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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第三章 弱さと憧れと
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其の四五 水平線の輝き

<>(^・.・^)<なんとか間に合いました!

「……」


「なっ……何処へ、行くんですか!」


「兄の元へ行く。案ずるな、必ず戻るとも、強き漢」




<***>


 白九尾:トロン



 ふと目が覚めると、俺は例の地下室の中にいた。

 見回すと散り散りに凍り付いた肉塊、電源が落ちた機械の山、煩雑な配線だらけの天井と壁面。

 どうやら、シャアラが言う所の冥界とやらからは無事に戻ってこられたらしい。


「痛ッ」


 横たわっていた身体を起き上がらせようと力を籠めると、脇腹の辺りを中心に鋭い痛みが襲った。

 まさかと思い目視と手触りで確認したが、血は流れていないようだ。

 あの世界で受けた直接的な傷は現実に反映されないが、ダメージは蓄積するらしい。


「──ッそうだ、シャアラは!?」


 俺のほかにもう一人いるはずの男の姿が何処にも見当たらない。

 あの世界での戦いが無かったことにはならないのは俺自身の痛みで証明されているから、この場に居ないということはないだろう。

 逃げ出した可能性はあるが、それにしてもそこまで遠くへ行ったわけではないはずだ……


「あれは──足跡?」


 辺り一帯に散らばった培養液のような物が凍っていたのが功を奏して、氷が張られた後に誰かが移動した跡がくっきり残っていた。

 二足歩行の動物が割った氷の後を辿ると、俺が来た方とは別方向にある扉へと続いている。

 どういうことかと考えるも束の間、扉の奥から水が流れる音が聞こえてきた。

 ──そうか、此処は島国琉球の地下だ、少し掘れば海へと通じる出口ができる。


「……行くか」


 心に決めて、息を深く吸い込んで、《透鳳凰》を握らない方の手でノブを掴む。

 捻って奥へ押すと同時に大量の水が流れて来たが、海に直接繋がっているにしては水の量が少ない。

 とにかく前に進むと、その理由が目の前に鎮座していた。


「! もう一つ、扉が」


 今開いた扉よりも先に、今度こそ直接海へ繋がっているやたらと重厚で金属質な扉が設けられていた。

 水が直接地下室へ入り込まないような二重構造の空間が用意されていたわけだ。

 今水が溜まっていたのは、逃げ出すシャアラが水抜きの作業を怠ったか敢えてそのままにしていったかのどちらかだろう。


「今度こそ」


 大きく息を吸って、扉に備え付けのバルブのようなものを捻ると、凄まじい勢いの水流が部屋を埋め尽くした。

 シャアラを取り逃がさない為にはこんなことで怯んでいる暇はない。

 俺は風の妖術を発動させて、大海へと飛び出した。


(暗いな……)


 辺りを見回し、心の中で呟く。

 未だ夜が明けきらない琉球の海は夏と雖も冷たく、ずっと浸かっていれば体力が奪われる。

 既に疲労困憊の身としては、すぐにでもシャアラを見つけ出して拘束しなければならない。


(──あ)


 が、意外にもその瞬間は速く訪れた。

 煌めく水面を見上げると、一際身体に覚えのある妖力の感覚が見つかった。

 間違いない、シャアラがいる。


(──待て……!)


 方向的に、この島から別の島へと移動しようとしているらしい。

 別の島の様子も逃走経路も俺はさっぱりわからないから、万が一森にでも逃げ込まれたら一気に取り逃がす確率が高まってしまう。

 チャンスは彼奴が水から上がるまで。

 既にそれなりに距離を離されてしまっている、かなり急がないと追い付かない……!

 と、思う俺の目線の先に。


(!?)


 ドボン、と鈍く着水した何かが、シャアラの目の前に降り立った。

 噴射装置のようなもので水中を移動していたシャアラが、装置を止めてその場に止まった。

 ──何が何だか分からないが、これは間違いなく絶好の機会、此処を逃せば次はない!


(≪突風装≫起動、脚力中心に強化)


 脚から風を巻き起こして速度を増し、一気に距離を詰める。

 風の妖術が水を巻き込む音が聞こえたのか、シャアラが此方を振り向いた。

 が、特段逃げようとするつもりはないようで、海に飛び込んできた何者かと一緒にその場に留まっている。


(? ……《透鳳凰》は抜かないでおくか)


 戦う気のない相手に対して、本気で切り殺しにかかる必要はないはずだ。

 ──でも、ここできちんとぶっ飛ばしておかなければ不安が残るし、何より俺の気がおさまらない。

 だから、今俺に出来る全てを結集させて、思いっきりぶん殴ることに決めた。


(≪突風装≫から右腕へと尻尾を移動、三本は腕の噴射、二本は拡散、他は氷と炎を半分ずつ──!)


 十分距離が詰まった所で、俺は右の拳を握り大きく後ろへ振りかぶった。

 そしてそこで気付く、飛び込んできたのはシャアラの弟を名乗るトキリ。

 真っ直ぐに俺の目を見て来るところから察する、きっと二人はともに生きると決めたのだろう。

 振りかぶった拳がシャアラに辿り着く寸前、トキリはシャアラを後ろから包み込んだ。


(≪三柱拳(トリオ・ストライク)≫!)


 螺旋状に輝く炎と氷の奔流を纏う拳が、シャアラの腹部とトキリの腕を同時に打ち付けた。

 シャアラはともかく筋肉質なトキリは相応の重量を持っていて、水中といえど簡単には吹き飛ばせない。

 でも、此処でぶっ飛ばせないようじゃ、此奴らにも失礼だ……ッ!


(オオオオオオッ!)


 風の妖術の方へ一層妖力を集わせ、身体を保護するのに無意識に回していた分まで擲って、今この敵を打倒するのに全力を尽くす。

 やがて一組となった二人は徐々に浮き上がり。

 俺は拳を振り抜いた。


「ぐッ」

「うぼっ」


 二人は別々の呻き声を全く同じタイミングで吐き出し、水面を飛び出す。

 飛沫を挙げて海の表面から吐き出されるその様は、あるいは群れからはぐれた一組のイルカのようにも見えるかもしれない。

 妖力を使い果たして朦朧とする意識の中、ぼんやりとそんなことを考えるうちに、水面の光の色合いが微妙に変化を見せて来た。


(──あぁ。ついに、夜明けが)




<***>


 ×××:『兄』


「もうやめよう、兄者」


 この言葉をおまえから聞いたのは、何時が最後だったろうか。

 記憶の中にいるおまえは身体が弱くて、衛生管理が碌にされていなかった家で布団に潜ってばかりだった。

 そんなおまえを何とかしたくて、また一緒に遊べる身体になれるように、私は奔走してきたはずだった。


「でも、私は、何時の間にか」


 嗤うがいい、愛する弟よ。

 私は本当に守るべきおまえを忘れ、力へと執着し、到底許されない生命としての禁忌に手を染め、あろうことか神を名乗った。

 ……でも、神を証明したかったことくらいは、許してほしかった。


「──あんまりじゃないか、神も仏も、この世界にいないのは──っ」


 そんな私だったが、狐の少年の握る刃で切られて分かった。

 この世界には、神は確かにいる。

 救いもある、私が生きた意味も、おまえが生まれた理由だって証拠だって、きっと残る。

 私の残した罪も、残る。

 他の弟たちにもう会えないのは残念だけれど、これからは二人ずっと一緒だ。


 ……水平線の向こうであの日と同じように輝く、朝焼けの向こうでも。




<***>




 目が覚める。

 ぼんやりと夏風を頬に感じ、自分が何処に居るのかを感覚的に理解する。

 朝焼けが見えるという事は、そこまで長い時間は経っていないらしい。


「ぅ……」

「あ……おきた」


 目が覚めた俺を上から覗き込んだのは、他の誰でもない奏。

 朝焼けが顔を照らし、見事なまでの美しさだ。

 ……本当に人間か?


「あぁ、もう大丈──うッ」

「だめ。トロはつかれてるんだから、まだ休んでて」


 起き上がろうとした俺の頭を奏が抑えて、無理矢理寝かしつけようとする。

 その気遣いは嬉しい、というか実際起き上がろうとしたとき身体の節々が痛んだから処置としては完璧なのだろうが。

 この開けた、しかも知り合いがすぐ傍にいる可能性のある空間で、膝枕をされているというのは、どうにも居心地が──


「あ、此方にいらっしゃいましたか」

「!?」


 そわそわしていた俺と穏やかな笑みを浮かべていた奏の後ろから、何者かの声がかかる。

 サミハのものでもなければシンミのものでもなく、ローラ先輩でも、リッパーダさんでもクリフでもない。

 でも確かに聞き覚えがある声の正体が、直ぐ近くまで寄ってきて俺の顔を覗き込んだ。


「……えっと、リィハ、さん?」

「えぇ、お世話になっております。さん付けは不要ですのよ」


 相変わらずきっちり巻かれた髪が潮風に靡く一方で、服装は真夏の琉球に似合わぬきっちりしたパンツスーツスタイルだ。

 根の真面目さがうかがえる。

 流石に対妖怪犯罪のスペシャリスト、《陰陽師》の隊長の登場とあらば寝ている訳にもいかず俺は起き上がろうとする。


「……いいなぁ」

「え?」

「な! なんでもありませんっ!」


 何やら羨むような言葉が漏れた気がして聞き返したのだが、顔をやや上気させたリィハに誤魔化されてしまった。

 もしかしなくても。


(ねぇねぇトロ、わたしこのひとのことあんまり知らないけど)

(あぁ、この人は前に話した《陰陽師》の人で、俺が妖術免許取るときに助けてくれたんだ)

(あー、そうなんだ、いい人なんだね。あと可愛いひとだね)

(……確かにな)


 どうやらほんの少しのやり取りで、リィハは奏の心を掴んだらしい。

 正直俺も分かる、多分この人は独り身な上に片思いをしている。

 客観的に()()としか見えないだろう俺と奏を見て『いいなぁ』と言ったのなら、つまりはそういう事の筈だ。


「んんっ! そんなことはどうでもいいんです、今はテロリストの引き取りに来ました」

「随分対応が早いですね。始まったの昨日の夕方とかですよ」


 海を越えてやってきたのなら、よほど早期に連絡を受けていなければ辻褄が合わない。

 一瞬口を開いたリィハが、奏の方をちらりと見遣って俺の耳に顔を寄せる。


「その、この方、《陰陽師》とか《宝石団》の話とかってご存知でいいのですよね?」


 考えてみれば確認を取るのは当然だ。

 俺が頷くと、リィハは顔を離して言う。


「その昨日の夕方に連絡が入ったんです。《宝石団》の方から」


 ここであの確認が為されたということは、まぁそういうことだろう。

 それにしたって早い気もするが、あまり気にしすぎても仕方ないか、対応が迅速なのはいいことだし。


「現場も先程見てきましたが、見事なものでしたね。君が積極的に対応に奔走していたとも聞きましたよ」

「あぁ、えーっと、間違いじゃないですけど」

「歯切れが悪いですね、何かありまして?」

「結局俺だけじゃなくて、セルゥとか先輩とか、何より奏の御陰です」

「んへへ」


 隣の奏がにやけて、頭の後ろを掻く。

 リィハがついさっきと同じ言葉を吐いた気がするけれど、もう突っ込まないことにした。


「まぁ、そんなわけで。俺が何したとかはどうだっていいんです。友達の国が守れればそれで」

「──流石は、《宝石団》の新入りさん、といったところですか」


 それ以降、リィハは特に何も言わずに戻っていった。

 事後処理の話だとか、シャアラの経歴だとか、気になる話はいくらでもあったけれど、今はいいや。

 事件の爪痕が残る琉球の地だけれど、さざ波押し引く水平線の向こうで輝く朝焼けを見ていたい。


「──きれいだね」

「あぁ。いつかの月を思い出す」

「ほんとだね」


 肩に体温を感じる。

 心地よい重みが、戦いで疲れたはずの身体を癒していく。

 頑張ってくれた奏にも、同じように恩返しできていたらいいな、とふと思う。

 ……ゆっくりと時間が流れ、そういえば夜通し走り回っていたことを思い出す。


「──すぅ」

「……」


 俺も奏も、体力の限界を迎えつつあった。

 どうか、一日くらいは、このままで。

 潮風が肌を撫で、早朝の涼しい空気が鼻腔を通じて奏の香りと混ざる。

 これほど心地のいい場所は、今この瞬間、この世界に二つとないだろう。


 戦いの幕が下りた夏の朝、自然と瞼が降りていった。

<>(^・.・^)<年内かもしくは年始にエピローグやった後


<>(^・.・^)<日常編を挟んでしばらく書き溜め


<>(^・.・^)<その後番外編スタートの予定です〜

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