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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第三章 弱さと憧れと
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其の三三 兵共が夢の跡

 クリフとローラ先輩を残し、俺とリッパーダさんは夜の闇に隠れ始める森を駆ける。

 木と木の間隔はそれなりに広く、俺とリッパーダさんが並んで走るのに特に不都合はなかった。


「──二人とも、大丈夫ですかね」

「心配する気持ちは分からんでもねぇけどな、あんまり言い過ぎんのも互いにとって良くないぞ」

「そう、ですね」


 口をついて出て来た言葉に、隣から丁寧に返答が来る。

 確かに、少なくとも俺よりも実績のある二人に対して過度に心配するのも失礼か。

 俺にとっても肝心な時に思考を割く事柄になりかねないのだから、任せることは任せるようにしてしまった方がいい。

 決心した俺は、思索をいったん打ち切って、周囲の観察に徹する。


「トキリが言ってたのが真実だとすると、シャアラは地下の工房にいるみたいですね。入り口は隠しやすい森の中だと思うんですが」

「だろうな。俺の目にも、アイツがそういうところで嘘吐くようなタマには見えねぇ。それどころか……」

「言いたいことはなんとなく分かります。何というか、分かりやすく穴を開けているような」


 言葉を選ぶリッパーダさんに俺なりの見解をぶつけてみると、リッパーダさんは此方に視線を向けて軽く頷いた。

 俺とリッパーダさんの間で、そしておそらくは他にも何人かが共有する認識として、トキリはいまいちこのテロ行為に納得しきっていない、というものがある。

 〈妖技場〉から誰も出さないようにするのならば出入り口を封鎖したうえでそのすぐ傍に立っていればいいし、明かすと不利になる『首謀者と監視者の位置』を教える必要はない。

 かといって行動自体は自分の立ち位置との間に齟齬が生じない様になっており、最低限の義理立てはするし計画の達成を第一の目標としている、というのは間違いなさそうだ。

 故に、俺は未だにトキリに対する評価を決めきれずにいる。

 俺の立つ視点からすると、何方かと言えばトットーよりもナサニエルに近いような雰囲気を感じ取れる。


「それはそれとして、だ。そこかしこによく分かんねぇモンが差し込まれてるの、気付いたか?」

「はい。見た感じだと、霧のようなものが出ている気が」


 ただでさえ暗くなってきている中、木々の陰に隠れるように設置されているが、棒状の何かが至る所に設置されているのが分かる。

 狐なりの夜目で見てみると、周辺に薄くではあるものの霧を放出しているような感じがある。

 そして、霧と言えば直近に見た記憶が。


「だよな。するってぇと、大将戦のアレもコレか」

「だと思います。どういうものなのかまでは分からないですけど、〈妖技場〉の観客たちが倒れたのにも関係しているのかも」

「……そんなもんがなんでまた森に埋まってんのかは分かんねぇが。トロン君、妖力の流れを感じ取れるか?」

「試してみます」


 俺は感覚を研ぎ澄ませて、杭の一つから妖力の流れを感じ取れないかと試行錯誤する。


「駄目ですね、霧も妖力を帯びていて、視覚的にも感覚的にも分かりにくいです」

「あぁ、俺もだ。加えて杭が沢山あってそれぞれが関わり合ってるみたいだな。地下の入り口に繋がってると思ったんだが」

「ですね。それじゃ手分けして探しますか。何かわかったらまた連絡お願いします」


 そして俺たちは左右に分かれ、俺は森の中へ足を進める。

 一先ずは、先程も言っていた杭の観察に徹しよう、そこから何か分かる事実があるかもしれない。


「う~ん」


 念のため厚めに妖力で防護した掌で、杭にそっと触れ、

 ぞわり。

 背筋がぶるりと震え、意識ではなく本能が手を飛び退けさせた。


「ッ!」


 触ってはいけないものだ、と本能で理解した俺は、触覚以外の感覚を介して情報を得る方針に切り替える。

 次第に夜目が利いてきて、細部の意匠までも視認できるようになった。

 杭の側面には、頂点から地面に向かうように溝が彫られていて、紫の信号らしき光が上から下へ往復しているのが分かった。

 もしかすると、シャアラが実業家として活動していた際に製造した物品なのかもしれない、とふと思う。


「それは今考えても仕方がないか」


 自分に言い聞かせて、俺は再び思考よりも観察に意識を割く。

 杭は俺の膝下あたりまでの高さなので、凡そ地面から四、五十センチほどだろうか。


「ん?」


 高さを確認して、一層詳しく観察するために屈んだ時に気が付いた。

 霧が立ち込めていて気が付かなかったが、紫の光は杭の表面で光っていただけではなく、地面深くまで移動しているようだ。

 杭の頂点から徐々に降下する光の点は、杭と地面の接点に到着すると杭から離れ、次第に明度を落としながら地面の上を滑っていく。

 察するに、地中にある何らかの拠点のような場所へ繋がっているのだろうか。


「ってことは」


 俺は屈んだ箇所にある杭の観察から、周辺にある他の杭の観察に舵を切る。

 移動して屈んで、を繰り返し、紫の光が移動する方向を記憶して回ると、一つの方向性が浮かび上がる。

 やはり、光は何処か一か所に向かって往復を繰り返しているらしい。

 そうと決まればリッパーダさんに連絡しなければ。


(リッパーダさん、トロンです。気が付いたことがあるので報告を)

(奇遇だな、俺もだ。光ってる方角だろ)

(です。取り敢えずその方向へ探索しましょう)


 実力者で優秀なリッパーダさんとは、非常に物事が円滑に進むな。

 俺の提案に異論は来ず、念話は打ち切られて捜索に戻る。

 先程までの闇雲に森の中を探す状態よりも、ある程度方向や範囲が絞れた現在の方が遥かに効率的に探索を進められるだろう。

 ただでさえ周りの様子を確認しにくい森の中、夜になっていて暗いのと霧が合わさり、ともすれば方角を見失いそうになるのを杭を見つける度に屈んで確かめて進む。

 其れを繰り返しながら、うろうろと森の中を彷徨い、遂にある程度場所を絞り込んだ。


「だいたいこのあたり……」

「お、来たか」


 光の方向からおおよその当たりを付けて、地下への入り口がありそうな領域に辿り着いたとき、別の方向からリッパーダさんの声が聞こえて来た。

 場所を見つけた、のではなく絞り込んだ、というのは、分散して設置された杭の間隔が段々と広くなり、方向を定めにくくなっているからだ。

 加えて、進めば進むほど杭から地中に潜り込んだ光は直ぐに消えてしまうため、方向を見定めるのに手間取ってしまった。

 リッパーダさんと合流できたということは、大体このあたりで合っているのだと思うが。


「そんじゃ探すか。もたもたしてっと間に合わなくなるかもしれん」

「そうしましょう。俺はこっちを」


 手分けして、地下への入り口を探す運びになった。

 地下、というからには入り口は地面にあるのだろう、と踏んで中腰のまま掌で土やら葉やら石やらを払いのける。

 地味に薄っすら光る《透鳳凰》の水晶が手元を照らしていて、ちょっと便利だ。

 そうして、探すこと数分間。

 手のひらが石のソレではない冷ややかで滑らかな感触を検知し、急いでその周辺の土を払い除ける。


「あ、ありましたよリッパーダさん! ……リッパーダさん?」


 大声を出してリッパーダさんに知らせようとしたが、何処からも反応が無い。

 念話で同じ内容を伝えようとして見ても、特有の口同士を繋げているような感覚にならないから、恐らく通じていない。

 ──何かあったのだろうか。


「でも……」


 探す対象を地下の工房からリッパーダさんに移し替えかけたところで、ぐっと踏みとどまる。

 リッパーダさんに気を取られてシャアラを野放しにしてしまうと、手遅れになる可能性がある。

 だから、ここは探したくても我慢だ。

 先にシャアラを追い詰めておけば、後々リッパーダさんと戦術として挟み撃ちなんかが出来るかもしれないし。


「……よし」


 意を決した俺は、地面から鉄板らしきものを掘り出し、其れを開いて中へと飛び込んでいった。




<***>




 トロンがシャアラの潜伏する地下工房への入り口に足を踏み入れるより、少し前。

 日が沈んで夜の帳が降りたとき、〈妖技場〉前の戦いにも変化が表れていた。


「……」

「他愛ない」

「──」


 夏風がそよそよと流れゆく夜の中、泰然と立つ男の姿が一つ。

 そして歪んだ木にもたれ掛かる人影と、横になり倒れ伏す人影が、一つずつ。


「足止めが何とか、と言っていたが。貴様等の実力ではそれすら完遂出来ん、という訳か」


 勝ち誇っているでもなく、ただ当然の事実を態々口に出して説明してやっているのは、シャアラの弟であり鬼の力を持つトキリ。

 その挑発染みた言葉に反応を返すことも出来ず、意識を保つので精一杯なのが、クリフとローラン。

 誰かが加勢に来るでもなく、敵に増援が来るでもなく、互いの実力と相性の差が露骨に出た〈妖技場〉前の戦いに、終止符が打たれようとしていた。

<>(^・.・^)<次回、やや時が戻ります

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