其の二一 夜更けの彼等
<>(^・.・^)<昨日間違えて投稿しちゃった分もあるので
<>(^・.・^)<まだの方はそちらから先にどうぞ〜
(犯罪者……?)
(えぇ、脱法企業、とでも言うべき組織の創設者が琉球行きのプライベート機に搭乗した記録が報告されました)
アメジスト先輩の言葉に眉根を寄せ、その意味を推し量る。
《宝石団》には普段から色々と世話になっているし、学ぶことも多い。
だからこうしたタイミングで貢献できるのならさせてもらいたい。
(俺に話を持ってきたってことは、ソイツを捕らえるように動けばいいんですか?)
(えぇ、その通りです。人物の特徴及び罪状は後程ホテルのフロントに手紙が届く手はずですので、其方を確認してください)
(分かりました……でも、一つだけいいですか)
これまで出された指示に反対しなかった俺が初めて意見を言う素振りを見せたからか、アメジスト先輩は次の言葉を紡ぐまでに少し時間がかかった。
(なんでしょう)
(動き出すのは明日の大将戦の後から、でいいですか? 早い方が望ましいのは分かってるんですけど)
(構いませんが……わざわざどうして?)
(師匠の戦いは見逃せないですから)
断固としてそこは譲れない。
アメジスト先輩は少しだけ言葉に詰まった様子だが、すぐに軽く微笑んで了承してくれた。
(──いいでしょう。勉強熱心ですね)
(それもあるんですけど、まだ顔も知らない琉球側の大将を見ておきたい気持ちもあります)
(丁度いいですね、其方の偵察を宜しくお願い致します。〈妖技場〉の闘士たちは須らく留意すべき、というのが《宝石団》の方針ですので)
以降は近況報告をし、今後の琉球滞在の日程を伝え、逆に少しだけ関わった案件がその後どうなったかの経緯を聞いた。
盗み出した骨董品や美術品がきちんと元の持ち主の下へ返されたか、そして元々存在した地域に帰還したかなど、少々気になっていた点があったため、どの案件も穏便に解決したらしく安心した。
一度盗み出した美術品が動き出したときは目を疑ったが、数日後に実は妖怪が化けていた姿だ、と判明したこともあったっけ。
(それではこれで失礼します。先程お話しした海外の案件に取り組まなければならないので)
(お疲れ様です。俺も出来る事あれば協力するんで、琉球から帰ったら教えてください)
(えぇ、その時は宜しくお願いします。では)
ごく短く別れの合図をしたかと思えば、再び気配を感じ取れなくなった。
本当に恐ろしい術だな……使い手が仲間で助かった。
しかしよく考えると、「自分及び極めて近距離の他者の気配を察知されなくする」という術が存在しているということは、似た効果を持つ妖怪や術使いが他に居ても不思議じゃない、という事にならないだろうか。
……そういうときに備えて、《宝石団》の面々にも稽古をつけて貰った方がいいのかも知れない。
特にルビー先輩は鬼の力を持っていて常人離れした身体能力を誇るから、単純な体術や動体視力を鍛えるには最適だ。
ルビー先輩自身も見た目こそインテリだが戦いが大好きな側面がある、とボスや他の先輩方に聞いている、きっと快く受けてくれるだろう。
手加減をしてくれるかは分からないけど。
<***>
湿度の高い部屋の中、表面の凹凸が激しい石壁に打ち付けたフックに掛けられたゴーグルをやせぎすの男が手に取った。
男はゴーグルをかけ、僅かな電球の明かりを頼りに手元の器具を操作する。
「……あと少し、あと少しで最終調整が……」
集中すると独り言が多くなる性格の男は右に左に細かく移動して、部屋の隅々まで手を加えていった。
小さな鉛筆のようなものを壁の穴に嵌め込み、ペン先が部屋の最奥にある巨大コンピュータに向くようにする。
コンピュータの配線を確認、その後一旦男は白衣代わりに羽織っていた白一色のマントを脱ぎ、ソファの背もたれに放り投げた。
湿気でダメになりかけているソファに深く腰を落とし、柔らかさを失って久しいクッションを貧乏揺すりで小刻みに沈ませる。
貧相な身体付の男はこれからの栄達に思いを馳せ、落ち窪んだ目を細めた。
「ふ、ふふ」
「機嫌よさそうじゃねぇか兄者」
「お前か」
革靴で石畳をコツコツと踏み鳴らして大柄の男が部屋に入ってきた。
虚栄心と警戒心の塊と言って差し支えない痩せぎすの男だが、大柄の男を余程信頼しているのかソファに体重を預けたまま、首だけ傾けて大柄の男を見る。
大柄の男は担いでいたビニール製の袋を畳み直して引き出しにしまう。
「手筈通りやってきたぜ。人目にも付いてねぇ」
「よくやったぞ……ふふ、これで私の本願も叶うというもの……」
溜まっている疲れが一周回ってハイに変貌した兄者と呼ばれる男は、小刻みに震えながら隠しきれない笑みを零す。
その背中に思う所があるのか、大柄の男は押し黙ったまま貯蔵庫の中から瓶を取り出す。
「ほら、兄者」
「んん? んおっ」
痩せぎすの男が振り向いた時には、大柄の男の手から瓶が放られていた。
運動神経に優れない痩せた男は、自分の下へ飛来する瓶に対応して、お手玉のように弾いては掴みかけて、を繰り返し何とか両手で瓶を捕まえた。
怒りかけた痩せ型の男が体格の良い男を視線で追う。
「前夜祭と行こうぜ」
ワイングラスを二つ指の間に通して持ちつつ同じ手でコルク抜きを提げ、逆の腕でテーブルをソファの前へ寄せた。
そのテーブルに手持ちの物品を全て置き、痩せ型の男が察して瓶を並べると大柄の男は丸椅子を持ってきてそこへ腰かけた。
瓶を受け取った体格の良い男はコルク抜きを差し込み、景気のいい音を暗い部屋に響かせ、葡萄酒のかぐわしい香りを漂わせる。
「これは……ブルゴーニュ産の三十年物か。お前秘蔵の品だろう」
「気にすんな兄者。これからいくらでも手に入らぁな」
想定していた通りの言葉に、予め考えておいた台詞を返す大柄の男。
それなりに思い入れのある逸品だが、この場で開けるのに何の躊躇いもないというのは事実。
葡萄酒の注がれたグラスを各々が手に取り、軽くぶつけてから香りを楽しみ中身を口に含む。
「うむ……やはりいい品だ。お前の目に狂いはないな」
「──よしてくれよ」
「謙遜するんじゃない。私が言うのだから絶対だ」
早くも酔いが回り始め饒舌になってきた兄の言葉を微笑んで聞き流し、大柄の男は自らのグラスの水面を揺らす。
深い赤紫の液体が波打ち、一層香りが立つ。
一方でグラス越しに歪んで映る痩せ型の男は、味こそすべてだと言わんばかりに頻度を増しつつ喉に葡萄酒を流し込む。
「ふぅ……美味い、つまみなどなくとも美味い酒は美味いものだな」
「俺もわかるぜ。脳を揺らす香りが漂うような品は久しぶりだ」
「ふふ、ははは。不思議と笑みが浮かんでくるよ」
痩せぎすの男は酔いが回って身体を揺らし、発狂したかのように震えながら笑う。
数年間溜めに溜めた鬱憤が発散される時が近付き、アルコールの後押しで抑えきれない笑みが心の壁を決壊させて流れ出した。
大柄の男も追従して、くつくつと笑う。
「あぁ、明日はいい一日になるぜ」
「そうだ。我々の計画が成功しさえすれば、会社は取り戻せる上にここ琉球を足掛かりにより一層羽ばたけるというもの……っはは」
「仕込みも今日中に完了したし、もう明日は実行するだけだな。俺も楽しみだぜ」
それから暫く、二人は何も言わずただ酒を楽しみ何でもない会話に花を咲かせる。
兄と弟という関係でありながらも再開したのがごく最近の彼らの間には、積もる話も一つや二つできかない数溜まっていた。
離別してから何をしていたか、昔の思い出話だけでなく夢に溢れた展望まで、酒の力でするすると言葉が飛び交った。
粗方思いつく話題を提供し尽くした大柄の男は、瓶の中身が無くなりかけているのを見て取り、好機だと判断して思い切った事柄を提示する。
「そうだ兄者、今日の試合見てたか?」
「この忙しい私が戦いなど見る筈が無いだろう。何か耳目を引く事件でもあったのか?」
「具体的に何が、ってわけじゃねぇんだが。中々面白かったしよ、アイツが出てたんだよ」
「────そうか」
信じられない程低い声色だった。
失敗を悟った大柄の男は、掌を見せて左右に振り、他意がないと示す。
「いや、だからどう、ってわけじゃねぇって。計画に組み込むのに申し分ねぇのが確認できたってだけよ」
「ふん。お前がそこまで言うのならそうなのだろうな」
「まあまあ。計画の成功を確信した、ってだけの話よ」
なんとか話の流れを修正した大柄の男が、中身のなくなった瓶を手に取って立ち上がる。
結局中身の三分の二を痩せぎすの男が胃袋に納めたため、元々アルコールに強い大柄の男の酔いはそれほど回っていない。
「じゃあそろそろ寝たほうがいいんじゃねぇのか兄者。これでいい気分で寝れんだろ?」
「私の仕事は朝早くではないが、休息を取るに越したことはない。そうするとしよう」
「あぁ。国を獲るってのに寝不足じゃ示しがつかねぇしな」
就寝の挨拶を交わして、大柄の男が去っていく。
ベッドなどという非効率的なものを部屋に置いていない痩せぎすの男は、腰掛けていた古ぼけたソファに寝転がって目を閉じる。
ふわふわとした気分のまま、屈辱の全てを忘れ、執念の全てを放り去り、男は眠りに落ちていく。
──変数たる狐の少年の存在など、知る由もなかった。
<>(^・.・^)<いよいよ琉球編も大詰めに向かいつつありますねぇ
<>(^・.・^)<3章は比較的スタンダードに物語が進んでいくように感じます