其の三六 強さ、其れは自分を偽らないこと
妖力弾を生み出すタイミングを完全に同期させ、幽霊は鬼人を前後から挟み撃つ。
均等な距離に等しい脅威が迫って来たトキリは、別の個体を殴り消したそのままの勢いで選択を迫られる。
(この手合いに隙を晒せば、恐らく勝負は決してしまうだろう)
自分の戦闘スタイルと相手の手数を考慮に入れ、相手の突然の覚醒を計算式に組み込み、トキリは冷静な思考を重ねていく。
結論として出てきたのは、この一瞬を乗り切れるか否かでこの勝負の勝敗が決められてしまう試算。
綱渡りに次ぐ綱渡りを繰り返すのが戦いの常だが、ここに来て大一番のソレが彼を待ち受けていた。
(であれば)
とはいえ、導き出せる最適解は変わらず、自分のパフォーマンスを限界以上に引き上げる術はない。
だから、心に決めた一手を躊躇なく打つのが、鬼人にとってのできること。
天命に等しい、揺るがない信念を拳に握り、彼は足元の土を殴る。
「フンッ」
「え!?」
それまで周辺環境を攻撃する素振りを見せなかったトキリの突然の行動に、挟み撃ちで有利な状況の筈のローランの側が驚いた。
トキリは拳で地を抉り、姿勢を低くして両側からの攻撃を躱そうと試みた。
そして、単にしゃがんだだけでなく地を抉った理由は他にある。
「……其処だッ!」
抉った土を固く握りしめ、鉄塊の如き硬さになった土の塊を、夜の森の片隅に投げ飛ばした。
塊は弾丸のように飛翔し、森の片隅に突き刺さって何かが弾ける音を響かせた。
「やはり、其処だったか」
挟撃の形を作る前に、数あるローランの内の一体が森の闇の中へ姿を消したのをトキリは視界の隅で捉えていた。
それが本体なのか否かは不明だったが、彼のすぐ傍で両側から妖力弾を撃ち込もうとしてきた二体が停止していることから、恐らく彼の推測が当たっていることだろう。
大方沢山の分身を活用して本体を視界から切り、必殺の間合いに入り込んで集中力を狭めた後に意識の外から攻撃する、というのが目的だったのだろう。
「──」
楽しかった時間は終わり、自らの勝利で勝負が着いた。
その喪失感を胸に秘めながらその場を立ち去ろうとした彼の背に、飄々とした女性の声が届いた。
「────サプラァイズ」
「な? ……にッ!?」
その単語の意味を理解したその時、鬼人は自らの落ち度に気が付いた。
すぐさま意識を戦闘へと引き戻し、トキリは自らが土塊を飛ばして撃破したローランの本体と思われるモノを探して目視した。
其処に倒れ伏す白無垢の幽霊の姿はなく、代わりに不細工に人の輪郭を模された黒と緑の枝の塊が、眉間の辺りに土を被って壊れていた。
「──ではッ」
「……おおぉおぉおおぉお!」
討ち損じた本体の居場所を探すために周囲を観察し始めたトキリの頭上から、全身全霊を乗せた雄叫びが轟いた。
瞬時にその咆哮の出所に顔を向けた鬼人が目にしたのは、なんとも艶やかな晴れ姿。
月の光を背に受けて純白の無垢を輝かし、右の掌に勝利の弾丸を迸らせた幽霊が、鬼の首を獲らんと猛る絵図。
古代の絵巻に現れるような、照り輝く美しさを目前にしたトキリが、その運命を拒む術も腕もなく。
導かれるままに、妖力の弾丸は鬼人の胸元に接地して炸裂。
停止していた一対の分身も動きを再開し、本体の動きに追従して各々の妖力弾を腹部と脇腹に叩きこんだ。
既に疲労と細かな負傷で限界の近付いて来ていたトキリは、そのままその場に倒れ込む。
「はぁ、はぁ」
「──参った」
その降参宣言は、相手へ向けた感謝の意を示し、自らの身体が思うように動かない事実を嘆く意味も含んでいる。
他方、最後の最後まで全力で機を窺い、持てる妖力を全て吐き出して勝利したローランも仰向けに転がって、己の限界を超えて駆動していたツケを払わされていた。
誰一人身体を満足に動かせないまま、示し合わせたように交わすものを拳から言葉へと移らせた。
「つ、強かった、です」
「光栄だ、誉め言葉として受け取ろう。此方こそすまなかった、訂正しよう」
「訂正? どの失言を取り下げてくれるのかな?」
「貴様達のコンビネーションは素晴らしい。これまでで見た何よりも」
仰向けに倒れ込み、月光を一身に受けてしみじみとトキリが言葉を紡ぐ。
比較対象の内には、間違いなく彼自身と兄との関係性が含まれている。
互いを信頼し合い、互いの長所を活かしあうような立ち回りをし、互いの得意分野を参考にして自らを成長させる。
そうした、真の意味でのコンビネーションとも呼ぶべきモノが、確かにローランとクリフとの間には存在していた。
「へへ……」
「そうかい、でも貴方……トキリ氏も手強かった。ワタシたちが任務を全うできたのは、レディの御陰さ」
「そ、そんな。ワタシも、むしろ感謝したいくらいで」
「感謝、か」
それを言うのなら俺の方だ、という念がトキリを満たす。
自分の戦う理由を理解できた、そして自分のなりたい自分を思い出させてくれたトキリに対してローランが感謝をしているのは事実。
ただ、トキリはトキリで、全力を出し切って戦ったことは否定せずとも、その時何処にも敗北を望む心が無かったとは断言できない。
自分を、兄の計画の中心人物の一人たる自分を非の打ち所がない形で負かしてくれた二人に、鬼人の側からも礼を言いたい気持ちが芽生えていた。
「俺からも色々と言いたい内容はある。だが……」
感謝を口にしてしまえば、これから起こる現実を考えると義理に反してしまうと判断し、トキリは踏みとどまる。
そして次の瞬間。
「!?」
「なん、だ!?」
地響きが唸り声を上げて、〈妖技場〉傍の森がびりびりと揺れ。
仰向けになりながらも、ローランとクリフは異変を感じ取って周囲を見回そうとしており、他方のトキリは口をついて出そうになる溜め息の代わりに、一言だけ漏らす。
「──始まったか」
<***>
〈妖技場〉舞台&観客席
トロンたちが〈妖技場〉の建物の外側へと踏み出してから数分後、舞台の周辺では未だに体調不良者の看護が続けられていた。
悪夢にうなされているというわけではなく、単純に活力が無く身体中の器官が弱っているという診断を〈妖技場〉付きの医師が下した。
その場合に出来ることはそう多くはなく、適切な距離を取りながら濡らして絞ったタオルで汗を拭きとったり、生命維持に最適な環境を整え続けたりして事態の解決を待つことのみ。
「あなたはそっちから頼みます! 俺はあっちを!」
「タオルの替えは!? 毛布余ってるところはねぇか!?」
「大丈夫です、落ち着いて、深呼吸を繰り返すことだけ考えてみてください……」
〈妖技場〉の選手達や無事だったスタッフが中心になって、体調不良で倒れた観客たちを看病して回る。
その甲斐あってか、未だに重傷者が出ることもなく世話が出来ており、限りある物資を極限まで効率よく運用することで何とか事なきを得ていた。
タオルでの身体拭きを買って出る者、狭い毛布に押し込められている人々の為に追加の毛布を探す者、不安に圧し潰されそうな子供の手を握り優しく語り掛ける者。
各々が各々の仕事を見つけ、琉球王国に訪れた未曽有の危機に立ち向かっている。
そんな中、真っ先に牽引するべき立場の国王を付きっきりで世話しているのが、第二王子のセルゥである。
「はぁ、ぐ、っはぁ」
「父上、ただいま汗をお拭きいたします……!」
横になって苦しげな表情を浮かべ、脂汗を浮かべる現琉球国王ルーディの身体の周辺には黒い靄が漂っている。
痩せぎすの黒幕、シャアラによる攻撃で生命力を軒並み吸い尽くされた国王ルーディだったが、妖術を含めた類まれなる資質でもって耐え忍んでいた。
父親の妖術のついては非常に詳しいセルゥだからこそ、普段の威厳に溢れた国王との差異の重みを実感し、その場から離れることが出来ないでいた。
「……セルゥくん!」
「あ、貴女は、奏さん」
「だいじょうぶ?」
其処に駆け寄る、背丈の小さ目な少女の姿が一つ。
名を綿貫奏といい、手伝っていたタオルの配布が一先ず落ち着いたためにセルゥに琉球王家に伝わるメロディを聞きにやってきたのだった。
トロンに頼まれたその責務だが、肉親が瀕死になっている相手に対して頼みごとをするほど厚顔無恥ではない奏は、何よりもまず状況の確認を行う。
「──今のところは。正直に言うと何とも言えません、この黒い靄をどうにかして払わないと」
「そっか、これが」
明るくない表情から、事態が決して望ましくない方向へ進んでいるのを理解した奏が、しゃがんで国王の身体を観察する。
靄に触れている部分は黒く変色していて、いかにも健康に悪そうな雰囲気が感じ取れた。
「わたしもてつだうよ。なにすればいい?」
「ありがとうございます! それじゃ、回復体位を取らせたいので其方を持って」
助け舟を出してくれた奏にありがたく依頼をしようとしたセルゥだったが、〈妖技場〉舞台から聞こえて来た声によって遮られる。
「──おォ? 随分手際がいいじゃねぇか」
「アニキ、早速やっちまいましょうや」
其処にいたのは男二人組。
夏季交流戦の際にセルゥが子供たちから遠ざけようと奮闘したチンピラ共であり。
シャアラとトキリによって〈妖技場〉内部の制圧を命じられていた、雇われの兵隊であった。
<>(^・.・^)<ローランなりに、強さという定義を見つけたみたいですねぇ
<>(^・.・^)<そしてこの章の題名は……




