其の四〇 アジト、侵入
白九尾:トロン
地下への潜っていく通路を用心しながら進む俺の頭上で、先程から鳴っていた地響きが止んだ。
何かとんでもない力を持つものが現れた気配は感じ取れたが、今は其れも鳴りを潜めている。
《透鳳凰》の水晶がひときわ輝いたのは、何らかのメッセージなのだろうか。
「──にしても、随分長いな……」
やや湿った感触を左手に感じながら、俺は階段を下ったり通路を進んだりを繰り返していた。
かれこれ十分から二十分くらいはこうして歩いているだろうか、いや、一人で暗い場所にいるから時間の進み方が狂っている可能性も有るか。
どうにも不安が拭い切れないまま、俺は黒幕シャアラの元へ着々と進む。
幸いにも分かれ道は殆どなく、道に迷う危険はほぼない。
「お?」
すると、左手に感じていた感触が一瞬途切れた。
まともな照明が無い中頼っていた触覚が途切れて不安になるも、すぐさま俺は炎の妖術を発動させる。
無駄な妖力の消費を避けるために控えていた妖術。
今では立てた指先に炎を灯して周辺を照らすくらいのことはやってのけられる。
「成長したのかな……」
独り言で恥ずかしい内容を零してしまい、俺はぶんぶんと頭を振って冷やした。
周囲の観察へと移行し、次の部屋へと進む為の道を探し始める。
「次の、通路は」
敵の陣地故に、広い空間では不用意に手を伸ばしはしない。
だから目での観察が中心になるのだが、不意に薄暗い部屋の奥の方で何かが揺らめいた気がした。
足元に気を付けながら其方へ足を運ぶと、俺の見立てが間違っていなかったことが分かる。
「なんだよ、これ」
其処にあったのは、半透明の液体に納められた、胎児のような肉塊の姿。
妖力を感知する感覚に意識を集中させると、其れが確かに妖力を有していることが分かった。
つまり、生きている可能性が高い。
「なんで、こんな」
其処で改めて気付いたのだが、肉塊は其れ一つではなかった。
広い部屋の壁に背中を預けるようにして何本もの透明な円筒が並んでおり、その中には必ず一体肉塊が入っている。
そして、気が付いてしまった。
「この、妖力」
俺の妖力を感じる力が未発達なのか、誰でも一律限界があるのかは分からないが、現在の俺に出来ることがある。
妖力が誰に由来するものなのか、事前に感知した経験があれば判別できる、というものだ。
そんな能力のせいで、俺は気付いてしまった。
「[Mr]と、全く同じだ──」
〈妖技場〉でサミハもとい[火炎神]相手に大立ち回りを演じていた鬼人の保持していた妖力が、幾つも並んだ円筒に籠められた肉塊にも同様に容れられている。
それがどんな意味を持つのかは俺には分からないけれど、何かとんでもない禁忌が蔓延っているのを感じた。
「……先を急ごう」
少なくともシャアラの所まで辿り着かなければ、事態は好転しないだろう。
改めて方針を心に決めた俺は、灯りを頼りに入り口とは別の方向にある通路を見つけ出して、其方の方向へと歩みを再開したのだった。
<***>
???:シャアラ
「む」
地下深く、部屋の中で右往左往しながら機器を操作するシャアラが、地下通路への侵入者に勘付いた。
というのも、分かる者がきちんと手順通りにしなければ作動してしまう罠が発動した、というアラームが表示されたからだ。
「何奴だ?」
赤外線カメラの映像を確認してみると、つい数分前に地下第二通路へ辿り着いた人影が一つあった。
記憶の端に残っていたその姿をよくよく思い返してみると、一つ心当たりがあった。
「あー……あの狐男か」
自分がルーディ国王から王位を貰い受けたときに、やたらと噛みついてきた白い九尾を持った少年がいた。
事前に弟トキリから渡された要注意人物リストには狐の少年が乗っていなかったため、シャアラの中での認識はサミハやシンミなどの選手より薄い。
〈妖技場〉の威信をかける交流戦に出場していないのなら、その実力も推して知るべし、という程度だろうと踏むのはごく自然のことだった。
「私も舐められたものだ。こ、このようなみすぼらしい者を一人で向かわせるとは!」
自らの能力を異様なまでに信じているシャアラは、実力者とは呼べないような狐の少年が寄越された事実に口角を上げる。
舐められているところを目にもの見せつけるという展開が好き、といった中学生のような精神構造を持っているシャアラは、不健康な笑みを浮かべていた。
そして次の瞬間、地下の最も深い部分にいる彼にも知覚できるほどの振動が起きる。
「何だ!?」
振動と殆ど同時に、つい数分前に発動したアラームと同種のソレがディスプレイに表示される。
部屋の反対側にいたシャアラが駆け寄ってモニターを食い入るように見ると、其処には落石トラップが発動したという文言が浮かんでいる。
これもまた、知らない相手を嵌めるための罠であるのだから、狐の少年かそれ以外の何者かが罠を作動させたと見てよいだろう。
「……ふ、ふん。呆気ないものだ」
焦りを隠しきれていない声色で、それでも自らに言い聞かせるようにしてシャアラは言った。
わざとらしく鼻息を吹かすものの、勝手のいい用心棒の一人もいない現状では、複数人の侵入者を彼一人で相手する自信は流石に無かった。
「──こんな手合い、数か月前ならば……!」
ギリ、と彼は歯を食いしばる。
この琉球王国にやってくる前、彼が実業家として各国を飛び回っていた時代なら、彼一人の身辺を警護する人材を雇うなど造作もなかった。
全て、全てはあの《GNOME》とかいうイカレ集団のせいだ、と内心で愚痴っているシャアラが、警告モニターの前から操作盤の方向へ向いた時、件の集団からの使者が立っていた。
「ひいっ!?」
「どーもどーも、おっすっす。元気してっすか?」
「……」
薄暗い地下でも分かるくらいには派手な色彩と装飾の衣服に身を纏う軽薄そうな青年と、反対に外見的特徴が殆どなく辛うじてボディラインでそうと判断できる女性が立っていた。
腰を抜かしたシャアラが、あくまでも対等の立場であることを強調するように、強い口調で言った。
「き、貴様達どうしたつもりだ! 事前の連絡も寄越さずに……」
「事前の連絡って……!」
ツボに入ったらしい軽薄そうな青年が、腹を抱えて笑い出す。
傍らの無口な女性は相変わらず何も言わないままで、隣で呵々大笑している青年のことなど視界に入ってもいないといった様子である。
癇に障ったシャアラが声を荒げる。
「何がおかしい──ッ」
「いやぁ、もうあんま喋んないほーがいいっすよ?」
瞬時に距離を詰めた青年が、右手でシャアラの頬を両側から抑えつけていた。
ギリギリと骨が歪みそうな握力で締め付けられたシャアラは何も言えないまま、両手で青年の腕を掴み、懇願するように首を上下に振った。
「ま、わかったんならいーっすよ。てっきりギャグかと思っちゃったじゃないっすか~」
「……」
「そ、それは」
「琉球を統治する男、でしたっけ? ったく、ほんとなーにやってくれてんだか」
最後の一言だけは凄みを増して、青年は言った。
解放されたシャアラは頬の痛みに耐えつつ、それでも顔を上げる。
「き、貴様たちとの契約を果たすためだ──指定の金額と技術さえ用意すれば、約束通り弟の身体を──」
「そりゃぁ、こっちだってアンタとの約束破りたいわけじゃねーっすけど……ま、暫くは様子見させてもらいますわ」
「──」
青年と女性は、わざとらしく手を振りながら去って行く。
緊張感を持ちながらも、そのまま見送りそうになったシャアラだが、重大な事実に気付いて彼らに問うた。
「ま、待て。貴様達、何処から」
「取引相手の本拠地を洗うなんてジョーシキっすよ~」
立ち止まりもせず、青年は淡々と答えた。
この地下空間を彼が築き上げてからそれほど時間が経っていないというのに、もう内部を粗方把握したとでも言うのか。
流石にそれはあり得ない、と高を括ったシャアラは、青ざめていた顔に生気を宿して、突然の来客を見送った。
「──彼方は、緊急脱出用の通路だが……」
二つの通路が伸びるこの部屋の内の一方は、最も深い地下で何者かに追い詰められた時、脱出できるように設けてある脱出口への道。
二人組はそちらへ消えていったのだが、この時点のシャアラは「緊急脱出用の出口が信用しきれない取引相手に割れている」ということの恐ろしさに気付けなかった。
或いは、もう少しだけ考える時間があれば理解が及んだのかも知れない。
「さて、次の作業は──ッ?」
爆発音がしたかと思うと、警告モニターに罠作動の文字が浮かび、二人が消えていった方ではない通路の向こうで燈火が一つ灯った。
想定していた中では最も悪い事態が発生しているのを悟ったシャアラが、機器の操作をしていた手を壁に掛けた鎌へと伸ばす。
自分の弟であるトキリが「誰も兄の元へ向かわせない」という責務を全うできなかったことを責める気は、彼にはない。
それでも、自慢の弟であるトキリともあろうものが、何故侵入者を許したのかまでは想像が及ばなかった。
「……お、明かりが点いてる」
通路の向こう、地下水が染み出して湿った廊下との間に水音を立てながら、何者かが歩いて来る。
足音の雰囲気からすると来ているのは一人、恐らく監視カメラに写っていた狐の少年だろう。
「──居た」
シャアラの予想は外れることなく、数秒後には全身の至る所に細かな傷を負った狐の少年が立っていた。
<>(^・.・^)<遂に接敵、主人公!
<>(^・.・^)<GNOME、一体何者なんだ……




