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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第三章 弱さと憧れと
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其の二四 くべられる燈火

<>(^・.・^)<さてさて大将戦

 他に誰もいなくなった控室、シャドーボクシングをする人影が一つ。

 燃え盛るような赤と黒の短髪を小刻みに震わせ、緩く握った拳をテンポよく前方に繰り出す。

 併せて足さばきのアップのため、適度に脱力した足は、履いた靴のゴム底と床を摩擦させている。


「フッ、フッ」


 ストレッチを済ませ、試合開始までの時間はもう長くない。

 開戦と同時に最高のパフォーマンスを披露するため、身体の調子を極限まで高度に維持するのが頂点の一つたる彼女の責務。

 とある〈妖技場〉の二大巨頭『戦神両翼』の片翼と名高い彼女だからこそ、その肩にのしかかる重圧は計り知れない。

 普段の試合からそうなのだから、琉球王国の〈妖技場〉との正式な交流戦というタイトルで、大将という肩書まで付与されてしまっては、並みの精神性ならば重圧に押し潰されても不思議ではない。

 けれど、[火炎神(プロメテウス)]たるサミハは違った。


「…………フッフフッ……!」


 拳を振り抜いた赤と黒の短髪の女の口角は、通常時とは比較にならない程上がっている。

 そもそも、戦闘を好む性質の彼女が、未知の強敵との戦いに胸躍らない筈がない。

 所属している〈妖技場〉での試合は、選手の循環こそあれど『戦神両翼』ともなれば当たる相手は凡そ固定されてしまう。

 見応えのある試合を観客に届けるために、実力が比較的近い相手を優先的にマッチアップさせるように運営が意図しているのだ。

 特に彼女がよく当たるのは『戦神両翼』のもう片翼、[二輪丸]。

 無論[二輪丸]との戦いは常に心躍るものであり、彼女が黒星を付けられる数少ない相手。

 そして今日、新たにもう一人それほどの強者と当たれるのかも知れないとなれば、逸る気持ちを抑えきれないのも理解が及ぶというもの。


「ッシャ!」


 彼女とて、怪我をするのは怖いし死に対する恐れも当然抱えている。

 それを上回る高揚に耐え切れず、右拳を天に向かい振るってシャドーボクシングを締めた。

 腰を曲げてベンチに手を伸ばし、タオルで流れる汗を拭きとり終わると、丁度控室の天井に備え付けられたスピーカーから声がする。


『[火炎神]選手、もうすぐ選手入場の時間になりますので入場口傍で待機をお願いします』

「うし!」


 誰に聞かせるわけでもなく気合の一声を響かせて、彼女は頬を張る。

 仮面をつけて鏡に向かい、正装がいつも通りであることを確認して、入場口付近に移動した。

 彼女に残された、いや彼女が待ち遠しく感じる時間はもう僅か。

 琉球王国交流戦全体の軍配は、何方に下されるのか。




 白九尾:トロン




 空高く上った太陽に照らされて湧き上がる〈妖技場〉の熱量は、前日と前々日とは比べ物にならない。

 元琉球王国〈妖技場〉の実力者[火炎神(プロメテウス)]と、つい先日琉球王国の全妖怪の頂点に昇り詰めた正体不明の選手。

 こんな好カード、少しでも妖怪同士の戦いに興味がある人ならば気になるものだし、琉球王国民であればさらなり、と言ったところ。

 先鋒戦と副将戦では身内が出場するという事でどこか緊張していた俺も多分に漏れず、今は純粋に好奇心でワクワクが止まらない。


「トロ、たのしそう」

「あぁ、正直楽しみでしょうがない」

「わかる~、あたしも~」

「僕もです。参考にしないと……」


 特別観覧席に座る俺の膝の上から奏の声がして、そこから各々が胸の内を吐露していく。

 通常の観客席からの喧騒が耳に入るが、狐の聴覚を持つ俺はきちんと聞き取れた。

 ただまぁ、もし聞き取れていなくても言っている内容は粗方合っているだろう、それくらいに周囲から漂う空気は一律であった。

 誰も彼も、期待に胸を高鳴らせる中、俺はふと斜め後ろに座るセルゥの肩越しにローラ先輩を見た。


「……! ……」

「……? ……!」


 それなりに距離がある上に周りが騒がしくて会話の内容までは聞き取れなかったが、どうやらローラ先輩はクリフと楽し気に交流しているようだ。

 知り合って間もないローラ先輩だけど、一度頼られたこともあり何処か嬉しく思う。

 自分の子供が園や学校で友達と仲良さげに会話しているのを授業参観日に見た親の気持ち、とでも言おうか。

 兎も角、引っ込み思案で緊張しいな所がある先輩が試合を通して誰かと仲良くなっているのに言いようのない感慨深さを感じていた。

 すると、唐突に〈妖技場〉の上空が真っ黒な何かで覆われる。

 正方形の舞台とソレを取り囲む観客席をすっぽり覆い隠すように、真っ黒な天蓋が広がって光がほぼ遮断された。


「おぉ?」

「なに?」


 ぎゅ、と腕を掴む奏の力が強くなり、若干の不安と高揚が伝わってくる。

 先程まで興奮から来る喧騒が広がっていた満杯の観客席からも同じような空気が漂い、異変に気が付いた観客が点々とどよめきを生んでいく。

 ただ、直ぐにそのどよめきは何周りも大きな興奮に変化して、観客席全体が万雷の歓喜に包まれる。


「あれは!?」

「おー、かっけー!」

「僕ら琉球王国の誇るバンドですね、こんなパフォーマンスを用意してたなんて……」


 感心して溜息を吐くセルゥと、対照的にシンミは興奮しっぱなしの様子。

 黒い天蓋で日差しを遮られた観客席の一角、予め進入禁止用ロープが張られていた箇所から光の柱が何本も立ち、楽器を携えた男女が照らされた。

 その内の一人、ドラムの後ろに腰を掛けた女性がスティック同士を打ち鳴らしてリズムを取ってから、雷の如き勢いで金属音を轟かせた。


「~~! ~~♪」


 追随するようにギターの弦が掻き鳴らされ、キーボードがリズミカルな運指を繰り広げ、ベースの身体に染み渡る流れのような音楽が組み合わさる。

 会場の熱気は最高潮に達し、ギターボーカルが力強い美声をマイク越しに拡散させる。

 その調べはロックな雰囲気を漂わせながらも、どこかセルゥの口ずさんでいた琉球王国のメロディに近いものを感じさせる。

 自然と身体を揺らしてしまう音楽に身を任せ、膝の上の奏と共に暴力的なまでに迫力のある演奏を楽しんだ。


「~♪ ──ありがとうございました!」


 二曲ほど披露したボーカルが代表して感謝の言葉を叫ぶと、それと同時に観客席から拍手が届いた。

 素晴らしいパフォーマンスにスタンディングオベーションをしたいところだが、生憎と膝の上に人を乗せている。

 代わりにと言っては何だが、人一倍大きな拍手でもって演奏を称えた。


『──さぁ! 素晴らしい演奏で気分も最高潮! なところで……いよいよ大将戦の時間だァ!』


 うおお、ともわああ、とも取れるような熱狂が、司会の言葉で燃え盛る。

 交流戦の最後のプログラムである大将戦が行われるともなれば、それ相応の演出をしよう、となったのだろう。

 見たところ琉球王国の〈妖技場〉は簡素な造りになっているので、ドーム状に覆い隠す黒い蓋は俺たちの所属する演出に特化した〈妖技場〉から影響を受けたものだろう。

 交流戦の成果が感じられるな。


『本日のカード! 我ら琉球王国〈妖技場〉の最高戦力! 本名も妖術も来歴も、何の妖怪なのかも一切不明! ────[Mr(ミスター)]ァ!』


 バンドの皆がいたところから四方八方を巡るように天井を照らしていた照明の柱が、天井の一か所に集合する。

 光の先端で円を描くと、そこに白黒の顔写真らしきものが映し出される。

 トップ選手ともなれば宣材写真の一つや二つを撮影するのはステータスだし、〈妖技場〉に選手として登録する際に顔写真の提出はつきものだ。

 まぁ<Mr>とやらは所属から間もないから、何方も本日までに間に合わなかったのだろう。


『そしてぇ! 遠路はるばる訪れた、炎の翼を持つ闘士! 燃え上がる闘魂と鮮やかな立ち回りで、我々の心に熱狂を宿してくれるか! ────[火炎神(プロメテウス)]ゥッ!』


 バンド達の地点の反対側から照明が伸び、黒い天蓋の一部で円をなぞる。

 ぐるぐると光で囲まれた円から、徐々に徐々に色が染み出してくる。

 そこに浮かび上がったのは、燃えるような赤髪を揺らめかせる<火炎神>の姿だった。

 挑戦的な笑みを浮かべ、握った拳に活力をみなぎらせている。

 ……こう見ると、女性ファンが多く着くのも分かるような格好よさだ。


『現在交流戦の戦績は互角! 泣いても笑っても、この大将戦で何方が総合勝利を手に入れるか決定します! ……お前ら、頂上を目にする覚悟はできているか!?』


 早く見せてくれ、と言わんばかりに誰もが拳を高く突き上げる。

 俺も応えるように拳を握ると、足元から霧が這い寄ってきた。

 霧は客席から舞台上へ流れゆき、立ち込める霧の向こう側から二点、光が差し込んできた。

 その光は舞台の正反対に位置し、向こう側に一つずつ、人影が見える。


『それでは、琉球王国〈妖技場〉夏季交流戦、大将戦────選手入場だァ!』

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