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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
番外章 彼の者らの居所
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其の三

 私は心ばかりの荷物を持って階段を上がる。

 体格に比例した体重故に、階段の床板が偶に軋むものの、まぁおおよそ問題はない。

 飛んだり跳ねたりするわけではないのだ、歩ければいい。

 そして、受付で渡された鍵に刻んである番号の部屋の戸を開け、適当な場所に荷物を置いた。


「ふぅ……」

「うおー! うはー!」


 私に続いて入室した女が、二つ並んだベッドの片方に飛び込んで軋ませる。

 弾力に優れたマットレスを採用しているようで、女は掛布団の上でぐらぐら上下に揺れている。

 其方に向かい、私はもう片方のベッドの上に腰を下ろした。


「おい、蘭」

「何じゃ? あ! 拙のベッドはこっちじゃからな? どうしてもと言うなら譲ってやらんことも」

「それについては結構だ。元より寝台に拘りなどない。話は……先程の協力の件だ」


 意図して真面目な空気を作り切り出した私に対し、蘭はきょとんとした顔を向ける。


「んん? それは先程、お主の同僚の……ラメリア? とも話し合ったじゃろう?」

「それは、そうだが」

「互いの利害が一致し、故に手を取り合う。其処に何の問題がある?」


 そう、蘭の言い分は正しい。

 私は『宝石団』から脱走した鵺の行方を探り、可能ならば連れ帰って、それが不可能ならば悪しき者の手に落ちる前に処分したい。

 蘭は自らの論文のタネにするため、世界有数の神秘の移動経路を解き明かすべく、その鍵となりそうな生物を捕捉したい。

 追う対象が被り、互いの素性にも疑う所はない、とくれば手を組むのが道理だ。


「──それは、そうなんだが」


 なのに何故か、私の胸の内には言い知れぬ不安が渦巻いている。

 いや、言い知れぬ、と表現したのは間違いだろう。

 私はただ、誰かと手を取り合うのが怖いのだ。

 GNOMEで活動していた時に芽生えたソレは、所属を『宝石団』に変更したところで消え去ってはくれない。


「なぁエルよ。お主、少々考えすぎる癖があるな?」

「──そう、見えるか」

「応とも。要らぬ事ばかり考えて、自らの胸に問うという作業が後回しになっておる」

「痛いところを突くものだ」


 分かっている、分かっているのだ、それくらい。

 気に()()()()散らせてしまった部下の命も、既に失ってしまった同期たちのことも、過ぎてしまったことは最早どうしようもないというのに。

 それでも、考えずにはいられない。

 考えることは、私が私に成った確かな証の一つなのだから。


「よいよい。お主はそれでこそお主、じゃろう?」

「何故、それを」

「言ったはずじゃ、拙の見る目は確かじゃ、とな」

「……」

「兎も角、考える癖そのものは悪くない。自らの内に納得を生み出そうとする心の働きは至って自然なモノじゃ。じゃけどな、時には丸ごと飲み込むのが必要になるときもある」

「そう、か。そうかもな」


 私の胸の内には、蘭と言う一人の女への信頼が芽生え始めていた。

 この女の言うことならば、信じてもよいのではないかと。


「拙が言いたいのはそれだけじゃ。無理して拙を信用しろとは言わぬ。じゃが、お主を拙は信用しておる。それだけは努々忘れぬように」

「胆に銘じよう──ところで、腹が減ったな?」

「! おぉ、なんじゃなんじゃ、お主もやはり生き物よな! 何を食う何を食う!?」


 空腹とは思えないほど元気に溢れた蘭がベッドを揺らして跳び上がる。

 着地してすぐ、貴重品を入れた鞄を手に持って扉に手を掛けている。

 その率直さが羨ましいと思いつつ、私は微笑んでベッドから腰を上げた。




<***>




 フロントに預けていた鍵を受け取って、私と蘭は部屋に入る。

 扉を開けて滑り込んだ蘭は再びベッドに直行するが、腹に何も入っていなかった最初とは異なり飛び込んだりはしない。

 洗面台の石鹸で手を洗った私は、ショルダーバッグを下ろして上着を脱ぐ。


「いや~、食った食った! 本当なら空港降りて直ぐ飯の予定だったんじゃが、ああいう邪魔が入ってしまってはのぉ」

「確かに美味かったな。土地勘がなく店は知らなかったが、味付けが濃すぎず丁度良かった」

「じゃろぉ? やはりプロイーゼに来たならヴルストを食わねばな!」


 私達がいるのは欧州の北東に位置する国家の一つ、プロイーゼ。

 プロイーゼは開墾の果てに生まれた国家であり、その過程で豚の食肉が発展、保存や携行の観点からヴルストなどの加工肉が親しまれてきた。

 現在はそのグルメを目当てに観光に訪れるものが少なくない、らしい。

 あくまで空港に置かれていたパンフレットや事前に聞いていた話を組み合わせた推測に過ぎないが。


「ふぅ……さて、では情報交換を行おう」

「うん? 情報交換?」

「あぁ。追っている対象は一つなのだ、互いに知っている特徴を教え合えば、今後の方針も立つだろう」

「道理じゃな。さて、それじゃあ何か書くもの、書くもの……」


 筆記具を探し、蘭が周辺を見渡す。

 そういえば、とふと思い出した私は、テレビ台に置いてあったメモ帳とペンを手に取って、二つのベッドの間にある台の上に置く。


「お。気が利くのぉエル。さてさて、それじゃまずは外見の話からじゃな」

「それについては、写真がある。少々待て」


 追っている鵺は『宝石団』の仲間だった経歴があるため、一つや二つでは収まらない量の写真が秘蔵されていた。

 そのうちの一枚、他の誰も写っていない写真を折りたたみ、私は手帳に挟んで持参してきたのだった。

 私が出した写真を覗き込み、蘭が唸る。


「ほほぉ、どれどれ……うぅむ、確かにこれは鵺、じゃな」

「そうだ。猿の顔、胴は虎で脚は狸、そして蛇の尾。様々な生物の外見を取り込んだ見た目の生物だ」


 写真の中の虎の胴体は細身でありつつ筋肉質で、狸の脚はあらゆる環境に対する踏破可能性を露わにしている。

 蛇の尾は怪しくうねり、他方で猿の顔は満面の笑みを浮かべていた。

 ──そういえば、不思議なことにこの写真以外、同じ表情で誰かしらのメンバーと一緒に写った写真以外存在しなかった。


「うぅむ、伝承で遺った文献で目にしたことはあったが、こうも見事な毛並みであったか! いやはやこれはまた見事、見つけ出した暁には撫でまわしたくなるのぉ!」

「怖くないのか?」

「何を怖がることがあろう? 拙の目は正しいのじゃ、こやつは他者との関わりを心から欲しているような、赤子のような初々しさを感じるぞ」

「……そうか」


 私は、この鵺がどのような経緯で『宝石団』に所属することになったのか知っている。

 事情を聞かされたうえで、私が派遣されたことに意義を感じている。

 故に、蘭の言葉は向けられた鵺ではなく、私の胸の内に深く響いていた。


「うむ、外見についてはよう分かった。拙はそれほど情報を掴んでおった訳ではなかったのでな、助かったわい」

「それは何よりだ。では続いて、この鵺が何処にいるか、という話だが……私の持つ探知機ではプロイーゼにいることまでしか分からぬ。何時までプロイーゼに留まるか、そしてどの地点にいるかまでは」

「おぉ、それじゃったら拙にも少しは分かるぞ。しばし待っておれ~」


 鼻歌を歌いつつ、蘭はベッドから跳び下りてキャリーケースのジッパーを空ける。

 乱雑に詰め込まれた荷物の中から、折り畳まれた紙が一枚取り出される。


「それは……地図か」

「応とも。世界地図に、不審な生命体の目撃情報のあった地点を記録したものじゃ。要するに、鵺の行動図という訳じゃな」

「凄いな……」

「んん? いやいや、これくらい当たり前じゃろうて」


 蘭にとっては余りにも当然のことなのだろう、眉を顰めて首を傾げている。

 その手が机に広げた地図の上の点は数え切れないほど多く、殆ど線を結んでいる。

 フィールドワーク派、ということはこの大部分の情報を自ら歩いて蒐集したということになるが、それは途方もない労力と精神力と時間を要する偉業だろう。

 南方からプロイーゼに向かう点線は、国境付近で途切れていた。


「成程、目撃情報の線を辿った結果、蘭はプロイーゼに入国することになったと」

「左様。流石にプロイーゼの何処に居るかまではさっぱり分からんが、そこはまあ地道に聞き込みをするとしよう」

「それが無難だな。では、何処から情報を集める? 近場から巡るか?」

「それなのじゃが、少々思う所があっての」


 蘭は手に取ったペンをくるくると回し、私が置いたメモ帳の上一枚を取る。

 紙の上にペンを滑らせ、幾つか大きさの異なる立方体を書き上げる。


「実は、拙が集めた目撃情報にはある法則があっての」

「法則?」

「そうじゃ。どれもこれも、街一番の大きな建物の屋上に佇む姿を見た、というものなのじゃ」

「ふむ……それは、鵺が合理的に選択した結果なのか?」

「恐らくな。これを見ろ」


 今度は蘭が懐から写真を取り出した。

 写真には、朧げに樹木のような何かが写っている。

 何処かで見たような記憶がないではないが、それが何処で見た記憶なのかまではさっぱり思い出せない。


「これは……?」

「この樹は界穴樹(かいけつじゅ)と呼ばれておる。説明は省くが、拙が追っているのがこの樹木よ」

「確か、この樹木の移動経路と同じように動いているのが、鵺だったか?」

「然り。二者の行動が偶然の一致を示していないのであれば、宙に浮く界穴樹を追う鵺が高所を目指すのは道理であろう?」


 私にも十分に理解できる理由を示された。

 既にある情報と、未だ仮定に過ぎない推論を組み合わせて、その推論から導き出される結論を証明することで確定事項にする。

 私の胸の下あたりまでしかない背丈や口調など、変な人物だと思わせる要素が多すぎて忘れかけるが、蘭は一角の研究者なのだ。


「承知した。この周辺で最も高い建物と言えば……庁舎か」

「うむ。明日は庁舎周辺を重点的に聞き込みしてみるとしよう。では、拙はもう眠る」

「おい待て、着替えや風呂を済ませろ。私の主が不潔など、断じて許さん」

「──お主の方が母親らしいような……」

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