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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第三章 弱さと憧れと
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其の三一 脱出ショーの始まり始まり

 俺に責任の全てがあるわけではない、という旨を言い残し、アメジスト先輩は去って行った。


「おぅい、リッパーダ氏も呼んできたぞ……って、どうしたんだいトロン氏」

「な、なんだか心此処にあらず、って感じですね……」


 戻ってきたクリフとローラ先輩の声が、うっすらと耳に入る。

 実際にはそれなりの声量できちんと聞けるように喋ってくれているのだと思うが、どうにも俺側の問題で外からの音が入って来づらかった。

 理由は単純明快で、俺の意識が冷静な状態のソレから全くもって乖離してしまっているからだ。

 先程のクリフとローラ先輩の声も、凡そそんな感じだろうという程度で、詳細部分は間違えている可能性すらある。

 しかし、今は思考に労力を費やしている場合ではない。

 頭を振って現状に目を向けるように意識し、ローラ先輩たちの方へ振り向いた。


「あぁ、お帰りなさい。どうでしたか、って聞くまでもないですか」

「応。俺も行かせてもらうよ」


 先日の試合中の言動とは打って変わって至極平静な口調のリッパーダさんが、そこには居た。

 アロハシャツから覗く筋肉は相変わらずかなりのもので、大将戦の[Mr]には一歩劣るものの十二分にマッチョを名乗れるほどだ。


「具体的な話は粗方クリフに聞いた。俺は此処の出身じゃないけどよ、琉球の島と此処の人たちは大好きなんだ」

「あぁ。俺も、此処は大切な友達の国だから」

「トロン君」


 リッパーダさんの目は、怒りと憂いに燃えていた。

 理由は本人の口から語られている通りだろうが、その中でも大部分を占めているのは今日の大将戦前にリッパーダさんとセルゥから聞いた内容だろう。

 それは、リッパーダさんが琉球にやってきて最初に出来た友達、セルゥと共に過ごしていたアフィラーというアヒルのマジムンだ。

 大切な友人との記憶が眠る地を、大切な友人が存在した証として作った塔のある森を、大切な友人が愛していた島々を。


「──滅茶苦茶になんて、させてたまるかってんだ」


 リッパーダさんはぼそりと零したが、その言葉には確かに熱が籠っていたし、瞳の怒りは一層燃え上がっているのが俺の目にも見て取れた。

 俺自身も、その点については全く同意だ。

 何事か琉球国王と会話を交わしその場を離れ人々の中に飛び込んでいったセルゥは、俺の大切な友人だ。

 知り合ってからの期間は短いけれど、俺は彼の中に本当の優しさを見た気がする。

 子供たちからは厚く信頼され、彼自身もまた子供たちの為に自らの身体で危険を遠ざけようという気概がある。

 それだけに留まらず、自分をより強くしようという気持ちを持っているし、その為に足りない部分は何処なのかを見つめる能力までもある。

 これは、他人に対しても自分に対しても、それどころか周りの全てに対して優しいという証だろう。


「そういえば、セルゥはどうするって言ってました?」

「彼奴は〈妖技場〉に残ってサミハ達の手助けをするってよ。俺もその方がいい、って言ってきた」

「そうですね、俺もそう思います」


 それが、彼の優しさが最もうまく働く環境と職務だろう。

 これから俺たちが向かう予定のシャアラ捕縛に着いてきたとしても、優しい彼では襲われた際の反撃が出来ない可能性がある。

 だったらそうした憂いのない、後方支援的な役職に徹してもらった方が、彼の人徳も発揮されて上手く働くだろう……と俺が思うくらいだから、リッパーダさんも考えたに違いない。


「──トロ、でんわしてきた」

「奏。大丈夫そうか?」

「うん、多分だいじょうぶ。やめてって言ったのに、何人かごえい(護衛)がべっそうにきてるし」

「そうか、だったら一先ずは安心だな」


 高校生だけで、その場の状況に合わせて避難や外出自粛の判断が付くのかと言われると、正直分からなかった。

 つるちゃんがいるなら大丈夫な気もするが、其処に綿貫家お抱えのボディーガードが複数人付いて来てくれているのなら心強い。

 ……なのに肝心の奏の元には一人も付いて来ていないのは、余程俺が信頼されているのか、それとも奏がそうするように頼んだのか。


「奏。俺はシャアラって奴のところに行って、捕まえたい。琉球を支配して国民から搾取するなんて、許してられるか」

「うん。わたしもそうおもう」

「だから、奏は前に言ってた、琉球王国の王朝に伝わる旋律について情報を集めてくれないか? 場合によっては其れを上手く使えるかもしれない」

「ん。じゃあえっと、セルゥくんの所に行ってくる」

「頼む。何かわかったら念話で教えてくれ」

「ん」

「あ、それと最後に一つ」

「なに?」

「この事件が終わったら、一緒に遊ぼう」

「……ふふ。ん、やくそくだよ?」


 淡く微笑んだ後、奏はセルゥの元へ駆けて行った。

 その背中が何だか異様に頼もしいのは、既に俺自身が出自を明かして受け入れてくれたという経験をしたからだろうか。

 器の大きさという点に関して言えば、奏は大財閥の令嬢であるという下地に引けを取らないほど立派なのだ。

 であれば、隣に立つ俺もそんな奏に遜色ないくらいには、人間的な成長をしていかないとな。


「……それじゃ、外に出ていく面子は揃ったかな? と思ったけどラメリア女史は何処へ行ったのかな?」

「クリフ。ラメリアさんは先に避難を誘導しに出発しました」

「おや、そうなのかい。流石に仕事が早いね」

「わ、わたしたちも、負けていられませんね!」

「ローラン君、随分気合入ってるな。頼もしいぜ」


 集まったのは、俺とリッパーダさん、ローラ先輩にクリフの四人。

 それだけ聞くと随分少人数なように聞こえるが、少なくとも俺以外の全員は各〈妖技場〉の威信をかけた交流戦に選手として選抜される実力と実績の持ち主だ。

 加えて、シャアラと入れ替わりに現れたトキリという男はかなりのやり手のように見受けられた。

 そんな相手に実力の足りない烏合の衆を集めても、突破が出来るか否かの段階に到達することすら叶わず全滅する可能性もある。

 だったら、数を絞って極力短時間に決着をつける方向で行った方がいいだろう。

 ……人命を最優先するという観点からすると、既に観客たちの看護を任せてしまっている以上、他の選手たちに無理に参加を募るのも変な話だしな。


「さてさて。それじゃあこれからはショーの段取りを考える時間にしようか。もしよければ私に任せてもらえないかな?」

「クリフ、そういうの得意なのか?」

「おいおいトロン君、クリフの段取り力を舐めちゃいけねぇよ。先鋒戦の手練手管、見てただろ?」

「よしてくれよリッパーダ氏。破られたトリックの話はエンターテイナーにとって何より酷なのさ」

「で、でも確かにすごかったですよっ」

「レディにそう言ってもらえると自信が付くね──皆、異論がないなら聞いてくれるかな。既にある程度展開は頭にあってだね」




 一通りクリフの言う話を聞いて、俺は一つ頷いた。


「……確かに、それなら行けそうだな」

「だろう? 極力本人の意思を尊重した上で、なおかつそれなりに面白くなる筈さ」

「ありがとう、そうしてくれて嬉しい」

「わ、わたしは皆さんのお役に立てるのならそれで!」

「レディの献身的な精神には感服するばかりさ。どうかな? この際明日以降も私の助手としてこの地に──」

「はいはい、クリフそこまでだ。来年の話をしたら鬼も笑わぁな」

「それもそうだねぇ」


 相変わらずあっけらかんとしていて、いまいち本気なのかどうか分かりにくいクリフだが、その発言内容自体は非常に理に適っている。

 ただ単に策を練るのが上手い、というだけでなく意識の虚を突く流れを作り出すのが上手な印象を受ける。

 それこそ、先鋒戦で境域転写直後から既に王手をかけていたように。


「んじゃま、準備はいいかい? 良ければ直ぐにでも出掛けようか、今は時間が惜しい」

「あぁ──いや、ちょっと待ってくれ」


 歩き出した一同からやや離れたところで、俺は何か信号らしきものを受け取った。

 信号という名詞が正しいのかは確信が持てないが、それでも直感めいた感覚が、何かが飛来してくるという未来予知をする。

 一体何が……と推理を働かせるよりも先に、その物体は俺の眼前に飛来してきた。


「《透鳳凰(すきほうおう)》」


 其処にあったのは、鞘にその刀身を収め、その反対側に大きな水晶球を光らせる《透鳳凰》だった。

 以前からずっと、俺が重要な局面に陥ったところで現れるこの《透鳳凰》は、やはり何か思考能力を有していると考えた方がいいのだろうか。

 結局派手僧に報告も出来ていないし、【原始怪異】とやらは謎が深まるばかりだ。


「待ってたのはソレか? 何とも景気のいい刀じゃねえの」

「あぁ。頼りになる相棒だよ」

「整ったかな? であれば行こう。頼もしい援軍も駆けつけてくれたみたいだしね」


 顔だけ振り返ってウィンクをし、クリフは歩みを進める。

 そのすぐ後にローラ先輩が続き、更にリッパーダさんと俺の順番で〈妖技場〉から離れる。


(……)


 駄目だ、考えない様にしていたのに、静かになったり気を抜くとすぐに意識しそうになる。

 この事態を引き起こしたのは、他でもない俺自身だという事を。

 誰かが『そうではない』と否定してくれたとしても、俺は俺自身を許せそうにない。

 何時の間にか自分自身の内から溢れ出た黒くてどろっとしたモノが、俺の全身を重く圧し潰していた。

<>(^・.・^)<琉球王国編も佳境に入りましたねぇ

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