み込み、全身のバネを使って大きく跳躍した。


「オォッ!」

「ぐっ、本体はそこ」

「遅いッ!」


 視界に収められた状態で駆け引きをされたならともかく、この状況ならば空中でも剣を躱すのは容易い。

 一度見た剣筋の通りに布剣を走らせるソイグーンの技量は正直に言うと異常だが、却ってそれが読みやすい。

 横に薙ぐ布剣の刀身に手をつき、さらに一段階上昇。

 拳を握りしめた右腕を大きく振りかぶり、私は渾身の力を込めて振り抜いた。


「オォラァッ!」

「ぐっ! ……?」


 全身を解いた槍で覆い防御を固めたソイグーンが、来るはずの衝撃が来ないことに疑問符を浮かべた。

 そう、攻撃に回していた幾つもの小型の槍を防衛に回すことは想定済み。

 最初から、ソイグーン本体を攻撃する意思など欠片もない。


「堕ちろ……!」

「まさかッ」


 纏った布を展開させ、ソイグーンは自らの跨る折り鶴へと視線を向けた。

 支えを失って庁舎の屋上へ落下していく私の視線の先、宙に浮かぶ折り鶴は、右の翼が大きく欠損していた。


「貴様の妖術で操る布は全て対称性を持っていた。跨るものともなれば比重が崩れれば落ちるも定めだろう!」

「こンの、紛い物風情がぁ……ッ!」

「何とでも。好きなように言えばいい!」


 消える寸前の分身体二つに着地の補助をさせた私が庁舎屋上に立ったころ、ソイグーンはその場を離脱していた。

 これ以上の戦闘が困難になり、対象の鳴き声と言う情報も得たのだから、深追いする必要はない、という判断だろう。

 非常に合理的だ、私が現役の時代もそのように決断した。


「ふぅ……」

「エル、大丈夫か? 痛むところはないか?」

「あぁ。私本人は何も問題は無い。蘭も助かった」

「何! よいってことじゃ!」


 背中をばんばんと叩く蘭の無邪気さに、戦闘で溜まった疲れや緊張感が溶けていく。

 有難い限りだが、任務はもう少しだけ続く。


「さて……」

「──ヒョオオッ」


 掲揚ポールの上から跳び下り、此方に目線を向ける鵺と視線が鉢合う。

 これからは私の肉体や妖術を使った戦いではない。

 心と言葉を尽くす時間だ。

来週からはしばらくこの時間になるかと思います……

この章もあと少し、最後までお楽しみください!

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