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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第三章 弱さと憧れと
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其の余暇

<>(^・.・^)<箸休め〜

 太陽は頂点から下り、炎天もやや和らいできたころ。

 俺たちの水遊びは佳境を迎えつつあった。


「はっ、とお!」

「うおっぷ」


 何時の間にか奏が仕入れていた水着を纏った俺は、渡された水鉄砲を手にして浜を走る。

 全力で走るのはもう無理であり、身体の制動も万全とは行かない状態だからこそ、普通の人間である奏やつるちゃんたちと同じ土俵に立てている。


「ほらほら、おにーさん待て待て!」

「トロ、まって!」

「奏っちも言ってますよぉ!」

「流石の俺もゲームは真剣にやるっての!」


 俺を追い掛けてきているのは、奏とつるちゃんの二人だけ。

 それ以外のペアは既に奏とつるちゃんのペアと俺が撃破していて、外野から歓声を飛ばしながら観戦している。

 水遊び──つるちゃん曰く(ウォーター)(バトル)(ロワイヤル)──のルールは至って単純、支給された水鉄砲のみを使って撃ちあい、三回誰かの攻撃に当たったら敗退、というもの。

 ……先程言ったように身体能力は同じ土俵に立っているが、持たされている武器の差は著しい。


「どりゃー!」

「あっぶねぇ!」


 俺はカラフルな半透明のプラスチックでできたハンドガン型の水鉄砲を渡されているのだが、俺を追う二人はその限りではない。

 方や背中に大量の水風船が仕込まれた袋を背負い、投げた傍から腰に提げた容れ物から新たな水風船を作り出す。

 方や身体側面で抱えるようにしてガトリングがんを持ち、一度給水したら怒涛の勢いでハンドルを回して俺を狙う。


「くっそ、性能差があり過ぎる」

「そんな泣き言言うなんておにーさんらしくないっすよ!」

「トロ~」

「事実だろ! あとつるちゃん銃器の扱い慣れてないか!?」

「あぁ、親父にハワイでちょっとだけっす!」

「名探偵じゃねぇんだから! ガトリングの扱い学ばせる父親って何だよ!」


 逃げてばかりじゃ埒が明かないのは分かってるんだが、かといって有効な手段も思いつかない。

 いくら真剣とはいえ妖術を使うのは反則で興ざめだ、なんとかできないものか。

 俺の被弾回数はまだゼロ回、二回までなら攻撃を喰らっても問題ないはずだ。

 決心した俺はくるりと反転し、一変して給水中のつるちゃんと奏の元へ駆ける。

 外野のどよめきで、二人も俺が方針を転換したことに気付いたようだ。


「えっ、ちょっ、おにーさん!?」

「っ、ごめん、つるちゃん」

「奏っちィ!? あわ、あわわわ」

「遅いッ!」


 一拍早く気付いた奏が、自分より背丈が大きく得物も大きなつるちゃんの背中に隠れた。

 脚に力は入らないが、それでも慌てたつるちゃんのふらふらな弾を躱すくらいならなんとかなる。

 一気に距離を詰めて、二人の武器を叩き落とす。

 そうして奪った水風船で止めを刺す!


「そこっ、ガラ空きだな!」

「ぴゃっ!」

「よっしゃ、三回目!」


 つるちゃんを撃破するために一回被弾してしまったが、奏との一対一であと一回は攻撃を耐えられる。

 敗退した選手はすぐさまその場から消えるのは不可能なので、未だ俺と奏の間にはつるちゃんが挟まっている状態だ。


「あとは奏!」

「っ、きたね、トロ」


 奏はゲーム中で一回も被弾しておらず、俺は最低限の被弾で仕留めねばならない。

 しかし奏も黙ってやられる訳ではなく、背負った鞄から次々に水風船を投擲してくる。


「てい、ていっ」

「なんっ、うおっ」


 動き自体は緩慢で、〈妖技場〉で見て来た選手たちに比べれば俊敏さに欠ける。

 けれども水風船は一発一発の範囲が広い、そこに培われた俺への理解が加われば、全て避け切るのは困難だ。


「ぅ、みゃっ」

「うわっ、けど、これで……!」


 俺から奏に二回、奏から俺に一回当てた段階で、俺たちの距離は極限まで詰まる。

 最後の最後は、絶対に外さないように、ゼロ距離で、ハンドガン型水鉄砲を奏のおでこに押し当てた。

 で、ばしゃっ。

 ……ばしゃっ?


「はぇ?」

「ふふ、さんかいめ、だね」


 俺が引き金を引くまでの一瞬の間に、俺の頭上に冷たい水気が爆発した。

 髪の毛や額を伝って頬まで水滴が辿り着くと、俺はようやく頭に水風船をぶつけられたことに気が付いた。

 何時の間に……?


「あ、そっか。つるちゃんの陰に隠れてた時に」

「ぶい」


 驚きに目を見開く俺の目の前で、奏は誇らしげに胸を張って指でVサインを作る。

 俺がつるちゃんを仕留めるのに集中しているうちに、奏は水風船をいくつか頭上に投げておいたのだ。

 時間差で落下してきたそれを誤魔化すように、つるちゃんが敗退した後も奏は水風船を投げ続け、攻撃を密度を上げる。

 そうして最後に落下してきた一個が、俺の脳天で炸裂した、というわけだ。


「──敵わないな、奏には」

「トロも。かっこよかったよ。ちょっとだけ怖かったけど」

「いつもは奏の敵に()()だからそこは安心してくれ……っと。みんなが呼んでるぞ」


 大盛り上がりのギャラリーたちの所へ、奏が手を振りながら歩いて行く。

 その三歩程遅れて、俺も着いて行く。

 ……今までで一番、楽しくて恐ろしい戦いだった。




<***>




 少し日が傾き始め、誰もが空腹に耐えきれなくなってきた。

 つるちゃんと仲良さげに話している体育会系の男の子は、餌をぶら下げれば飛びつきそうなほどに空腹な様子。

 正直な話、俺も朝食と昼食をほとんど腹に入れていないのでそろそろ限界が近い。

 W・B・Rこと水鉄砲合戦が終わってすぐに始めていたBBQが焼きあがる。


「みんな、焼けたよ~」

「食べたい人は早く来てねーっ」

「うおぉおお! 待ちきれねー!」

「あっ、ちょっと啓太君っ」


 チェアでぐったりしていた熊崎圭太と名乗る男子は、率先して食事の準備をしていた奏とつるちゃんの報告を受けて飛び起きる。

 設営に仕込み、食材の切り分けには参加していたのだが、ある程度力が必要そうな作業が終わったら深瀬君と一緒に横になっていた。


「うお……美味そう、ありがとうな二人とも」

「いえいえ~、普段奏っちの話聞いて、アタシも料理興味持っちゃって!」

「そんなに話してるのか?」

「……?」


 そうでもなさそうな素振りで、トングを持った奏が首を傾げる。

 あれ?


「そんなことはなした?」

「あ~、奏っち、トロンさんの話はよくするじゃない? で、そこでよく料理の話が出るんすよ」

「そういうことか」


 合点は行ったが、それ余計に恥ずかしくないか?

 むず痒い気分の俺の隣で、皿に焼けた野菜を取っていく奏は納得がいった、という顔をするだけ。


「ぶっちゃけやったのは切って焼くだけで料理なんて言えないっすけどね~」

「むぐ、料理なんて大体そんなもんじゃないか? 切って焼ければ大抵の料理が出来ると思うぞ」

「そー言って貰えると有難いっす。それでもエプロン姿の奏っち見れただけで満足っすよ! プレミアもんっすよこれ!」

「──! 言われてみれば……!」


 考えてみれば、可愛らしい少女がエプロンを付けて料理をする姿なんて、同年代の男子からすれば喉から手を出るほど羨ましいだろう。

 慣れというのは本当に恐ろしい。

 ってか身に付けているモノ自体、俺と奏が一緒に選んだエプロンっていうのは、途方もなく凄い状況じゃないか?


「あむ。うまい」

「確かにな。外で食うだけで全然違う」


 奏が頬を膨らませて食べる肉はA5ランクの最高級黒毛和牛。

 俺はともかく奏の同級生の皆も食べたことが無く、奏本人も普段はスーパーで買い物して自炊する生活をするため、頻繁に食べているわけではない。

 だから誰にとってもご馳走で、つるちゃんがW・B・Rこと水鉄砲合戦の景品にしたのだが、勝利したチームの奏はせっかくならみんなで食べたほうがおいしい、と全員に譲る形にした。


「うっめぇ! 柔らけー!」

「綿貫さん、これほんと美味しいよ!」

「やっぱり優しぃねぇ奏っちは」

「確かに美味いな、柔らかいってのもその通りだ」


 口に入れた瞬間に解ける。

 高級肉という事で特に何のタレも付けずにそのまま食べたのだが、正直正解だと思う。

 良くも悪くも市販のタレは味が強すぎて、まるで強めの彼氏のように肉を俺色に染め上げてしまう。

 それも悪くはないんだけど……偶には素材の味、って奴に舌鼓を打つのも人間としての質を上げるのに大事だろう。


「うめぇ! うめぇ!」

「も~熊君、ちゃんと野菜も食べなよ~」

「いーだろ鶴、母さんみてぇなこと言うなって」

「なんだと~!」


 つるちゃんと熊崎君は頻繁にちょっかいを掛けあっていて、仲の良さがうかがい知れる。

 奏と深瀬君と共に顔を近付ける。


「なぁ、もしかしてあの二人って」

「いや、具体的にどうこうってわけじゃないみたいですよ、本人曰く」

「ふしぎだよねぇ。ふたりとも素直じゃないから」


 なるほどな、クラスメイトの二人から見てそういう関係性な訳か。

 ……一番楽しい時期じゃないか?




<***>




 腹ペコだった一同も、随分多くの肉や野菜を食べて満腹になった。

 日も沈み、波打つ潮の音が耳に心地いい。


「は~い、それじゃ花火やるよ~」

「待ってましたぁ!」

「ちょっ、僕の分も残しといてよ?」


 三人は水入りバケツを手にして、袋入りの手持ち花火を開封する。

 波打ち際で火花を散らし、楽し気にはしゃいでいる。


「ゴミは集めとけよー」

「ふふ、みんなたのしそう」


 一方の俺と奏は少々食べ過ぎてしまったので、腹ごなしがてらグリルの片づけを買って出た。

 ベランダ近くの洗い場で、洗剤を染み込ませたスポンジを握って水を流す。

 二人いれば、直ぐに終わるだろう。

 疲れと満腹感で言葉を交わすことはなかったが、それでも俺と奏との間に緊張感は微塵もない。


「──トロ、さ」


 と、奏が俺を呼ぶ。

 此方に顔を向けてはおらず、俺もそれに倣って作業をする手を止めずに応えた。


「何だ?」

「こわくなかったの?」

「そりゃ怖かった。俺だって普通の妖怪だしな」


 何のことについて言っているのかははっきりしなかったが、全てを内包していると見てよいだろう。

 確かに、恐怖はずっと俺の頭に纏わりついていた。

 何度「もう止めよう」と思ったか、覚えてすらいない。


「でもさ、それ以上に引けない理由が重かった」

「りゆう?」

「俺が早く動かなかったのが今回の事件の原因だし、此処は尊敬できる友達の国だしな」


 けど、其れの何に比べても大事な理由がある。


「一番大きな理由は、奏がいたからだな」

「……そっか」

「奏を守るって決めたからな、ここで引いたら悔いになるし……」


 口にはしなかったが、目の前の脅威よりも何倍も恐ろしいものがあった。

 ──奏がいなくなったとしたら、俺は何のために生きたらいいか分からなくなる。

 それが、たまらなく、怖い。


「でもさ、トロ」

「うん?」

「わたしもさ、こわかった。何もできなくって。トロがどこか行っちゃいんじゃないか、って」


 奏の手が止まる。

 俺も思わず、奏の顔を覗き見る。


「こわくて、こわくって……なんかいも、声が出なくなりそうで」

「そっか、ごめんな。奏も俺と同じだったんだな」

「うん」


 俺は奏を信じているし、奏からも信じてもらっていると自負している。

 けれど、どうしたって不安は消えないし、傍に居なければ何が起きてるかも事細かには分からない。

 これまでは奏を助けるために戦ったり、奏と一緒の場所で戦ってきた。

 それが別々の場所で戦うようになって、ここまで心細くなるなんて。


「でも、きっとトロはまた戦いつづけるから。わたしのために戦ってくれるのはうれしいけど、むちゃはしないでね……」

「あぁ」


 可能な限り力強く、奏を安心させたくて頷いた。

 それからしばらくは、はしゃぐ三人の声を耳に取り入れながら洗い物を続けた。

 必要な洗浄をすべて終わらせたとき、奏の方をみやる。

 目を見開いた。


「……ごめんね、いまのわたしには、こんなことしか言えないや」

「奏」


 そんなことはないと言いたくて、言葉で示すよりも体温で伝えたくて、俺は両腕で奏を包み込んだ。

 涙ぐんでいた瞳を指先で拭い、壊れないように気を付けて抱きしめる。

 妖怪の力では、思いの丈を込めて抱きしめるのが許されない。

 そのことをこんなに歯がゆく思ったのは初めてだ。


「──」

「……」


 数秒間だったか、数分間だったか、分からないくらいの時間が流れ、俺たちは何方からともなく腕を離す。

 そうして互いに笑い合ってから、三人に混ざるために駆け出した。


 波は浦々、風は(そよ)いで肌を撫ぜる。

 程よく温かい気温の中、手足で空気を切り裂いて、目いっぱいはしゃぐ。

 ──この記憶が、どうか俺と奏との間で色褪せませんように。

<>(^・.・^)<以前お知らせした通り


<>(^・.・^)<2月半ばまで一旦お休みです

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